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創価学会員のHさんへ。

こんばんは。以前コメントをいただき「質問」をされた方だと思いますが、
Hさんの質問については当ブログに何度も書いてあるのでそちらをお読みくださいと返信させていただいたと思います。
ただ、今回のコメントでは「質問」ではなく「対論」をお望みとのことなので、
もう何度も書いていますが改めて貴方の疑難への回答をいたします。
枝葉の細かい話は議論が拡散するので省略して、Hさんの今回のメインの疑難である「法主絶対論」について回答します。

まず結論からいうと、正宗に「法主絶対論」などという教義はありません。
その上であなたは(以下太字はHさんのコメント)
「唯授一人の血脈の当処は、戒壇の大御本尊と不二の尊体にまします」
という所謂能化文書を引用していますが、あなたはこの能化文書の内容を知っているのですか?
この文書の内容とは
「本宗の根本は、戒壇の大御本尊と唯授一人の御法主上人であります。具体的には、御法主上人の御指南に随従し、御本尊受持の信行に励むことが肝要です。なぜならば、唯授一人の血脈の当処は、戒壇の大御本尊と不二の尊体にましますからであります。したがって、この根本の2つに対する信心は、絶対でなければなりません」
こうです。よく読んでください。この文書のポイントは「具体的には、御法主上人の御指南に随従し、御本尊受持の信行に励むことが肝要です」
というこの部分です。法主のご指南を学び御本尊受持の信行に励む。これのどこが法主絶対論・法主信仰なのですか?「御本尊受持」と書いてありますよね。「受持」とは「帰命する」という意味です。つまり「御本尊に帰命」するために法主のご指南に随従するのです。何故なら御本尊に関する法門法義等は唯授一人血脈相承されているからです。この法体相承の所(歴代聖人の御内証)
が「血脈の当処」でありそれは「戒壇の大御本尊と不二」であることは当たり前のことです。血脈は法体から流れているのですから血脈を遡れべ法体に帰結するのです。そんなことは道理であると思います。もしそれを法主絶対論というならば大作センセの指導に従うのは「大作絶対論」となります。ご指南に随従することと帰命の対象にすることが同義であれば、大作指導に随従することは大作に帰命することななるんですか?違うでしょ。

また「どんな僧侶でも相承を受けた以上は生身の釈迦日蓮であり誹謗すると地獄に堕ちる」
との文章を引用していますが、この日顕上人の言葉は、平成9年の教師講習会で、法詔寺・日感師が信徒に宛てた書状を日顕上人が紹介し読んだものであり日顕上人自身の発言でないし、また同じ講習会で日顕上人は、「私はけっして日顕が、日蓮大聖人様だなんて、一遍も言ったことはない」と言われているのをあなたは知っているのですか?創価発表の切文だけで批判しているとしたら実に勉強不足としかい言いようがありません。

次に、「日蓮大聖人の内証と代々の法主の内証が等しい」と主張しておられます。日蓮大聖人の内証は久遠元初の自受用身ですが、代々の法主の内証が日蓮大聖人と等しいということは「代々の法主は本仏である」と主張するのと同じですがいかがですか。それとも内証は久遠元初の自受用身であっても外用は久遠元初の自受用身ではないから本仏ではないと主張するのですか」
とのご質問ですが、色々とツッコミどころがありますけど、簡潔にいいます。Hさんは「三宝」の立て分けを知りませんね。三宝には「一体三宝」「別体三宝」「伝持三宝」という立て分けがあります。「一体三宝」とは「内証」において三宝が一体であるということで、「別体三宝」とは外用による立て分けで創価の立てる三宝はこの別体三宝です。そして「伝持三宝」とは化導における立て分けで
文底下種三宝の令法久住と、末法万年の衆生救済の意義から拝する三宝で、ご歴代の上人は「僧宝」と立てるのが古来より日興門流の教義なのです。日寛上人は次のようにご指南されています。

◇ 「問う、三宝に勝劣有りや。「答う、此れ須く分別すべし、若し内体に約さば実に是れ体一なり。 所謂法宝の全体即ち是れ仏宝なり、故に一念三千即自受用身と云い、又十界具足を方に円仏と名づくと云うなり。 亦復一器の水を一器に写すが故に師弟亦体一なり、故に三宝一体也。 若し外相に約さば任運勝劣あり。 所謂、仏は法を以て師と為し、僧は仏を以て師と為す故也。」(三宝抄)

◇「日蓮聖人御入滅有るとき補処を定む、其の次に仏法相属して当代の法主の所に本尊の躰有るべきなり、 此の法主に値ひ奉るは聖人の生れ代りて出世したまふ故に、生身の聖人に値遇結縁して師弟相対の題目を同声に唱へ奉り信心異他なく尋便来帰咸使見之す、 何ぞ末代の我等三十二相八十種好の仏に値ひ奉るべき、 当代の聖人の信心無二の所こそ生身の御本尊なれ、」(抜書雑々集・左京日教師の「類聚翰集私」より引用)

◇「今に至るまで四百余年の間一器の水を一器に移すが如く清浄の法水断絶せしむる事無し、蓮師の心月豈此に移らざらんや」(文底秘沈抄)

いまここで日寛上人の文証を引用したのは、「唯授一人の血脈の当処は、戒壇の大御本尊と不二の尊体」であるということは、平成になって日顕上人が言いだしたのではなく、それが古来からの日興門流の教義であるということを言わんがためです。つまり、牧口・戸田・池田の三代会長が入信した時から正宗の教義は、「唯授一人の血脈の当処は、戒壇の大御本尊と不二の尊体」なのですよ。それが法主絶対論というならば三代会長はそれを知っていて自分たちも入信し多くの学会員を折伏したということになります。

また法華講の三座のご観念文は、
南無本因妙の教主、一身即三身、三身即一身、三世常恒の御利益、主師親三徳、大慈大悲、宗祖日蓮大聖人、御威光倍増御利益広大御報恩謝徳の御為に。

南無法水瀉瓶、唯我輿我、本門弘通の大導師、第二祖白蓮阿闍梨日興上人、御威光倍増御利益広大御報恩謝徳の御為に。

南無一閻浮堤の御座主、第三祖新田卿阿闍梨日目上人、御威光倍増御利益広大御報恩謝徳の御為に。南無日道上人、日行上人等御歴代の御正師、御威光倍増御利益広大御報恩謝徳の御為に


となっています。大聖人と日興上人そして日目上人以下は明らかに違いますね。大聖人はご本仏・日興上人は大導師・日目上人以下のご歴代は座主です。法主本仏論があるならばこのようにご観念文を立て分ける必要なないでしょう。このご観念文を朝夕読んでいる法華講員が歴代法主がご本仏であると思う訳ありませんし宗門が信徒に「法主=本仏」などと教えていない証拠です。
対する創価はご祈念と称する中には、
創価学会初代会長 牧口常三郎先生、第二代会長 戸田城聖先生、第三代会長 池田大作先生を広宣流布の永遠の師匠と仰ぎ、その死身弘法の御徳に報恩感謝申し上げます。

などと書いてありますが、Hさんのいうところの御書のなかに、「創価学会の三代会長が広宣流布の永遠の指導者である」と述べられている文証がありますか?ないですよね。ではこれは「創価の邪義」というとですね。自分たちが邪義を構えておいて日興門流の教義を邪義呼ばわりするとは一体どういう神経なのか私にはわかりませんね。

いづれにしても、正宗の教義にない「法主絶対論」が存在するというのであれば、日顕上人のご指南のなかで「法主絶対論」や「法主本仏論」を唱えたご指南があるはずでしょうから、それを「文証」として提示してください。能化文書の切文と日感師の書状を読み上げた部分だけあげつらって「法主絶対論だ」などと言っているのでは何とも作為と悪意しか感じません。。因みに戸田・池田両会長の昔の指導や著書には、歴代法主に随従せよとの文言は腐る程あります。当然「法主絶対論」のご指南も腐る程あるはずでしょうから、是非そのような文証を提示してください。それが提示できなければあなたの言う「法主絶対論」、などというのものは正宗の中には存在していないということになります。またHさんが創価に騙されているいう証拠にもなります。(日顕上人の法主絶対論のご指南に関しては「ある」なら提示する。ないなら「無い」とハッキリ明言してください。それ以外の回答は不要です)

