| 6. 朝日/韓日国境条約体制と日本の独島編入 1905年1月28日、日本内閣は独島編入を決定した。日本のこの措置に対して、韓国では、1)無主地先占論に対する批判、2)大韓帝国勅令41号と日本の閣議決定の衝突問題、3)韓国に通知しなかったことについての国際法的効力問題などに焦点を合わせて批判を加えている。1)と2)は非常に密接な関連があるので、論点は1)と3)の二つに整理することができる。 まず無主地先占論に対してだ。閣議決定文には「この無人島は他国がこれを占有したと認める形跡が無く」、中井養三郎がそこで漁業をしたことを「国際法上の占領の事実」と認めて、独島(竹島)を日本の領土に編入すると明らかにしている(注47)。無主地先占論に基づいて独島を編入するということだ。これに対して韓国側は、1)17世紀安龍福の活動、2)1900年10月の大韓帝国勅令41号で石島(独島)は既に鬱島郡(鬱陵郡)の管轄下にあったという点、3)1905年以前に韓国の民間人が独島に往来した跡があるという点などを中心に日本の無主地先占論を批判している(注48)。2)に対して日本側は石島は独島ではないと主張しているが、韓国側では音韻学的な反論の他には十分な実証的研究を出せずにいる。3)に対して、日本側は1905年以前の韓国人の独島往来の跡は回想録などによる間接的なものであり、また、民間人の行為が領土の実効的支配を意味するのではないと反論する。この論争は明確な結論が留保された状態だが、韓国側のより明確な実証的研究が必要だ。 1)の安龍福に対しても、韓日両国学界の評価は交錯している。 筆者はこれらとは別の観点から日本の無主地先占論を批判しようと思う。太政官指令と1699年の国境条約(渡海禁止令)を利用して、日本の法制史的な側面からこれを究明しようとするものだ(注49)。先に述べたように、1877年以後の朝日国境条約体制は安定的に作動していたし、明治憲法76条が「この憲法に矛盾しない現行の法令は全て遵由(守って従う-引用者)の効力を持つ」と規定したことによって、明治憲法体制下でも朝日国境条約体制はその効力を維持する。このように朝日国境条約体制が有効に作動しているということは、日本自ら独島と鬱陵島を朝鮮の領土と認定しているという意味だ。そのために、朝日国境条約体制と無主地論は両立不可能だ。中井養三郎が独島に対して貸下願を提出した時、内務省が独島が朝鮮領土である可能性を念頭に置いて反対意向を示したのは、内務省が太政官指令成立に主導的な役割をした朝日国境条約体制形成の当事者だったためであろう。 (注47)『公文類聚』 第29篇明治38年巻1(日本国立公文書館所蔵) (注48)これに関しては、キム・スヒ(2011)「開拓令期鬱陵島と独島に渡って行った巨文島の人々」 『韓日関係史研究』第38集の研究がある。 (注49)イ・ソンファン(2017) 「日本の太政官指令と独島編入に対する法制史的検討」『国際法学会論叢』第62集3号 それにも拘わらず、内務省が閣議に独島の編入を請議したのは、露日戦争に便乗して軍事的重要性を強調する外務省及び海軍省の主張に押されたためと見ることができる。閣議決定文には、朝日国境条約体制を形成している1699年の国境条約と1877年の太政官指令に対する言及がない。先述したとおり20年余り前まではこれを破った者に対して刑法を適用するなど国境条約体制を安定的に維持して来た日本政府が、この時点でこれを無視して独島を編入した理由は何だろうか。約20年の間に朝日国境条約体制に変更を持ってくる事情変更があったのか。少なくとも朝鮮と日本の間ではこれを説明するほどの事案は発生しなかった。それならば、日本政府が朝日国境条約体制を無視して恣意的に独島を編入したと見るほかはない。そこには露日戦争の渦中で朝鮮が実質的に日本の戦時体制に編入されて、正常な国家機能を発揮できなかった韓日間の力学関係が反映されていると言えよう。 次は、行政命令ないしは行政措置に過ぎない閣議決定で朝日国境条約体制を無力化できるのかだ。国境条約体制を形成している太政官指令及び1699年国境条約と閣議決定の効力の上下関係を問い詰めなければならない。先に述べたとおり、一般的に条約は国内的には法律と同じ効力を有しているので、1699年の国境条約もやはり法律と同じ効力を持ち、主権(領土)に関連した太政官指令もまた法律と同じ効力を有している。これを基に閣議決定の性格と機能を調べる必要がある。 閣議決定は「憲法と法律の範囲内で」成り立たなければならない(注50)。また、明治憲法第9条は「天皇は…(中略)…必要な命令を発したり発するようにすることができる。ただし、命令で法律を変更することはできない」と規定している。憲法上「国家元首として統治権を総攬する」天皇さえも法律に反する命令を発することができないのに(注51)、まして天皇を輔弼する地位にある内閣が(注52)条約に該当する渡海禁止令を破って領土(主権)の変更を持たらす独島編入を決める権限があるわけがない。それに、閣議決定は当該内閣の施政方針を明らかにすることについての政治的決定であって、閣議決定それ自体だけでは実効性がなくて宣伝的意味を持つだけだ。閣議決定は関連行政機関の実行や議会での法的裏付けがあってこそ実効性を持つ。閣議決定に基づいて内務省が島根県に独島編入措置を取るように訓令し、これを根拠として島根県が告示を通じて独島編入措置を取ることによって初めて閣議決定が効力を発揮することになる。閣議決定は県の告示を通じて実効性を持つことになったのだ。 それなら、閣議決定から始まった島根県の告示が太政官指令を覆すことができるかという法理問題が残ることになる。