Band of brothers

「ガメ、きみの友達たちは気の毒に、あの品性下劣な男に、いいようにあしらわれて敗退するようにみえるぞ」と日本のおっちゃん友達からemailが来ていたので、見に行ってみると、なるほど、これは負けますね、という展開だったので、頑張ってくれてありがとう、という手紙を書くことにしました。

ざっと見てみましたが、ためらいもなにもなく足撃ち(←お百姓さんが編み出した剣術で、見苦しさをかまわず遮二無二足だけを狙って竹刀で打ちにかかる.1年程度の練習で、もともと剣術が想定していなかったやりかたの汚さで、どんな剣聖にも勝てたが、あまりに醜悪でこんなものを許していたら剣道どころか武士道そのものが消滅してしまうというので禁止になった剣道術です。有名な流派では柳剛流というのがあります)にかかってくる能川元一さんに、どうしても最低の美学と人間としての矜恃は保ちたいタイムラインの人々が、愚弄されている。

すべての論拠がニセガイジンにかかっていて、ニセガイジンと集団で喚き続けた根拠が「英語力が誰が読んでも日本の中学生なみ」だったのだから、ほんとうは、そのもともとの論拠に集中して「おかしいではないか」と述べつづければいいだけであったのに、相手がそこに来るとだんまりになってしまうことに焦れて、矛先を牛蒡話に転じてしまう。

牛蒡話も、すでに、能川元一の異常な趣味の「自分が攻撃できるとおもったものは全部『魚拓』をとっておく」で皆が閲覧できるものだけを材料に、「仮に能川元一の言ったとおりだとして」と仮定して哲人どんが組み立てた「寓話論」が手元にあるのに、論拠もなにもなく能川元一に「そんなものは認められない」と言われると、なんとなく「そうか認められないのか」という気がしてきてしまって、能川の常套手段にはまって、「まず相手のいうことが正しいと仮定して自分で即興で反駁を考えてみればいいか」という、思うツボの自爆の道を歩いてしまう。

読んでいて、そうだったなあ、となつかしい感じがしたが、当時はまだ20代で若かったぼくは、なんとぶったまげたことに「Richard」のほうを名乗っている。

読みながら「先生、それはまずいんでは」と可笑しくなってしまった。
万が一名前から実名が判ったときにカッコイイほうを選んでしまっていて、やっぱり「投資家」なんておっさんくさくて嫌だったのか、あいつ、昔からカネの話は嫌いだったからな、と10年前の若かりし頃の自分の軽薄さをうらやむような気持になった。

能川が終始一貫ニセガイジンの根拠にしている英語は、いくら書いてみせたって、「高校生の作文だ。おれのほうが英語力が上だから、おれにはわかるんだ」という、ほんとは英語で言わないとすさまじくカッコワルイ科白を、おっさんの厚かましさで委細構わず述べて、それで終わりにしてしまうのが判っているので、ちょっと何百人というはてなのひとびとが「エイプマン(←能川先生の他人を中傷攻撃するときの偽名ですね)が正しい。おれも読んだが、高校生の作文だよ!」と口々に言い出したのには、母語でもあり、自分の日本語が英語人の群に「おれより下手だ」と嘲笑されることを想像すれば少し判りやすいだろうが、ぶっくらこいてしまったし、なにしろ根が短気なので頭に来たりしていたが、「まあ、5年くらいほったらかしにして、言い逃れが出来ないところまで、好きな事を言わせておこう」と思って、いっさい英語は書かずに「ほおれみろ、英語、書かないじゃないか」と自分は絶対に英語を書かないのを棚にあげて、はてな人の数を頼んで、嘲笑するのにまかせていた。

ちょうどいい機会だから、なぜ「ほおれ、証拠をだしてみろ」と言われると、なんだか意地になったように応じないのは、卑屈なことを平気でおこなう日本の文化とは異なって、ぼくが育った文化では、ちょっと例が下品でよくないが、やや女っぽく見える男の人が往来ででくわした見知らぬ男に「おまえ、ほんとうは女だろう、それが嘘でないといいはるなら、そのズボンをぬいでチ〇ポコをみせてみろ」と言われたときと同じ気持ちになる。

それを要求する能川元一は、はいはいと性器をだしてみせて、「これでよろしいですか?」と述べるということだろうが、こちらは、そういう卑屈なことはしたくないので、下劣な人間から要求されているあいだは、なにがあったって応じるわけはない。

軽蔑しているだけのことで、それをそういう要求を非礼にも平然と行う人間がどうとって、その同じく品性下劣に決まっている取り巻きがどうとったって、その取り巻きが何千人いたところで、そんな野蛮人の集まりなど怖くもなければ、くだらないとしかおもわない。
仮に日本中が同調してところで、そうか、そんなにダメな国なのか、とおもうだけのことです。