では、最後に「対論」というからには私からも質問させてもらいます。
創価学会は「戒壇大御本尊を始めとする真筆・書写本尊は全て等しく本門の本尊である」と言っていますが、
「本門の本尊」であるはずの戒壇大御本尊を受持しないという教義の正当性を回答してください。
ではよろしくお願いします。


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管理人さんへ(横から失礼いたします)

こんばんは、

目に鮮やかな五月の新緑のような解説?でした。 青字のところは、上段はやや理解ができにくいのが正直なところです。 中段部分は目からウロコでした。 下段は、意気に感ず!です。 難詰もあるかもしれませんが、この確信なくしては正宗信徒はやってられませんね。 また緑色の箇所はのんべんだらりと念じていた証拠でした。表現の違いこそ分かっていたものの、そのたて分けの意味するところの深い意味までは及んでおりませんでした。 

 法主本仏論の難詰は猊下様が代弁なさっただけの、しかも切り文でもって「あげつらう」こと自体、まさに作為を感じました。 御説法全体を素直に読んでいれば、そういう指摘が出ることはあり得ません。 

 オレンジ部分は論評する意味もありません。 「創価流」だね、と言うしかありません。 

 まあ、本部執行部は創価教学部の「真っ当な幹部諸氏」の反論を押さえつけ、査問、左遷、解雇などに追い込み、封殺して、強引に2014年、11月8日の新聞発表に及んだのですから、覚悟の「自殺?自滅??」路線を進んでおられるワケですので、どうぞご勝手に、とでも言うしかないですね。 さすがは「信・行・力」を幹部ギャグにせよ、標榜する団体だけはあります。

 まともかく、感心したというより、感動できましたと、末席ながら、かく申し上げたい今稿でした。  ありがとうございました☆  (対告衆でもないのに、ごめんなさい)

蘭房さん

こんにちは。

>  法主本仏論の難詰は猊下様が代弁なさっただけの、しかも切り文でもって「あげつらう」こと自体、まさに作為を感じました。 御説法全体を素直に読んでいれば、そういう指摘が出ることはあり得ません。 

そうなんですよね。こうしたプロバガンダは四半世紀以上創価は続けている。極端に結論をいうと、「創価と無関係の宗教団体が何を絶対にしようと創価に関係ない」のです。正宗の法主絶対論はダメで幸福の科学の大川総裁絶対論は野放しですか?って話です。

>  オレンジ部分は論評する意味もありません。 「創価流」だね、と言うしかありません。 

御書には書いてありませんけどね(笑)

>  まともかく、感心したというより、感動できましたと、末席ながら、かく申し上げたい今稿でした。  ありがとうございました☆  (対告衆でもないのに、ごめんなさい)

ありがとうございました(笑)
Hさんと対話をし創価教学がいかに酷いか理解してもらえればいいのですが。

うちに来ていた創価脳三世だ

このHさんは、私にメールでのやり取りを希望してきた人ですね。

同じ内容の質問をしてきて、私のブログでもやり取りを公開しておりました。

管理人様のブログを参考にしながら回答しておりましたので、こちらに来たのはHさんにとって幸いだったのではないでしょうか。

私との対話については、お時間がありましたらお読みくださればうれしいです。

ポリ銀さん

こんにちは。コメントありがとうございます。
ポリ銀さんのブログは読ませもらっています。信心の核がしっかしされていて学ばせてもらっています。
また当ブログも度々ご紹介いていただいて感謝しています。ありがとうございます。
Hとのやりとりも拝見しました。ポリ銀さんが丁寧に説明していたので私からHさんに言う事はないと思っていたのですが、
当ブログに「対論」をしたいとのコメントをもらったので今回応じることにしました。
「質問」「対論」では若干趣旨が違いますので、なるべくポリ銀さんとは違った角度から記事にしました。
とはいえHさんを破折しようという気持ちは今のところありません。あくまでも「対論」を通して彼が創価教学の矛盾点や創価の詐術に気づき大聖人仏法の正しい法門・法義を学ぶ一助になればと思っています。まぁ今のところ返信はきませんが(笑)気長に待ってみます。
また是非、コメントをいてください。お待ちしています。
そしてポリ銀さんもブログも楽しみにしています。
今後ともよろしくお願いいたします。

No title

創価学会員のHです

>「「御本尊に帰命」するために法主のご指南に随従するのです」と説明されましたが、つまり法主に絶対に随従しなければならないということではありませんか。これが法主絶対論ではないとおっしゃるなら、法主に随従しなくてもよいということですか。

>「御本尊に関する法門法義等は唯授一人血脈相承されているからです」について
そのことを日蓮大聖人は仰せになっていないはずです。当然、本因妙抄の後加文は用いられません。

>「平成9年の教師講習会で、法詔寺・日感師が信徒に宛てた書状を日顕上人が紹介し読んだものであり日顕上人自身の発言でないし、また同じ講習会で日顕上人は、「私はけっして日顕が、日蓮大聖人様だなんて、一遍も言ったことはない」と言われている」について
それは本当ですか。どの資料にそのことが書かれていますか。

>「三代会長はそれを知っていて自分たちも入信し多くの学会員を折伏したということになります。」について
勘違いをされているようですが、我々創価学会員にとって唯一絶対に誤りのない存在は主師親の三徳を備えた御本仏日蓮大聖人ただお一人であって、池田先生・戸田先生といえども御書の内容に反することを言われたならば 「師なりとも誤ある者をば捨つべし」曾谷殿御返事1055 との御文に従いその誤りを弾劾するなり組織を離れるなりしなければなりません。「法主の言うことは絶対に正しい」と主張する宗門とは違います。

「日蓮大聖人の内証と代々の法主の内証が等しい」という主張の文証を示されていませんが、日蓮大聖人の御書にはやはりそのようなことは書いてないのではありませんか。

創価学会のご祈念文にはまず
「法華経の肝心・南無妙法蓮華経の御本尊に南無し、報恩感謝申し上げます。
末法の御本仏・日蓮大聖人に南無し、報恩感謝申し上げます。
日興上人に南無し、報恩感謝申し上げます。」とあります。
その後に三代会長に対する報恩感謝が続きますが、帰命する対象としているわけではないことはその文言から明らかではありませんか。
創価学会の三代会長を広宣流布の永遠の指導者と定めたのは、あくまでも化儀の広宣流布において現実にたくさんの人々を救った功績を称えたに過ぎません。法体に関わることではありませんので当然このことが御書に書かれている必要はありません。

その一方で宗門では「南無日道上人、日行上人等御歴代の御正師」と、代々の法主に帰命しているではありませんか。まさにこれを創価学会では「法主絶対論」と呼んでいるのです。
二箇相承に示されるように、日蓮大聖人が法を付属し「背く在家出家共の輩は非法の衆たるべきなり。」と定められたのは日興上人ただお一人です。つまり尊信の対象として帰命するべき僧宝は日興上人ただお一人ですから、代々の法主にまで南無するのは誤りであり謗法です。

>「いづれにしても、正宗の教義にない「法主絶対論」が存在するというのであれば、日顕上人のご指南のなかで「法主絶対論」や「法主本仏論」を唱えたご指南があるはずでしょうから、それを「文証」として提示してください。」について
僕は話を日顕に限定していません。
法華講のご観念文や「必ず戒壇の大御本尊と唯授一人の血脈相承を信仰の根本としなければならない」平成3年創価学会解散勧告
等の文言に法主絶対論が主張されているではありませんか。

弘安2年10月12日の御本尊を始めとする真筆・書写本尊は全て等しく本門の本尊ですが、創価学会が弘安2年10月12日の御本尊を受持の対象としないのは、おそらく弘安2年10月12日の御本尊が謗法の地である大石寺にあるからだと思います。
日蓮大聖人が「身延山久遠寺の別当たるべきなり」と定められたにもかかわらず日興上人が身延を離れたのは、身延が謗法の地となってしまったからです。それと同じことだと思います。

Hさん🎵貴殿は凄い!

