| 金明基先生の「米8軍副司令官Coulter将軍の独島爆撃演習基地使用認可申請による米政府の韓国の独島領土主権承認」に対するコメントです。金明基先生が言いたいことは論文冒頭の抄録にまとめられていますが、つまりこういうことでしょう。 「1951年6月20日に、アメリカの国家機関であるところの米8軍副司令官が韓国政府に独島を爆撃演習基地として使用する認可を申し込んだ。これは、アメリカが大韓民国の独島領土主権を黙示的に承認したものだ。だから、これ以後、アメリカはそれと矛盾・抵触する行為はできない。それにもかかわらず、アメリカはサンフランシスコ講和条約で独島を韓国の領土と明確に規定しなかった。アメリカはこのことに対して国際法上政治的・法的責任を負う。そのことを、独島問題における外交政策、特に対日本外交政策にも反映しなければならない。」 この論法は、サンフランシスコ講和条約自体にはなかなか文句をつけられないということを自覚して、それならその一歩手前のできごとを基にサンフランシスコ講和条約の不当性を指摘して韓国の主張を有利に持っていこうとしているようです。 まず、米8軍副司令官のクルター中将が韓国政府に竹島使用の承認を求めたという事実はあったようですね。しかし、そのことを「アメリカが大韓民国の独島領土主権を黙示的に承認したもの」と評価できるかどうかが問題でしょう。 竹島の爆撃演習に関係することを時系列で並べて見ましょうか。(赤が韓国側でのこと、青が日本側でのこと) 1947.9.16 GHQが竹島を爆撃演習場に指定し、日本政府に通知(SCAPIN-1778)
1948.6.8 米軍の竹島爆撃演習によって韓国人漁民多数が死傷
1951.6.20 駐韓米8軍クルター副司令官が韓国政府に竹島の爆撃演習使用申請
1951.7.1 上記申請に対する韓国政府の承認 1951.7.6 GHQが竹島を爆撃演習場に再指定(SCAPIN-2160)
1951.8.10 米国政府がサンフランシスコ講和条約で竹島韓国領は認めないことを韓国政府に通知(ラスク書簡)。
1951.9.8 サンフランシスコ講和条約の調印(竹島日本領決定) 1952.4.28 サンフランシスコ講和条約の発効(竹島日本復帰) 1952.7.26 日米合同委員会が日米行政協定に基づき在日米軍演習区域として竹島を指定。
1952.9.15 米空軍機が竹島に爆弾投下
1952.9.22 米空軍機が竹島に爆弾投下(ちょうど韓国山岳会の「鬱陵島・独島学術調査団」が竹島に接近していたときだった。)
1952.11.10(9.22?)韓国が米国に上記(9.15)の爆撃を抗議
1952.12.4 駐韓アメリカ大使館から韓国政府に次の回答を送付。 「アメリカ合衆国大使館は外務部に敬意を表し、アメリカ極東軍司令部の傘下にあるとされる単発飛行機が1952年9月15日に独島に爆弾を落としたと指摘する1952年11月10日付の覚書に言及する光栄に浴する。 大使館は、外務部の覚書に示された情報が限られていること、並びに事件があったと言われている時から非常に長い時間が経過していることから、実質的に国連司令部が事実を確定することは不可能であろうとの助言を受けました。しかしながら、独島を爆撃目標とすることを中止するための調整が進められています。 大使館は、外務部の覚書に含まれる独島は韓国の領域の一部であるという声明に留意します。合衆国政府のこの島に対する領域的地位の理解は、ディーン・ラスク国務次官補から駐米韓国大使あての1951年8月10日の手紙において明らかにされています。」 アメリカ大使館 釜山 1952年12月4日 1953.5.1 日米合同委員会で竹島を演習区域から解除
竹島はこの時期、例のSCAPIN677によって、当面日本政府が行政を行う範囲から除外されていたわけです。そして、最終的に日本と韓国の国境はどうなるかというのはまだ決まっていないし、クルターさんとしては、竹島が韓国領土なのか日本領土なのか判断する立場にはない。 そういう状況で、在韓米軍が日本政府に話をすることは考えられない。それに、米軍には1948年に、意図したものではなかったものの、竹島爆撃演習で韓国人を殺傷してしまったという「前科」がありましたからね。そういうことは避けなければならない。その時点では、竹島には韓国人だけが行き来しているという現実がある。 とすれば、竹島で爆撃演習をしたいと考えるからには、韓国政府の了解を取り付けて、韓国国民に「近寄るな」という周知をしなければならない。現実の諸状況を踏まえればそういうふうに韓国政府の了解を求める以外の選択肢は無かったでしょう。そして、外交を担当するわけではない軍人に、黙示的にせよ、その島が韓国領土であることを認める権限なんてありません。領土の決定は講和条約によるのであり、その作業は外交を担当する国務省がやっていたのです。 だから、クルター中将は軍組織として必要なことをやっただけのことであって、その行為に領土決定の意味を持たせて解釈することはできません。 |
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その少し前の年表補足です。
1947年8月20日 朝鮮山岳会が初めて上陸。学術調査して標柱を立てる。
1947年9月 2日 調査に参加した石宙明が、韓国最東端は竹嶼だという記事を書く。
1947年9月 9日 石宙明が独島は韓国領土内だと訂正記事を書く。
dokdo-or-takeshima.blogspot.com/2010/12/1947-sep-2-sok-ju-myong-of-ulleungdo.html
blogs.yahoo.co.jp/chaamiey/57409309.html
例の昭和九年と全くアングルの朝鮮山岳会の記念写真があります。
