| 7.サンフランシスコ平和条約の誤った解釈-結論に代えて 1952年以来、日本は韓国を相手に独島領有権を本格的に主張し始めた。日本は、戦後日本の領土範囲を確定した1951年のサンフランシスコ平和条約(以下サンフランシスコ条約という)を独島領有権の最も重要な根拠と見ている(注57)。もしサンフランシスコ条約で独島領有権が決定されれば、それ以前の朝日/韓日国境条約体制と日本の独島編入などの韓日間の争点は意味が無くなる。このような側面から、サンフランシスコ条約は現在の韓日間の独島論争の核心といえる。独島問題が国際司法裁判所に回付される場合、日本はサンフランシスコ条約を最も有力な根拠として提示する可能性もある(注58)。 (注57)チョン・ビョンジュン「サンフランシスコ平和条約と独島」 『独島研究』第18巻嶺南大学独島研究所 2015 p138 (注58)チョン・ガプヨン 「サンフランシスコ平和条約第2条(a)項と独島」 『民族文化論叢』 第60集 嶺南大学民族文化研究所 2015 p155 また、日本がサンフランシスコ条約の発効日を基準として1952年を独島問題に対する「決定的期日」(critical date)と見ようとするのは、サンフランシスコ条約が日本に有利に作用すると認識しているためだ(注59)。1952~54年の間にアリソン(John M. Allison)駐日大使、レオンハート(Leonhart)参事官、フィン(Richard Finn)書記官など駐日アメリカ外交官たちもサンフランシスコ条約を根拠に独島を日本領にして独島問題を解決しなければならないという主張をしたりした(注60)。日本が主張する韓国の独島不法占拠論も、サンフランシスコ条約を根拠としている。 これに対して韓国は、第2条a項には独島に関する言及がなくて韓国の代表的な島を数え上げただけだと主張する。同時に、サンフランシスコ条約以前の1946年のSCAPIN677号によって既に独島は韓国の領土と認定されたと主張するなど、サンフランシスコ条約を無力化することに焦点を合わせているが説得力が弱い。イ・ソクウ氏は「サンフランシスコ平和条約の解釈が日本の独島に対する領有権を認めるものと結論を出されるということが明らかになった以上」、 SCAPIN677号の強調は決して望ましくないと指摘する(注61)。 そうすると、サンフランシスコ条約は独島問題といかなる関連性を有しているのか。 サンフランシスコ条約第2条a項は「日本は韓国の独立を承認して済州島、巨文島、鬱陵島を含む韓国に対する全ての権利、権原及び請求権を放棄する」と規定している。この条項で独島に対する言及がないのは、サンフランシスコ条約の形成過程で韓国と日本が独島を自国の領土と表記するのに失敗したためだ。これを利用して、韓国と日本は我田引水式で国際社会から、そして国際法的に独島がそれぞれ自国の領土と認められたと正反対の主張をしている(注62)。 (注59)パク・ヒョンジン(2008)「対日講和条約と独島領有権」 『国際法評論会』 第28号p128 (注60)チョン・ビョンジュン 前掲論文 p137 (注61)イ・ソクウ(2007)『東アジアの領土紛争と国際法』 集文堂 p18 (注62)シン・ヨンハ(2005) 『韓国と日本の独島領有権論争』 漢陽大学出版部 p38~39 日本は、サンフランシスコ条約第2条a項は日本が放棄すべき領域を規定しているが、独島に対する言及がないので独島は日本が放棄すべき領域ではないので日本の領土に残ったと主張する。韓国は日本が放棄すべき領域に独島を含ませようとしたが、失敗したので独島は韓国の領土と認められなかったという主張も同じ脈絡だ(注63)。しかし、文言的に見れば、独島に対する言及がない第2条a項では独島の領有権を確定できないので、この条項に対する解釈によって独島領有権が決定されるのだ。日本の上のような主張は、1951年8月10日付でディーン・ラスク米国務省次官が駐米韓国大使館に送ったいわゆるディーン・ラスク書簡を主要な根拠としている。