横から失礼しますm(_ _)m
嫌味無しで創おもいます。

大聖人様が、
末法の大御本尊様である事を
知ってるのに、、、。

何故、なぜ、創価こそが直結なのか?

そこの所をご教授下さいますと幸いです。
失礼しました、、、。

Hさん

こんばんは。

> >「「御本尊に帰命」するために法主のご指南に随従するのです」と説明されましたが、つまり法主に絶対に随従しなければならないということではありませんか。これが法主絶対論ではないとおっしゃるなら、法主に随従しなくてもよいということですか。

創価の言う「法主絶対論」は「法主本仏論」とセットですよね。ご指南に随従することは帰命するこではありませんよ。

> >「御本尊に関する法門法義等は唯授一人血脈相承されているからです」について
> そのことを日蓮大聖人は仰せになっていないはずです。当然、本因妙抄の後加文は用いられません。

唯授一人血脈については二箇相承等にあきらかですけど?また法体に関する極理は仏法においては令法久住の観点から全て唯授一人面授口決の相伝なんですよ。釈迦も天台も伝教大もです。それが仏法の相伝方法なのです。

> >「平成9年の教師講習会で、法詔寺・日感師が信徒に宛てた書状を日顕上人が紹介し読んだものであり日顕上人自身の発言でないし、また同じ講習会で日顕上人は、「私はけっして日顕が、日蓮大聖人様だなんて、一遍も言ったことはない」と言われている」について
> それは本当ですか。どの資料にそのことが書かれていますか。

自分が最初に引用した文章なのだから自分で調べてください。日感師を調べるなり大白法を調べればすぐに分かります。

> 勘違いをされているようですが、我々創価学会員にとって唯一絶対に誤りのない存在は主師親の三徳を備えた御本仏日蓮大聖人ただお一人であって、池田先生・戸田先生といえども御書の内容に反することを言われたならば 「師なりとも誤ある者をば捨つべし」曾谷殿御返事1055 との御文に従いその誤りを弾劾するなり組織を離れるなりしなければなりません。「法主の言うことは絶対に正しい」と主張する宗門とは違います。

創価学会仏とか言ってますけど?(笑)Hさんは創価を離れないといけませんね。さすがに「創価学会仏」とかまるっきり邪義だということは理解できますよね?

> 「日蓮大聖人の内証と代々の法主の内証が等しい」という主張の文証を示されていませんが、日蓮大聖人の御書にはやはりそのようなことは書いてないのではありませんか。

Hさんさぁ、御書になんでも書いてあったら日興上人にすら唯授一人相承の必要がなくなるでしょ。
以前ブログに書きましたが、なんでも御書に書いてあるという所謂「経巻相承」自体が邪義なんですよ。
Hさんの主張は顕本法華宗と同じ主張なんですよ。顕本法華宗を調べてみてください。

> 創価学会の三代会長を広宣流布の永遠の指導者と定めたのは、あくまでも化儀の広宣流布において現実にたくさんの人々を救った功績を称えたに過ぎません。法体に関わることではありませんので当然このことが御書に書かれている必要はありません。

何が「当然のこと」なんだかわかりませんが、要するに御書に書いていないことを創価が勝手にご祈念しているってことですよね。つまり大聖人仏法と無関係な人をご祈念してるんでしょ。それを「邪宗」と呼ぶのですよ、日興門流は。

> その一方で宗門では「南無日道上人、日行上人等御歴代の御正師」と、代々の法主に帰命しているではありませんか。まさにこれを創価学会では「法主絶対論」と呼んでいるのです。

三宝一体ですからね。三宝については教えたじゃないですか(笑)

> 二箇相承に示されるように、日蓮大聖人が法を付属し「背く在家出家共の輩は非法の衆たるべきなり。」と定められたのは日興上人ただお一人です。つまり尊信の対象として帰命するべき僧宝は日興上人ただお一人ですから、代々の法主にまで南無するのは誤りであり謗法です。

その日興上人が血脈相承したのが日目上人ですよ。あたなは自分で日興上人を僧宝といっておきながら日興上人の血脈相承を否定するんですか。それに「法」を付属したと言ってますがその「法」とはなんですか?あなたは「御書に全部書いてある」と言っているのに一体大聖人様は日興上人に何を付属したんですか?つまり「法体」については御書に書いていないということです。わかりますか?「法体の付属は御書に書いてない」あなたはいま自分でそう言っているのですよ。

> 僕は話を日顕に限定していません。

おや?創価は「法主絶対論」は日顕上人が言い出した邪義と言ってますが、あなたはそうじゃないと?
でしたら創価の言う「日顕宗」という言い方は間違ってますね。そしてあなたが「法主絶対論」と呼んでいるのは日蓮正宗古来からの教義ですから破門された創価や当宗と無関係な貴方がアレコレいうことではないじゃないですか。日興門流は初めから、大御本尊と唯授一人血脈に信を置く宗派ですよ。そしてそれが「大聖人仏法」です。

> 法華講のご観念文や「必ず戒壇の大御本尊と唯授一人の血脈相承を信仰の根本としなければならない」平成3年創価学会解散勧告等の文言に法主絶対論が主張されているではありませんか。

だからそれ以外に日顕上人のご指南に「法主絶対本仏論」ってのがあるのですか?とお尋ねしたのですよ。
そして「無い」なら「無い」といってくださいと書いたはずです。要は「法主絶対論」「法主本仏論」なんていうご指南は「無い」ということでしょ。「無いものを」「ある」というのは世間では「でっち上げ」と呼ばれています。それとHさん、日蓮正宗の初代法主って誰だか知ってますか?日蓮大聖人様が初代法主です。ご歴代はその内証を大御本尊より受けているですから、ご当代を敬うのはご当代を通して大聖人様を絶対と信じることなんですよ。初代法主の「大聖人様が絶対」ではダメなんですか(笑)

> 弘安2年10月12日の御本尊を始めとする真筆・書写本尊は全て等しく本門の本尊ですが、創価学会が弘安2年10月12日の御本尊を受持の対象としないのは、おそらく弘安2年10月12日の御本尊が謗法の地である大石寺にあるからだと思います。
> 日蓮大聖人が「身延山久遠寺の別当たるべきなり」と定められたにもかかわらず日興上人が身延を離れたのは、身延が謗法の地となってしまったからです。それと同じことだと思います。

「おそらく」とか「思います」という話はしていませんし聞いていません。「本門の本尊」という位置づけにある戒壇大御本尊を「授持しなくていい」という文証を引用してその正当性を論証してください。と私は言っているのです。あなたの希望的・個人的見解を聞いているのではありません。日興上人の身延離山と「本門の本尊」を受持しないことは全く別次元の話ですよ。
順を追って話しましょう。「本門の本尊」とは一体なんですか?また「謗法」とはどのような行為ですか?まずここからですね。ここのコンセンサスが取れないと話が拡散しますので。

Hさんへ

大石寺のどこが謗法ですか?

大聖人様は、『真言見聞』に、
「凡そ謗法とは謗仏謗僧なり。三宝一体なる故なり。」と説かれています。

学会こそ、仏様である大御本尊様を受持の対象にしないと否定し、猊下様を始めとされている御僧侶方に誹謗中傷をしている

大謗法団体ではありませんか?

