第七レポート:引き取ってくれ
周囲に他に魔物を狩る者が誰もいなかったのも良かったのだろう。スピカのレベルはどんどん上がっていった。
アンデッドは上位になればなるほど知恵を蓄える。鬼面騎士の間の周囲に現れる程度のアンデッドではそこまで高いレベルまであげる事はできない。
レベル10まで上げた所で、結界を崩してアンデッドを遠ざける。リミスが現在17なので、それ以下にしておかなければ無駄な軋轢を生みかねない。
戦闘とも呼べぬ戦闘だったがそれなりに身体を動かしたせいか、荒い息を吐くスピカに水を渡す。
レベル7を超えてきた辺りからスピカの動きからはどんどん恐れが消えていった。恐怖の消える実例を前にして、藤堂達のアンデッド克服にも期待が高まる。
藤堂達には神聖術による補助がないが、最上級の装備ならばアンデッドなど恐るるに足らない。恐慌状態で振った剣が容易くアンデッドを殺すのを見れば、彼らもアンデッドが恐れるような相手ではないという事が分かるだろう。
時間を確認する。アメリアからは既に、藤堂が村を出て予想通りこちらに向かったという情報をもらっていた。ヴェールの森の件があるので不安はあるが、今回はいたいけな少女の命がかかっているのだ。ちゃんと来てくれるだろう。
順調に進めばそろそろ現れてもおかしくない。スピカの方を向き直る。
「スピカ、そろそろ作戦を開始する。手はず通りにやるんだ」
「は、はい! あの……アレスさんは?」
「アンデッドを誘導する。いざという時は全て浄化する事も考えている」
アンデッド克服で勇者が死んでしまったら目も当てられない。叛逆者になってしまう。
スピカに順番に神聖術をかけ直す。きらきらと光る様々な色の術式光を、スピカがきらきらした眼で見ていた。
資質にもよるが、神聖術への憧れから僧侶になるものは決して少なくない。そういう意味ではアメリアの目利きも、もしかしたら正しいのかもしれなかった。
「疲労はないな?」
「はい、大丈夫です。あの……」
そこで、スピカが俺の顔を見上げた。一度言いよどみ、意を決したように続ける。
「わ、私も、アレスさんみたいに、なれますか?」
「無理だ」
無理だし、なる必要もない。
俺の僧侶としての経歴はかなり歪だ。だから俺は、勇者のパーティの補佐をやっているのだから。
涙ぐむスピカを撫で、一言答えた。
「お前はお前の出来る事をやればいい。俺みたいにならなくてもな」
人には役割が、運命というものが存在する。
もしかしたら、スピカの役割が勇者パーティの補佐として世界を救う事である可能性だってあるのだ。
だから俺は俺の出来る事をやる。
スピカと別れ、離れた部屋で吸魔結界を張り直す。
アンデッドの誘導は何度もやった事があった。異端殲滅官をやっていた時に部下のレベルをあげるためにやったこともあるし、任務で一般人のレベルを上げるのに使ったこともある。
結界を鬼面騎士の間に張り直さなかったのは、その痕跡を藤堂に見られた時の事を考えたためだ。彼には何度も結界を見られている。変な所で鋭いので、これが仕組まれた事だとバレてしまうかもしれない。
リビングデッドやレイスが光に釣られ、何体も室内に入ってくる。
すぐさま浄化したい気持ちを押さえ、出口を防がれないように注意しながら部屋の中に押し込んでいく。レベル差と神の加護もあり、アンデッドは俺に近づきつつも触れようとしなかった。
この辺りには主に
一部屋に誘き寄せ終えると、出入り口を結界で封じて次の部屋に移る。三つ程部屋をいっぱいにした所で、研ぎ澄ませていたセンサーが生ける者の気配を察知した。
室内であり、おまけに闇の眷属がしこたま周りにいることもあって察知しづらい。
精神を集中してようやく大体の状況がわかる。彼我の距離は五百メートル。少しずつ、だが確実に一直線に鬼面騎士の間に向かっている。
道中の部屋の一室、小さな何もない部屋で壁を背に身を潜める。近づくに連れ、気配がどんどん鮮明になっていく。
目を閉じればより詳細にわかった。
強く光り輝くような気配は藤堂の物、小さく、しかし強い燃え上がるようなエネルギー思わせる気配はリミス、静かで鋭い気配はアリアのもので、その身に反して桁外れに大きく重い気配はグレシャのもの。
そこで俺はふと気づいた。
――もう一つ気配がある。
藤堂、リミス、アリア、グレシャの四人のはずなのに五人いる。これはどういうことだ?
