| 【恐らく東京大学出身の温和な原田会長はとっくに、其れを見抜いていたと思います。】 Scum, the worst of the worst, biggest jerk I've ever heard in this my life ! へ~え! 牧口先生も戸田先生も池田先生も見抜けなかったの? 「せん(詮)ずるところ日蓮をいや(卑)しみてかけるか・・・ 後には天魔つきて物にくる(狂)うせう(少輔)房がごとし」 とは「まさに」天魔・外道の証明を日蓮大聖人がされたと言うことです。 またも「語るに落ちる」天魔の「自白」 「教主釈尊の一切の外道に大悪人と罵詈せられさせ給い 天台大師の南北・並びに得一に三寸の舌もつて五尺の身をたつ・・・ 最澄未だ唐都を見ず」 『万里をわた(渡)て宋(=中国)に入らずとも』『一代の勝劣はこれをしれるなるべし』 牧口先生は、ご自身を「素と之れ荒浜の一寒民」と言われた。 戸田先生も「私も北海道の貧乏な漁師の忰だよ」 「それを何よりも誇りとしているのだ」とおっしゃっていました。 私も、大田の貧しい海苔屋の息子です。 庶民であることを誉れとする心こそ、創価の三代を貫く精神なのです。 増上慢の人間を厳しく戒めていくことは、大聖人の御精神に最も適った、 正義と厳愛の戦いなのである。 戸田先生は、「信心に学歴は関係ない」と断言された。 当然、学問は大事にされた。 しかし、学歴などを鼻にかける人間が幹部になれば、会員はだれもついていかないぞ、 皆がかわいそうだ、と厳しく言われた。 御書の教えは厳正であり、公平である。 「法妙なるが故に人貴し」と仰せである。 「持たるる法だに第一ならば持つ人随って第一なるべし」と仰せである。 大事なのは、広宣流布のために働く人である。 大変ななかで、歯を食いしばって、妙法のために戦う人が一番尊いのである。 有名な学校を出たとか、社会的な地位があるとか、 そんなことは、信心には、まったく関係ない。 なかんずく、学会の庶民の力で偉くしてもらいながら、 大恩を忘れ、傲慢になり、最後は裏切って、反逆していく── そんな畜生以下の人間が出たならば、断じて許すな、 その大罪を未来永劫に糾弾し抜いていけ、と恩師は厳命されたのである。 文豪トルストイは叫び抜いた 「黙ってはいられない!」 チコちゃんだって黙っていられません! 「ずーっといきてるんじゃねぇーよ!」 | |