2人の熱意に畏れ入る

日蓮正宗の教義は問題が多いですが(特に大御本尊をめぐるもの)、
悲しいかな、創価学会もかつては日蓮正宗に教義を依存してましたから、
正宗の教義をどこまで否定してよいのかわからない。
それが自己否定につながりますからね。

私は学会員ですが、以下で考えています。
・本尊は何でもOK、身延でも顕正会のでも功徳は出る。
・日蓮は本尊の複製の果てについて、そこまで考えていない(堆積寺が言ってるだけ)
・ただ日蓮正宗の大御本尊教義は根拠なしで怪しい(ってかこれこそ文証で示してほしい)
かつて正しいと思ってましたが、ごめんなさい、間違いでした!
・なので、そういう訳ありの本尊はちょっと考えるのやめます!
・ただ大御本尊が忘れられません!って人は日蓮正宗へどうぞ!

Hさんも管理人さんも熱烈ですねw
がんばって下さい!!!

エリーさん

こんにちは。コメントありがとうございます。

> 私は学会員ですが、以下で考えています。
> ・本尊は何でもOK、身延でも顕正会のでも功徳は出る。
> ・日蓮は本尊の複製の果てについて、そこまで考えていない(堆積寺が言ってるだけ)
> ・ただ日蓮正宗の大御本尊教義は根拠なしで怪しい(ってかこれこそ文証で示してほしい)
> かつて正しいと思ってましたが、ごめんなさい、間違いでした!
> ・なので、そういう訳ありの本尊はちょっと考えるのやめます!
> ・ただ大御本尊が忘れられません!って人は日蓮正宗へどうぞ!

いいんじゃないですか。どう考えようとエリーのお好きでいいと思いますよ。
創価学会は独立した宗教法人ですから好きに信じればいいと思います。
大聖人様の仏法ではないといういうことだけ自覚していればそれで私はいいと思ってます。
それと、いつまでも正宗の法主の書写した本尊を使ってないで、身延の本尊でもコピーすればもっといい。
また 身延も顕正会も正しい本尊ということあれば、創価一択じゃなくていいということになるんですよね?
身延も顕正も創価もみ~んな正しい。とってもいい発想だと思いますよ。
それならば日蓮正宗も正しいわけですから(笑)

> Hさんも管理人さんも熱烈ですねw
> がんばって下さい!!!

全然熱烈でもありませんよ。そして頑張るほどのことでもありませんw

全然熱烈でもありませんよ。そして頑張るほどのことでもありませんw

↑こう言う事を言いたいので、しっかり勉強します

Hさん🎵

煽りコメント大変に失礼デス。

管理人さんのブログは、楽しい♪

更に楽しみなのは、、、、
議題を持った来賓者さんのコメント♪

Hさん🎵🎵
為に成るコメントを是非お願い致します。

ダメ出しブログに、
コメントを残せない、
創価民が如何に多いコトか、、。
貴殿の勇気に乾杯🍻!

創価学会員Hさんへ

はじめまして
学会員の美有です
他のブログではこんな事を書いてましたよねとか、今関係ない話をされるのが嫌で他のブログではHNを変えてます
昨夜、創価関係のネットを見るのは止めよと思いまして全て消しました
ダメ出し管理人さんだけは、色んな方への返事が素晴らしいので唯一残してました
私はパソコンがないのでスマホだけなので新着の表示が出ないので、結構めんどくさいです

こちらのブログの常連さんから、Hさんへコメントが来ても、管理人さんに思ってる事を書いてすごいなと思いました
思ってる事を全部管理人さんへ書いても良いと思います
私もHさんと管理人さんの両方きちんと読んで勉強させていただきます

それが違うんですよ

エリーさん

> ・本尊は何でもOK、身延でも顕正会のでも功徳は出る。
ところが違うんですよ。
私も2世で40年ほど学会員でしたが、会則変更あたりから願いがかなわなくなったんですよ(^_^;)
だから、大御本尊様に会うために、日蓮正宗に戻りました。功徳も戻りましたよ。
なので、学会が大御本尊様から離れなければ、おそらく残ってました。

学会でも一喜一憂する生かさず殺さずの功徳もどきはでます。だから願いが叶ってると錯覚して、戻るのに時間がかかりました。

学会員が功徳を受けているなんて

宗門と別れた以降、ありありと、蔵の財、身の財、心の財が貧しくなったのが学会員ですね。
学会員が功徳を受けているなんて信じられない。
ねたみ、やっかみ、他人の陰口、いやがらせが蔓延している。
そういう悲惨な現状を自分の地域でも、仕事で他の地域でも見てきました。
物事を見る客観性や公平性は大事ですね。
この30年、こうも極端に学会員が不幸に落ちたのは何故か。
バブル時は皆が中流意識を持っていた社会なのに今恐ろしい格差ができた。
今後も広がるでしょう。
その辺りを考えるためにここのブログを読んでいます。

小野塚様

私の考えを語ってしまって不愉快でしたら無視なさって下さい
小野塚さんの書いてるおられる事は私の考えてる事を代弁して下さったかのように思いましたので
でも最近は創価が集金目的の団体と言っても、何も知らない人には教えてあげるのは良いけど、組織を変革する事は無理だし
御書を読んでいたいなと思ってます
とどさんのような優しい目線の方が大御本尊様の元に戻りましたとか言われると、私も戻りたいとか言ってしまいそうになります
小野塚さんにどうしろこうしろと言ってるわけではありません
本人が自分で考え決める事です
小野塚さんとは考えてる事は同じなのですけど、先ずは教学をしっかりやって、進む道考えたいなと思い始めてます

美有さん

2度読み返しましたが、趣旨がちょっとつかめないです。
気が付いた時には手遅れでまだ居る高齢者達。
それが学会の現状でしょう。
「自らの保身のために、まだ票集めに利用するつもりなのか」と地元の地方議員に言いました。
半年後に報復されましたけど(笑)

小野塚様

これは大変に興味深かったです。

「宗門と別れた以降、ありありと、蔵の財、身の財、心の財が貧しくなったのが学会員ですね。
物事を見る客観性や公平性は大事ですね。
この30年、こうも極端に学会員が不幸に落ちたのは何故か。
バブル時は皆が中流意識を持っていた社会なのに今恐ろしい格差ができた。」

つまりバブル崩壊後の30年間で学会員は特に貧しくなり、不幸に落ちた。

私の認識では、学会だけでなく、日本全体がこの期間にオワコン化した。
宗教という上部構造は、経済(特にマクロ)という下部構造に影響を及ぼさないという立場ですので、この見解は面白かったです。
かくいう私も、子供が出来たタイミングから日本を出て、
子供の教育投資のためにずっと働いているような人生です。
今の高齢者はまだ幸せでしょうが、
下の世代が今後日本で生きていくのはかなり可哀相ですから。。。

また、Hさんについては・・・
学会の今の教義の中途半端さがわかりますね。

上の方の煽りコメントがありますが、
実は私と見解が近いですね。
「正しい」っていう概念が私にはないです。
それぞれに見解や信条があり、それぞれは平行関係。
そこで「絶対正しい宗派」を求めるっていう発想がわからないですね

ただ、学会も、正宗も、顕正会も、
競合に対して自らの正当性を主張しなければやっていけません
学会員の私が学会に求めることは、
もっと徹底した教義変更。

まずは日寛本尊をやめて、
日蓮直筆本尊の権利を手にして、会員に発布してほしいです

Hさんに警告

このままでは地獄に落ちますよ。
いや、死んだ後でなくても、
生きている間に絶対不幸になります。
ご家族はいますか?学会員ですか?
そのご家族も不幸になります。
病気や経済苦、犯罪に巻き込まれるなど、
今が幸せでも一気に不幸になるのです。
創価の偽本尊の害毒はそれほど大きいのです。
我々を法主絶対主義だといっていますが、
それで何が悪いのですか。
蓮祖の血脈をずっと守ってきたのが歴代法主です。
私も登山して猊下にお目通りするときは、
外であっても跪いてお題目を唱えます。
だって、本仏の血脈を継いでおられる方です。
その方のことを云々言うあなた達のことが理解不能です。
今のままでは、絶対に厳然とした罰を受けますよ。
日蓮仏法はそれほど厳しいのです。
そのためにあなたはまずは学会をやめるべきです。
それからスタートします。
その後、近くの日蓮正宗の寺院に行ってください。
邪儀から離れられるでしょう。
私もサポートします。私のメールアドレスを書いておきます。
この文章を読んだり、対論で論破されて心が変わったら、
ご連絡ください。
関東圏だったらどこでも行きます。電話も大丈夫です。