blogs.c.yimg.jp/res/blog-66-88/chaamiey/folder/1585665/85/26091785/img_1?1470871003
標柱の画像のカラー化
i.imgur.com/prFJjwh.jpg
標木柱の拡大カラー化
i.imgur.com/s0bcjLO.jpg
2018/8/12(日) 午後 2:13 [ 小嶋日向守 ] 返信する
この論文の要点は『何が何でも、在韓米軍司令官の要請はアメリカ合衆国政府による「主権の承認」なんだ!』という決めつけが前提となっています。
そこから発展して『米国が「主権の承認」をしたので禁反言の原則から、竹島を日本の領土として取り扱うアメリカの判断は国際法違反だ認められないんだ!』と結論しているわけですね。
しかし「在韓米軍司令官の要請は本当に「主権の承認」なのか?」という根底部分で論理の飛躍というか暴走による決めつけがあるわけです。
この論文の滑稽なところは、「在韓米軍の主体はアメリカ合衆国だ」と主張しているのですが、その当時のしかもごく特定の在韓米軍の措置『だけ』を「アメリカ合衆国の措置」としているところです。
つまりアメリカ合衆国政府そのものが「(竹島について)領土の最終的決定は平和条約による」という政策を表明していたのですが、そういった事情や矛盾をすべて無視しているわけです。
要するに「アメリカ合衆国政府本体の措置は無視されるが、特定の在韓米軍の措置だけが『アメリカ合衆国の行為』として認められる」ということでしょうか。
2018/8/13(月) 午後 6:32 [ mam*to*o*1 ] 返信する
たとえば在韓米軍の前身となる在韓米軍政庁は、「U.S. Army Military Government - South Korea: Interim Government Activities, No.1, August 1947」で「Formerly belonging to Japan, a recent occupation directive which drew an arbitrary line demarcating Japanese and Korean fishing waters placed Tok-to within the Korean zone. Final disposition of the islands' jurisdiction awaits the peace treaty.」としており、1947年の段階で「竹島の最終的処分は平和条約による」としているのですが、論文ではそんなことはお構いなしです。
2018/8/13(月) 午後 6:33 [ mam*to*o*1 ] 返信する
現実としては米国政府も在韓米軍政庁も「竹島の最終的処分は平和条約による」しているのですから、いきなりレアケースの「在韓米軍司令官の要請」を取り上げて「主権の承認」と判断するのは「荒唐無稽で支離滅裂な主張」なのです。
Chaamieyさんの指摘通り「在韓米軍司令官の要請」というのは「主権(soveraignty)」ではなくて「統治(administration)」に関するものでしょう。
2018/8/13(月) 午後 6:34 [ mam*to*o*1 ] 返信する
韓国の主張で良くあることですが「全体のごく一部を取り上げて、その一部分だけを自分に都合の良いように構成する」という手法そのものです。
あと「1952年12月4日口上書(No.187文書)」を「アメリカによる韓国の独島領土主権を承認した根拠」としています…
また「SCAPIN」「防空識別区域」を主権の承認の根拠としていますが…
金明基先生の頭の中は半世紀前の「独島問題概論」の時代から進歩していないのでしょうかw
やっぱりNo.187文書で悪意による隠蔽が行われた「etc」のように、都合の悪いことは無かったことにして結論を出したいのでしょうか。
つっこみどころが多くて、全部を取り上げるのはきりがありません。
2018/8/13(月) 午後 6:34 [ mam*to*o*1 ] 返信する
このように「在韓米軍司令官の要請」の前後にあるアメリカ合衆国の措置を見ると、その要請が「主権の承認」ではないことが明らかになります。
金明基先生のやり口というのは、『「前後の措置」を参照されると「主権の承認」ではないことは明らかになってしまう。だから「戦後の措置」を無かったことにするために一番先に「在韓米軍司令官の要請」を「主権の承認」と決めつけてしまおう』という方法です。
つまり「結論が既にあるから原因が生まれる」という、逆の方法をしているわけですね。
2018/8/13(月) 午後 6:43 [ mam*to*o*1 ] 返信する
詳しいコメントありがとうございます。やっぱりそういうことですね。「アメリカ合衆国政府本体の措置は無視されるが、特定の在韓米軍の措置だけが『アメリカ合衆国の行為』として認められる」(笑)
全体状況を無視してごく一部を極大化。金明基先生も今回は実にテキトーなことをお書きになったようです。
2018/8/13(月) 午後 7:03 [ Chaamiey ] 返信する
mamatotoさんのコメントに拍手!
まあ、慎鏞廈とかもっとあたまオカシーし。
2018/8/13(月) 午後 10:03 [ 小嶋日向守 ] 返信する
確かに、これでも金明基先生はひょっとしたらまだましな方かも知れないですね。
2018/8/13(月) 午後 10:08 [ Chaamiey ] 返信する
一応ながら「(屁)理屈」はありますものね。
Chaamieyさんが先ほど投稿された、チョン・テマン教授と比べればまだマシかもしれません。
2018/8/14(火) 午後 11:16 [ mam*to*o*1 ] 返信する