1951年7月19日付でヤン・ユチャン駐米韓国大使は、アメリカ国務長官に、日本が放棄すべき島嶼中で済州島、巨文島、鬱陵島に加えて独島を含ませることを要請した。アメリカは韓国の主張を受け入れなかったし、その結果第2条a項から独島が脱落した。ディーン・ラスク米国務省次官が駐米韓国大使館に送った書簡(いわゆるディーン・ラスク書簡という)がその理由を説明している。 書簡で言及している独島関連の内容は次のとおりだ。 独島の島に関連して、私たちの情報によれば、あるいはタケシマあるいはリアンクール・ロックとも呼ばれる、通常は人がいないこの岩石体が韓国の一部として扱われたことは全くなくて、概略1905年から今まで日本島根県隠岐島支庁の管轄下にあった。韓国がそれ以前にその島の領有権を主張したことがあるとは見られない(注64)。 (注63)イ・ソクウ 前掲書 p18 (注64)ディーン・ラスク書簡はインターネット上で原文を簡単に確認することができる。 (http://blog.daum.net/hangun333/3143(2018.6.11検索) 要約すれば、1905年以前に独島が韓国の領土として扱われたことはなく、1905年以後に独島は日本の管轄下にあったので韓国の提案を受け入れることができないということだ。そうすると、上の書簡によれば独島は日本の領土であることが明らかだが、アメリカはなぜ独島を2条a項に日本の領土として明確にしなかったのかという疑問が残る。これに対しては、東アジアの領土問題を不明確な状態で残そうとするアメリカの意図が作用したものと推論する見解があるが(注65)、説明が不足する。 ディーン・ラスク書簡は「私たち(アメリカ)の情報によれば」という端緒を前提に(注66)、「韓国が1905年以前にその島の領有権を主張した」ことがなく、「1905年から今まで(独島は)日本島根県隠岐島支庁の管轄下にあった」と強調している。このようなアメリカの認識は、1905年日本の独島編入措置以後の独島に対する情報だけに依存していることを意味して、これはアメリカが1905年の日本の独島編入を正当なものと見なしていることを物語る。 この点に注目する必要がある。1905年日本の独島編入措置が不当だったり1905年以前に独島が韓国の領土と見なされたという事実が立証されれば、アメリカは誤った情報を根拠として独島を除いたということになって、さらにはディーン・ラスク書簡を根拠とした日本の主張も意味を喪失する。反対に、韓国は、サンフランシスコ条約第2条a項の「日本が放棄した韓国という概念の中に独島が含まれていることを主張」することができるし(注67)、国際的に独島に対する韓国の領有権が認められたと解釈できることになる。 これを朝日/韓日国境条約体制と関連して分析すれば次のとおりだ。前で述べたとおり、1905年時点で朝日国境条約体制が作動していたので日本の独島編入と朝日国境条約体制は両立できない。そうすると、独島が、1)「1905年から今まで日本島根県隠岐島支庁の管轄下にあった。」、2)「韓国が1905年以前にその島の領有権を主張した」ことが無かったというディーン・ラスク書簡の内容は成立しない(注68)。 (注65)原貴美恵(2012) 『サンフランシスコ平和条約の盲点-アジア太平洋地域の冷戦と戦後未解決の諸問題』 渓水社 参照 (注66)チョン・ビョンジュン 前掲論文 p156、160 ; チョン・ビョンジュン(2010)『独島1947』 トルペゲ p775~786 (注67)イ・ソクウ(2005)「1951年サンフランシスコ平和条約における独島の領土処理過程に関する研究」『東北アジア歴史論叢』7号 p135 (注68)池内敏 前掲書『竹島問題とは何か』は、「結局、サンフランシスコ条約で独島は日本領という意味が含まれているという根拠がディーン・ラスク書簡に基づいているならば、ディーン・ラスク書簡に内包された認識の真偽を再び検討せざるを得ない。それは、1905年前後の独島をめぐる史実の再検討を要することになる」と指摘している(p300)。 