骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ
<< 前の話

36 / 36
第36話 「旅行魔王」

 

「――と言っても、使いモノになるまでは“こちら”で我慢してもらうとしよう。準備は整ったようだな。くるがよい」

 

 魔王との歓談が一段落したところで、廃墟都市の中央部、人間の指導者たちが座っている円卓の近くに、巨大な闇の扉が開かれる。

 皇帝や他の王たちにとっては、ここへ連れてこられる時に使用している〈転移門(ゲート)〉の発動なので特に警戒することもない――かと思いきや、誰もが青い顔で冷や汗をたれ流してしまう。

 一番近い位置になってしまった竜王国の女王や宰相などは、処刑台に送られる罪人であるかのようだ。『闇の中から首切り鎌を抱えた死神が出てくる』とでも思っているのだろうか?

 

「遅くなりまして申し訳ありません、モモンガ様。アルベド、御身の前に」

「御逢いしとうございんした、モモンガ様。シャルティア・ブラッドフォールン、御身の前に」

 

 闇から現れたのは、白ドレスの女悪魔と幼さの残る吸血鬼――もっともシャルティアの方は高慢ちきな貴族令嬢にしか見えないだろうが――と、人類の希望たるアダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”一行であった。

 

「アルベドにシャルティア、勇者の試練は中々面白かったぞ。新たに加わった勇者どもは、それなりに期待できそうだな。成長が頭打ち状態だった戦士長と入れ替えるには、丁度よいタイミングであった」

 

「ありがとうございます、モモンガ様。小粒の勇者もきっと良い結果を出してくれることでしょう。つきましては、今度私と二人っきりで勇者の育成状況を視察に――」

「お褒めの言葉、嬉しいでありんすモモンガ様。人間との戦争でも、わらわと二人で攻め込むなんて素晴らしいと思うで――」

「いえ、私と牧場デートなどは――」

「いえいえ、わらわと戦場デートなどは――」

 

 互いに牽制しながらのにこやかな会話は、もはや殴り合いだ。笑顔であっても殺しにきている。目を凝らせば、言葉の一つ一つが空斬のごとく獲物へ襲いかかって……、いるように見えなくもない。

 

「もぅ、二人ともさぁ~。モモンガ様の御前だよ。言い争っている場合じゃないでしょ? それに今回の傍仕えは私とマーレの番なんだからさ、邪魔するのなしだよ」

「え、えっと、あの、お、お姉ちゃんの言う通りです」

 

 大魔王の横に控えていた闇妖精(ダークエルフ)の双子が、収束しそうにないじゃれ合いに口を挟む。ついでに『さっさと帰れ』とも言っているようだ。

 アルベドとシャルティアの任務は新たな勇者“蒼の薔薇”を連れてくるだけなので、もうこの場に居続ける理由などないのだ。無論、そんなことを言っても帰らないだろうとは思う。

 

「し、失礼いたしました、モモンガ様」

「申し訳ございんせん、モモンガ様」

 

「まぁよい、それより――」

 

「はい、こちらの五名が“蒼の薔薇”と呼ばれる冒険者チーム。新たなる勇者でございます」

 

『こちらが――』と女悪魔に紹介されても、ラキュースは平伏したままでぐうの音も出せない。

 もの凄い速さで全身を洗浄されたかと思えば、魔化された新しい服を着せられ、修繕された防具を着込まされる。髪の毛の先から足の爪先まで整えられ、軽く化粧まで施されては、宙に浮かんだ闇の中へ押し込まれる。

 その先に居たのは豪華なローブを着込む骸骨と、可愛らしい闇妖精(ダークエルフ)、どこかで見たことのある人間の指導者たち。

 他は何も無い。一枚岩から作られたのかと思える円卓以外は、僅かな都市の残骸だけだ。ここが人の住まう土地であったと言われても、何千年前の話なのかと疑ってしまうに違いない。

 

「わ、わたしが……、リーダーの、ラキュースです」

 