官庁芸人(USA)さん

友人も米国で子育てしてます。
幼稚園に入る前からです。そろそろ大学卒業かな。
完全なネイティブです。

首謀者達はブラザ合意あたりから、今の国内産業の空洞化までの流れを知っていたでしょうね。
沖縄のB円の事例もあったのですから。
公明党が自民と歩調合せ始め、労働者より企業を護ることを優先させてきた。
単純に、企業を護るためには労働者を低い単価で使える仕組みを作れば言いわけですね。
派遣法などもそうだし、色々ありますね。
官僚さえ生き残ればいいが本音でしょう。

創価の官僚達も自分達だけが生き残るために会員を利用してますね。
その姑息なやり方に呆れ果ててます。
だから従順な人だけ、騙しやすい人だけが欲しいというのが創価の本音でしょう。
もともと広宣流布をするという目的で始まった創価ですが、本性はもうすでにあるがままに観察すればいいだけのこと。
当初の目的は無くなり、創価の官僚達を食わせるためだけにある組織ですね。
宗教とも言えないでしょう。
日蓮正宗も利用されただけだし、会員を使い捨て犠牲にして生き残りをかけてますね。

日蓮の本尊を信仰するなら正宗でいいと思います。
何百年か護り通してきたことは事実でしょう。
信じることは思考を停止することです。
信じるに値するものが、ころころ変わるのは危険ですね。
人生を無駄にしてしまうから。

小野塚さん

外から失礼します。

いやいや、プラザ合意で日本がそこまで読めてるとは、
何か根拠がありますか。
その首謀者とは誰ですか。

小野塚さんの見解はすべて、
「官僚の自己保身」で世界が回ってると聞こえますが、

そもそもなぜ、「企業を守る」という方向に日本は進んでるんでしょうか?

私はそもそもそうした産業構造の変化(野口氏が言うところの1940年体制が限界にあたっているのに、米国的な水平的サプライチェーンの構築のようなパラダイムチェンジができていない)を、日本は読めなかったし、今日もできていない。アベノミクス的な金融緩和は論外という立場です。

ただ勉強になった点が1点。
官僚バッシングは、バブル期に大蔵官僚の地位が失墜した時から盛んになりましたが、
それが創価官僚バッシングとアナロジー的に考えられているという点は
参考になりました。

ただ彼らの内的ロジックは、もう少し慎重に見たいと思っています。

ありがとうございます。

雑文、失礼します。

こんばんは。

 ようやく始まりましたね。 

 ところで、ゼッタイという言葉を世間様も頻繁に口ぐせのように使う昨今です。 流行り言葉なんだからいちいち小生が指摘なんかしなくてもいいのですが、みんな「絶対」が好きなんだなあ、と。 ゼッタイにこうだ!と口にできるのは絶対なるものがあるという前提があるからですね。  人生のほんの一コマ限定の「ゼッタイ」なんでしょうかね。 お安く見られたもんです(笑)

 私は『創価学会。池田先生。』を無疑曰信してきました。 疑いを捨て去るのではなく、疑い切れないところまで追い込んで考えてきたから、こうして創価から離脱できました。  文証の希薄な幹部指導、池田氏の存在の取り扱い、次々と離反する側近大幹部、議員、(事件やその働きぶりなど)、相対面でしか、私のような凡俗にとって、とりあえずの判断の手立てはない。  ないから、そうした創価にまつわる現象面をどう本質的に捉えるか、、など、そういう自分を責めながら愚案を巡らせてきました。

 文証にも見られない、 理が通らない、結果として、「創価にとっての正義」としか言えないような、醜悪さしか残らなかった。 世法を凌駕するどころか世間様にも恥ずかしいことばかりになっていたことに正直に方便(イケダさんの指導など)を捨てて考えて考えて、御書を読んで、題目を唱えて、自身の信心のせい、だとかを排除して考えたら、ある日 ポロッと目のうろこが落ちたわけです。

 創価に居たらそれは自分の人生じゃない。 隷属していたし、それゆえの安楽や幹部としてのカタルシスもありながら、そういうのは自分自身を輝かせ生きていくことにはならない。 そういう結論になりました。 「生理的に」そう感じたのです。  くどいようですが池田氏の思想や指導の「理」などどうでもいいことに気づいた、 私はそういう創価シンジンの効能書きなどに、もうかまってられないと。、 つまり自分の実利を取ったのです。  管理人さんやH氏のように論説鮮やかに、言語化できませんが、きっと思うに初めて自分の感性と思考がようやくこの凡愚の脳裏に滴ってきて、染み込んできて、その挙句、もう逃げずに素直にその感覚に従おうと決めただけです。

 どうして今回の対論とは関係ないようなことを書いているかというと、

 対論(法論)という手立てとは違うところで、私は今ここにいるからです。 従って御書などを援用してHさんに役立つようなことも書けません。  

 我々の生きているこの娑婆世界の道端に、そうそう絶対なるものなど、転がっていてはくれません。 そんな道しるべもありません。 仮にそこに そのヒントがあったとしても、気づきもせず、歩いているだけだろうと思っています。 お手軽な宗教や人生訓、偉人と称される人々の言葉でも気づかない者は気づきません。  またそれに飛びつく人も同時に存在することも実態でしょう。  人はどんなに感性や知能を研ぎ澄ませていても、その人それぞれの選択があるだけだと思うのです。 上で「実利」と書きましたが「、自分の価値観」と言い換えてもかまいません。  だからぜーーーんぶ自己責任です。  相対、そう思っています。 ある人物への従属?やその誓いを捨てた男が、この後どうなっていくか、、 どうぞ学会員さんたち、見物してて下さいね。

 私はどうにかして自分を生きていこうとしております。 ようやくです。

 先日、洋画のDVD「ラッキー」というのを観ました。 ど田舎の老人が主人公です。 とても面白かったです。  彼がもともと「名わき役俳優」だったことも加えて、味わい深い作品でした。

 

小野塚さん、衝動的にコメントしてすみませんでした
私の言いたい事は小野塚さんが書いてるから私が書かなくてもいいですね
とそれが趣旨です
ごめんなさい、ごちゃごちゃ書くと何が言いたいかわからないですね
本当にごめんなさい

Re: タイトルなし

> 全然熱烈でもありませんよ。そして頑張るほどのことでもありませんw
> ↑こう言う事を言いたいので、しっかり勉強します

はい。教学を勉強することは大切な事です。
ただし、その根本は大御本尊(大聖人)への「信」です。
そこ(大御本尊)から離れて教学はありません。

◆行学は信心よりをこるべく候(諸法実相抄)

「信根本」の教学を身に付ければ、創価教学など子供作文みたいなものでいくらでも添削可能です(笑)

蘭房さん

こんにちは。

>  ようやく始まりましたね。 

いつまで続くはわかりませんけど(笑)

>  文証にも見られない、 理が通らない、結果として、「創価にとっての正義」としか言えないような、醜悪さしか残らなかった。 世法を凌駕するどころか世間様にも恥ずかしいことばかりになっていたことに正直に方便(イケダさんの指導など)を捨てて考えて考えて、御書を読んで、題目を唱えて、自身の信心のせい、だとかを排除して考えたら、ある日 ポロッと目のうろこが落ちたわけです。

