- スポーツナビ
- 2019年5月26日(日) 20:24
「一番運が良かったのは、ダービーにこの馬で乗れたこと」
そして、これこそが、浜中が理想とする展開だったという。
「理想としていた形はあったのですが、実際の競馬でもその通り、すごくいい形になりました。スローペースのヨーイドンの競馬は分が悪いので、ある程度速いペースで流れてなし崩し的に後続に脚を使わせる競馬をしたいと思っていた。その通りの形になりましたね」
差されてもしょうがない気持ちで早めに追い出していった、とも付け加え「ゴールまでが長過ぎて」と苦笑いを浮かべた浜中。ダノンキングリーとの着差を考えれば、サートゥルナーリアをはじめとする強力な後続勢を気にすることなく“早仕掛けでもいい”と割り切れた積極的騎乗こそが、勝利を呼び込む大きな要因となったことは間違いない。また、気軽な人気薄だからこそできる戦法でもあったのだろうし、そもそもスッと先手を取ってゴールまで最短の経済コースを通れる1枠1番だったことも良かった。浜中によれば、ロジャーバローズの担当厩務員が「令和元年のダービーで1枠1番。縁起がいい」と言っていたのだという。“最も運がいい馬が勝つ”ダービーらしく、ロジャーバローズはこの日、すべての運を味方に引き寄せていたのかもしれない。
それは馬だけではなく、ジョッキーもそうだ。
「自分にとって一番運が良かったのは、ダービーにこの馬で乗れたこと。今年はずっとダービーの騎乗馬が決まらなくて……。京都新聞杯の騎乗依頼をいただいて2着に入り、馬は賞金を加算してダービーに出走できるようになったんですが、その時点では僕が続けて乗れるとは決まっていなかった。なので、ダービーに乗れるかどうか分からなかったんです。だから、この馬の騎乗依頼をもらえたことが自分にとって一番運が良かったことですね」
そして、浜中にとってのダービーとは、祖父との“約束”でもあった。
「祖父が僕を競馬の道に導いてくれて、そのときから祖父は『ダービー、ダービー』と言っていたし、『わしが生きているうちにダービーを勝ってくれ』と言っていました。その祖父が3年前に亡くなってしまい、今日のレースを見せてあげたかった……。でも、必ずどこかで見てくれていたと思います。僕にとってはかけがえのない人。おじいちゃんがいなかったら競馬にも興味を持っていなかったと思うし、馬にも乗っていなかった。恩返しできたかなと思います」
凱旋門賞プランも「準備したい」
自分の夢、そして祖父の夢でもあったダービージョッキーとなり、さらなる飛躍を誓った30歳。ロジャーバローズ自身もしばらくはこのダービー勝利をフロック視されるかもしれないし、確かに今回は運も大きく味方したと思うが、そもそも能力がなければこの競馬で、このタイムで勝ち切ることはできない。実は同僚のサートゥルナーリア同様に凱旋門賞への登録を済ませており、角居調教師は「オーナーが行くというのであれば、そのための準備をしていきます」と挑戦へ前向きな姿勢を見せている。次は勢いに乗って海外か、それともクラシック二冠を狙っての菊花賞戦線か――いずれの選択にせよ、異色のダービー馬の真価を問われる秋が楽しみだ。
ちなみに、ここ最近は長期休養明けでもGIをポコポコ勝つようになっているんだから、テン乗りでも勝つだろうし、昔の格言・ジンクスは令和の新時代には通用しない。なんて思っていたら、このダービーは『最も運がいい馬が勝つ』もそうだし、なにより『同じ厩舎の2頭出しは人気薄を狙え!』がそのままズバリ。昭和の時代から愛されてきた格言を再び見ることになるとは……。やはり競馬の歴史は奥深い、と率直に思った令和元年のダービーです。
(取材・文:森永淳洋/スポーツナビ)