おぼえている人はおぼえているだろうが、英語を書き出したのは、たしかロウィナというスコットランド生まれのカナダ人が、もともとはアフリカ系の人で、アフリカ文学に詳しくて、話しかけてみたくてたまらなくなったからです。
話しかけてみると、案の定、アフリカ系作家に豊穣な知識を持っていて、いまのぼくの頭のなかにあるアフリカ現代文学の系譜は、おもにロウィナ先生の導きに拠っている。
そのうちにロウィナの友達であるキャサリンというシカゴに住む、途方もなく美しい静謐な英語を書く作家の友達がつきあってくれて、フォローしては、日本語の洪水に驚いてアンフォローして逃げてゆく英語人のなかで、ただふたり、ずっと一緒にいてくれて、いまでもツイッタ上の付き合いがあります。

ついでだから書いておくと、エイプマン本人だかエイプマンのいわば「ニセガイジン攻撃友達」だかが、ロウィナにおっそろしくわかりにくい英語で、「こいつはニセガイジンのウソツキだからフォローをやめないとろくな事はない」というダイレクトメールを出して、ロウィナが意味がとれないので困った挙げ句、どうもあなたのことが書いてあるようだから、読んで見てくれないか、と送ってきて、そのまんま「ぼくがウソツキだから付き合うと危ないと書いてあるね」と英語から英語への翻訳をしてあげたら、よくわかったからブロックしておくね、ということだった。
そのときにわかったのは、日本の人はマメというか、なんというか、そんなことまで一生懸命に努力しているので、あとで、モニとふたりで日本の人はおもしろいね、と笑い合ったものでした。

そのころは、能川先生は「ガメ・オベールは白人のことをコーカシアンと呼ぶから英語を知らない」と鬼を首をとったように述べるのに夢中で、まわりのはてな人も「おおー、これでガメ・オベールも終焉のときを迎えたか」で、大喜びだったが、
あとでやってきた哲人どんが「あのひとたちは小金井良精先生がつくった翻訳語を知らないのか」と驚いていて、黙っていていいのに、言ってしまったので、自分で調べてみたのでしょう、あっというまに言わなくなってしまった。

今中大輔たちに毎日のようにつきまとってニセガイジンを広めて歩いていいかげんにしろと言われるようになると、自分のアカウントが引用される度数があがるにつれて、今度は自分がトロルの被害者だといいだして、「つきまとわれているからつきまとう」という珍妙な理屈で相変わらず猛烈な数のツイートを始めた。

ぼくは実は能川元一がエイプマンの正体であることを、ずっと前から知っていた。
六甲山なんとかいうプロバイダだったとおもうが、日本のインターネットの匿名性なんてチャチなもので、そういう仕事の人に頼んで調べてもらえば半日で「正体」なんてわかってしまう。

え?それでは、ガメの正体も判ってしまうではないか?って、だって、正体ばれても困らないもの、どうだっていいじゃないか、そんなこと。
トンチンカンなピントがはずれたやりとりがあって、何の本に載っているんだ、と聞くので、取り巻きだったかエイプマン本人だったか忘れたが、そのときに隣町の図書館までママチャリをとばして見に行って証明してやる、というので、これはおもしろい、と考えて、なんだかおぼえてない本の名前をあげたら、ほんとにえらい勢いで自転車をこいで図書館まで行ってしまって、これには、ちょっと悪いことをしたという感じがしたが、ほかは話全体がバカバカしくて、能川先生には悪いが、いまだにどうしてもマジメに受け止める気になれない。

ひとつには、その頃からブログを読んでいる人は、みなが知っているとおり、あのブログはゲームサイトの広告・販売促進として書かれていたブログなわけで、
ガメ・オベールという名前をみれば、すぐGame Overと判るとおり、ゲームブログです。 

やってみると、ソフトの届け先に大学研究室が多くて、じゃあ、おれが書くよ、ということになって、途中から日本にいるあいだのひまつぶしで出資者であるぼくがヒラ社員(役職名がないのだから嘘ではない(^^)ガメ・オベールという名前で、その月に売れてもらわねば困るゲームの内容に沿うような内容の記事を書いていた。

牛蒡の回の記事は、その頃テキサス州にあった小さな会社のボードゲームをソフトウエア化した米軍対日本軍のフィリピン攻略戦だったとおもいます。
これを仕入れの人が10本の注文を100本頼んでしまって、げげげになって、「一杯のかけそば」路線でブログを誰かが書いて売るしかない、と社長が述べていたのをおぼえている。