なるほど。その感覚はなんとなくわかります。

>  我々の生きているこの娑婆世界の道端に、そうそう絶対なるものなど、転がっていてはくれません。 そんな道しるべもありません。 仮にそこに そのヒントがあったとしても、気づきもせず、歩いているだけだろうと思っています。 お手軽な宗教や人生訓、偉人と称される人々の言葉でも気づかない者は気づきません。  またそれに飛びつく人も同時に存在することも実態でしょう。  人はどんなに感性や知能を研ぎ澄ませていても、その人それぞれの選択があるだけだと思うのです。 上で「実利」と書きましたが「、自分の価値観」と言い換えてもかまいません。  だからぜーーーんぶ自己責任です。  相対、そう思っています。 ある人物への従属?やその誓いを捨てた男が、この後どうなっていくか、、 どうぞ学会員さんたち、見物してて下さいね。

創価民さんは「大作センセ」に一体何を何のために「誓う」のか正直私には最初から理解できません。
その「誓い」が、何故美しく、正しいのかも分かりません。
それは「大作センセ」に対する「誓い」には「実利」がないからです。
創価の信心で功徳が出たとしても、それは創価のお陰でも大作センセのお陰でもない。
「師弟」とか「誓願」とかそんな言葉と自分に酔っ払っているとしか思えないんですけど。
因みに、創価の連中は組織から離れた人の「不幸」はみるけど「幸福」からは目を逸らします。
創価退転者が幸福になるのは許せない。
「一切衆生の幸福」の一切衆生のなかに退転者・反逆者は含まれないのでしょうね。

十国さん

はじめまして。
人の心の中は見えませんね。
客観的に状況証拠を積み上げるしかない。
この破綻の道の分岐点がどこで起こったのかと考えると、プラザ合意にたどり着きました。
だから逆に言えば、ここで極端な円安にすれば回避できますね。
失った産業は元にもう戻りませんけど、生き残りならやるしかない。
それが出来ない。たぶん米の圧力でしょう。

天下り企業から仕事を得る大手企業は政治と一体ですね。自民の身内です。
トリクルダウンなんてあり得ないことまでプロパガンダして守る。
労働者が疲弊しただけです。

自民の下駄の雪になった創価公明は自身の利益のために、どう見ても労働者階級の支持者の利益を裏切ってますね。
騙され利用され被害にあっても、まだ良い党だ、親切な人だと信じる人がいる。
詐欺の事件の被害者とよく似た傾向です。

創価が仏教ではなく、悪徳宗教ビジネスだと露骨に正体を現した分岐点は、正宗と別れた時からですね。
心情的にそう見えない、見たくなく人も居ますけど。私にはそう見えます。

小野塚様

ありがとうございます。
つまり首謀者とは米国ですか?
そして円高が日本の破綻を呼んだとそういう理解で大丈夫ですか?
そこで失われた産業とは何ですか?

「事実」と「推測」を立て分けて記載していただけると幸甚です。
「どう見ても」「見える」などといわれるときは、
そう思うに足る理由を教えていただけるとうれしいです。

学会員とかいうやつら

学会員、まじきらい。
Hさんもうぜぇ。きもい。
何が対論だよ?
おめぇら正宗に泥掛けまくって何言ってんだよ。
きもちわりぃ。
まず謝れよ。
偉そうに対等な立場で言ってくるのがうぜぇしきもいんだよ。
もうお前ら正宗にも入ってほしくないけど、
ちゃんとざんげするならいいと思うぞ

十国さん

こんにちは。横から失礼します。
小野塚さんとの対話中に大変申し訳ありませんが、
当ブログは、政治経済を語り合うブログではありません。
小野塚さんとその手の話をしたいのであれば、
ご自身でサイトを開設するなり、お二人でメールでやり取りするなり
場所を移して話をしてください。
あくまでも当ブログは「信仰」に関することがメインのブログですので
その趣旨をご理解ください。

正を立てるさん。

こんにちは。コメントありがとうございます。

お気持ちは分かります(笑)
それでも、創価から正宗に戻る会員さんもいますから(私もです)
余り邪険にしたら可哀想ですよ。
邪智の学会員はキモイ(笑)ですが、無智の学会員さんは創価の被害者ですから。

こんばんは

また 身延も顕正会も正しい本尊ということあれば、創価一択じゃなくていいということになるんですよね?
身延も顕正も創価もみ~んな正しい。とってもいい発想だと思いますよ。
それならば日蓮正宗も正しいわけですから(笑)

↑これ絶対に書くと思ってた
全部正しいなら日蓮正宗も正しいので円満解決、一件落着

創価が破門された時に母と喧嘩した
本尊下ふできないから無理
池田先生が南無妙法蓮華経と習字で書いて、左横下に日蓮正宗から破門された信徒団体と書いて本尊にする
それも池田大作教になるから無理
お寺に行こうと母に言ったのに
日蓮世界宗と言っても、日蓮正宗の法主の本尊だし、納得のいく説明できないから、むうり

No title

久々に覗かせていただきましたら、
対論をやられていたのですね。
ネット上でテキストだけの対論が成立するのか、
興味深く見ておりましたが、やはり無理のようですね。
意見が飛び交いすぎて乱れていますね。

興味深かったのは、
「また 身延も顕正会も正しい本尊ということあれば、創価一択じゃなくていいということになるんですよね?
身延も顕正も創価もみ~んな正しい。とってもいい発想だと思いますよ。
それならば日蓮正宗も正しいわけですから(笑)」

これについて。
私は現在学会員ではありますが、
日蓮正宗と身延に行くことは真剣に考えたことがある。
(顕正会はないですが)

ただ、日蓮正宗は大御本尊ならびに血脈に関する教義がどうしても納得することが出来ず、
身延も主張は一番正しいと理性的に納得したが、そのコミュニティで生きることに納得できず踏み切れなかった。
結果まだ学会にいる中途半端な人間です。

ただずっと、特に広宣部活動を離れてから、
唱題をしながら、「自身の信仰に厳しく」を心がけて生きてまいりました。
(本尊は日寛書写の学会本尊なので、そんな偽本尊に祈っても害毒しかないと言う方もいるかもしれぬが)。

それまでの私は、他宗の破折に精魂を傾けてきたし、それが大聖人の精神だと思ってきた。
ただ、大聖人は破邪顕正の前に、自らの信仰心に対して誰よりも厳しかったのではないかと、悩みの中にあった時に大聖人が佐渡にて書かれた御書を書いて思ったからです。

それから、学会の活動から距離を置いて、祈りと御書研鑽の日々を送ってきました。それは、学会だの宗門だのという教団間の争いから距離を置くことでもありました。

結果、それがよかったと思います。

ただ、今の私には「これが正しい」と言うほど自惚れることができない。
自分は未熟。
その点、

「また 身延も顕正会も正しい本尊ということあれば、創価一択じゃなくていいということになるんですよね?
身延も顕正も創価もみ~んな正しい。とってもいい発想だと思いますよ。
それならば日蓮正宗も正しいわけですから(笑)」

という発想になっているかもしれない。
これらの教団を分けるポイントは、
「本尊義」でしょう。
私は管理人様とは本尊義という点で大きく意見が異なりましょう。
私は大御本尊を巡る日蓮正宗の教義に同意しておりません。

ただ、管理人様を信仰者として尊敬申し上げているのは言うまでもないし、確信を持っておられるのは本当にすごい。
私に出来ること、今それは、ただ自らの信仰心に対して厳しい目を向けること。そこに妥協を生まぬこと。その結果、自分がどう思えるのか。そこに力を入れて生きたいと思います。その結果が、大御本尊への信仰なのか、池田名誉会長の再評価なのかわかりませんが、自分で答えをつかみたいと思っております。それは理論ではなく、自らの全身全霊の信仰活動をかけてつかみとるもののと思っています(正直、理論は嫌と言うほどつんで来た




