新月の悪魔(かごの悪魔三次創作)   作:澪加 江
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再会

覚醒したウルベルトがまず最初に見たのは変わり果てたアルシェの姿だった。

動揺。驚愕。そして流れ込むカシュバの記憶。

ぎりりと歯を鳴らした時、ウルベルトの心は現実世界の空の色に潰されていた。

 

「カシュバ?」

 

ソファーでうたた寝をしていたカシュバに布をかけようとした姿勢で固まった彼女は、一つ瞬きをすると小首を傾げる。煽情的な格好と容姿も相待って文字通り“小悪魔”的仕草だ。それに合わせて縦に割れた瞳孔が細くなる。目は透き通る青空では無く血塗られた夕日を映している。

大きく開いた胸元から控えめな乳房が覗き、最低限の面積を光沢のある素材がピッチリと隠していた。

そんな胸元はゆっくりとウルベルトに近づく。胸を隠すのと同じ素材で作られた手袋に包まれた華奢な手が顔に添えられる。鉤爪の様にのびた爪が顔をなぞり、鼻と鼻が触れ合う距離になって数瞬。

アルシェは跳びのき平伏した。

 

「申し分ございません偉大なるウルベルト様!! 私は貴方様の宿主カシュバ様と番う事になったーー」

「いい。事情はわかっている。それよりも話がしたいからモモンガさんーーアインズさんを呼んでくれるか?」

 

すぐにっ、と言葉を置き去りにして部屋からアルシェは出て行く。尾骶骨が見えそうなギリギリの位置で履かれたスカートはとても短く、走る度、鞭の様な尻尾が揺れる度下にある太ももと黒のコントラストが見える。

ゲーム時代でも中々お目にかかれない痴女ファッションをリアルで知り合いがしている事実はウルベルトの受入許容量を超えている。

そんな中でもしっかり目で追ってしまう自分に寂しさを感じながらしばらく待つと、扉が吹き飛ぶのではないかと心配になる勢いで開いた。

と同時に黒くて硬い物体がウルベルトを押し倒す。ウルベルトは座っていたソファーごとひっくり返り、頭を強打する。

 

「ウルベルトさん!? 本当にウルベルトさんなんですか?!!」

 

遠のく意識は耳元で聞こえる懐かしい声に呼び戻される。

 

「ええ、モモンガさん。悪の中の悪。ナザリックの大魔法使いウルベルト、確かにここに帰参しました」

 

カッコつけた言葉もこの骸骨に押し倒された状況では台無しだが、それでも我らがギルドマスターは確かに喜んでくれた様だ。

 

「ウルベルトさん!!」

 

体に回された手はその言葉とは裏腹に緩い。

その拘束をゆっくりと手で外し、改めて顔を合わせる。

 

「モモンガさん」

「ウルベルトさん!」

 

「カシュバとアルシェの扱いで言いたいことがあるので、取り敢えずそこに座れ」

 

カシュバの声帯を使ったドスの効いた声は赤い目を明滅させた骸骨を正座させる威力を持っていた。

 

 

 

 

 

 

ウルベルトが目覚めたという一報を受けたナザリックの僕達は上に下にの大騒ぎとなった。一先ずは至高の御方同士で話をされるということで僕に対する顔見せは後にまわされた。

そんな帰って来られた至高の御方に近しい僕の中でもウルベルトの被造物であるデミウルゴスには先に会える様にとアインズから知らせが届いていた。しかし、現在ナザリックの外に重大な仕事を抱えるデミウルゴスはウルベルトが目覚めるだろう夜までスケジュールを詰めていた。

だが、不運にもーーあるいは幸いにもウルベルトがカシュバの意識の表面に出たのは正午過ぎ。一刻も早く自分の主人と会いたいという気持ちと、至高の御方から任された仕事を途中で放り出すわけにはいかないという責任感に板挟みになり、決死の形相で取り敢えずの仕事を片付けていた。

 

そんな仕事を邪魔する様にデミウルゴスが使っている部屋の扉が叩かれる。その形相だけで気の弱い人間ならば心臓が止まるだろうという顔を上げることなく入りなさいと声を上げる。

その瞬間にも全神経はやるべき書類に向けられており、ゆっくりと扉を開けて入って来る存在には注意を払っていなかった。

 

 

急ごしらえだと聞かされていた割にはその部屋はとても見栄えが良かった。磨かれた床に落ち着いた青の絨毯。漆喰の白さに浮かぶ黒い机は白い紙で塗りつぶされている。

その机の中央には存在を主張する様な赤いスーツの悪魔。

子供の趣味は親に似るのだろうか。

ウルベルトは一目でこの部屋を気に入った。

 

「邪魔をしてすまないな、デミウルゴス」

 

その言葉に部屋の主である悪魔は顔を上げて固まった。

それまで目で追うのもやっとな速さで滑らせていた手を止めたせいで紙にインクの染みができている。室内の灯りに照らされ反射する眼鏡からはみ出すほど開かれた目は美しい宝石の光を宿している。

 

「う、う……」

 

急に立ったせいでインク瓶が倒れ書類の束が崩れる。床に落ちた書類を踏みながらデミウルゴスはウルベルトの前まで歩を進めると深々と頭を垂れて跪く。

 

「あ、……御見苦しい所をお見せし、また、出迎えることができずに、申し訳ございません」

 

ゆっくりと、何度も息を吸いながら紡がれる言葉は平時のデミウルゴスと比べると精彩にかける。しかしそんな事をウルベルトは気にしなかった。それよりも、こうして自分の作ったNPCが目の前で動き、喋り、一個の生命として行動している事に言葉では言い表せない感動があった。

 

