日本は、毎年2万人以上が自殺をする社会です。社会や未来に希望が持てなくなり、自殺を選ぶわけです。

 一方で、たまに、自分を殺して社会から卒業するのではなく、他人を殺すことで社会から卒業しようとする人たちがいます。秋葉原通り魔事件、東海道新幹線殺傷事件、そして今回の事件ですが、犯罪とは程遠い生活をしてきた人が、一転して重大事件の加害者になりました。

 逮捕されて、刑務所に入ることが嫌なことであると考える人は、社会に属すことに居心地の良さを感じる人たちだけです。社会に属することを居心地が悪いと感じる人たちにとっては、刑務所や死刑ですら苦痛からの解放のように考えてしまう場合もあるわけです。

 個人的にはそういう人を「無敵の人」って呼んでいたりするのですが、無敵の人に対して、既存の刑事罰の強化をしても、犯罪を抑制する効果はあまりないのですね。

 さてさて、問題点を出すだけでは無意味な長文になってしまうので、おいらなりの解決策を提示してみたいと思います。

 ネットで「キモくて金のないおっさん問題」と言われる、「誰からも好かれていないし、期待されていないおっさんをどうにかしないと社会に悪影響があるよね」っていう問題があります。イギリスだと孤独担当大臣という大臣を作って対処を始めていたり、他の国では問題として認識されて、社会的に解決しようと予算が動いていたりします。

 解決するには彼らが社会に未練を残すようにすればいいわけで、「家族や恋人ができたらいいよね」という解決策を言う人もいますが、現実には「キモくて金のないおっさん」と付き合いたい人はそんなに多くないのが実情です。

 そこで注目したいのが、南米ベネズエラの食糧危機です。大規模な食糧危機が起きたので、国民の75%が平均約9キロも体重が落ちたそうで、多くの餓死者も出たといいます。

 そこで、ベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領は、貧困地域に食料としてウサギを配布しました。
※画像はイメージです(iStock)
※画像はイメージです(iStock)
 ウサギは約2カ月飼育すれば、2・5キロぐらいに育つそうです。毎日の食事も満足にありつけない人たちの食事として各家庭に配って、2カ月ぐらいしたら食べるだろうと思ったら、ペットとして名前を付け、一緒に寝てかわいがっていて、全然食べなかったそうです。ということで、このウサギを配る計画っていうのは大失敗に終わり、今度はヤギで試すらしいです。

 人は、弱い存在から頼られることで幸せを感じたりする生き物です。ということで、「キモくて金のないおっさん」にはウサギを配ってみると、「自分が社会からいなくなったら、ウサギの世話をする人がいなくなって、ウサギがかわいそう」ってことで、ウサギの世話をし続けるために社会に居続けてくれるんじゃないかと思うのですが、みなさんはどうお考えでしょうか。

 ちなみに、毎月7万円を国民全員に無条件で配る「ベーシックインカム」っていうのも解決案の一つなんですが、ウサギの方が安上がりだし、面白そうだと思うので、個人的には「ウサギ計画」を無敵の人への対処法として提示したいところです。

 という感じで、「キモくて金のないおっさん」側の心情を考えることができるのが「言論」のできることだと思ったりします。