crisp_bio注: 2018-12-27 ScienceNews 関連記事へのリンクを文末に追加
「ヒト海馬における神経細胞新生は13歳までにほとんど消滅する」のか「ヒト海馬における神経細胞の新生は一生続く」のか、それとも免疫染色法の難しさなのか[ヒト海馬における神経細胞新生は13歳までにほとんど消える]
- [論文]"Human hippocampal neurogenesis drops sharply in children to undetectable levels in adults" Sorrells SF, Mercedes FP, [...] Huang EJ, Garcia-Verdugo JM, Yang Z, Alvarez-Buylla A. Nature 2018 Mar 15;555(7696):377-381. Epub 2018 Mar 7.;[PERSPECTIVE] "No Evidence For New Adult Neurons" Sorrelles SF, Alvarez-Buylla A, Paredes M (Nature論文の共著者). American Scientist. May-June 2018;106(3):152. (American Scientist誌ではThe Conversationから転載とされている) [crisp_bio注: 以下、主として"PERSPECTIVE"に準拠]
- Nature論文は、極めて懐疑的に受け取られ、神経細胞の新生に関する健全な議論の口火を切った。実は、研究チームも研究を進めている間「目にした事」に懐疑的であった。しかし、再現実験および様々な実験を繰り返した上で、Nature論文の結論に達した。すなわち、「学習と記憶に重要な海馬での神経細胞新生がヒト成人脳では起こらないかまたは極めて稀であり、ヒトの記憶回路における神経細胞の新生は、幼年時代から減衰し始めて、成人では検出限界以下に至る」と結論した。
- 動物モデルから得られた知見:Nature論文の責任著者の一人Alvarez-Buyllaが1980年代に在籍したロックフェラー大学のFernando Nottebohm研究室は当時、鳴き鳥 (songbirds)では季節ごとに神経細胞が新生して新しい鳴き方(songs)を習得する発見をしていた。これは、1960年代からの齧歯類の脳では成体においても神経細胞が新生するという報告を裏付けることになった。その後、ヒト成人の海馬における神経細胞新生が報告されてきた。研究チームのNature論文の研究は、成人の海馬において1日あたり700個の新生細胞が新生するとした報告に対して、研究チームが先行研究でモデル動物脳の他の領域における神経細胞の新生が極めて低頻度であることを見出していたことを、きっかけとして計画したものであった。
- 存在しないことの証明:Alvarez-Buylla は復旦大学の Zhengang Yang研究室を訪問した際に、保存状態がよかったヒト脳の海馬において新生神経細胞を発見できなかったことが、Nature論文の結論への最初の兆候となった。しかし、「無いことの証明」は本質的に困難であり、また、技術的にも新生神経細胞の有無を判定することは簡単ではない。例えば、新生神経細胞のマーカとなるタンパク質の有無を判定する技術は存在するが、オートプシー由来の組織を解析する場合は死亡時から測定までの間にマーカが分解される可能性や、他の細胞に誘導される可能性など、すべて確認していくことが必要になる。
- そこで、研究チームは、神経細胞の各タイプに対応する複数のマーカを併用し、また、高分解能な光学顕微鏡と電子顕微鏡で神経細胞の形態を緻密に観察し、加えて、海馬の遺伝子発現パターンから新生細胞に関与する遺伝子の存在についても分析した。その結果、成人脳海馬の歯状回 (dentate gyrus: DG)領域において、新生神経細胞や新生神経細胞に向けて分裂する幹細胞の存在を示唆する証拠を見出すことができなかったが、一方で、胎児の海馬においては同様の手法で多数の新生神経細胞を確認することができた。
- 次に、幼児期または青年期に死亡した被験者の脳組織を解析し、海馬DGでの新生神経細胞は、幼児期から年齢とともに急激に減少して13歳ではほとんど見られなくなり、18〜19歳では全くみられなくなった。海馬DGでの神経細胞の新生が成人に至るまで続いていたとしも、それは極めて稀な現象である。
- 生存時には存在していた新生神経細胞が、死亡に至るまでの患者特有の背景やサイプル採取の手法に依存して、解析対象とした組織では失われていた可能性は、国際的に分散した研究協力者から入手した全ての組織について同じ結果が得られてことから、無いものと判断した。
- 次に、死亡からの時間経過の影響についても、癲癇患者22名から治療のための手術時にバイオプシーした試料および死亡とほぼ同時に2名からオートプシーした脳組織についても同じ結果が得られてことから、無いものと判断した。