一種の行政命令に該当する閣議決定は法律的効力を持つ太政官指令を無効化できず、地方政府である島根県の告示も太政官指令を無効にすることはできない。換言すれば、閣令が法律(太政官指令)を変更あるいは廃棄する上位法違反に該当する(注53)。追加的に付言すれば、最も核心になる太政官指令と閣議決定の効力の上下関係を問い詰めるためには、太政官と内閣の性格と機能を政治権力的な側面から、そして法制史的な側面からより綿密な検討が必要だ。 (注50)「閣議決定の有効性に関する質問主意書」 http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon_pdf_t.nsf/html/shitsumon/pdfT/b183125.pdf/$File/b183125.pdf(検索日 2017.7.11) (注51)明治憲法第4条 (注52)明治憲法には内閣の用語がなく、「各国務大臣は天皇を輔弼する」とだけ規定されている(55条) (注53)ここではもう少し綿密な検討のために太政官指令と閣議決定の効力の上下関係に対するより洗練された法理的検討が必要で、また、条約の国内受け入れ理論に対する理論的構成が必要だ。 また、渡海禁止令を継承した太政官指令は条約の意味を内包しているので、太政官指令を無効にするのは韓日間国境条約の破棄に直結する。日本内閣の独島編入措置は条約破棄に伴う韓国政府に対する通告義務を履行しないことになる(注54)。条約の破棄決定は一方的でも可能だが、それが効力を発揮するためには条約の当事者に必ず通告をしなければならず、通告後一定期間が経過した後に効力を発生することになる(注55)。日本は朝日国境条約を破棄する独島編入を朝鮮政府に通告しなかったので、条約破棄の効力は発生しない。今までの韓国での議論は、主に、日本が領土編入を告示してこれを韓国に通知しなかったために編入は無効だと主張してきた(注56)。しかし、編入に対する通告義務が必ず国際的に確立された理論や慣習として存在するのかについては異論があるという点を勘案すれば、韓国としては編入に対する通告義務ではなく条約破棄についての通告義務を強調することがより説得力があって合理的だろう。 (注54)通告の義務:県告示を始めとする編入に対する通告か、条約破棄に伴う通告なのか。 (注55) 「条約法に関するウィーン協約」によれば、少なくとも12ヶ月前に通告するようになっている。 (注56)シン・ヨンハ(1966)『独島の民族領土史研究』 知識産業社 p46~47 日本の独島編入の事実は、日本の韓国統監府が設置された後の1906年3月28日、島根県事務官(第三部長)神西由太郎が引率する竹島(独島)調査隊(官民45人)が鬱陵島に上陸して、郡守沈興沢を訪問したことによってこの事実が知らされることになった。沈興沢はこの事実を江原道観察使李明来に報告し、引き続き内部にも報告された。日本はこの時、韓国政府が日本に抗議をしなかったという点を指摘する。当時、韓国は日本に外交権を剥奪された被「保護」国の状態にあった。間島領有権をめぐる清国との外交交渉権も日本が持っていた。このような情況を考慮すれば、朝鮮政府の抗議は現実的に実効性を持つことはできない。だから抗議をしなかったことを問題視するのは無意味だ。日本が正式外交ルートを通じて条約破棄を通告して来て、朝鮮政府の主権が生きている状態だったら、朝鮮政府は日本に抗議をして独島が朝鮮領土であることを再三明らかにしたであろうことは明らかだ。だから、日本政府に抗議をしなかったと問題視する日本側の主張は無意味だ。同じ脈絡で、1909年朝鮮政府に代わって日本が締結した間島協約に対しても朝鮮政府は一切の抗議をできなかった。 極端な議論をするならば、被保護国に対する「保護」の義務を果たすためには、外交権を持っている統監府が日本政府に抗議をしなければならない。乙巳条約の有効無効論は別に置いて、被保護国(朝鮮)の領土処分に対する保護国(日本)の役割に対する国際法的な法理分析が必要なことと思われる。 <コメント> このあたりに書いてあることが日本の竹島主張を「無力化」するものらしいです(笑) |
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条約というのは「合意を書面にしたもの」です。
そして「書面で合意されていない」ことは「合意されていない」です。
たしかに国境条約は国際法では、実効的支配を優越する「法的権原」であり、他国の領域取得を阻む「対世効」を有する根拠です。
しかし「鬱陵島渡海禁止令」を国境条約と見做すか否か(つまり後の実効支配が優越する可能性があるのか、対世効は限定的かという問題)、というのは当時の日本と韓国が国際法の規制の下にあったかどうかで左右されます。この点の考察が無いような気がします(個人的には国境条約と見做して良いと思いますが…)
しかし鬱陵島渡海禁止令で「竹島が含まれる」というのは「合意されていない」事柄なのですから、このようなことを一生懸命論じても意味は無いのですね。
2019/2/9(土) 午後 9:19 [ mam*to*o*1 ] 返信する
彼らが主張したい「理屈」は分かりますが、その「理屈」に「現実」が結びついていないのですね。
その「理屈」というのは、韓国に実効的支配という領域取得に必要な要件を満たしていない事実を回避するため、国境条約という「法的権原」を持ち出している、ということです。
理屈は良いんですけどね…前提が間違っている。
2019/2/9(土) 午後 9:23 [ mam*to*o*1 ] 返信する
いつもそうなんです。
2019/2/9(土) 午後 10:35 [ Chaamiey ] 返信する