きょういく特報部
少子化できょうだいが減り、大人になるまで赤ちゃんに接する機会のない子が増えている。それなら家庭科の授業で、と地域の赤ちゃん、お母さんと生徒がふれあう「子育てサロン」を校内で開いている高校がある。生徒は将来、自分も親になることをイメージでき、孤立育児に陥りがちなママたちもいい息抜きになるという。取り組みを訪ねた。
◆校内で地域のサロン 千葉・鎌ケ谷高
10月上旬のある日の午前。千葉県鎌ケ谷市の県立鎌ケ谷高校の多目的棟に、母親と赤ちゃんや幼児の16組35人が続々とやってきた。市が主催する子育てサロンの時間だ。
エプロンを着けた3年8組の生徒39人も6枚のゴザに分かれて座る。市こども課職員で保育士の高橋弘美さん(48)は緊張ぎみの生徒に「上から目線にならずに一緒に遊べば大丈夫」と声をかけ、赤ちゃんを抱っこさせる。
岡大輔さん(17)は初めての体験に、こわごわと抱き、泣かれて焦りながらも「柔らかくて温かい、かわいいっす」。サッカーや合気道で鍛えた体で揺すってあやした。
多くの生徒が赤ちゃんに触れたこともない。「ほっぺた触ると笑うよ」「おれと目が合った!」と小さな発見にはしゃぐ。おむつ替えを手伝った富田純平さん(18)は「赤ちゃんがお母さんの元に戻ると泣きやんで、ちょっとショック。親になったら極力子どもに接したい」。
約1時間後、終了の合図。口々に「盛り上がってきたのにー」と残念がった。
サロンは3年文系の必修科目「家庭基礎研究」の一環。クラスごとに年1~2回行われる。幼稚園・保育園を訪ねて幼児とふれあう高校はあるが、校内で全生徒を対象にこうした授業を行う学校は「例がない」(全国家庭科教育協会)という。
このふれあい学習は、家庭科教諭の石島恵美子さん(43)が2006年度から始めた。以前は校外に出向く形だったが、今年度から校内に場を移し、月1回開いている。
きっかけの一つになったのは、毎年生徒に行っている家事労働への意識調査だ。「将来自分が行うことに不安がある」ことに「子育て」「介護」を挙げる生徒が毎年8割以上いる。「このまま大人になっても、積極的に子育てをしようという気にならないだろう」と感じたという。
市に連携を持ちかけると、保育士らが趣旨に賛同。市職員や市登録のボランティア「子育てサポーター」も授業に入り、生徒と母子を手助けするという授業の進め方が確立された。
当初は女子のみの選択授業だったが、夫の育児参加が少ないと感じている母親らから「男の子にも学んでほしい」との声が上がり、08年に男女混合の必修授業になった。職員間には「大学受験を考えると不要では」という意見もあったというが、石島教諭は「特に父性はきっかけがないと育ちにくい。子どもを苦手と言っていた生徒ほど実体験で変化が見られ、進学の先にある人生で役に立つ」と話す。
始める前は「お母さんが大事な赤ちゃんを生徒に触らせるだろうか」と心配する声も校内にあったというが、毎回15~30組の親子が参加し、多くが常連になる。同校は、来校者も含め校内で起きた事故すべてに対応できる保険に加入している。
堀内美由紀さん(33)は、市広報でサロンを知り、長男の大雅(たいが)君(8カ月)の首がすわらないうちから参加している。「高校生に『かわいい』と言われるのがうれしい。息子には、いろんな人に抱っこしてもらって、初対面の人に物おじしないようになってほしい」と話す。
幼い子のいる母親は外出の機会が限られ、社会との接点が少なくなり、1人でストレスを抱えることも多い。サロンでおしゃべりしたり赤ちゃんの面倒を見てもらったりすることで息抜きでき、高校生に感謝されることで自己肯定感が得られる、と市こども課の高橋さんはみる。石島教諭も「互いに得るものがあるからこそ息の長い活動になる」と期待する。
◆「子どもを守れ」さすまた製作 大分・鶴崎工高
ふれあい学習が別の学習に発展した例もある。
大分市の鶴崎工業高校では05年度、機械科の当時の生徒がふれあい学習で世話になった保育園などへ、軽量のアルミで防犯用のさすまたを授業で製作して寄贈した。実習時に生徒が「女性の先生には従来のさすまたでは重くて使いにくい」と感じたのがきっかけという。当時同校で家庭科を教えていた鹿島美貴代教諭(45)は「子どもを守ろうという思いを持ち、自発的に地域貢献まで発展した」と振り返る。
◆ふれあい体験を重視 新指導要領
新学習指導要領やその解説では、ふれあい学習強化の方針が打ち出されている。高校(13年度実施)では、乳幼児や小学校低学年児童とのふれあいなど体験的な学習をより重視し、実施に努めるとある。中学では12年度から、幼児とのふれあい学習が選択制から必修になる。
文部科学省教育課程課は、同じふれあい学習でも、中学では育てられる側、高校では育てる側という視点の違いがあると説明する。「中学では授業後、家族への感謝やかかわり方が変わるという報告がある。高校では自身が親世代になることも視野に、地域社会の一員として子どもにかかわる学びがある」
ただ、授業が行われるには現場の課題もある。同課は「ふれあいに必要な地域の協力を得られるかはばらつきが出るだろうし、実施が困難なら中学の必修化後も生徒同士のロールプレイングで代用せざるを得ない」としている。
また、千葉大の伊藤葉子教授(保育教育)が千葉県内の全県立と一部の私立高校計139校を対象に行った05年度の調査では、ふれあい学習を家庭科の必修授業で行ったのは7校。うち5校は家政系専攻クラスのある学校で、学年全体を対象に4クラス以上で実施していたのは1校だけだった。
伊藤教授は「家庭科教諭はふれあい学習の取り入れ方がわからず、受け入れる家庭や地域の側は学習目的を知らないのが、広まらない主な原因」と指摘する。伊藤教授らは学習導入の準備や安全指導、校内外の手続きの流れを示したガイドブックを作り、教諭や保育士らに配布しているという。(秋山千佳)