- 今回解析した59件の成人海馬組織全てにおいて、新生神経細胞の証は見られなかった。それでは新生神経細胞存在するとした判定はどこから来たのか?これまでの研究のほとんどは、新生細胞の存在を一種類のマーカで判定しており、ダブルコルチンが最も頻繁に使われるマーカである。研究チームは今回、ダブルコルチンが、神経細胞ではなくまた一生にわたり再生することが知られているグリア細胞のマーカでもあることを見出し、これがこれまでの研究と整合しない結果に至った一因を判断した。これまでに、炭素14を利用した判定も行われて来たが、放射性炭素のレベルが細胞分裂時に変化することで見かけ上の神経細胞新生を見るに至っていた可能性がある。
- 新たな課題:ヒトと鳥・マウス・ラット・サルなどの動物との違いはどこから来るのか?研究チームは、マカク・サルin vivoでの神経細胞新生を蛍光標識法により追跡した。その結果、胎仔の海馬において、新たな神経細胞へと分化する神経幹細胞がリボン状の層を形成し、この構造が新生仔にも存在し分裂細胞も含んでいることを見出した。この構造は、ヒト新生児由来の海馬では見られなかった構造であった。;海馬以外の脳の領域での神経細胞の新生は?今回の研究で対象としなかった領域は極めて広く、新たな実験手法の開発が待たれる。;ヒト成人の海馬では神経細胞新生が見られないことは嘆くべきことか?神経細胞新生はこれからも極めて興味深い研究対象であり続け、また、動物における神経細胞新生の分子機構の解明から、ヒト成人の海馬における神経細胞新生への扉が開く可能性もある。
- 関連ニュース記事:"Does your brain produce new cells?" Costandi M. The Guardian. Thu 23 Feb 2012 20.52 GMT;"Neuron creation in brain’s memory centre stops after childhood" Guglielmi G. Nature 07 March 2017;"Study questions whether adults can really make new neurons" Underwood E. Science. Mar. 7, 2018 , 1:00 PM; "Controversial brain study has scientists rethinking neuron research" Naegele JR. The Conversation. March 14, 2018 9:49pm AEDT.
[ヒト海馬における神経細胞の新生は一生続く]
- "Human Hippocampal Neurogenesis Persists throughout Aging" Boldrini M (Columbia U) et al. Cell Stem Cell. 2018 Apr 5;22(4):589-599.e5
- ヒトは加齢とともに神経形成も運動誘導性血管形成も衰え、その結果、海馬の歯状回 (dentate gyrus: DG)領域も縮小するとされていたが、今回、ヒト海馬において加齢を経ても神経細胞新生が継続することを見出した。
- 14~79歳の健常な男女28人について突然死から26時間と従来に比べてより短時間のうちにオートプシー・イメージングし、蛍光染色を伴う3次元分布ステレオロジー法で海馬全域における神経細胞を仕分けしつつ数え上げた(以下、カッコ内はマーカタンパク質):未分化型前駆細胞 (アルカリフォスファターゼ(AP)、ネスチンならびにSox2);中間型前駆細胞 (Ki-67とネスチン);未成熟顆粒神経細胞 (ダブルコルチン(DCX)と神経細胞接着分子のポリシアル化分子(PSA-NCAM));成熟顆粒神経細胞 (NeuN(neuronal nuclei=RNA-binding Fox3))
- 年齢に依らず、DGにおける中間型前駆細胞数と数千の未成熟顆粒神経細胞、グリア細胞と成熟顆粒神経細胞の数、およびDGのボリュームは、ほぼ一定であった。一方で、年齢とともに、DGの前方部から中央部の領域で血管新生と神経可塑性の低下(歯状回前方部でのPSA-NCAM陽性細胞減少)が見られ静止状態の前駆細胞プールが縮小しながら、DG後方部ではそうした変化が見られなかった。したがって、健常な(認知機能不全や神経精神病を伴わず、治療も受けていない)ヒトでは、年齢に依らず神経細胞新生は維持されていた。
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- crisp_bio 2018-12-27 成人の脳において神経細胞は新生するのかしないのか - 相反する研究報告が新技術の開発を促す;"The battle over new nerve cells in adult brains intensifies - New methods are needed to settle the debate." Sanders L. ScienceNews 2018-12-20
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