 必死に絞り出し、何度も深呼吸を行う。

 玉座に座る“死の支配者”のごとき骸骨を前にして、呼吸を忘れた憐れな小動物であるかのようだ。

 他のメンバーも似たようなものであろう。いつも軽口ばかりであるガガーランも口が重そうだ。仮面を剥がされたイビルアイに至っては、素顔を晒すのが恥ずかしいのか俯いたままで口も開かない。

 ただ、双子の忍者は視線を一点に集めていた。先程アウラによって躾けられたカベリア都市長の護衛、女忍者“ティラ”へと。

 

『信じられないところでの再会。なにしている?』

『イジャニーヤは潰れた? 頭領やめた?』

 

『……こんな状況でっ。それと、イジャニーヤは健在だ。まだ、な」

 

 指と手の複雑な組み合わせで会話を成立させる。

 それは魔法にも似た特殊な技能。あらかじめ取り決められていなければ何をやっているのか全く解らない、イジャニーヤの意思疎通手段であった。

 

「なにをコソコソやっているでありんす? モモンガ様の御前でありんすよ」

 

 (あるじ)に無礼をはたらく者はとりあえず殺す――を常態化していたシャルティアが、手より先に言葉をかけるなんて……。配下の成長を感じられて嬉しく思う魔王ではあったが、それでも速攻殺しにかかるのはいただけない。

 

「待て、シャルティア。そう簡単に勇者を殺そうとするな」魔王は(しもべ)の暴挙を軽く諌めると、蒼の薔薇へ向き合う。

「それは手信号の一種であろう。ギルドでも簡単なサインなら使ったことがある。魔力を使わず、伝達速度は極めて速く、盗聴される心配もない。まぁ、会話できるほどの複雑なモノは未経験だがな」

 

 知恵を絞り、訓練を重ねて身に付けた技能は称賛に値する。戦闘で用いられる“武技”も、このような積み重ねの果てに生み出されたのではないだろうか?

 だとするなら、やはり勇者は――中でも“人間の勇者”は未来への希望だ。

 世界を滅ぼそうとする大魔王へ致命の一撃を与え得る、脆弱ながらも最後の希望とも言える存在なのだ。

 

「ふふ、やはり人間の勇者はサマになるな。そう思わないかね? ジルクニフ」

 

「あ、あの、それはどういう……」

 

 いきなり話を振られ、珍しく戸惑ってしまう皇帝をそのままに、大魔王はパチリと指を鳴らす。

 

「連合軍には英雄が必要だろう。分かり易くて目立つ、勇ましい広告塔がな。それを蒼の薔薇にやらせようと思う。滅亡した王国の生き残りでもあるのだから、ドラマには事欠くまい」

 

「そ、それは、確かに人心を纏めるには一役買うでしょうが……」

「連合軍? 私たちを? いったいどういう」

 

 戦力を増強できるのであれば、ジルクニフも言葉を濁したりしない。だが、蒼の薔薇は先ほど闘技場で見世物になっていた、魔王軍にとってはとるに足らない雑魚に過ぎないのだ。いまさら与えられてもどうしろというのか?

 ラキュース自身も同意見なのだろう。連合軍が何かは知らないが、魔王軍と対峙する勇者としての価値が己にあるのかなんて、答えを出すのも煩わしい。

 

「蒼の薔薇は、魔王討伐を目的とする連合軍へ参加しろ。この場に居る指導者たちが作り上げる、世界を救うための軍だ。人類の切り札たるアダマンタイト級冒険者なら適役だろう。期待しているぞ」

 

 人間の矮小な想いなど欠片も汲み取らず、モモンガは『良いことをした』とばかりに御機嫌で骨の玉座から立ち上がる。

 

「ああ、そうそう、ジルクニフにはドワーフ王国の秘宝たる最上級の魔法武具を渡してある。蒼の薔薇はその中から自分に合ったモノを選んでおけ。中には私に傷をつけられる魔法剣などもあったからな、よく吟味するとよい」

 