>Hさん

大変真剣に信仰活動されている方と思います。
尊敬申し上げます。

管理人さんはかなりオープンな態度で対話されているように思うので、
お互いが相手の考えていることを納得はできずとも、理解できるといいなと思っております。
広宣部の経験上、相手を論破しよう、間違いを認めさせようとして挑む対論は9割以上が徒労に終わると思い、私はもうそういう対論は一生したくないと思っております。

No title

こういう俯瞰している系の老害学会員が一番厄介。
さっさと正宗こいよ。プライドが邪魔してんだよ。
結局堕地獄行きだよwあんたなんて。
大御本尊がわからなかった???御愁傷様、そんだけオベンキョウしたのに残念。ある意味一番馬鹿かもね。
学会員の時点で終わってる。これだけです。

瀬戸内海様

はじめまして
高齢の親がショックを受けるので名簿だけの学会員の美有と言います
創価批判のカテゴリーから場所柄をわきまえて適切な場所で瀬戸内海さんが発言されてるのは承知の上ですが、横から口をはさんで失礼ですが、学会員を御愁傷様とか、信仰者である前に一般常識のある人間ならそんな事は言わないのではないでしょうか?
日蓮正宗が宗教団体で、創価学会が宗教団体とは言えない説明できないのでしょうか?
できないなら、創価批判のたこ焼きブログという所で、コメントなされば大歓迎してもらえると思いますから、ぜひそちらに行かれて下さい、私は行きませんけど
ダメだしブログは真面目なブログです

美有さん

こんにちは。

> また 身延も顕正会も正しい本尊ということあれば、創価一択じゃなくていいということになるんですよね?
> 身延も顕正も創価もみ~んな正しい。とってもいい発想だと思いますよ。
> それならば日蓮正宗も正しいわけですから(笑)
>
> ↑これ絶対に書くと思ってた
> 全部正しいなら日蓮正宗も正しいので円満解決、一件落着

全部正しいなら「宗教」そのものが要らない。
もちろん創価も要らないので「解散」ですね(笑)

元広宣部じじーさん

こんにちは。

> 久々に覗かせていただきましたら、
> 対論をやられていたのですね。
> ネット上でテキストだけの対論が成立するのか、
> 興味深く見ておりましたが、やはり無理のようですね。
> 意見が飛び交いすぎて乱れていますね。

いまのところ「対論」というほどの話ではありません。

> ただ、日蓮正宗は大御本尊ならびに血脈に関する教義がどうしても納得することが出来ず、
> 身延も主張は一番正しいと理性的に納得したが、そのコミュニティで生きることに納得できず踏み切れなかった。
> 結果まだ学会にいる中途半端な人間です。

身延も正宗同様、創価のような濃いコミュニティーは形成していないのではないでしょうか。良く知りませんが日蓮宗は入信するのに特別な儀式とかは無いと思います。特別な条件が無いのに身延にならなかったのは、理性とは違う部分で何か理由があるのだろうと思います。

> ただずっと、特に広宣部活動を離れてから、
> 唱題をしながら、「自身の信仰に厳しく」を心がけて生きてまいりました。
> (本尊は日寛書写の学会本尊なので、そんな偽本尊に祈っても害毒しかないと言う方もいるかもしれぬが)。

ニセ本尊云々は置いておいて、「自分の信仰」は「信じる対象」がないと成立しないと思います。まづは「信じる対象」があって「自分の信仰」がある。そして「厳しく」とは「信じる対象を信じぬく」とい理解しています。おそらく理性的には身延の教義に納得感があるのでしょうが、身延の場合「信じる対象」が曖昧だと感じているのではないでしょうか。

> ただ、今の私には「これが正しい」と言うほど自惚れることができない。
> 自分は未熟。

いや「これが正しい」と信じる(言う)のは自惚れではないとおもいます。「これが正しい」と信じる(言う)ことこそが「自分の信仰に厳しい」ということだと思います。大聖人はそうしたからこそ佐渡流罪等の難に合われたのではないでしょうか。

> 「本尊義」でしょう。
> 私は管理人様とは本尊義という点で大きく意見が異なりましょう。
> 私は大御本尊を巡る日蓮正宗の教義に同意しておりません。

ええ。知っています。元広宣部って私も含め、「池田命」となるか「正宗教義否定」にいくか「大御本尊根本」になるか、だいたいこの3パターンではないかと思います。「池田命」にならなかっただけお互い良かったですね(笑)

> ただ、管理人様を信仰者として尊敬申し上げているのは言うまでもないし、確信を持っておられるのは本当にすごい。
> 私に出来ること、今それは、ただ自らの信仰心に対して厳しい目を向けること。そこに妥協を生まぬこと。その結果、自分がどう思えるのか。そこに力を入れて生きたいと思います。その結果が、大御本尊への信仰なのか、池田名誉会長の再評価なのかわかりませんが、自分で答えをつかみたいと思っております。それは理論ではなく、自らの全身全霊の信仰活動をかけてつかみとるもののと思っています(正直、理論は嫌と言うほどつんで来た

そうですね。大切なのは「自分で選択」することです。創価だろうと顕正会だろうと身延だろう無信心だろうと「自分で選択」した生き方をしてる人には「信念」があります。もちろんその「信念」の根本には人生体験を含めた「学び」が必要です。その「学び」がないと「軽い」のです。今の創価活動家はこうした「軽い」活動家が多いと思います。それは根本の部分で「自分で選択」していないからだと思います。これは無信心で信仰者をバカにするような人も同じですね。無信心の人の多くは「信仰しない事」を「選択」したわけではないと思っています。自分の信仰心と向きあうのはある意味勇気の要ることです。素晴らしいと思います。

瀬戸内海さん

こんにちは。コメントありがとうございます。

本ブログは基本はどんなコメントもOKですが、
一般常識程度の礼節を持ったコメントをしてください。
今回のコメント内容も別な言い方をした方が皆に真意が伝わると思いますよ。
もちろん、礼節を欠いているような人(時々本ブログにもそういう学会員の書き逃げがありますが)に対しては、必ずしも礼節をもって答える必要はありませんが(私がそうですから)。
その点をご理解の上、またコメントをお待ちしていますね。

瀬戸内海さん

 こんにちは。

 早速お尋ねしますが、まさかご貴殿は正宗信徒さんではありませんよね。?

 もしも信徒さんだとすれば創価、正宗の双方を毀損してませんかね。。

 あ、第三勢力さんかもなぁ。。 旗幟鮮明になさって、最低限の礼と分別を心得てからコメントなさって欲しいなあ。 読んでて痛々しいです。

 その年齢にならないと分からない人生の感覚ってあるんですよ。理屈じゃなくてね。 良くも悪くも己れを知る、というようなものね。    まだ無理なんだね。こんなこと言っても。(苦笑)  足が地についてない感じがしました。

 失礼!

