既成品のフェラーリでは満足できない富裕層
ブルー、ホワイト、レッドのレーシングストライプを配したメイン写真のフェラーリは、たんなる「カリフォルニアT」ではない。世界にこの1台しか存在しない、テーラーメイド・プログラムによるフェラーリである。
もともと、フェラーリはフルオーダー制を採っており、どのモデルもボディカラー、ホイール、ブレーキキャリパーのカラーを選ぶことができる。カーボン製ディフューザーなどのオプションを装着することも可能だ。インテリアでは、シートのみならず、ロア/アッパーのダッシュボード、カーペット、シートベルト、ステッチのカラーまで細かに指定できる。
しかし、いくらフルオーダーといっても、「既成品」であることには変わりがない。とくに、フェラーリのオーナーには一代で財を成した成功者など、富裕層が多い。フルオーダーによる幅広い選択肢を用意しても、それだけでは飽き足らず、「特注」する人が少なくないという。こうしたリッチな上顧客の要望に応えるべく、フェラーリが用意したのが「テーラーメイド・プログラム」である。
下の写真は、1950〜60年代のテイストを取り入れ、あえてクラシカルに仕立てたテーラーメイドのカリフォルニアTだ。
フェラーリ本社の専用アトリエで仕様を決定
テーラーメイド・プログラムでは、ボディカラーやストライプのデザイン、シートの素材まで、オーナーの好みに合わせて無限に近い選択肢を用意している。なかには、「インテリアはこのレザーを使いたい」と素材を持ち込むオーナーや、「使い込まれた革の味わいを出したい」と、経年変化が出やすい素材をオーダーする人もいるという。
こうした要望に対応するのがテーラーメイド専任のデザイナーである。打ち合わせはイタリア・マラネッロにあるフェラーリ本社の専用アトリエで行われ、顧客は自分が考えるクルマのコンセプトをデザイナーに伝え、さまざまなカラーや素材のサンプルを見て仕様を決めていく。
ただし、どんなオーダーにもすべて応えてくれるわけではない。このプログラムの特徴は、顧客の要望を、フェラーリを熟知した専任デザイナーが精査すること。あまりにブランドイメージとかけ離れているオーダーの場合、「フェラーリに似つかわしくない」と代案を示されるケースもある。その分、自由度は制限されるが、逆にいえば、専任デザイナーのアドバイスを受けることで確実に美しいフェラーリに仕上がるわけだ。
仕様が決まれば、数週間後にデザインスケッチが届き、修正作業や生産など、次の段階へと進む。納期はスタンダードモデルの生産工程に加えて2カ月程度。オーナーにとって、この2カ月間は「待つのが楽しい時間」となるはずだ。
クラプトンがオーダーした特別注文製作モデル
しかし、あくまで「もしも」の話だが、もしテーラーメイド・プログラムでは満足できない人がいるなら、もうひとつ、「スペシャルオーダー」というパーソナリゼーションもある。多様な選択肢がある点ではテーラーメイドとの間に大きな違いはないが、スペシャルオーダーは自由度が高く、技術的に可能なら顧客のどんな要望にも応じてくれる。
たとえば、フェラーリは2012年、ある上顧客のスペシャルオーダーで「SP12 EC」というワンオフモデルを製作している。モデル名にある「SP」は、特別注文製作モデルを表す「スペシャル・プロジェクト」のことで、「12」は12気筒フェラーリに敬意を示したもの。そして、「EC」はエリック・クラプトンの頭文字である。そう、この世界に1台しかないフェラーリは、『レイラ』などの大ヒット曲を持つ著名なミュージシャンで、フェラーリ好きで知られるエリック・クラプトンのスペシャルオーダーを受けて製作されたものなのだ。
エンジンを含めてベースとなっているのは「458イタリア」で、デザインはフェラーリの社内チームとピニンファリーナのコラボレーション。フロントフードに入るシルバーのルーバーや、レッド/ブラックの2トーンカラーなど、往年の「512BB」を思い出させてくれるスタイリングが特徴だ。クラプトンが支払った金額は、およそ3億6000円といわれている。
最近では、東京の都心部でカリフォルニアや458イタリアを見かける機会も増え、富裕層には「吊るし」のフェラーリでは満足できなくなった人もいることだろう。
しかし、希少なスペチアーレもそうであるように、「自分だけのフェラーリ」は、お金を積めば手に入れられるものではない。最新モデルをはじめ、歴代フェラーリを新車で購入して大切に乗り、ブランドに上顧客と認めてもらわなければならない。実際、クラプトンは1969年以来、「デイトナ」「512BB」「308」「エンツォ・フェラーリ」」など、計30台以上のフェラーリを所有してきたという。
歴代のスタンダードモデルや限定モデルを乗り継いできたフェラーリオーナーが最後に到達する境地、それがパーソナリゼーションによる「自分だけのフェラーリ」なのである。
Text by Muneyoshi Kitani