 武器を破壊されたガガーランなどには朗報であろう――と一瞬、歓迎の意を表したくなるも、どうして魔王が強力な武具を渡してくるのかが解らない。何かの罠かと疑ってしまいそうだ。

 

「ではアウラ、マーレ。アルベドにシャルティアも、ナザリックへ戻るぞ」優雅にローブを踊らせ、大魔王は〈転移門(ゲート)〉を開く。

「お前たちの話し合いが終わる頃、ウルピウスたちを此処へよこす。来たときと同様に、自国へ転移してもらうがよい」

 

「「はっ、ありがとうございます、大魔王様!」」

 

 一際大きな声で答えたのは、バハルス帝国の皇帝と、カルサナス都市国家連合の都市長だ。ローブル聖王国の聖王女と竜王国の女王に関しては、声が震えている上に小さいので、何を言っているのか聞き取れない。まるで命の危機を前にして縮こまる幼子のようである。一国の指導者ともあろう人物が、いったいどうしたというのであろうか?

 竜王国のように連日の戦闘で疲労困憊、というならまだ解る。だが聖王国に戦乱はなく、平和であったはずだ。身近な惨劇と言えば、自分の側近が目の前でバラバラにされた程度である。特に気に病むほどのことでもなかろう。

 

 

 

「……行って、くれたか。ふぅぅ……」

 

 長いような短いような沈黙の一時を終えて、ジルクニフは深く息を吐き、帝国にある玉座よりも上質な黒曜石の椅子へドカリと腰を下ろす。

 

「どうだ? ロクシー。なんでもイイから意見を聴かせてくれ」

「まだ“耳”があると思いますけど、よろしいのですか?」

「よろしくないが、どうしようもないだろう? 聞かれないようにする手段があるのなら教えて欲しいくらいだ」

「ああ、そうですか。では……」皇帝陛下たる人物が、ただ一人の従者として連れ歩くには外見的にも気品的にも不十分――と言わざるを得ない成人女性“ロクシー”は、少しの思案を経て己の考えを零す。

 

「不自然なほどに完璧です。一点の曇りもない大魔王様そのものである、と言えるでしょう。実力勝負は言うまでもなく、知恵比べでも魔王様の失笑を買う程度になりますね。私としては、奴隷や家畜としての生き方を模索すべきかと思います」

 

「やはりそうか……。もう人類は終わりなのか」自覚していた考えを、はっきり言葉にされると胸に刺さる。ジルクニフの心はもう折れそうだった。

 

「ただ……」

「ん? なんだ?」

「あの魔王様は、勇者にこだわりを見せていました。つまり有利不利に関わらず、魔王としての立場が全てにおいて優先されるのでしょう。たとえ倒されることになったとしても」

 

 ロクシーは言葉を止め、円卓の横で座り込んでいる勇者たちへ視線を送る。ジルクニフや他の指導者たちも、つい視線を誘導されて王国から逃げてきた人類の切り札たちを見つめていた。

 

「おいおい、バカ言ってんじゃねーぞ。俺たちが役に立つはずねぇだろ? こんなところに連行されてくる勇者なんてどこにいんだよ」

 

 語る言葉に覇気はなく、巨漢の戦士は自虐気味だ。『勇者役なんて貧乏くじは引きたくない』と言っているかのようである。

 

「筋肉に同意しかない。あんな異常な存在に対抗できる人間はいない。無理」

「でも勇者とやらに認定されてしまった。どうする? というより、此処はどこ? あそこに居るのってカベリア都市長でしょ? あっちのは帝国の皇帝? そこの幼女はなんだろ? ってかアレって噂の聖王女様? うわっ、恋仲って言われている姉妹の片割れもいる!」

「ティア……、よくもまぁ、そんなに騒げるものね。さっきまで石だったっていうのに」

「久しぶりに三姉妹が揃ったから嬉しいんだろ? それよりラキュース、これからどうする? ……逃げるか?」

 

