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蝕む黒の霧 作者:栗木下

1:魔王降誕

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第34話

「失礼します。」

「貴方が…そうなの…貴方の力があれば…」

「確実。とは言えませんが、症状と原因を聞く限りは大丈夫でしょう。」

「なら頼む…一刻も早く…」

「分かっています。後はその子自身が望むか否かです。」

 そう言って、私は普段なら仲がよさそうな夫婦から離れて部屋の中に入り、そんな私の後ろに護衛を兼ねたイズミがついていきます。

 ここは都内某所にある巨大な病院。連れ込まれるのはスキルという未だに全貌が明らかにならない未知の力を得ても治すことが出来るとは限らない患者ばかりの場所。そして私、久野イチコはそんな場所にある意味では最低で、ある意味では最高のスキルを持って来ていました。



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「眷属化による重症患者・難病患者の治療…ですか。」

「ああそうだ。イズミを治せた以上大抵はどうにかなるだろう。」

 私とイズミは『鬼の砦』でのレベル上げを一時中断し、『白霧と黒沼の森』に戻って来ました。


「(人だすけ?)」注:筆談です。

「人助けかどうかは微妙なラインだけどな。」

 そして、そこで聞かされたのは≪魔性創生≫を利用した治療法です。


「そういう事を受け入れてくれそうな病院に関しては既にリョウが調べてある。というか、最近リョウが小遣い稼ぎに≪治癒≫を使いに行っている病院だ。」

「その…、倫理的な問題などはないのですか?」

 私は初めてイズミと会った時の状況を思い出します。確かにあれが治せるなら大抵の患者は治せるかもしれません。人間を辞め、クロキリの眷属になるという代償のもとにですが。


「勿論、というか倫理的には絶対にアウトだ。野球ならストライクゾーンどころか最初からバッターを狙って投げるくらいにアウトだ。」

「(よく分からない。)」

「例えがよく分からないのですけど…ならそんな事をする訳には…」

「まっ、そこは親心、子心という奴だな。命さえ助かれば人間でなくなっても構わないから。というのは何処でもあるものだ。そして彼らは藁にもすがるような思いで来ている。さて、そんな彼らの思いをお前は無視できるか?俺にだって人間のような心はあるんだぜ?」

 クロキリはリョウお嬢様を通して実際にそう言う親を見たのか表情も無しに語っています。

 そして私は自分だけが助けられる力を持っているのにそんな彼らの思いを…無視できるの…?


「当然、条件もあるぞ。」

 そう言ってクロキリは≪魔性創生≫による治療を行う上での条件を挙げました。それによると、


・この方法は他に治せる見込みがない患者のみに用いられる。

・この方法は互いに合意の上でのみ用いられる。

・術者に強いるコストの関係上、一度行ったら最低1週間は空けること。

・『霧人』が増えることになるため、事後でも構わないから国に連絡を入れること。

・生まれた『霧人』に『蝕む黒の霧王』は何かしらの行為を強要してはならない。


 とのことです。


「患者を選ぶ権利は私にあるのですか?」

「一応こっちからも多少は口を挟むけど、基本的にはお前が助けたいと思った相手を助ければいいと思うぞ。」

 むう。私なんかにそんな命を預ける預けないなんてレベルの判断が出来るのでしょうか…。


「(イズミも手伝っていい?)」

「むしろ、手伝ってくれ。だな。≪主は我を道に力を行使す≫はイチコへの負担がでかいし、無防備になるからな。」

 コクリ。とイズミが頷く。


「まっ、何かあった時はウチに逃げ込め。そうすれば誰も手出しなんてできないんだからさ。」

 そう言って、私とイズミは外に送り出されました。



--------------



 そして、時間は今に戻ります。

 私の前には死病に侵され、人工呼吸器と点滴を付けられた顔色の悪い少女がいます。

 イズミはそんな少女に自分の時を思い出しているのか、微妙に俯いています。


 正直な話。私はこの方法に納得しているわけではありません。なぜなら確かにこの方法なら命は助かりますが、それと同時に人間は辞めることになります。『霧人』に関して情報が少ない現状では今後、種族問題以外でも問題が起こる可能性だってあります。

 でも、先ほど会ったこの人の両親に例え人で無くなっても我が子に生きていて欲しいと願いました。私にはそれを願う様子を見て断れるほどの思いはありません。

 だから、私は少女が願ったならそれを叶えてあげるしかありません。


 私は少女に声をかけます。

「少し…いいですか?」

「貴女は…誰…?」

「私は≪霧王の依り代≫です。今日は貴方との交渉に来ました。」

「交…渉…?」

「まず、貴方が今罹っている病は今の医療では治すことはできません。スキルを用いた治療も普通のスキルでは効果がありません。」

「そう…なんだ…。」

 私の言葉に少女は落ち込んだ様子を見せます。これは…辛いですね。でも言わなければ、少女に諦めさせるにしても受け入れさせるためにも


「だから私が来ました。私の主が持つスキルなら人を辞める代わりに助けられます。」

「えっ…?」

 彼女の顔に浮かぶのは困惑。当然ですね。スキルでも無理だと言われた直後なのですから。


「選びなさい。人のままでいることを望んで死ぬか。生きるために人から魔へと堕ちるか。そのどちらかを。」

「…。」

 そして少女は選びました。



 生きるために人であることを辞める。という選択を

重病の患者からすればイチコの囁きは天使の囁きとしか思えないでしょうね。治るはずのない病が治るのですから(これをクロキリがやると間違いなく悪魔の囁きなのですがね)


04/25 誤字修正

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