セネガル首都ダカール カーマ家の屋敷にて
占領地時代に建てられたかのような豪華な庭園つきの屋敷。日差しはどこか刺々しく空気は乾燥しているが、庭に面した広いテラスは噴水に面しており、植物のおかげでオアシスのように潤っていた。
テラスには6人の男が腰掛けており、庭でミニチュア箒に跨がり遊んでいる子どもと乳母を眺めていた。
「そうだ。うっかりしていた中継が始まるんだったね」
男の一人が思い出したように言った。浅黒い肌をした、おそらくは白人との混血の男で、縮れた髪には白髪が多く混じっているものの背筋はしゃんと伸びていて精気に満ちている。
「そうじゃった。ええと…ブルック?」
それを聞いた老人が場にふさわしくないマグル風ヒッピーファッションの若者に声をかけた。
「はいはい。もちろん。少々お待ちを」
ブルック(普段仲間内ではBDと呼ばれている)はひょいっと立ち上がり、隣の部屋から大きなブラウン管テレビを持ってくる。そして庭園の景色を遮るようにテレビを置き、ドライバーを取り出して裏面のカバーを取り外し中身をいじりだした。
「奇妙なもんですね。なぜマグルはこんなガラクタをみんな家に置きたがるんでしょう」
「遠くの光景が見えるんでしたっけ?そんなことになんの意味が…?」
男たちは不思議そうにささやきあいながらも、これから起こることにワクワクしている。空気が明らかに浮ついてきてたのを見計らったかの様に恰幅のいい老人、スラグホーンが会話の種を蒔く。
「マグルもなかなか発想は悪くありませんよ。これは出かけずともこうして座りながら会見やらなんやらを見る事ができる。すくなくとも人混みに煩わされずにすむわけです。マグルの世界は我々魔法界では比較にならないほど人が溢れていますからな」
それをうけ、むっつり黙り込んだ北欧系の顔つきの男が喜々として喋りだした。
「全く奴らと来たらハツカネズミのように増えていく。気づけばこの地表にはびっしりと自分の後始末もままならん赤子のようなマグルばかり。絶望的と言わずしてなんという?」
「いや、スラグホーン氏の言うように“なかなか悪くない”連中もいます。それは確かですよ。要するに能力の問題なのです」
「能力、確かに我々魔法使いは見てくれこそマグルと同じだが決定的に違う生き物だ」
「そう、我々は彼らを簡単に殺し、消し去ることができた。今までそれをしなかったのは我々が優れていたからこそだ」
男たちは口々に“価値あるもの”について話し始める。能力、知性、美、単純な力、勇気、調和。どれも魔法使いのほうがマグルよりも優れているという結論で終わる話を。ブルックは内心ため息を付きつつ、議論が一区切りついた頃合いにドライバーでブラウン管を叩いた。するとパッと画面が点き、粗いカラー映像が映し出される。
「さ、はじまりますよ」
『えー…今年に入ってから我が国で頻発している破壊活動についてですが…』
流れてきた言語は英語だった。画面中央には憔悴した様子の老人が立っており、手元の原稿に何度も何度も視線を落としながら、前にいる報道陣に向けて話し始める。
『現場に残された痕跡、証拠などから反体制的な思想を持った特定の集団によるものだと結論づけました。えー、手口としては一貫性にかけていますが、目撃された複数の怪しい人物の服装などが一致することからこの結論に至りました』
『反体制的な思想を持った集団とのことですが、具体的な団体名などはありますか?』
記者が手を上げて立ち上がる。それを制するように壇の下に控えていたいかにも役人然とした男が声を張った。
『質問は後でまとめて受けますのでお静かにお願いします』
『…被害について、かなり誤情報が氾濫しています。ですので個々の被害について改めて発表致します。まず8月25日に起きたロンドン橋の崩落事件ですが、ボルトの老朽化が何者かにより故意に促進されたものとみられます。死傷者は26名…』
『老朽化が促進…?聞いたことがない…』
『お静かに願います。…えー、そして9月初旬から現在にかけて起きている失踪事件。これらは家が荒らされており家主の失踪届が出されているものは、……えー、不審な紋章が現場に遺されていたものに限ってですが…破壊活動を繰り返している連中の犯行と断定します。数にして15件ですか…後ほどリストを配布しますが……』
「私の家もやられましたよ。全く、ウラジーミルが声をかけてくれなかったらどうなっていたことか!」
