| (前略) 一方、補身に良いというムルケも4、50年前には鬱陵島の道洞、苧洞、沙洞、台霞洞、通九味などどこでも群れているのを発見することができたのが、今では鬱陵島近海ではほとんど姿を消してしまい、独島でだけはただ年に1、2頭が浮上するという。ムルケが暮らす所をここではカジェ窟というが、このカジェ窟も鬱陵島の海岸のどこでも無い所は無かったという。しかし、一部の島民は夜にカジェ窟に入り、棍棒でムルケを殴って捕まえ殺したので、ムルケも見るのが難しくなったという。独島の場合も、ある時は機関銃でムルケを撃って捕まえたこともあるといい、ムルケを捕まえて上司に上納することもあったという。 (後略) 1970年11月28日 東亜日報 (関連記事) 竹島のニホンアシカ、絶滅は日韓どっちのせい? 両国で食い違う主張 |
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韓国の過去の報道を見れば嘘吐きは誰か、一目瞭然だと思いますが。「年間20万人もの観光客を上陸させていてはアシカも寄りつかない」よりは説得力があるのではないでしょうか。
2015/3/1(日) 午前 2:09 [ Makoto ] 返信する
鬱陵島にもアシカはかなりの数生息していたのですね。
2015/3/1(日) 午後 0:04 [ pur*cy*ka20*7 ] 返信する