「ーーーー気にする事はない。些細な問題だ。それよりも、長くナザリックを空けたな。その間、ナザリックの僕として良くナザリックを守り良く働いてくれた。先ほどモモンガさんからお前の働きぶりは聞いたよ。ここを案内してお前の仕事ぶりを見せてくれるか?」

「喜んでお引き受けいたします!」

 

立ち上がったデミウルゴスはウルベルトを先導して案内する。この牧場の経営はデミウルゴスとしても渾身のできだ。きっとウルベルト様のお眼鏡にも叶うだろう。

いつもの悪魔的な笑みではない笑顔のデミウルゴスは嬉々としてウルベルトに牧場を案内する。

 

舞い上がっていたデミウルゴスは自らの創造主であるウルベルトの顔が徐々に引きつっていくのに気がつかない。日が傾き、夜の帳がおりた頃、後でまたナザリックで会おうと別れを告げられたデミウルゴスは上機嫌で机にまとめられた書類を片付ける作業に戻った。

 

 

その頃ナザリックでは人間の非力な拳で骸骨に殴りかかった事により怪我をしたウルベルトが殴りかかられた被害者に心配されるという悲しい出来事が起こっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に大丈夫なんですか? ウルベルトさん、今貴方はカシュバという弱い人間の体なんですから気をつけて下さいね」

「…………」

 

拗ねてそっぽを向くという子供の様な姿にアインズはゆっくりと息を吐く。

最悪だ。ウルベルトさんの信用を失ってしまった。

目覚めた直後はカシュバとアルシェという人間の扱いに対して、そして先程はその気分転換にと送り出したデミウルゴスの牧場での羊の扱いに対して。既にアインズはウルベルトの地雷を2個も踏み抜いている。

(やっぱり、異形種になってからだいぶ人間性無くなってたんだなぁ)

ウルベルトの地雷はそのどちらもこちらの倫理に関わる部分だった。もっと正確に言うのならば人間の扱い方だ。

ウルベルトは日記で悪魔の価値観に染まってきていると書いていたが、体が人間な為だろうかまだ随分と人間的な感性を持っていた。

 

「ウルベルトさんが不快に思わない様にこっちとしても努力します。だからどうかナザリックに戻ってきてもらえませんか?」

「……」

 

ウルベルトの視線は手当をするペストーニャの継目に固定されている。ウルベルトの隣で虚しい声かけを続けるアインズは吐きそうになるため息を飲み込む。

 

「別に」

 

視線はそのままでウルベルトは言う。

 

「別にモモンガさんに当たるつもりはなかったんだ。ごめんな」

 

「本当に殴りたいのは自分なんだ」

 

「でもそんな事したら痛いのはカシュバになっちまう」

 

「だからモモンガさんに八つ当たりしちまった」

 

ぽつぽつと言葉を区切りながらゆっくりとウルベルトは自分の気持ちをこぼす。

アインズはそのウルベルトの態度に胸を締め付けられる懐かしさを感じた。

それはたっち・みーと喧嘩したウルベルトが仲直りをする時に良くした事だからだ。

犬猿の仲と言われていた二人だが、その仲直りの方法はまるで子どもの様だった。片方が片方の側に来て視線を合わせずに軽く謝った後で端的に理由を言う。そしてもう一方の言い分を聞いて、そして謝る。

 

「いいんです。俺も確かに軽率だったと思います。ウルベルトさんが怒るのも無理ないです。すみません」

 

最後に目線を合わせて笑顔のアイコンをだす。

ウルベルトの浮かべる困った顔の笑顔を見ながら、自分がその儀式の最後を飾る笑顔を作れない事にアインズは悲しさを覚えた。

 

「はぁ。ここ、本当にゲームの中じゃないんだな」

「そうですね」

「モモンガさんは本物の骸骨で殴ると痛いし」

「はい。スキルのお陰で一ミリもダメージないです」

「……。……俺、正直人間はどうでも良いんだって思ったんです。さっきのデミウルゴスの牧場」

「そうなんですか?」

「カシュバとアルシェはほら、知り合いだから情があるみたいなので、二人の事については早急になんとかして下さいね。本当に」

「はい……」

「でも、牧場の羊は違ったんです。ああ、いい悲鳴だな、なんて事も思っちゃって」

「ああ」

「でも、人間の倫理観も勿論残っているわけなんですよ、このカシュバの体の中に。だから、もしここが人間に見つかったらデミウルゴスが人間達の矢面に立たされるんじゃないかって」

「そんな事しませんよ! みんなの子どもであるNPCにそんなひどい事する訳ないじゃないですか!」

「ははは。そうですよね。モモンガさんにならそう言ってくれるって信じてました」

 

ウルベルトは深々と椅子に体を預ける。

治療が終わったペストーニャが一礼をして部屋を出ると、部屋にはウルベルトとアインズの二人だけになる。

 

「ああ、なんだか安心したからか酷く眠い。モモンガさんがモモンガさんで本当に良かったです。なんか今日は色々あって疲れちゃいました」

「え!? ちょっと待って下さいウルベルトさん! もうちょっと、せめて後一時間は起きてて下さいよ! ウルベルトさんが本当に帰って来たってナザリックの者達に伝えなきゃなんですよ!?」

「あー。すみませんモモンガさん。俺もデミウルゴスに後でまた会おうって言ったんですが、ちょっと本当に睡魔やばいんで今日落ちます……」

「そんなゲーム時代みたいに!! って、あー!!」

 

アインズの大きな声にも体を揺すってもウルベルトは起きない。

 

「まずい。今後の事ちゃんと相談していないぞ……」

 

あの計画を伝える前に寝てしまったウルベルト。夜が明けないうちならば起きてもまだウルベルトのままなんじゃ、という淡い期待は、30分後に目覚めたカシュバによって砕かれた。

 

 


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