スラグホーンが怒りというよりも自慢のような調子でテレビに相槌を打つ。
「あちらの…確か死喰い人でしたか。彼らは証拠隠滅に頓着しない質なのかな?」
気取った北欧系の男がスラグホーンに尋ねる。
「見せつけているつもりなんですよ。マグルにではなく魔法省にですが…魔法省は魔法省で人手不足なんでしょうな。私の魔法省高官の知り合いも何人かすでに退職し国外へ逃げてる有様ですからな」
「全く嘆かわしい。国際機密条約だなんだと騒いでおきながらこの体たらくとは…」
『…ロンドン市内で起きている傷害事件…これは突然記憶をすべてなくし途方に暮れている市民が保護されている事件ですが、それと先日の地下鉄崩落、こちらも調査中ですが連中の犯行という証拠が発見されました…』
記者が派手に椅子を蹴散らして立ち上がり叫ぶ。
『もう我慢できない!さっきから連中連中というが、結局何者なのか、主義主張は何なのか、単なるテロリストなのかわかりゃしない!』
『政府はきちんと説明する責任があるだろう!』
それに便乗して多数の人々が怒鳴り始め、老人は泣きそうな顔で視線を手元の紙と目の前のカメラを行ったり来たりし、えーだとかうーだとかを掠れた声で言うだけだった。
『みなさん、どうか…どうか静粛に。連中については、わ、我々もわからんのです。いや!理解ができない…わ、私達は…私達の敵は……』
『大臣、こちらへ』
パニックに陥り始めた大臣を見てSPと思われる黒服の男がそっと壇の上に登ろうとした。それは大臣の言葉を意図的に遮ろうとしたようにも見えた。それが余計記者たちの猜疑心に満ちた不安定な情緒を刺激した。
『逃げるのか?!』
『静粛に!静粛に願います!暫し会見を中止します!お待ちください』
大臣は黒服に抱えられるように退場した。場は騒然となり、困惑した表情の記者がメモを片手につなぎのために会見内容を要約し始めた。スタジオに画面が切り替わり司会者たちが“反体制的な思想を持った特定の集団”の正体を推測していた。
『お待たせいたしました』
中継が復活し、先程よりさらに顔色の悪くなった老人がまたマイクの前に立っている様子が映し出された。
『会見を再開します。…一連の事件に関わっている集団、これらは髑髏と蛇の組み合わさったような模様を現場に遺しています。初期の事件では断定できないものも多々ありましたが…それらは何らかの情報操作が起きたものと見られております』
聴衆は相変わらずざわざわとしている。すぐにでもまた誰かが癇癪を起こしそうだった。
『紋章はほとんどの場合…えー……信じがたいことですが、空に浮かんでいるようです。運良く現場近辺のカメラに録画されていたものを分析した結果、やはりそのぅ、本物、だと。実在していると…専門家、軍人、各所が判断しました』
『空に浮かんでるだと?魔法じゃあるまいし!』
『ロシアの新型スパイ衛星だ!』
『馬鹿なこと言うな!』
『あれは合成なんじゃないのか?』
またも怒声が飛び交い始めた。場の混乱が見ているこちらまで伝わってきそうだった。そんな場面を見てカーマがくすりと笑い、北欧系の男もにやにやと笑みを浮かべた。
『無責任な発言は慎んでください!退席してもらいますよ。…えぇ、我々はとにかく、対策を練っています。ですがまずは市民の皆さんひとりひとりの用心が…』
ついにマスコミ陣が全員立ち上がり、怒りの声を上げ始めた。老人は崩れ落ちるようにマイクの前でぼそぼそなにかを言うが、あまりに声が震えていてフカしてしまって何を言ってるのかわからない。
『会見を終了します!終了です!』
役人が大慌てで老人を庇うように前に出た。倒れそうな老人の方を支え、そして裏に運ぼうとする。
と、そこで唐突に犬の声が聞こえた。
『え?』
カメラのすぐそばの男の口がそう動いた。だがブラウン管越しの多くの人間には本当にそこに犬がいたのかどうかわからなかった。なぜなら直後に画面をほとんど覆い尽くすようにぬうっと黒い人影が立ち上がったからだ。
その人影はすぐに前へフラフラと進んだ。目の前の記者席を蹴散らすように進むものだから、一人の記者は戸惑いながらも「おい!」と男の肩を突き飛ばすように制止した。
直後だった。男の方がほんの少しだけ動いたと思ったら、記者は目をまんまるに見開きうめき声一つ上げずに突然床に倒れた。
パニックになる間もなかった。男の腕がゆっくりと、指揮棒のようなものを壇上の老人へ向けた。
