天皇陛下と皇后さまは27日夜、皇居・宮殿の「豊明殿(ほうめいでん)」で宮中晩さん会を催した。陛下はメラニア夫人、皇后さまはトランプ氏の隣に座り、自然に言葉を交わした。陛下はあいさつで「(両国民が)揺るぎない絆をさらに深め、希望にあふれる将来に向けて、世界の平和と繁栄に貢献していくことを切に願っている」と述べた。85年、英国留学の帰途に訪米し、レーガン大統領にもてなしを受けた経験や、皇后さまが幼少期や学生時代を米国で過ごしたことに触れ、「貴国に懐かしさとともに、特別の親しみを感じている」と語った。

皇后さまはベージュのロングドレス。陛下とともに通訳を介さず、トランプ夫妻と語り合った。これに先立つ午前中の歓迎行事と会見でも、同様だった。オフホワイトのスーツ姿。陛下がトランプ氏と話す横で、メラニア夫人と互いの子どもの教育などについて約15分、母親の立場で語り合った。宮殿内を歩く際は、ハイヒールの夫人の足元を気遣い、声をかけたりエスコート。終始気遣う様子をみせた。

5月1日に即位された陛下にとって、この日は、代替わり後初の本格的な国際親善の場。それは皇后さまにとっても同じだ。海外生活が長く、外交官としても世界とつながってきた経験がある。皇太子妃時代には、自身の海外経験を「皇室外交」に生かすことへの思いを強く持ちながらも、実現しないことへの戸惑いも口にされたことも。適応障害による療養生活も重なった。

しかし、11年ぶりとなった13年4月のご夫妻でのオランダ公式訪問以降、少しずつ活動の幅を広げてこられた。そんな日々を乗り越えて、皇后となられた雅子さま。陛下とともに英語を駆使しながら国賓トランプ夫妻をもてなす姿は、令和時代の新たな皇室像を、あらためて示す場となった。

宮内庁によると、トランプ夫妻から陛下に趣味のビオラ、皇后さまに出身のハーバード大にゆかりのある卓上文具が贈られた。この際、皇后さまは陛下に「後でお弾きになられたら?」と、宮中晩さん会での演奏を提案する場面もあったという。一連の行事は午後10時前に終了。両陛下は、宿泊先に戻るトランプ米大統領夫妻を笑顔で見送った。

◆ご結婚までの皇后さまの歩み 63年(昭38)12月9日、外務省事務次官や、オランダ・ハーグの国際司法裁判所判事も務めた小和田恒氏、優美子さん夫妻の長女として誕生した。幼少時は父の仕事の都合でモスクワ、ニューヨークで過ごし、英語、フランス語、ドイツ語に堪能。帰国後、高校1年時に再渡米し、ボストンの高校からハーバード大経済学部に進学、国際経済学を専攻した。

帰国後、学士入学した東大在学中に外交官試験に合格し、父娘二代で外務省入省。在職中、天皇陛下と同じく英オックスフォード大にも留学経験がある。北米2課に勤務していた際は、日米貿易摩擦問題など日米外交の最前線で仕事をしたほか、日本側首脳の通訳もこなした。

◆皇后さまと「皇室外交」 幼少時をモスクワ、ニューヨークで過ごし、英語、フランス語、ドイツ語に堪能。米ボストンの高校からハーバード大に進んだ。外務省北米2課では、日米貿易摩擦問題を担当。93年6月、陛下と結婚し皇室に入った。婚約会見では「今私の果たすべき役割というのは、殿下のお申し出をお受けし、皇室という新しい道で自分を役立てることではないかと考えた」と、海外経験を「皇室外交」に生かす思いを語ったが、「お世継ぎ」への重圧もあり、療養生活に。会見で「外国訪問がなかなか難しいという状況は正直申しまして、その状況に適応するのになかなか大きな努力が要ったということでございます」と話したこともある。13年4月にオランダを訪れるまで、海外公式訪問は11年間「空白」が続いた。