アメリアから向こうの状況は伝わってきていた。教会からの助っ人はなし、四人でこちらに向かっている、と。
どこで増えた……計画を中止するか……?
浮かんだ考えを首を振って自ら消し去る。誰が増えたのか知らないが、藤堂達の苦手の克服を優先せねばならない。
大墳墓に潜るような奴だ。そう簡単には死なないだろう。最悪、ギリギリを見計らって全て浄化すれば問題ない。
気配が近づいてくる。百メートル。五十メートル。十メートル。五メートル。
そこで、ふとその気配に覚えがある事に気づいた。アリアに負けずに静かで、そして鋭さのない凪の水面のような気配。それでいて、非常におぞましさを感じさせるそれに、一瞬頭がずきりと痛む。
覚えはある。確かに感じたことはあるんだが――思い出せない。
気配が部屋の前を通り過ぎる。リミスの声が僅かに部屋の外から聞こえた。
「なんか今回はアンデッド、出なかったわね」
俺が張った吸魔結界の影響だろう。そして、それに答える場違いに穏やかな声が耳に入った。
「ええ。拍子抜けですね……沢山いると期待していたのに」
「期待って……貴方、変ね」
期待……?
アンデッドを狩りに来た傭兵と偶然合流してしまったのだろうか?
ならば問題ない。どのみち、一人で倒しきれる数ではないのだ。
手を広げる。何故か冷や汗をかいていた。問題無いはずなのに動悸が激しくなってくる。思い出してはいけないものでも思い出しかけているような……。
「……ところで、貴方のそのトランクケース、何入ってるの?」
「あ、これですか? 空っぽです。何も入っていませんよ、我が友」
「え? じゃあ何のために持ち歩いているの?」
言葉がまるで呪詛のように脳内を蝕む。頭を押さえ蹲る。
やばい。なんか吐き気がしてきた。
そして、そんな俺の必死の祈りは結局聞き届けられる事なく、会話のやり取りが聞こえてきた。
「信仰のためです、我が友。これは僕の……メイスなのです」
「……貴方、頭大丈夫?」
あああああああああああああああああああああ!!!
大丈夫じゃねえええええええええええええええええええええッ!
歯を食いしばり、必死で頭を壁に打ちつけたい気分を我慢する。我慢して、クレイオに通信を繋いだ。
クレイオに通されると同時に、一言尋ねる。
「おい……グレゴリオはどうした?」
『ん? ああ……彼なら、手が必要ないなら行きたい所があるからしばらく休暇を欲しいと言われてね。休暇を出したが……また手伝って欲しいとか、か?』
「い……いらないから……引き取ってくれ」
『……は?』
「引き取って……ください。お願いします」
いらねええええええええええええええええええええ!
チェンジだッ! チェンジ!
馬鹿な……何故ここにいるッ!?
どんな運命だ。何が一体俺の邪魔をしているのだ。俺の邪魔をしてそんなに楽しいか!?
息を潜め、気配を潜める。まるで小動物にでもなったかのような気分だった。
気配を探る。何度探っても、どこからどう見てもその気配は昔会ったことのあるグレゴリオのものだった。死ねっ!
民を友と呼びトランクケースを信仰と呼び、異端の殲滅を自らの使命とする頭のイカれた……
法もモラルもその信仰の前には存在せず、まるで狂った機械のようにあらゆる教会の敵をその信仰の前に殲滅し続けた
絶対会いたくない男が、絶対会わせてはならなかった男に、今最悪のタイミングで会っている。
「殲滅鬼に帰還命令を出してくれ」
『悪いがこちらから連絡は取れない。後数時間もすればグレゴリオの方から定期連絡を入れてくるはずだ。その際に命令を出そう』
「……わかった」
通信が途切れる。ほぼ同時に藤堂達の気配が鬼面騎士の間に辿り着く。
思考が煮えたぎる程に荒ぶっていた。どうする? どうすればいい?
このままアンデッドをけしかけるか? いや、そういうわけにもいかない。
藤堂が聖勇者だとバレているか? いや、バレていないはずだ。
もしも神に選ばれた聖勇者が、アンデッドを苦手としているという事がバレたら唯では済まない。
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