音楽の世界にも、素敵な生き方をした男たちがいた。音楽評論家の馬飼野元宏氏が語る。
「作詞家の阿久悠さんには独特のダンディズムがありました。作品は無骨なところがあって男っぽい。言葉は言い切りで、時代にハマると一気に流行する。
だから、時代に置いていかれると古臭くもなってしまうのですが、それすらひっくり返して、新しいヒット曲を生み出してしまう。一方で、時代の寵児である美空ひばりや山口百恵とはほとんど仕事をしていない。時代は自分で作るという気持ちがあったのでしょうね」
'70年代のスーパーアイドルだった西城秀樹さんも新しい時代を見ることなく亡くなった。
球場でのコンサートやゴンドラも西城さんがパイオニア。ライブでのコールアンドレスポンスは西城さんが始めた。
「『情熱の嵐』では、『君が望むなら』のあと、ファンから『ヒデキ!』と合いの手が入る。あれは、ファンの声援が大きすぎて、曲を楽しんでもらえないと悩んだ西城さんが作曲家に相談して出来たもの。
そうすることで、お客さんとより一体化できるようになった。ファンを第一に考える西城さんの思いがあったからこそです」(馬飼野氏)
西城さんは2度、脳梗塞に倒れたが、ファンの前で歌うために過酷なリハビリに耐えた。亡くなる1ヵ月前にもコンサートに出演していた。そのひたむきな姿を私たちは忘れない。
野際陽子さんは伝説のドラマ『キイハンター』に出演して以来、クールビューティの代名詞だった。60代になっても、個性的な母親役を難なくこなす。彼女は本誌の取材にはこう語っている。
「私は自分に期待していないから、無駄なストレスや絶望がないんです。自分が持っているものが、すべて。足りなかったら、しゃーない」
その自然体の生き方に男女問わず魅了された。
松田優作さんは役者として唯一無二の存在だった。
彼のタバコを燻らす様や酒を飲む姿はただただ格好良かった。
彼の頭の中にあるのは、演技のことばかり。身長の低い役を演じたいから「足を5㎝切りたい」と考えたこともあった。
がんを知りながら、映画のために延命治療を拒み、最期まで役者としての矜持を貫いた。太く短く生きた名優だった。
発売中の週刊現代では、この他にも、「優しかった人」「立派だった人」「面白かった人」「美しかった人」をテーマに、逸見政孝、川谷拓三、忌野清志郎、野中広務、樹木希林、日野原重明、勝新太郎、植木等、浜田幸一、田中好子、頼近美津子ほか総勢100名の著名人について、思い出を特集している。
「週刊現代」2018年12月1日号より