2018年8月にタニガワナマズ Silurus tomodai Hibino and Tabata, 2018 が新種記載されました。 系統的にイワトコナマズと近縁ですが、腹面から眼は見えないため、形態的な差異は明瞭です。 ナマズとよく似ており、明瞭な形態的な差異が判然とせず、新種記載後も歯が割れているとか、お腹に模様があるとか、様々な情報が錯綜しています。 これは仕方がないことで、ここだけ見れば同定できるという形質がなく、複数の特長を組み合わせて、総合的な判断でどちらに傾くかを、見る必要があるためです。 当ページでは総合的な判断を10項目に絞り、簡単なチェックで同定を試みています。 多くの方々にご助言やご協力を頂きました。厚くお礼を申し上げます。 |
ナマズとタニガワナマズの分布 ナマズ | | 全国的に見られるが、自然分布は滋賀県~九州北部と推定され、それら以外は外来魚の疑い。 | | | タニガワナマズ | | 三重県・岐阜県・愛知県に割と多く、静岡県・長野県・新潟県は調査不足もあるが、確認例が非常に少ない。 | | 鈴鹿山脈よりも西にナマズ、東にタニガワナマズが自然分布すると考えられます。 ナマズは江戸時代以降に鈴鹿山脈以東へ移入されたと推定され、タニガワナマズの分布域では生息水域が重なっています。 タニガワナマズは8河川で素潜り観察しましたが、同じ川に2種が見られる場合は、上流域にタニガワナマズ、下流域にナマズと分かれます。 中流域では混生していることがあり、ナマズは流れの緩やかな場所、タニガワナマズは流れの速い場所と、棲み分けしている印象です。 タニガワナマズの分布域は狭いですが、直ちに絶滅が危ぶまれるような、希少な魚ではないと思います。 |
両眼間隔/頭長は重複しない識別形質ですが、0.2%の違いしかなく、サンプル数が増えると、この差が無くなる恐れもあります。 上から撮影した写真でも、大まかな値は出せますが、正確には標本にして実測することが望ましいです。 全長はナマズ65cm以下、タニガワナマズ55cm以下が多いです。 そのためタニガワナマズの方が小さめに思われがちですが、 ネット上で82cmのナマズとされている個体は、記載者によるとタニガワナマズだろうとのことです。 交雑は極希のようなため、あまり考慮しなくて良いと思います。 |
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タニガワナマズは2016年3月に新種記載準備へ入り(私は第三著者予定として、同年末頃まで手弁当で活動し、その後に離脱した)、 同年4月に鋤骨歯帯を注目しましたが、同年5月に識別形質としては多様で、決定的な特徴としては、使えないことが分かりました。 しかし、同年6月にSNSで鋤骨歯帯が使えると主張する方が現れ、その方が2017年7月に編著した地域資料で、鋤骨歯帯が八の字に分かれるものを、 ナマズと区別してイワトコナマズ近似種としました。2018年3月にはそれを引用した図鑑まで登場しました。 他にも鋤骨歯帯が使えそうだというネット記事が、更に誤情報を拡散させました。 私達が突き止めた鋤骨歯帯は、タニガワナマズは二分~一帯で中央が狭い、ナマズは一帯で中央が狭い~一帯がいることです。 この結果から二分していれば、タニガワナマズと同定しても良かったのですが、 ネットでナマズとしか思えない個体が、二分している複数の画像を見つけました。 現物の確認は必要ですが、両種とも二分~一帯で中央が狭いがいることになり、 鋤骨歯帯だけによる識別は出来ないと言えます。 割合的にタニガワナマズは二分傾向で、ナマズは一帯傾向があり、傾向的な特徴としては残りそうです。 |
日本産ナマズ属
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日本産ナマズ属は4種です。琵琶湖水系にはナマズ、イワトコナマズ、ビワコオオナマズの3種が生息します。 これらの識別は容易ではなく、名著な図鑑であっても、誤同定していることがあります。 その多くは体側に現れる黄褐色の斑紋を重視し、誤同定を誘発しているのだろうと思います。 模様だけでは同定できません。大型魚は地面に置いて、上から撮影することが多く、細部の情報は不足がちですが、 ここではそうした写真でも、傾向的な特徴から同定を試みました。 私は琵琶湖水系135箇所(余呉湖1+北湖121+南湖8+内湖3+瀬田川2)を、全月(1~12月)昼夜を問わず素潜りし、ナマズ属を数多く見てきました。 そこで得た経験から、形態以外の傾向から、同定できる可能性も記しました。 |