 よっこらしょっと年寄り臭い仕草と共に腰を上げ、イビルアイはお尻についた土埃を払う。その表情は何故か晴れやかで、赤く綺麗な瞳と、口元から覗く小さな牙が、久しぶりの日光を満喫し輝いていた。

 

「イビルアイったら、逃げた先で石像にされたのをもう忘れたの? 今度は助けてもらえないわよ」

「ふん、だったらやるしかないだろ? 勇者らしく魔王の首でも刎ねてやろう。――おい皇帝、凄い武具を持っているそうじゃないか。早く見せてくれ」

 

 もはやヤケクソ気味なのか、カラ元気なのか――、乱暴な言葉使いの小柄な美少女を前にして、ジルクニフは思わず天を仰ぐ。

 

「はぁぁ、四国による連合軍が結成され、素晴らしき勇者まで迎えることが出来たというのに……。魔王様に打ち勝てる予想図がまったく見えてこない」無意識に乾いた笑いを発し、頭皮を掻き毟る。

「この戦いに答えはあるのか? 大魔王を倒すための正しい回答など存在するのか? 人類に生き残るという選択肢は残されているのか?」

 

 円卓へ放たれる呟きに、答えをくれる者はいない。カルサナス都市国家連合の都市長は、敗北者のごとく項垂れるだけ。竜王国の女王は、宰相らしき男性と話し込んでいるものの、建設的な会話ではなさそうだ。聖王女に至っては、ようやく状況を飲み込めてきたらしい。ほとんど誘拐に等しい連行であったが故に、魔王だ魔王軍だと言われても全体像が掴めなかったのだろう。親密な騎士団長を目の前で分解された光景も、思考が乱れる要因であったに違いない。

 

「何を言っているんだ、皇帝? 答えなんて一つしかないだろう?」イビルアイはただ一人、ジルクニフの疑問を受け止め、正解を告げる。

「大魔王と戦うしか道はない。これは八欲王の世界戦争、十三英雄の魔神戦争に続く、人類存亡の戦いなのだ。結果として滅びる可能性が高いとしても、逃げ出すことは許されない。まぁ、逃げ出した瞬間、我々はお仕舞だろうがな」

 

 正しい回答を選んでも、生き延びることが出来るとは限らない。恐らく大魔王との戦いで多くの命が失われるだろう。国家も大半が滅びるはずだ。

 だけど、勝つ可能性の無い戦争を始めることが執政者の役割なのだろうか? 大魔王様の御遊びともとれる虐殺劇に加わることが、王の取るべき道なのか? 人が生まれてきた意味とは? 蹂躙されるだけのオモチャとして、我ら人類は長き時を生き延びてきたというのか? もう訳が解らない。

 

「ははは、私の代で帝国どころか、全人類が滅びることになろうとは……」

 

 力無き笑いは滅亡都市(エ・ランテル)を漂い、この地で溶かされた憐れな犠牲者の残滓と混じる。

 さぁ、人間種絶滅への一歩を踏み出そう。

 納得する必要などない。

 絶滅する種はいつの時代でも存在する。それが今回は人間種だったというだけだ。無論、魔王様の蹂躙は人間種だけに留まるモノではないが。

 

 ジルクニフはカップに残った柑橘系の香りがする美味すぎる水を喉へ注ぎ、今世最後となる安息の一時を味わった。

 そんな皇帝は後日知らされる事となる。

 円卓に座るはずであった五番目の国家――森妖精(エルフ)の国を統べる王が、大魔王様に不敬をはたらいたとして、身の毛もよだつほどの拷問を受けた後に殺害と蘇生を繰り返され、完全にこの世から消滅したのだということを。

 そして森妖精(エルフ)の国は、法国の牧場に併合されたということを。

 

 ……魔王よ、国家の消滅を『言い忘れていた伝言』みたいに軽く扱わないでほしい。森妖精(エルフ)だって生きているんだ、モノじゃない。というか牧場ってなんだよ、もぅ。

 

