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                    オランダ風説書 その2
                 -1850-1856別段風説書に見る世界情勢ー
  
   阿片戦争(1840-42)詳述から始まった「別段風説書」では19世紀半ばの世界情勢が毎年報告されている。 日本に影響があるものは重点的に取上げられているが、それ以外でもヨーロッパ各国及び英国、オランダのアジア植民地の事も細かい所まで記述されている。 別段風説書はジャワのバタビアにあったオランダ領東インド政庁が新聞記事から作成したものと云われているが、良く整理してあり前年の起こった事件が当年は如何なったか、と継続的に記述している。 尚別段風説書の充実の伴い、従来の風説書は形式的な短文になって行く。
   
   別段風説書について良く云われるのは、江戸幕府ではペリーの来航(嘉永六年六月)を既に一年前の嘉永五年の別段風説書で知っていた、という事である。 確かに同別段風説書では米国が日本へ艦隊を送る事を決め、使節にペリーを選任した事及び渡来目的が述べられている。 更に嘉永六年別段風説でこの項目を見ると八艘程の艦隊で準備を進めている事が述べられている。 しかし艦の故障や修理などで都合が付かなかったか最終的には四艘で来ている。

   1850年から1856年迄の別段風説で上記以外に特記すべき事は、ヨーロッパ全体を巻き込んだクリミア戦争(英・仏・トルコ・サルディニア対ロシア)の経過が極めて細かく記述されており、安政二年版ではクリミア関係記事が全体の半分を占めている事である。 此戦争は従軍記者が参加した最初の戦争と云われているだけに新聞記事も豊富だったものと思われるが、近代戦争の規模の大きさと無益さを十分伝えている。 一方中国では広東開港の遅れ、太平天国の乱の状況もホンコンで発行されている英字新聞を基に細かく記載されている。 又此時期はヨーロッパ各国の政情が大きく揺れ動き、フランスでルイ・ナポレオンが大統領に選出後帝政に移行する過程、諸侯分立国家であるドイツやイタリアの統一への動きなど、何処も近代化が進められている様子が良く判る。

   これらのオランダ別段風説書により幕府要路の人々、及び写本を読んだ江戸時代の学識者が蓄積した情報は極めて正確、且つ豊富だった事が推定できる。 その情報蓄積により以後の開国交渉や近代化を比較的円滑に進める事ができたものと思われる。 日本の開国や近代化は決して明治維新政府から始まったものでなく、骨格は既に江戸幕府最後の15年で作り上げられたと云える。 

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   このページでは1850年から1856年の別段風説書を写本から翻刻し、拙訳による現代語及び註をつける。 但し嘉永五年版は写本未入手の為、必要部分の翻刻を借用した。 なお別段風説書は安政四年版(1857年)が最後と云われているので17-18年分ある筈である。 風説書その1で弘化三・四年(1846・47年)及び嘉永元・二年(1848・49)の翻刻を掲載しているので本ページ掲載分を併せて十年分は全文翻刻及び現代語訳にした。 下表別段風説書 クリックで該当年の翻刻及び現代語訳にジャンプする。

和暦年 西暦年 風説書 内容(トピックス)
嘉永三年 1850 別段風説書全 ○広東の外国人居留地交渉○ポルトガルによるマカオの接収及び総督の暗殺
○フランス支援によるローマ法王復権○ドイツ統一の曲折○米国の対日交易意思
嘉永四年 1851 風説書 ○6月8日壱艘到着○昨年船11月4日バタビア着○漂流米英人34人送届け復命
別段風説書全 ○海運の自由化○ハワイ付近で日本船救助○太平天国乱勃発○広東開港遅延
○英国博覧会の事○オーストリアとプロシャ対立○ロシアのカフカス侵略
嘉永五年 1852 別段風説書抄 ○米国の対日艦隊派遣方針及びペリーの使節決定、1-2ヶ所開港及び石炭
貯蔵所の確保
嘉永六年 1853 別段風説書全 ○モルッカ・バンダ諸島で大地震○中国の反乱一進一退○英国の貿易自由化
○ナポレオン3世の皇帝就任○ペリー艦隊の日本渡来準備○ロシア艦隊渡来予定
嘉永七年
安政元年
1854 風説書 ○6月1日壱艘到着○昨年船無事バタビア到着○中国船2艘見掛けた
別段風説書全 ○オランダーイギリス間海底ケーブルで電信開通○中国で太平天国の乱拡大
○クリミア戦争勃発○ギリシャの混乱○アメリカ合衆国各地○東洋派遣海軍艦船
安政二年 1855 別段風説書全 ○オランダの洪水被害○中国反乱側占拠地域拡大○クリミア戦争、各地で戦闘
オーストリア、サルディニアも参戦○カリホルニアで大量の金発見
安政三年 1856 別段風説書全 ○英領インドカルカッタ付近で反乱○中国沿岸で海賊活発○クリミアのバラクラバ
に黒海海底電信開通○クリミア戦争セバストポル陥落、パリ条約○スエズ運河計画
参考資料 クリミア戦争関連地図   東インド〔東南アジア)地図


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