全長(cm) | 0-65 | 66-75 | 76-119 | 120-153 | ナマズ | | | | | イワトコナマズ | | | | | ビワコオオナマズ | | | | | | | 水温(℃) | 0-5 | 6-25 | 26-31 | ナマズ | | | | イワトコナマズ | | | | ビワコオオナマズ | | | | | | 湖岸域出現月 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | ナマズ | | | | | | | | | | | | | イワトコナマズ | | | | | | | | | | | | | ビワコオオナマズ | | | | | | | | | | | | | | 全長70cm以上はビワコオオナマズと同定しても正判別率は高いと思います。聞き込みで得た最大は全長153cm(体重23kg)です。 水温26℃程度からイワトコナマズは急に減り、水温の低い湧水が染み出す場所や深場へ移動します。 夏場の琵琶湖は31℃程度になりますが、28℃以上で捕れたナマズ属は、ナマズかビワコオオナマズの疑いが強いです。 琵琶湖の湖岸域でナマズは年中見られ、イワトコナマズとビワコオオナマズは、4月下旬~7月中旬頃に集中し、それ以外の時期は希です。 湖岸域で2月にビワコオオナマズ幼魚を目撃したことはありますが、イワトコナマズを冬場に見たことはありません。 岸からナマズ属を目撃すると、ナマズは底からやや上をゆっくり泳ぎ、水平方向にいる魚を探し、 ビワコオオナマズは底に鎮座し、上方を通り過ぎる魚を待ち、 イワトコナマズは頭を下へ向け、岩が触れながら泳ぎ、その隙間にいる生物を探す姿を見かけます。 こうした行動観察だけでも、同定の材料になります。 極希にナマズ×イワトコナマズ、イワトコナマズ×ビワコオオナマズが確認され、その疑いがある場合は更なる精査が必要です。 |
イワトコナマズとビワコオオナマズの分布 イワトコナマズ | | 琵琶湖・瀬田川、余呉湖。内湖や流入河川には侵入しない。不明確な移入情報もある。 | | | ビワコオオナマズ | | 琵琶湖・瀬田川・宇治川・淀川。極希に内湖などでも確認されているようだが、放流の疑いがある。 | | ビワコオオナマズは単発的に放流され、池などで見つかることがあります。 この中には飼育魚を持て余した個体も多いと思われ、こうした外来魚の放流は止めるべきです。 イワトコナマズは高水温に弱く、琵琶湖南湖は水深が浅いため、底付近も水温が高く、夏場は生息できないと思われます。 池などに放流されても、夏場に死ぬことが多いと想像します。 琵琶湖に流れる川や水路で見られるナマズ属は、ナマズ以外は見たことがありません。 琵琶湖まで距離20mの河口域でも、ビワコオオナマズとイワトコナマズは見られません。 川の流れがなくなる、河口から出た琵琶湖側には見られます。 琵琶湖へ流れる川や水路で捕った個体は、ナマズと同定してほぼ間違いありません。 |
鼻管の長さ | | 頭の長さ形 | | まずは鼻管の長さを確認してください。ナマズの中にはハの字になる個体もいます。 | |
前鼻孔にある鼻管は、イワトコナマズだけが長くて目立ちます。 ナマズとビワコオオナマズの疑いがある場合は、頭の長さと形を確認します。ナマズは頭長が短く、丸い印象を受けますが、 ビワコオオナマズは頭長が長く、潰れた様に見えます。また、胸鰭条数がナマズ1棘12~13軟条よりも、 ビワコオオナマズ1棘13~15軟条の方が多く、胸鰭長もやや長いように見えます。 ちなみに、タニガワナマズの鼻管は、ナマズとイワトコナマズの中間程度の長さが多く、胸鰭は1棘10~13軟条(最頻値12)です。 |
図鑑によく記されている識別点は微妙 | | イワトコナマズの眼は腹側から見ることができる? ビワコオオナマズの尾鰭上葉は下葉よりも長い? そうとは限らない! | |
図鑑等で見られる「イワトコナマズの眼は腹側から見ることができる」という識別点は、 イワトコナマズを何度も引っ繰り返し、腹側から眼を確認したところ、1/3程度は見られない印象です。 これは引っ繰り返した際に、重力によって眼が背面へ移動するためで、水中へ入れると、確認できることがほとんどです。 腹側から眼が見えなくても、頭が潰れた様で、眼が側方に突出していれば、イワトコナマズと同定して良いと思います。 但し、ビワコオオナマズ幼魚は、腹側から眼が見えそうなほど、頭が潰れた様で、眼が側方に突出するため、注意が必要です。 「尾鰭上葉は下葉よりもビワコオオナマズは長く、ナマズはほぼ同じ」という識別点も、図鑑等によく記されています。 写真右を見ると微妙な違いで、むしろナマズの上葉の方が長いように見えます。 こうした識別点は決定的な特徴ではなく、傾向的な特徴として捉え、同定の参考に留める方が良いです。 |