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蝕む黒の霧 作者:栗木下

1:魔王降誕

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第30話

「イチコよ。お疲れ様だったな。」

 そう言って俺は霧状態で外から『白霧と黒沼の森』に帰ってきたイチコとイチコを通して眷属化した子供を出迎えた。

 ちなみに後でもめると面倒なので、すでにこの子は貰うからとあちら側には一方的に通知済みである。

 と、さすがに憔悴気味のイチコが話しかけてくる。


「珍しいですね…。」

「ん?何がだ?」

「そうやって私を出迎えて労いの言葉をかける事です。」

「そんな事か。俺だってこういう時ぐらいは労わるさ。とりあえず命令だ。今は休め。」

「…。クソクロキリのくせに…。」

 そう言ってイチコはその場で崩れ落ちる。が、その体が地面に着く前にイチコ周辺の俺を部分的に実体化して支える。


「えーと、それでお前は…?」

「……。」

 俺はイチコが連れてきた子供に意識を向ける。

 ちなみに今は俺の中にいるので、この子供が少女で眷属になる前に負っていた傷が無くなっているのも確認済みである。


 そこ!幼女の体を隅々まで弄ったのか!とか言わない!俺の体の特性上、霧の中にある物は全部触っていて見ていて聞いているような物なんだよ!決してわざとではない!結果として幼女の全身に触ってペロペロしていることになっていたとしてもだ!そうこれは不可抗力なんだ!


 と、俺が心の中で暴走していたところ少女がイチコに近づいてくる。

 目を向けている位置からしてどうやら俺の本体がイチコの近くにいると考えているようだ。


「……。」

「んー。出来れば名前ぐらいは教えて欲しんだが…。」

 少女は無言で俺が居そうな位置に向かって手を振って触ろうとしている。ごめんよー。俺は霧だから触れないんだよー。


「あー、もしかして喋れないのか?」

「……(コクン)。」

 少女が肯定の意思を表すように頷く。

 まあ、あんな目に遭わされた訳だしな。むしろよくこちらの質問に答えられるだけの心が残っているわ。もしかしたら眷属化の時に肉体だけじゃなくて、思考能力を取り戻せる程度には精神を治しているのかもしれないな。


「とりあえず文字描けるか?」

「……(コクン)。」

 というわけでコミュニケーションの結果はこんな感じ。喋れないから結構な訓練をして無詠唱のスキル行使ができるようにならないとステータスを開けないんだよねえ。


・名前は茲炉(ココロ) イズミ

・所有スキルは≪出血防止(アンブラッディ)≫と言う常時発動型スキルで、どれだけ深い傷を負っても傷口から出血することがなくなるそうだ。

・家族は全員死んでいる。というか両親はあの研究者(と言うのもおこがましい奴だったが)の雇った奴に殺され、一緒に攫われた弟も実験の最中に死んだそうだ。


 で、今後どうしたいのかを聞いたところ自分を助けてくれたイチコに恩返しをしたいそうだ。

 と言ったところまで聞いたところで寝る必要はないのだが、夜も遅いので寝かしつける。


「それにしても面白い事になったものだ。」

 そう言って俺はリョウとリョウの要望で眷属にした少年チリトを思い浮かべつつ、イチコとイチコの要望で眷属にした少女イズミを見る。

 ちなみに現在チリトはリョウの家で半軟禁状態で事情説明中である。


 さて、新しく眷属にしたこの二人は先輩眷属の要望により眷属化したというのは同じだが、眷属化の理由は真逆と言ってもいいだろう。

 なにせ、チリトはリョウが自分の正体を知られたため、自らの安全と情報の漏洩を防ぐために眷属化した。つまりはリョウ自身のためだ。

 それに対して、イズミはイチコが死にかけているその姿を見て助けたいと思ったために眷属化した。つまりはイズミという他人のためであると言っていいだろう。まあ、目の前で人が死ぬのを見たくなかったというイチコ個人の思惑があった可能性も否定しないが。


 この対比は実に面白い。かつては主従であった以上その嗜好は似通っているはずなのにこうも分かれたのだから。

 というか、この状況を互いに伝えたらどうなるんだろうな。イチコはリョウお嬢様万歳だから受け入れるかもしれないが、案外リョウはイチコの行動を非難するかもしれない。

 まっ、俺から伝えるような真似はしないけどな。こういうのは手を加えずにそのままの形で出た方が面白いし。


「それにしても、今回の件で多少面白いことが分かったな。」

 それは≪魔性創生≫に伴う傷の回復と一定条件さえ満たせば枷などで体を拘束しなくても眷属化が可能という事実だ。

 傷の回復に関してはどこまでが傷と判断されるのかは事例を積み重ねて確かめないと分からないが、先天性の病気はともかく後天性の病気は傷として判断される可能性は高い。そうなれば病気の治療と引き換えに眷属になることを求める。という交渉もできるようになるわけだ。

 また、拘束しなくても眷属化できる。と言う事実も似たようなもので、ダンジョン内で死にかけている人間を命を助ける代わりに眷属化する。というカードを持てるようになる。


「ただまあ、これは≪魔性創生≫の一部だから俺が出来るという事は俺以外の魔王もできるという事になるわけだし。迂闊に眷属を増やすと管理しきれなくなる。それにバレる可能性も…、いや軍の一部と国のトップにはもうバレているのか。」

 そこで俺は少し考える。

 イチコの正体がバレていた。となるとそこからリョウの正体も、主となる魔王がどこの魔王かもバレていると考えてもいいだろう。ならば何故に国は友好・敵対問わずリョウに接触してこないのか。

 まあ、単純に考えれば泳がされているんだろうな。

 リョウはあれでも議員の娘。つまりは法律的にはともかく世間的にはそれなりに立場がある存在だ。そして、表向き唯一『白霧と黒沼の森』の内部構造を知る人間とされている上に、裏では俺に関する情報を捻り出せる可能性のある貴重な存在だ。となると持っている情報はかなり貴重ということになる。おまけにかなり高い治療能力も有しているしな。


 それを考えると…ふむ。いっそ霧人の事、というよりは眷属の事は隠すよりも公表してしまった方がいいかもしれないな。他の魔王へのけん制にもなるかもしれない。

 じゃ、その辺の事をリョウに伝えてやらせるか。考えてみればチリトを眷属化した対価をまだもらってないしな~♪

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