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国という人類国家が完膚なきまで叩き潰され、魔王軍総大将コキュートスが多くの守護者の前で功績を称えられてから暫し――。魔王様は更なる楽しみを求めて遠出していた。

 切っ掛けは、南方で遊ばせていた黒山羊たちが攻撃を受けたこと。あのレベル90を超えるタンク系モンスターが、ダメージを受けたと思念を送ってきたことだ。

 ならば多少遠くても足を運ぶしかない。可愛い仔山羊たちが困っているのだ。召喚主としては、守護者たちと一緒にお出かけの準備を整えなくてはなるまい。

 言葉にするならば、これは“旅行”である。

 

「おお、これが八欲王のギルド拠点である浮遊都市“エリュエンティウ”か……。思っていたよりも大きいな」

 

 大魔王は、巨大な動像(ゴーレム)――“ガルガンチュア”の頭部に設置された骨の玉座に座りながら、どうやって浮かんでいるのか原理不明な小さな島とでも言える大都市を眺めていた。

 

「下に広がっている街並みは、その数倍はありそうですわね。砂漠の中だというのに、人間という種は本当に“繁殖”力の高い生き物ですこと」

 

 何故か繁殖という部分だけを強調してくるのはアルベドだ。玉座の隣に侍り、何かよからぬことを想像しているようで対応に困る。

 

「浮遊都市から流れる落ちる水がオアシスを形成しているようですねぇ。情報では無限に湧き出てくるとのことですが、見たところ集まっている人間全てに行き渡る水量とは思えません。一部の特権階級が独占管理し、見返りを受け取って分配しているのでしょう。都市の最外縁に居る住人は、まともに水を貰えない貧困層でしょうか?」

 

 デミウルゴスが、無計画に広がったであろう地上都市の分析を口にする。牧場を部下に任せ、久しぶりである魔王様の随伴であるからか、少し高揚しているかのようだ。

 

「アノ老婆ノ記憶カラスルト、浮遊都市ニハ強大ナ力ヲ持ツ守護者ガ三十モ配置サレテイルトノコト。モモンガ様、先陣ハ私ニ命ジテ頂キタク」

 

 地上のことなど目端にもかけず、コキュートスは空に浮かぶ大都市から意識を外せない。今この瞬間にも、敵の迎撃部隊が飛び出してくる可能性もあるのだ。もちろん盛大に斬り合いたくて堪らない、との理由も含んでいるのだろうが。

 

「ああ、コキュートス。その件だが――」魔王は浮遊都市へ足を踏み入れたことのある老婆“リグリット”の記憶を吟味しながら、一つの想定を話しはじめる。

「守護者が三十とのことだが、全てがレベル100であると、私は思っていない。もしそれほどの戦力が拠点に残っているのなら、八欲王は“真なる竜王”どもに負けたりしないだろう。戦闘に特化したレベル100のNPCは、竜王との決戦に投入され敗れたと考えられる。拠点へちょっかいを掛けた“黒山羊”に対する迎撃戦力から判断すると、残っているのは防衛用、もしくは生産系のNPCだけだ。それに何百年もプレイヤーが居ない拠点ならば、追加収入の望める都市型であったとしても金貨が枯渇し、NPCもまともに動けないだろう」

 

 魔王はおもむろに立ち上がり、五体の黒山羊に囲まれている人気の無い浮遊都市を注視する。

 都市の外壁は戦闘の余波により崩れかけ、ギルド拠点の自動修復機能が追い付いていないようだ。自動修復は一日分の容量があらかじめ決められている。それ以上の修復は、金貨を消費して行わなければならないのがシステム上の決まり事だ。だが、プレイヤー不在の拠点では言わずもがな。黒山羊のような高レベルモンスターのじゃれ合いを受け止めるには無理があろう。

 

「金貨を定期収入に頼るため、NPCの起動は限定的であり、(トラップ)やフィールドエフェクトの類も動くまい。それにプレイヤーの命令が五百年前で止まっているのなら、恐らく拠点防衛にしか行動許可はない。宝物殿のアイテム使用も不可能だろう。当然、死亡したNPCの復活なども有り得ない」