能川元一さんとエイプマンがおなじ人なのは、当時からわかっていたが、なにしろあの口汚さでは、ばらしてしまっては困るだろうということになって、まあ、黙っていようよ、と憤慨する社長などもなだめて、知らん顔をしていたが、こんなに威丈高になって、お話を深刻にしてしまうとしっていたら、返ってそのときにばらしてしまったほうがよかったのかもしれないが、アルコールがはいっていたのかなんなのか、自分でエイプマンはおれだと述べてしまって、それならじゃあ、こっちもばらしてしまうか、ということになった。

正直いって、10年いやがらせを続けられて、うんざりしていたし、不愉快でもあった。
能川元一さんの反応は奇妙で昨日はエイプマンはおれだと言わんばかりに誰がどうみたって同一人物であることをツイートしたかとおもえば、今度は、多分、これでは世間体に傷が付いていまの良識派知識人としての名声がなくなってしまうと考えたのか、今日は別人をよそおったりして、一貫しないが、内心は案外、なにしろ能川元一としてのアカウントで「エイプマンはおれだ」と述べてしまったツイートを、多分、あのひとはネトウヨと称されるひとのひとりではないかとおもうが、発見されて、人を呪わば穴ふたつ、といういかにも昔の封建日本の暗い陰湿な人間関係をおもわせる諺があるが、そのとおりで、今度は自分が、いつも他人を陥れるときに使う手のスクショでにっちもさっちもいかなくなって、気持ちが混乱しているのかもしれない。

今回は、とてもいいことがあって、ぼくは自分のTLで出来た友達が、まさか自分達で自発的に起ち上がって、ガメに日本語から去られてたまるかと口々にダイレクトメールやemailでのべて、おれはどんな方法でも止めてみせると言って、ほんとうは仕事が忙しいひとたちで、なによりもこういう争いごとが嫌いで、普段はどひらかといえば、能川や取り巻きの喧嘩好きを見て眉をひそめていたのをおぼえているのに、戦いに行く自分が冷笑人間がおおいネットのなかでどんなふうに言われるかわかっていて、それでも「やってみる。戦ってみる」とひとりひとり出かけていって、到頭、みんながぶっくらこいたことには哲人どんまで、考えてみればわかるが、「あんな人間たちを相手にして」というアカデミアの教授たちの冷笑を覚悟しながら、「若い人が戦うのに、ぼくが戦わないというわけにはいかないから」と述べて、能川元一のまともな人間では到底耐えられそうにない嘲笑罵倒に耐えていた。

ここまでされてブログを閉じて、更新もしないのでは人間とは言われないので、
ブログは更新します。

更新はするけれども、もう日本語にだいぶん飽きてきているので、物語であったり詩であったり、従来どおりの日記や手紙であったり、戯曲であったりするのを許してください。

それからツイッタは、薄気味わるい人が多いのが今回のことでもよく判ったので、
だんだん英語だけにしていくとおもいます。

ブログの更新の告知もしないので、まあ、ときどき、覗きに来てみてください。

あっ、ただ緊急時にはファランクスのバナーがあがることになっている、あのバナーのところでブログの更新を伝える方法を考えるかもしれない。

ほんとうに、ありがとう!

英語には有名な科白というものがいくつもあるが、今回のみんなの行動をみていて、ぼくは、子供のときから馴染んで暗誦してきた、
St Crispin’s Speechという、、Henry Vが圧倒的な数のフランス軍に包囲されて、絶体絶命の戦闘前夜に、長いあいだ共に戦ってきた兵士たちひとりひとりに声をかけて、友人同士らしく笑ったり肩をたたきあったりして談笑したあとに、全滅を覚悟しておこなう、有名な演説をおもいだしていた。

長いので、ほんの一部だけしか引用しないが、ネットでSt Crispin’s Speechで検索すれば、いくらでもサイトが出てくるとおもいます。

最も有名な箇所は、最後のところで、

We few, we happy few, we band of brothers;
For he to-day that sheds his blood with me
Shall be my brother; be he ne’er so vile,
This day shall gentle his condition;
And gentlemen in England now a-bed
Shall think themselves accurs’d they were not here,
And hold their manhoods cheap whiles any speaks
That fought with us upon Saint Crispin’s day.

