穏やかなるかなカルネ村   作:ドロップ&キック
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なにやらラノベっぽいサブタイですが(笑)、存外的外れではなかったりして。

モモンガは鈴木悟時代を含めて三十路にいったかいかないかで”この世界”には漂着したばかり、ツアーはこの時点で500年以上は軽く生きていて元々この世界の住人……どうなることやらです。







第29話:”過去篇I・賢しき竜の言霊は、過去を押し流し明日への道標となる”

 

 

 

賢き竜ツァインドルクス=ヴァイシオンは、かく語る。

今から500年前、後に六大神と呼ばれる事になる異界から来た超絶存在の降臨から始まる、長い長い物語を……

 

 

 

鈴木悟、いやモモンガは大いに興味を刺激され、積極的に聞き入った。

ツアーの語りが上手いせいか、どんどん引き込まれ感情移入していった。

 

特に強く感情を揺さぶられたのは、八欲王に葬られたおそらく同郷同族の存在、死の神”スルシャーナ”の最後だ。

既に死んでいる死の支配者(オーバーロード)は普通の意味では殺せないかもしれない。だが、殺しきれないとは言ってない。

八欲王による集団リンチのような形でおそらくデスペナのレベルダウンを悪用されて、何度も何度も殺され、最後は殺しつくした……そのあまりに無残な最期に、モモンガは憤慨した。

沈静化が何度働こうが、構わず波のように次々と押し寄せる怒りに身を任せた。

 

「だから私は八欲王は嫌いなんだよ。世界を穢し、魔法の法則を捻じ曲げた……それ以前に彼らはどうしようもないほど外道だったのさ」

 

ツアーはなお語る。

自分の同族の多くもこの世の摂理を守るために戦い、「()()()()()()()()()()八欲王に殺された」と。

 

モモンガはまたも憤慨する。

スレイン法国が大恩ある六大神の唯一の生き残りであるスルシャーナを守ろうとしなかったことに、それどころかアンデッドの神をよしとしない一部の神官が八欲王と内通し、スルシャーナを陥れた可能性があることを。

そして、スルシャーナが死んだことを法国が誤魔化し続けていることもだ。

 

更に今の法国の在り方も、モモンガは気に入らない。

ツアーによれば今の法国は「人類至上主義」で、亜人や異形を認めず排除しているというのだ。

むざむざスルシャーナを八欲王に()()()()挙句、スルシャーナの種族すらも排除対象とする……おそらく同種族であるモモンガも当然排除するべき存在のはずだ。

 

モモンガの脳裏に在りし日の”異形種狩り”に会ったときの絶望が去来する……

その瞬間、スレイン法国と異形種狩りの人間プレイヤーの姿が重なった。

 

 

 

ツアーは、一言も嘘は言っていない。多少の憶測は挟んだが、概ね事実だ。「実は人間種は脆弱で、被捕食側の存在。八欲王がいなければ今頃は滅んでいたかもしれない」等々()()()()()ことはあれど、些細な事だ。

 

(だって骸骨であるモモンガを、今の法国が受け入れるわけ無いじゃないか)

 

だからこれでいいのだ。

事実は並べただけでも強い。そしてモモンガは「《ツアーの望みどおり》」に法国への猜疑心と警戒心を募らせ、溜め込んでゆく。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

カッツェ平野の由来を聞いたときは、ただ哀しかった……カッツェ=ドイツ語の”猫”。猫を象徴とするギルドにモモンガはとても心当たりがあった。

平野の霧も出没するアンデッドの群れも、もしかしたら無念のまま滅んだ猫達の怨念や呪いなのかもしれない。

 

200年前の”常闇の竜王(ディープダークネス・ドラゴンロード)”とプレイヤーの殺し合いは、八欲王の前例がある以上、納得はできないけど理解はできる。

それでも戦いで磨耗したディープダークネス・ドラゴンロードがいずこかの洞窟で長い眠りについていると聞くと、心底安心した。

 

 

 

そして100年前にツアーが共に旅した十三英雄の冒険譚に、その愉快痛快な物語にモモンガは激しく胸を躍らせた。

自分もそんな冒険をしてみたいと思うほど。

 

どれぐらいの時が過ぎただろうか?