マグルならこれを映画のプロモーションかなにかだと思ったかもしれない。それほどまでに完璧な構図で男は杖を振り上げたのだった。
そこから先は倒錯しそうなくらいによくできた悲劇だった。老人をかばうように躍り出るSPが赤い光の点滅と同時に倒れていく。壇上の老人は緑の閃光をくらうと同時に壇から崩れ落ちた。男を止めようと掴みかかる記者たち。(その中にウラジーミルを見つけブルックが歓声をあげた)なぎ倒される記者、そしてふいにカメラがパンして会見場の入り口に銃を持った警察官が映し出される。警告、そして赤い光。
警官はとうとう引き金を引いた。思いの外派手な発砲音と火花にブラウン管を見ていた魔法使いたちは「おお」と驚きの声を上げた。
10発は撃ったはずだ。少なくとも次に映し出された男の死体にはそれくらいの穴が開いていた。カメラがそれを一瞬映したと思った途端、画面はスタジオに切り替わり、えらく興奮したアナウンサーたちが深刻そうに「状況を確認しています。しばらくお待ちください」と口上を述べた。
「おお…まるで映画だ!あ、マグルの娯楽なんですがね…これがまた新鮮なんですが、そんな感じです」
まじまじとテレビを見ていたくしゃくしゃ頭の男がペラペラと聞かれてもいないのに話しだした。かなり興奮しているようだった。
「イギリス魔法界のラジオも盛り上がってますよ」
ブルックがブラウン管を叩くと画面な砂嵐に変わり、割れ気味の音声でリウェイン・シャフィックが狂ったような声が聞こえてくる。彼女は大興奮で捲し立てるように事態を説明していた。
『たった今!たった今起こったことですわ。当ラジオでしかまだ報道されてないはず!ええ、今しがた入った情報によるとシリウス・ブラックがマグル首相を殺そうとして返り討ちにあったとか…!ええ、わたくしどもの番組はマグルの動向をしっかりと把握しようと、スタッフを派遣していましたの。その魔女がしかと見ました!シリウス・ブラックが現れた!
「なるほど…」
カーマが飴玉を転がすようなもったりとした声色で言った。
「やはりグリンデルバルド、煽動にかけては半世紀経ってもお手の物か」
「これでようやく我々も声を大にして祖国で呼びかけることができる」
壮年の魔法使いはゆっくりとした動作で椅子に深く座り直した。北欧系の男は立ち上がり、にやにや笑いながらテラスをぐるぐる回り始めた。スラグホーンはラジオから流れるリウェインのヒステリックな声を音楽でも聴くように耳を澄ませていた。
「シリウス・ブラック。マグル殺害で名を馳せた犯罪者がこうも簡単にマグルに殺されたのは相当なショックですな」
「ええ。そして悪いことに…とっても悪いことに、この映像は衛星放送だ。全世界に一瞬のうちに蔓延した“魔法使い”。映像を消すことは、全世界の魔法省が連携しても不可能だろうね」
「マグルはあれを魔法だと思うだろうか」
「前フリはバッチリですよ。すでにアメリカの大衆紙は我々が支配していると言っても過言ではない。ほんの少し煽れば、大衆はこぞって魔女狩りを始める」
「セーラム魔女裁判の再来だな」
「それよりもっと酷いさ。なんてったって…マグルは魔法使いを殺せるって大々的に流れてしまってるんだから」
「片方が武器を持つなら、こちらも武器を持たざるを得ない」
北欧系の男が薄気味悪く囁いた。
「ブルック・ドゥンビア君。グリンデルバルドと、ウラジーミルとやらに伝えてくれ。大義名分をありがとうと」
僕、ウラジーミル・プロップはその場で部下に忘却術の指示を出さなかったことを強く非難された。しかしすぐに(当然のことだが)あの場で複数名が魔法を使うことはマグルの政治、マスメディアに多数の魔法使いが食い込んでいるという確信を与えかねない行為であり、さらなる不信感を与える結果になっただろうという分析により叱責は免れた。
つまりは会見上の虐殺はいかれたテロリストの仕業と言うことにするのが一番マシだった。
だがあれがどう見ても魔法だったこと。そして何より、別のカメラがシリウス・ブラックが犬から人へ変身する姿をまざまざととらえていた事により、事後出された大量の誤報を上回る恐怖とパニックがマグル界を席巻した。
魔法省はもはや体系だった職務を遂行不可能と宣言した。せっかく大臣になったヤックスリーはストレスでマンゴ送りになった闇祓い局局長の代わりのキングスリーに怒鳴り散らしてる。あいつの胃はたぶんストレスで穴だらけなんだろうが、魔法省、死喰い人のメンツにかけてここでぶっ倒れるわけにはいかない。(ざまぁみろ、だ)