 

 浮遊都市に恐るべき守護者が居るとは、リグリットや十三英雄から見ての話だ。リーダーと呼ばれるプレイヤーも、底レベルの魔神程度を相手にしていたのだから拠点防衛の守護者が強大に見えても仕方がないだろう。もしかすると、ギルド拠点に詳しくなかった可能性もある。

 だが、モモンガは違う。知識や経験で言えばユグドラシルでも最上位。プレイヤーの居ない拠点の内情など、外からでも手に取るように理解できるのだ。

 

「だから、まずは挨拶といこう。黒山羊の相手をしてくれたことにも感謝を述べねばなるまいしな。アルベド、部隊を率いているアルラとマーレ、シャルティアに突撃命令を出せ。地上都市を蹂躙されたならば、天使とやらも顔ぐらい出してくれるだろう」

 

「はっ、直ちに」

 

 アルベドの〈伝言(メッセージ)〉を受け、もぞりと魔王の大部隊が動き出す。

 レベル100の相手ですら軽く喰らい尽くすであろうアウラの魔獣部隊。守護者に匹敵する二体の竜と、竜系のモンスターで構成されたマーレのドラゴン部隊。そして上位の吸血鬼が中心となっているシャルティアのアンデッド部隊。

 浮遊都市の眼下で勝手に作られた大都市へ向け、三方から一斉に襲いかかる。当然ながら地上都市の住人たちは大混乱の様相を――と言いたいところだが、それは既に済ませてあったのだ。

 大魔王様の黒山羊五体が亜人国家を踏み潰しながら遊び歩き、更なるオモチャとして浮かんでいる都市へ手を出したその時、地上都市は阿鼻叫喚の地獄絵図そのものと成り果てたらしい。黒山羊は踏み潰す気などまったく無いままに住民を踏み砕き、大いにはしゃいで人間どもの住居をかき乱したのだ。今は魔王様の命で離れた場所で待機しているが、そびえ立つ漆黒の触手は恐怖以外の何ものでもない。

 地上都市に生きる脆弱なる者たちは、何が起こっているのかを知る前に、魔獣に噛み裂かれ、竜の吐息(ドラゴンブレス)で吹き飛ばされ、アンデッドの仲間入りを果たすこととなった。

 

「モモンガ様、歓迎の手勢が姿を見せましたわ」

「ふん、黒山羊の時と同じか。レベル90以上が二体、60以上が十体。2チーム編成で魔法障壁へ近付いた敵対勢力を迎え撃つ。地上都市を護るわけではないのだな。ただの規定に従った防衛反応か……。つまらん」

 

 おそらく何百年も同じ行動を繰り返していたのだろう。プレイヤーに与えられた最後の命令に従って。

 違う反応といえば、十三英雄がギルド武器を持って訪ねた時ぐらいか。

 

「アルベド、アウラたちにはそのまま戦闘を続けるよう通達しておけ。我々はこのまま浮遊都市の内部へ入るとしよう。デミウルゴス、例の少年はどうだ?」

「はっ、支配は完璧で御座います。“真なる竜王”から入手したギルド武器の装備も、まったく問題ありません」

「まぁ、支配してから装備すれば、ギルド武器の加護が邪魔してくることもない――と事前に試してはあったが、本番になると思わぬバグが発生したりもするからな。ユグドラシルとは違う世界だとしても、習慣は中々抜けないものだ」

 

 懐かしき記憶を思い起こす大魔王の前へ、枝分かれしている奇妙な形の大剣をもつ一人の少年が引き出される。目はうつろで表情はぼんやりとしており、一般的な村人と変わらない服装でただ立ち尽くす。

 彼の名は“ンフィーレア”、『あらゆる魔法具(マジック・アイテム)を制限なしで使用可能』という生まれながらの異能(タレント)を持つ“レア”である。

 



※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。