穏やかなるかなカルネ村   作:ドロップ&キック
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第20話:”舌戦 あるいは『口は災いの元』”

 

 

 

ニグン・グリッド・ルーインは善良な男だった。

少なくともスレイン法国基準ではそういうことになっている。敬虔な信徒であり、人類のために敵である亜人やモンスターと死を恐れず勇敢に戦い、慈悲なく排除できる鋼鉄の意志もあった。

ただ、時折ひどく”()()()()”男でもあった。

 

 

 

 

 

 

(なんだ……?)

 

周囲に何の変哲もない草地の丘陵地帯……このなだらかな丘を越えれば、カルネ村が見えてくるはずだった。

馬で駆け抜けるなら、ほんの僅かな距離……だが、

 

(何者だ?)

 

前方に三人の見覚えのない者達が立っていた。

真ん中に立つ一人は、法国のそれに比べやや露出が強い白い神官服に七色に鈍く輝く不思議なワンドを携えた少女。

左に立つ一人は、無骨なガントレットとレガースを装着した筋骨隆々とした禿頭のモンクらしき男。

最後の右に立つ一人は、漆黒のローブに怒ってるような泣いてるような奇妙な仮面をつけた男……マジックキャスターだろうか?

 

「全員、馬を止め、天使を展開せよ!!」

 

ニグンは一度部下達の行軍を止めさせ、最大限の警戒を促す。

勿論、間違っても下馬はさせない。

あれは油断していい相手ではない……そう直感が告げていた。

 

「スレイン法国六色聖典が一つ、陽光聖典とその隊長であるニグン・グリッド・ルーイン殿とお見受けしますが、相違ありませんか?」

 

神官服の少女がそう問いかけてくる。

大声を上げてるようには見えないが、やけに鮮明に声が聞こえることを考えるとなんらかの魔法を使ってるのだろう。

それに自分は精神系の魔法に対抗できるアイテムを授かってる。問題ない筈だ。

 

「ああっ! 私がニグンだ! 娘、何用だっ!?」

 

と必然的にこちらは大声で返す羽目になる。

とはいえ、口調は彼にしては割と丁寧だ。少なくとも亜人相手のそれとは比べ物にならない。

相手が同じ人間ということもあるし、また神官服を着ているというのも大きい。

話に聞けば、カルネ村は四大神しか認めぬ王国の異教徒どもには珍しい”死の神”、つまりは()()()()()()様を信仰していると言われている。

なので、あまり悪印象は抱けないのだ。

無論、ニグンはカルネ村で崇められる神がスルシャーナとは別人、いや”別神(べつじん)”であることなど想像もつかない。

 

「我が名はエンリ・エモット。この先にあるカルネ村で、死の神様に仕える神官をしております」

 

自己紹介を終えたエンリは、

 

「ルーイン殿、何故名高きルーイン殿と陽光聖典が越境したのかは問いませんし、私たちにはその権限もありません。ですが、ここから先はラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ王国第三王女の私領です。『()()()()()』明確な敵国ではないと言っても他国である法国の、それも戦闘部隊の立ち入りは御遠慮いただきたいのですが」

 

凛とした声で告げる。

腐ってもスレイン法国は六大神を信奉する宗教国家だ。神官とは敬意を払うべき職業であり、またニグンは意図的に勘違いさせられているが……スレイン法国でも信奉される死の神の神官と明言されれば、正直躊躇いもあった。

だが、ニグンはふと気になる言い回しを感じる。

 

(何故、この娘は”帝国”を強調した?)

 

「神官、つかぬ事を聞くが……ベリュースと言う名に心当たりはあるか?」

 

露骨過ぎるカマかけだが、

 

「ええ、もちろん。”()()()()()()()()ベリュースなる人物”なら心当たりはあります。その名を何故名高き()()()()()()()()()が知っているかは、詮索しないことにしますね?」

 

エンリはあえてそこに乗ったようだ。

 

 

 

(なるほど……ベリュースは村を襲い、既に返り討ちにあった。それに飽き足らず自分たちが法国の人間だと口を割ったか……ならば娘が我々のことを知っていても、待ち構えていても不思議ではないか)

 

ニグンは表情に出さぬよう苦労しながら、余計な村を襲った挙句に秘密を漏らしたベリュースに腸を煮えくり返させた。

実際にしゃべったのはロンデスだが、ニグンは知る由もない。

 

(そして、この娘はベリュースが法国の人間でと知った上で、”帝国の人間として始末”をつけていいと言う事か……無論、我々がここで大人しく帰るならだろうが)

 

どうやら思ったよりも頭の回る娘のようだ。

だが、ここで、これだけで引くわけにはいかぬ事情がある。

 

「もう一つ聞きたいことがあるっ!」

 

「なんなりと」

 

「王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフは知らぬかっ!?」

 

すると娘はにっこりと微笑み、

 

「存じておりますよ? 今は村、カルネ村で馬を休めていただいてます。どうやら、かなりの強行軍でお疲れの様子でしたので」

 

ニグンは絶句する。

この娘、我々が陽光聖典だと分っているのなら、おおよその目的は推論できてるだろう。

なのにガゼフは村にいると平然と言い切ったのだ。

 

「神官、悪いことは言わぬ。ガゼフとその一党を村の外へ出せっ!」

 

「そして貴方達に討たれろと?」

 

「そうだっ!! 大人しくガゼフを差し出すならば、我らも村を焼かずに済むのだっ!!」

 

ニグンにしてみれば、「村を焼かないでおいてやる」というのは最大限の譲歩だ。

要するに、「ガゼフとその一党を差し出すなら、村には手出ししない」という意味で言ったようなのだが……

ただ、亜人ばかり相手にしていたせいかすっかり忘れてるようだが、

 

「はっ? 今、なんと言いました……?」

 

物には言い方と言うものがあるのだ。

特に人間相手にはそれが重要であることを、ニグン・グリッド・ルーインは完全に失念していた。

”口は災いの元”とはよくぞ言ったものである。

 

人類の歴史において、たった一つの”失言”の為に政治的、社会的あるいは物理的に落命した者が多いということを、ニグンはその身をもって文字通り()()することになる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

思ったよりずっと弁が立つエンリさんでした(^^
流石は”カルネ村の七星剣”のリーダー?

そして、途中まで生存ルートなのに……やっぱニグンさんはやらかしてしまいました。

どーもニグンとどこぞのワーカーのリーダーは、口で身を滅ぼす印象が(笑



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