マグルの格段に進化した通信技術は全世界に魔法の存在を伝え、鉛玉の実用性を視覚的に訴えた。もちろんグリンデルバルド派がそれに乗っからないわけがない。アメリカのマリー・カナデル、マグル隔離主義を雑誌で啓蒙し続けていたあのいけ好かない女はここぞとばかりに張り切ってくれた。特にインターネットとかいう未知の領域で魔法界のことを虚実織り交ぜて発信しまくったのだ。
96/01/26 23.15
〔285〕 魔女は実在する。1920年代不審死、不審な事故相次ぐ。図書館で調べてみろよ
96/01/26 23.45
〔289〕イギリス政府の笑えないジョークであってほしいね
96/01/27 02.15
〔290〕イギリスで相次ぐ事故も魔法使いのせいなのか?前にも変な報道が多いと指摘してるやつがいたが聞き流していたよ
96/01/27 04.15
〔291〕明日スーパーでにんにくと木の杭を買うことにする
96/01/27 14.37
〔292〕戦う相手を間違ってる。アイツらには銃弾を食らわせてやれ。
これはBBSというサービスで、場所の隔たりなく情報をやり取りできる。カナデル達はそこに幾度となく扇動的な文書を書き込むことを続けている。またやつらは有名なほーむぺーじというものをいくつか所有しているらしく、頻繁にそのことに対するリアクションを更新しているらしい。
インターネットはマグルでも使える人種は限られているらしくそこが逆にいいのだとカナデルは言っていた。
「マグルの中でも金と技術を持ったものしか使えないものだから、情報が正しいかみんなあまり考えないのよね。パソコンって高いのよ。だからこそ、ここに書かれた情報は特別な魔力を秘める」
正直僕にはよくわからない世界なのだが、要するに一市民の名を騙って世論をでっち上げているわけだ。
“
もちろん、グリンデルバルドが世界中をフラフラして味方につけた魔法使い達も負けちゃいなかった。
“マグルは魔法使いを殺せるほど力をつけた!殺される前に殺そう!!”
そんな過激派が出てくるのに時間はそうかからなかった。
ナイトバスの車掌スタン・シャンパイクが酔っ払いながら漏れ鍋でそう叫んで捕まったと聞いたときは笑い転げた。
これで名実ともども死喰い人達と目的が一致したわけで、ヤックスリーと対立するマルフォイ達はほっと胸をなでおろしていた。レストレンジも財産没収したことを許してくれてればいいのだが。
当然、人々が公共の場で虐殺に対してイエスと言うわけがない。だが魔法使いたちの心にはどんどん不安が募っていくだろう。マグル達は銃やスタンガン、そういう武器を持ち歩くようになった。魔法使いはマグルの動向を探るため、テレビを購入した。
さて、そもそもシリウス・ブラックがなぜ凶行に及んだか?
表向きには彼はまだ脱獄した連続殺人犯だ。全員が全員その狂気に納得した。真実は簡単だ。カメラマンに扮したゲラートが服従の呪文にかかった彼を放った。それだけ。
下手したら僕も殺されるんじゃないかと思ったが物事はうまく進んだ。進みすぎた。次に起こるのは一人の力ではどうしようもない大きな歴史のうねりだろう。
幸せだった夜に別れを告げなければなるまい。この奇妙な三角関係もじきに終わる。ダンブルドアが黙ってみているわけがない。
「さて…輝かしい時代をもう一度、だな」
ゲラートが愉快そうに言った。
「ご勝手に」
僕は無関心を装ってそう言う。
さて、僕は度々仕事は退屈で仕方がないと言ってきたが、かと言って猛烈な忙しさが訪れると楽しくなるという訳ではなく、只管に逃げ出したい気持ちが堆積していくだけだ。
あの大臣殺しの中継以来、突然死する大臣とシリウス・ブラックに掴みかかろうとする僕、勇敢な記者の面々の映像は大人気。マグルの皆さんのお茶の間に度々登場させていただくばかりか予言者新聞の一面を飾ったりと、なかなか好評だ。着飾ったかいもあるってもんだ。
だがテレビタレントになれるわけでもない。せいぜい魔法省公式会見で当時の状況を語っている様子が動く写真で残されたくらいだ。
グリンデルバルドは執務室にこもりっきりの僕とは完全別行動だ。世界各国はイギリス同様マグルと魔法使いの憎悪が降り積もってるせいでグリンデルバルドにかまう余裕がない。おかげであいつは変装もおろそかにして好きなときに好きな場所に行き、支持者に向けた小規模な集会を開いている。
グリンデルバルドは魔法使い向けのアジ演説。