彼の物語が終わりを迎えようとしていたとき、ふとツアーは切り出した。

 

「ねえ、モモンガ……君は帰れるとしたら、元の世界に帰りたいかい?」

 

あくまで仮定で(たず)ねる。だってツアーも帰り方なんて知らないのだから。

下手な希望は持たせたくはない……そう思える程度には、竜は骸骨に好意めいたものを感じ始めていた。

 

「帰りたくない……帰りたくないよ。ツアーさん」

 

「ツアーでいいよ。なんで帰りたくないんだい?」

 

泣けない骨の身なのに、泣きたくなるほど優しい声……比喩でなくモモンガは骨身に染みた。。

 

「俺にはもう何もないんだ……あの世界には。何もかも消えてしまったんだっ!!」

 

モモンガは激昂と共に思いを、()()()()()()()()を吐露する……

 

「ナザリックはユグドラシルごと、友達の思い出ごと消えてしまった」

 

リアルには彼を繋ぎ止める物はもう何もなかった。

かつてのアインズ・ウール・ゴウンのメンバーとはリアルで、オフ会で会ったこともある。

特に無課金同盟を組んだペロロンチーノやウルベルトとはオフ会以外でも会っていた。

だが、”()()”だ。

 

ペロロンチーノからお気に入りというロリ物ばかりのエロゲーを「布教活動じゃあーーっ!!」とたんまり押し付けられ、どっぷりハマってしまったのも……

ウルベルトと禅問答じみた「悪についての定義」で一夜を議論で明かしたのも……

もう今はない……全ては過去だった。

 

「かつてはあったんだ。きっと帰りたい理由も……でも、今はない」

 

リアルでももう会うこともなく、同時にゲームからも誰もいなくなった。

名前だけは残ってい者も、もう何年も顔を見ていない。

ナザリック地下大墳墓……モモンガにとり、それは楽しかった時間を封じ込めたモニュメントであり、リアルで生きる生者には用のない場所……そう墓場だった。

 

沈静の波が訪れ、思考が冷静になったにモモンガは自覚してしまう。来ることのないギルメンを待ち、あの場に居続けた自分はもしかして”墓守”ではなかったのかと……

そして、自分は思い出だけで生きていけるほど強くはない、と。

 

「そっか……」

 

ツアーは自分のそばに座っていた骨の体を大きな腕で抱き寄せる。

 

「モモンガ、なら君は改めて……違うな。()()()生きてみるべきだ」

 

「新しく……生きる?」

 

「ああ」

 

ツアーは鷹揚に頷き、

 

「君はもう元の世界に未練はない……そうだろ?」

 

「うん……」

 

「だけど、ここは君が帰りたくない元の世界じゃない。新しい世界だ。『モモンガという写し身を使ったスズキ・サトル』ではなく『モモンガという人物』として……()()()()()()()()()()新しく生き始めるには、そう悪い状況じゃないんじゃないかな?」

 

 

 

「……そう、かも」

 

何もないことが判っている場所に帰るなら、何も判らない場所の方が希望が持てそう……モモンガはそう考えた。

戻ったところで、富裕層の働き蜂として終わる生涯に希望なんて持てやしない。

それに何より……もうあの星の人類は未来はないだろうから。もうどうにもならないくらい、人は己の愚かさであの星を汚してしまった。

アーコロジーを維持するだけの資源も、もはや枯渇へのカウントダウンに入っている。滅びが確定した世界に帰る意味などどこにあるというのだろう。

 

「だろ? だけど、ちょっと骨の身では厳しいものがあるのも事実だね。君はとても好ましい性格をしているけど、誰もが君の内面を見るはずもない。人間は特にそうだ。本質よりも見た目で判断する……でも、きっとモモンガが望むものは人の営みの中にしかないと思う。君が元は人間だとするのなら、ね」

 

「ツアー……俺はどうしたらいい?」

 

「ふふん。任せてもらおう。私が君の望みを叶えるよ」

 

 

 

そしてツアーは自分が管理していた八欲王の遺産の中から、一つの指輪を取り出す。神話(ゴッズ)級アイテム”人間の証明たる指輪(リング・オブ・ヒューマンビーイング)”を。

 

「モモンガ、君がこの世界に生きる一人となるのならば、新しい世界で新しい人生を始めるのなら私は君を心から祝福しよう。受け取るといい」

 

「これは……?」

 

「君が死者としてだけでなく、生者としても生きていくことが出来る……そうだね。そんな文字通りの魔法の道具さ」

 

そうツアーは大きな瞳をウインクさせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございました。

いやー、実はこのシリーズ、キーノが正妻になるとかタイトルの”穏やかなる~”が決まる前からあったキーコンセプトが、

『モモンガが漂着した世界で始めて言葉を交わす存在が、NPCではなくこの世界をよく知る者だったら?』

というif設定だったんですよ(^^
漂着した後の行動って、多分「誰とどんな1stコンタクトをしたか?」というのはとても大きいですから。

そしてモモンガ様が「この世界の住人として生きる」覚悟を決めるには、結構なインパクトが必要でしょうから。



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