ブガッティ・ヴェイロンが広めた購入者選定
購入希望者の選定審査を設けて最近注目されたのは、2016年4月に予約が開始された新型フォード「GT」だ。年間250台しか生産されないこの希少なスーパーカーは現在、2年分の500台のみが注文を受け付けているが、約5000万円という価格にもかかわらず、7000件もの予約申し込みが殺到。そこで、ブランドが購入希望者の審査を行い、新型GTのオーナーとなるのにふさわしい人物を慎重に選んでいるという。
優先順位が高いのは、先代GTを購入し、現在も手放さずに乗り続けているオーナーだが、そのほかに「長年フォードを乗り継いでいる人かどうか」「置物として飾らずに、どれくらいの頻度でフォードGTをドライブしてくれるか」「購入後、投機目的ですぐに売却しないか」など、さまざまな審査項目を設定。また、SNSなどで新型GTの情報をどれくらい拡散してくれているのかなども審査の対象となる。
スーパーカーの購入者選定審査が一般的に有名になったのは、車両価格約2億円、最高速400km/h以上、量産車として世界最大の16気筒エンジンを積むブガッティ「ヴェイロン」の存在が大きい。この超弩級のスーパーカーは、購入希望者に対して正規ディーラーやブガッティ本社が念入りに選定審査を行うことで知られ、審査に通ると、予約金を支払ったのち、ブガッティ本社からファーストクラスの航空券が同封された招待状が届くといわれている。
さらに、2016年にスパイダーモデルが登場するといわれるフェラーリ初のハイブリッドスーパーカー「ラ・フェラーリ」も、発表時には世界中から購入希望者が殺到したが、ブランド側が選別した限られた上顧客にしか販売されなかった。マクラーレン「P1」、パガーニ「ウアイラ」なども同様だ。こうした特別なスーパーカーの購入希望者は、ブランドによって「長年ブランドを乗り続けているか」「投機目的の売却はしないか」などについて、厳しく審査される。
下の写真は、ビバリーヒルズにある5つ星の超高級ホテル「ビバリーウィルシャー-ビバリーヒルズ、ア・フォーシーズンズホテル」の車寄せに並ぶ、ブガッティ・ヴェイロン、マクラーレンP1、ラ・フェラーリ。めったにお目にかかれない特別なスーパーカーたちだ。
バブルを教訓に審査を厳格化したフェラーリ
そもそも、スーパーカーの購入者審査はいつ、なんのために生まれたのだろうか。『フェラーリの買い方』などの著書を持ち、自身も多数の跳ね馬を駆るモータージャーナリストの清水草一さんは、「1960年に初めてフェラーリを買った日本人には、なんら審査が行われなかったそうです」と語る。
「フェラーリは当時、欧州から遠く離れた極東の日本からクルマを買いにくる時点で、東洋の王子かなにかだと判断したようです。フェラーリが初めてオーナー選定を行ったのは『F40』でしょう。とはいえ、その審査はアバウトなもので、F40は当初400台しか作らない予定だったにもかかわらず、殺到したオーダーに応えて1000台以上も生産してしまったのです」
F40は、1987年にフェラーリが創業40周年を記念して生産した同社初の限定モデルだ。当時の日本はバブル真っ盛りで、新車価格5000万円弱のF40が2億円を超える価格で取引されたこともあった。どうしてもこのクルマに乗りたかったというよりも、人々はF40を「投機対象」「富の象徴」とみなしていたのである。
「そのため、後継モデルの『F50』以降は、『過去に新車で何台のフェラーリを購入しているか』など、F40とは打って変わって厳格なオーナー選定が行われるようになりました。F50は生産台数も349台という当初の予定を守っています。1991年、創業者だったエンツォ亡き後のフェラーリにルカ・ディ・モンテゼーモロ(フェラーリ前会長)が戻り、社長に就任したことで、マネジメントにもきちんと力を入れるようになったのだと思います」
下の写真の左がフェラーリF40、右はF50。後ろのもう1台は、フェラーリの創業55周年を記念して生産され、この2台に続くスペチアーレとなった「エンツォ・フェラーリ」である。
ブランドから社長名で上顧客に届く「招待状」
ただし、購入希望者の選定審査が設けられているのは、5000万円から億単位の限られたスーパーカーだけで、すべてのスーパーカーにオーナー審査があるわけではない。
支払いさえきちんとできれば、フェラーリ「カリフォルニア」やランボルギーニ「ウラカン」などのオーナーになるにあたって、審査らしきものはなにもない。長い納車待ちの列に並ぶ必要はあるが、中古車を選択すればそれもない。しっかりした購入の意思さえあれば、ディーラーに行っても門前払いされることなどなく、きちんと相談に乗ってもらえるという。
「オーナー審査があるような特別なスーパーカーは、それまでに十分な購入実績を積んだオーナーを優先するため、一見客にはまず買えません。限られたごく一部の人に向けたビジネスなので、新車が出る前に、ブランドから社長の名前で『あなたのために、購入枠を準備しています』と“招待状”が届くようです。しかし、もし購入後にすぐ手放してしまったら、もう二度とその人のところに招待状が届くことはありません。スーパーカーは高値がつくので、なかにはすぐに売ってお金に替えてしまうような人もいるのです」
スーパーカーブランドとオーナーの関係は、お金ではなく、強固な信頼関係で成り立っている。投機目的で特別なスーパーカーを買おうとするような人は、最初からオーナーになる資格がないわけだ。スーパーカーを所有できるのは、そのオーナーが人間として信用されているということでもある。だからこそ、「スーパーカーオーナー」はステータスともなり得るのだ。
Text by Tetsuya Abe
Photo by (C)Axion23(main)