そして僕はマグルに向けたありとあらゆる媒体の原稿を書いていた。
一番ウケたのは右派ニュースバラエティ番組のメインキャスターの演説だった。
一分間憎悪よろしくの罵声が合いの手に入るように言葉を選び、文を組み替え、言葉のちょっとした抑揚が後半に向けて盛り上がっていくように何度も何度も相応しい形容詞や修飾を加えていく。計算づくの悪意が原稿用紙を埋めていく。
こういう消費されていく事が前提のキャッチーな演説は簡単な言葉とリズムが重要だ。
“真偽不明の不確かな情報”とか“危害を加えようとしている集団”とかの曖昧かつ弱い言葉では聴衆は5分として集中を保ってられない。つかうなら“デマ”、“敵”。この一言でいい。それだけでリズムをとりやすくなる。
そして音楽でも基本だが、しつこく同じフレーズを繰り返す。そうして後半、人々が酸欠になり正常な判断ができなくなってくるあたりでに攻撃的な文言を加える。もちろん差別用語はだめだ。後で書き起こされたときに面倒だから。
ヒトラーの猿真似だ。だがなぜか未だ有効だ。人間は半世紀じゃほとんど変われない。何度だって同じ轍を踏む。
あなたが“幸せじゃない”のは“利益を横取りする魔法使い”がいるからです。“ ”のなかにすきな単語を入れてくれ。
僕は売れっ子放送作家並の仕事を貰った。演説はテンプレートを少し変えればいいだけで、全て新しく考える必要はないので楽だ。次に転職するならテレビ業界がいいかもしれない。
不安を煽りたいならば、忌避されるであろう悪人を羅列していく。自己紹介だと思えば簡単だ。
アパートの下水に赤いものが混じってませんか?
川に白い小さな石のようなものが浮いてませんか?
隣の部屋からきついカレーの匂いがしませんか?
連絡の取れない友人がいませんか?
今日すれ違った人の中に指名手配犯はいませんでしたか?
いつの間にか知らない隣人が住んでいませんか?
その犬は本当に野良犬ですか?
あなたの上司は今までどおりのクソ野郎ですか?
前に立ってる人に鉄の臭いが染み付いていませんか?
こんな煽動的な演説をじっくり読んでいる君の人生に、今後素晴らしいことなんて何一つない。目を瞑りたくなるような事柄までじっくり見てしまう人間は人生のどこかで悟るからだ。“今後どんなに歩き続けても到達すべきゴールなどどこにもない”のだという事を。
僕は今、その地獄から無理やり脱出しようとしている。
「山高帽をかぶってる変な連中をよく見かけるんですよ。ええ。9月1日のキングスクロス駅でね。毎年、何十年もですよ?変だと思いませんか」
今や魔法使いはテロリスト並みの扱われ方をしている。あらゆる場所でボディチェックが行われ、公共機関の監視カメラが増設された。マグルの監視網にごく一部の(どんくさい)魔法使いがひっかかり、ちょっとした騒動が起きた。
杖を見つけられた魔法使いが、慌ててその杖を取ろうとしたところを咎められ警察官に殴られ、逆上したそいつの魔法が暴発してその警察官を風船にしてしまった。
この騒動を鎮めるためだけに忘却術師が四徹する羽目になった。似たような事件が同日に3件。
もう限界だと魔法使いは口々に叫んだ。その鬱憤を晴らすかのように、死喰い人はマグルの乗るバスを乗客ごと逆立ちさせた。圧死者5名。重傷17名。
死喰い人は僕が想像もつかない方法でマグルを殺してくれるから、マグルの新聞社は尻尾を振って現場にでかけ、忘却されたりされなかったり、とにかく熱狂的に特ダネを追いかけまくる。
マグルの情報伝達速度は魔法を遥かに凌ぐ。目撃者は記憶を改ざんする前にもう他の誰かにしゃべってしまい、目撃者不在の謎めいた事件が爆発的な速さで口伝されていく。証拠写真や録画なんてもっと最悪だ。魔法使いは録画がテープに記録されてるなんて思いもしないからカメラ本体に見当違いの呪文をかけていたせいで、魔法使いがカメラをどうにかしようとしている姿が全国ネットに流れた。
そうして百年近く前のバルカン半島よろしく、ある日マグルの誰かがついに火薬庫を爆発させた。
キングスクロス駅で魔法使いと無辜の市民が銃殺されたのだ。
僕はそれでようやく憎悪に満ちた原稿を断筆できた。
アンケートの協力ありがとうございました。かなり参考になりました。
不定期でもなるべく月一目標で投稿できるよう頑張ります!
また令和でお会いしましょう
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