という。

ウインストン・チャーチルがバトル・オブ・ブリテンの勝敗が決した1940年8月20日に行った、有名な演説The Fewや、映画や劇、本の題名によくとりあげられるBand of brothersは、この演説が元になっている。

おおげさだと、また冷笑屋たちが笑うだろうが、もう根っこから腐った人間たちの冷笑を気にするのはやめよう。

みんなが日本語ネット空間に向かってみせたのは、integrityという言葉の発見ひとつで、いままで渇きにあえいでいた人が水を飲むようにして、integrityという概念を吸収して、あっというまに行動が変わるほど日本人は成熟した文明を持っているのだということ、だから、どんなに日本がたいへんなところに落ちてきてしまっているといっても、歴史上は初めてでも、自分たちの社会は自分達の手で変えうるのだ、という希望だとおもいます。

裏から手をまわして使嗾したり傀儡師の役割をしたりするのは柄でもなければ、みっともなくもあるので、みんなが知っているとおり、必要以上に素っ気なくて、不用意に「どうすればいいか」聞いて、瞬時にブロックされて、なんて薄情なやつだと憤激した人もいたとおもう。

その結果は能川元一のような喧嘩が商売で百戦錬磨の、厚顔な足撃ち屋には勝てなくて、ツイッタでも能川元一は、すでに勝ち誇って腹を抱えて笑っていたが、なにを見ても「これをどう利用すれば勝てるか」しか考えることができない政治的な人間に対して、今中大介や森野夏やゆーりのように考えがおおあまで、「ここまで言えば能川元一さんもわかってくれるだろう」と話しあって、見事に甘さにつけこまれて揚げ足をとられていたが、
その甘さ、政治的に狡猾に判断できない人間としてのやさしさは、むしろ誇っていいことだとおもいます。

政治的人間になるほど人間にとって、みっともないことはない。

負けたって、いいですよ。
みんなで笑われながら、議論をもっと重ねていって、integrityの言語上の語彙の欠落が原因だと発見したときのように発見していけばよい。

ぼくも、ここにいるから。

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1 Response to Band of brothers

  1. 僕は長い間、子供の頃から、人間にとって宗教はどういう意味を持つのだろう、そもそも宗教とはなんだろうと、ずっと考えていた。

    今では宗教という言葉が限りなく誤訳に近い言葉であるという確信を持っているが、それ以上に、神という言葉が指しているものがなんなのか。30代が終わるまでの間は、それをずっと見つけられないでいた。
    数年前、イスラムの人たちと交流する機会があり、その経験を通じて、日本語表記の「宗教」という概念と、その言葉が指しているものの間に生じている「ブレ」をはっきりと感じ取ったものだったが、同時に「神」とは物的あるいは精神的存在というようなものではなくて、もっとシンプルに、ある種の「基準」そのもののことなのではないか、とその時には思った。

    それからしばらくして、ガメやんたちのintegrityについての議論を途切れ途切れに追いながら、自分なりに考察もしてみた時、それは確信に変わり、「”基準”が人間の輪の内側にあるのか外側にあるのか」という概念そのものが本当に衝撃だった。その時はそれで、子供の頃の疑問の全てが氷解したと感じた。
    だって、本当にそれで日本で起きている「おかしなこと」の多くが説明ついちゃうじゃないか。
    「赤信号、みんなで渡れば怖くない」ってのは一種の古いギャグだったけど、あれはまさに、的を射た矢の如き言葉だったわけだよね。日本社会がずっと抱えていたであろう問題の根幹を、明瞭に見通した言葉だったわけだ。

    今ではわかる。「日本人は神を信じないと言うと、外国人はものすごくびっくりする」という、昭和時代に時々耳にしたフレーズの意味を。
    日本人は普遍的な価値判断基準のない人間の集まりなんだよ、常識的、共通認識的な善悪判断の基準がない、持とうとしない社会なんだよ。とか言われたら、そらナニジンだろうとイソジンだろうと誰だってぶっくらこきますわな。それだけの、あたりまえの話だった。

    日本社会で「神の存在を説く」となどと述べてみると、その瞬間起きうる事象を今最もナウいらしい日本語で表現すると「ドン引きされる」わけだが、それは何故かと言うと、日本人には「霊魂や精霊の存在を説く」という意味合いで伝わっているからに違いない、という説は、概ね間違っていないと思う。

    いや違うんだ。そうじゃないんだ。神ってのはそういうことじゃなくてね。神様ってのともちょっと違っててさ。
    そういう話が日本社会の中でもっと気軽にできるようになるのに、もう少し時間はかかるだろうか。
    そしてその意味での「神」は、本当は日本にはずっと昔からあったはずなんだということに、僕ら日本人は気づいたほうが良いのだと思う。
    まだギリギリ忘れられていないようには見受けられる、「お天道さまが見ている」という言葉は、儚いながらも希望だと思う。
    だれが奴らに負けたって、何を言われたって、見てくれてるよ、お天道さまは。そういうことのはずなんだよ。
    僕らはただ、その太陽の位置や輝きを、見失わなければいいだけだ。そうすれば、自ずと言葉にも「神」が宿るようになるかもしれないと、僕は思ってます。

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