第35話
イズミはしゃべれません。あのクソヤローから受けた傷そのものはイチコねーちゃんとクロキリにーちゃんのおかげで治ったけど声は出なくなってました。
クロキリのにーちゃんの話では心のもんだいって言ってました。いつかペンと紙じゃなくてちゃんと話したいなぁ…。
と、それでここは病院です。今日はクロキリにーちゃんに頼まれてイチコねーちゃんがびょーきを治しに来ました。イズミはイチコねーちゃんの護衛です。
「ここは…」
「経過観察含めて本当に治ったかどうかはきちんとした医者に診てもらってください。」
「はい…。」
イチコねーちゃんが助けたおねーさんはイチコねーちゃんの手をにぎってホホを赤らめてます。
何で?
『それはアレだ。傍目には助からないはずの命を助けてくれた奇跡を起こした人だからな。
しかもイチコの見た目って胸は小さいけど上の下ぐらいだから頑張れば自分でも手が届くかな?って思…ってこれは男の場合だな。
とにかく今まではリョウに隠れてたけど、イチコ単体なら男女問わず惚れる奴の一人や二人ぐらいは出てきてもおかしくねえんだよ。』
あっ、見てたんだクロキリにーちゃん。
「それでは私は失礼します。行こう、イズミ。」
「(分かった)」注:筆談です
イチコねーちゃんが出ていくのに合わせてイズミも出ていきます。
とりあえず、あのおねーさんがイチコねーちゃんに変な事をしようとしたらイズミが止めます。
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ふふふふふ…くっくっくっくっく…アーハッハッハ!
同時刻。『白霧と黒沼の森』の魔王部屋。俺は見事な三段笑いを上げていた。
え?何でかって?そりゃあ見事にイチコが堕ちたからですよw口でどう言い繕うが、心の中でどう誤魔化そうが、イチコが勢いだけではなく自らの意志で『霧人』を生み出したという事実に変わりはないのだよ!
と言うわけでさらに堕ち度を進行させるためにスーパー囁きタイムと行きましょうか。
「イチコお疲れ様。」
『っつ!クロキリですか…。何の用ですか?』
「何って労いの言葉を掛けに来てやっただけだよ。」
『…。』
イチコは眉を寄せている。
「別に誇っていいと思うぞ。お前が≪主は我を道に力を行使す≫を使ったおかげで彼女は助かった。今の技術ではどうやっても助からない死病に罹っていたにも関わらずだ。まあその結果として彼女は人間を辞めることになったがな…。」
『でもそれはクロキリが…。』
「そう。俺も共犯ではある。でもさ、考えてみろよ。確かに俺が≪魔性創生≫が使わなかったり、彼女が眷属化を拒否したら治せなかったのは事実ではあるけれど、最終的な決断権はお前にあったんだぜ…。だってお前が≪主は我を道に力を行使す≫を使わなければ俺は彼女を眷属化出来なかったわけなんだからな。」
『ちがっ…!』
イチコの声は震えている。うん。興奮してきた。
「違わんよ。これは事実だ。そしてお前は選んだんだ。“誰かの命を救うためにその誰かを化け物にする。”という選択をな…。」
『…。』
「さて、お前の敬愛するリョウお嬢様は今のイチコと俺の関係を知ったらどう思うだろうな?俺から伝えてやろうか?」
勿論、冗談である。自然バレの方が面白いじゃない。
『ま、待ってそれだけは…』
「分かっている。冗談さ。だからこれからも頑張れよ?」
『…。分かった…。分かったから…。』
さて、虐めるだけ虐めたし。霧を晴らしてやるか。
「ははっ、イザとなったら『鬼の砦』の時の様に俺がお前を守ってやるよ。それにさ…、」
『?』
「俺はお前がどんな選択をしても肯定してやるぞ?」
『あ…う…。』
おお、揺れてる揺れてる。
いやー、たまにはやっぱり魔王らしいことをしないといけないね。すっごく楽しいわ。
「じゃあ切るぞ。イチコお疲れさま。」
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数週間後
「全くの出鱈目…とは言えないですわね。」
国中で『霧人』になればどれほどの大病でも救いようのない致命傷でも救われる。という噂が最近まことしやかに語られるようになりましたわ。クロキリにその噂の出元や事実確認を聞いてもはぐらかされますけど。それなら自力で調べるだけです。
で、噂では二人の少女が現れ、人々を霧人にすると言われています。だから、
『霧王の依り代』と名乗る少女とその護衛の少女。
この二人を調べれば噂の真偽を確かめられるでしょう。
と、あれはイチコ?どうして病院に?それにあそこの患者さんは…まさか!
そして私は見ました。
イチコの手によってあの忌々しい魔法陣が現れるのを、
先程まで死に瀕していたはずの人間が明らかに健康そうな顔をして霧を纏うようになるのを、
そして、イチコが新たな眷属の誕生を微笑みながら喜ぶその様子を。
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