また、例え1905年の日本の独島編入が有効に成立したといっても、少なくとも1905年の閣議決定の時点まで朝日国境条約体制が維持されていたという事実は否定できないが、これは1905年以前に日本によって独島に対する韓国の領有権が認められていたということを意味する。このような事実が独島に対する韓国の管轄権を認める直接的な証拠ではなくても、日本によって韓国の独島領有権が認められていたという事実を反証する。 以上のような点を総合的に考慮すれば、1905年の日本の独島編入が正当で、また、1905年以前に韓国が独島を管轄したことがないという二つの点を前提にした日本側のサンフランシスコ条約第2条a項の解釈は、誤った前提を根拠としているという点を確認することができる。結論的に言えば、サンフランシスコ条約第2条a項に独島が言及されなかったからといって、それがすなわち日本が放棄すべき島ではないという解釈、すなわち第2条a項を根拠とした日本の独島領有権主張は妥当ではない。これは、逆説的に、サンフランシスコ条約第2条a項が独島に対する韓国の領有権を認める根拠になるという論理に帰結することになる。朝日国境条約体制の現在的意味はここにあると言える。 (終) 独島問題研究に対する主な争点検討-渡海禁止令と太政官指令を中心にー イ・ソンファン/ 啓明大学人文国際学部日本学専攻教授 『独島研究』第25号 p251 <コメント> 俗に言う「つっこみどころ大杉」というやつです。まあ、この論文によって日本の竹島主張は無力化されてしまったそうなので、皆さん用心しましょうね。 しかし、イ・ソグ氏が既に10年以上も前に「サンフランシスコ平和条約の解釈が日本の独島に対する領有権を認めるものと結論を出されるということが明らかになった」と書いていたとは知らなかった。 |
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SF条約2条は「放棄される領土」しか明記されていないので、「放棄されない領土」は明記されません。
「説明が不足する」というのは韓国側の主張のことですねw
注意すべきなのは、SF条約というのは「領土をかつての状態に戻す」という意味ではないということです。
例えば、かつて日本領土であった南樺太や千島列島はどうして放棄したのかというお話になります。
つまりSF条約ではかつて日本領土だったかというのは余り問題にはならず、『日本領土のうち連合国が指定する領域を「放棄」する』という領域処分です。
ラスク書簡では1905年の島根県編入とそれ以前に朝鮮の領土主張が無い事が理由とされていますが、それらの判断や認識に瑕疵があったとしても条約で規定された事柄は変更されません。
もしSF条約の解釈を変更して欲しければ、韓国がICJに訴え出る必要があります。
2019/2/10(日) 午後 3:13 [ mam*to*o*1 ] 返信する
全く、そういうことですね。韓国人たちはどうしても「放棄される領土しか明記されていない」ということが理解できません。
2019/2/10(日) 午後 6:18 [ Chaamiey ] 返信する
本文(8)-結論に変えて<及びmam*to*o*1さんの的確なコメント(後半の 領域処分<など)・管理人さんのコメント、拝読いたしました。この筆者も、現状のサンフランシスコ条約第2条a項< は都合が悪いと考えているようですね。ラスク書簡(2)それ以前に朝鮮から領土主張がなかった< も、現在に至るまで反証がない最大の弱点です。(注68)で、池内説を引いて「ラスク書簡」内容を否定しようとしていますが、その当の池内氏は新書『竹島』で、条約第2条a項起草案の変遷から韓国側研究者も、この条約の結論は認めざるを得ないと述べていますしね。
本文中(注61の前あたり)、サンフランシスコ条約を無力化することに焦点を合わせている< は、すごい考え方・姿勢ですね。日本も逆に見習わなければなりませんw 1965年日韓請求権協定・2015年日韓慰安婦合意は、この無力化工作が、現在進行中です。
2019/2/10(日) 午後 8:39 [ Gくん ] 返信する