 

学会員さんへ

学会員の人が来てくれないと面白くないです
管理人さんのコメント返しが管理人さんの考えてる事が1番よくわかります
一番仰天したのは、御返事はYOU TUBEを見て下さいと言うものです
たしかあの時、天パさんがYOU TUBE見ましたが、それが何か?
とか大変な野次を飛ばしてましたよね
私もそう思ってました。

美有さん

こんばんは。

> 学会員の人が来てくれないと面白くないです
> 管理人さんのコメント返しが管理人さんの考えてる事が1番よくわかります

そんなに学会員さんを煽らないでください(笑)
煽っても来ませんって(笑)
来たところで最後は罵詈雑言を吐いて書き逃げパターンですよ。
本ブログでそんな創価民を大勢見てきたでしょ(笑)

No title

創価学会員のHです。

5/24の管理人さんのご返信には
【創価の言う「法主絶対論」は「法主本仏論」とセットですよね。ご指南に随従することは帰命するこではありませんよ。】
つまり代々の法主に帰命するのではない。しかしその後に
【> その一方で宗門では「南無日道上人、日行上人等御歴代の御正師」と、代々の法主に帰命しているではありませんか。まさにこれを創価学会では「法主絶対論」と呼んでいるのです。

三宝一体ですからね。三宝については教えたじゃないですか(笑)】
と、代々の法主に帰命するのであるとおっしゃっていますね。なぜこれほどまでの自語相違をお気づきにならないのですか。

>【唯授一人血脈については二箇相承等にあきらかですけど?】
二箇相承で法を付属されたのは日興上人ただお一人です。代々の法主まで法を付属されたのではありません。

>【さすがに「創価学会仏」とかまるっきり邪義だということは理解できますよね?】
なぜ邪義だと思われるのですか。我々は御本尊を信じれば誰でも一生のうちに成仏できるのではありませんか。勘違いされているのかもしれませんが、創価学会を本仏として拝んでいるわけではありません。

>【御書になんでも書いてあったら日興上人にすら唯授一人相承の必要がなくなるでしょ。】
やはり文証を示すことはできないのですね。
御書根本・依法不依人の精神は日蓮大聖人が数多の御書の中で弟子に教えられていることです。管理人さんは法主の言うことは絶対に正しいと考えているようですが、一体どこにその保証があるのですか。

日蓮大聖人はこの様に仰せになっています。
「仏法の邪正をただす事・皆経文をさきとせり」星名五郎太郎殿御返事1207
「若し証拠なくんば誰人か信ずべきや、かかる僻事をのみ構へ申す間邪教とは申すなり」祈祷抄1355
「仏の遺言に云く我が経の外に正法有りといわば天魔の説なり云云」行敏訴状御会通181
「文証無き者は悉く是れ邪義、彼の外道に同じ」真言見聞148 
「今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は日蓮に違わずして宣説す可きなり」御義口伝巻上744
「設い天台の釈なりとも釈尊の金言に背き法華経に背かば全く之を用ゆ可からざるなり、依法不依人の故に」立正観抄528
「仏の遺言に依法不依人と説かせ給いて候へば経の如くに説かざるをば何にいみじき人なりとも御信用あるべからず」唱法華題目抄9
「唯人師の釈ばかりを憑(たの)みて仏説に依らずば何ぞ仏法という名を付くべきや。言語道断の次第なり」持妙法華問答抄462
「仏法を修行せんには人の言を用う可らず只仰いで仏の金言をまほるべきなり」如説修行抄502
「設い仏菩薩為りと雖も法華涅槃に依らざる仏菩薩は善知識に非ず況や法華涅槃に依らざる論師・訳者・人師に於てをや」守護国家論67
「仏法は強ちに人の貴賎には依るべからず只経文を先きとすべし」聖愚問答抄481
「此の経の信心と申すは少しも私なく経文の如くに人の言を用ひず法華一部に背く事無ければ仏に成り候ぞ」新池御書1443
「今の人他の所引の経論を信じて謂いて憑み有りと為して宗の源を尋ねず謬誤何ぞ甚しき」真言見聞148
これらの御文を拝すれば、御本仏日蓮大聖人以外の誰人の言葉も信じてはいけないということが明白にわかると思いますが、いかがですか。

また、日興上人はこの様に仰せになっています。
「富士の立義聊も先師の御弘通に違せざる事」日興遺誡置文1617 
「案立若し先師に違わば一身の短慮尤も恐れ有り」五人所破抄1616 
僧宝日興上人といえども日蓮大聖人が仰せになっていない法門を立ててはいけないということです。
「当門流に於ては御書を心肝に染め極理を師伝して」日興遺誡置文1618
「時の貫首為りと雖も仏法に相違して己義を構えば之を用う可からざる事」日興遺誡置文1618
日蓮大聖人の御書を根本にするべきであって、法主が絶対に正しいわけではないこと、御書に照らして仏法に背いているならば法主を用いてはならないと仰せになっています。
つまり「日蓮大聖人の内証と代々の法主の内証が等しい」という主張の文証を示せないならそれは邪義であるということです。

>【御書に書いていないことを創価が勝手にご祈念しているってことですよね。つまり大聖人仏法と無関係な人をご祈念してるんでしょ】
無関係ではありません。仏法を教えてくださった師に対して感謝することの何がいけないのですか。そもそも日蓮大聖人は勤行のやり方を定めていないはずです。日蓮大聖人の御心に違背しない限りは自由に個人的な願いや感謝の祈りを捧げても構わないのではありませんか。
三代会長に対して感謝するのがいけないなら、法華講のご観念文の「某先祖代々並びに当宗信仰の面々、内得信仰の面々 、各々先祖代々の諸精霊、追善供養證大菩提の為に」等もあってはならないのではありませんか。

>【三宝一体ですからね。三宝については教えたじゃないですか】
代代の法主までもが尊信の対象としての僧宝であるとの文証は示せますか。当然日寛の書は用いられません。

>【その日興上人が血脈相承したのが日目上人ですよ。あたなは自分で日興上人を僧宝といっておきながら日興上人の血脈相承を否定するんですか】
日目上人に法を付属するなどとは日蓮大聖人も日興上人も仰せになっていません。

>【「法」を付属したと言ってますがその「法」とはなんですか】
日蓮一期の弘法つまり南無妙法蓮華経だと思います。

>【あなたは「御書に全部書いてある」と言っているのに一体大聖人様は日興上人に何を付属したんですか?つまり「法体」については御書に書いていないということです。】
法を付属するのと御書をしたためるのは全く別の次元の話です。法を付属するのは日蓮大聖人と同様に法を所持しており帰命する対象であるというです。御書をしたためるのは単に法門を伝えることです。

>【創価は「法主絶対論」は日顕上人が言い出した邪義と言ってますが、あなたはそうじゃないと?でしたら創価の言う「日顕宗」という言い方は間違ってますね】
日顕だけでなく日如の代になってからも同様の主張をしているから日顕に限定しないのです。また、法主が変わるたびにいちいち「日如宗」などと名称を変えるのも面倒だからそのまま用いているのでしょう。

>【日興門流は初めから、大御本尊と唯授一人血脈に信を置く宗派ですよ。そしてそれが「大聖人仏法」です。】
日蓮大聖人はそのようなことを仰せになっていません。

>【だからそれ以外に日顕上人のご指南に「法主絶対本仏論」ってのがあるのですか?とお尋ねしたのですよ。】
それ以外の証拠を提示する必要などないでしょう。解散勧告書・能化文書・法華講のご観念文・管理人さんの「日蓮大聖人の内証と代々の法主の内証が等しい」という主張をみれば宗門に法主絶対論、法主本仏論があるのは明らかではありませんか。あえて他の証拠を挙げるなら、例えば平成21年の「創価学会の皆さんへ」というパンフには「根源の師とはご本仏日蓮大聖人であり、その血脈法水を継承される時の御法主上人も根源の師に当たります」とあります。1991年8月の行学講習会では日顕の側近の福田毅道が「法主が本で日蓮大聖人は迹に過ぎない」という主張をしたこともあります。

>【初代法主の「大聖人様が絶対」ではダメなんですか(笑)】
創価学会が批判しているのは日蓮大聖人と日興上人以外の代々の法主の絶対性であることは明らかではありませんか。そのような揚げ足取りはつまらないと思いませんか。

>【「本門の本尊」とは一体なんですか】
日蓮大聖人は、本門の本尊とは「寿量品に建立する所の本尊は五百塵点の当初より以来此土有縁深厚本有無作三身の教主釈尊是れなり」三大秘法抄1022 と仰せになっています。

>【「謗法」とはどのような行為ですか】
日蓮大聖人は「謗法とは法に背くという事なり」顕謗法抄455 と仰せです。
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創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

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