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【芸能・社会】

健さんと「鉄道員」など名作次々と紡ぎ出した降旗康男監督死去

2019年5月27日 紙面から

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 映画「駅 STATION」など故・高倉健さんの名作を手掛けたことで知られる映画監督の降旗康男(ふるはた・やすお)さんが20日午前9時44分、東京都内で肺炎のため、亡くなっていたことが26日、明らかになった。84歳。長野県出身。喪主は妻典子(のりこ)さん。通夜・告別式は故人の遺志で近親者のみで執り行われ、お別れの会などは一切行わない予定。東映が発表した。

 降旗さんは1934(昭和9)年生まれ。57年、東大文学部フランス文学部卒業後、東映に入社。東京撮影所で「非行少女ヨーコ」(66年)で監督デビューし、74年に東映を退社し、フリーに転じた。

 高倉健さん主演の1999年の「鉄道員(ぽっぽや)」で第23回日本アカデミー賞最優秀監督賞・最優秀脚本賞を受賞した。そのほか、優秀監督賞など受賞多数で、2001年には芸術選奨文科大臣賞、02年紫綬褒章、08年に旭日小綬章受章した。山口百恵さん主演で知られるテレビドラマ「赤い疑惑」など「赤い」シリーズなどテレビも多数手掛けた。

 デビュー作の「非行少女ヨーコ」(66年)の後、同年に高倉健さんと初めてのタッグを「地獄の掟に明日はない」で組み、以降、「新網走番外地・流人岬の決斗」(69年)、「ごろつき無宿」(71年)など任侠(にんきょう)ものでメガホンをとってきた。

 東映退社後の78年、「冬の華」で高倉さんと組み、81年に「駅 STATION」、83年「居酒屋兆治」と続き、「鉄道員(ぽっぽや)」後にも「ホタル」(2001年)、「あなたへ」(12年)など、高倉さんとの二人三脚は続いた。任侠の世界だけでなく、人間の悲喜の物語を描きだしていた。

 降旗監督の最後の作品となったのは17年の岡田准一主演の「追憶」だった。同作の公開初日舞台あいさつで降旗さんは「撮影を通じて若い人たちの元気をいただきました」と明るく話していた。

<降旗監督と16作品で組んだカメラマン木村大作さん(79)> 「本当に残念無念。僕のカメラアングルは降旗さんの方向性といつも一致していた。性格は全く違うのに考えていることは同じだった。哲学者然とした人で、僕が人と衝突して降旗さんに相談すると、なんだかお釈迦(しゃか)様と話している気分になれた。僕の人生の師でもあった。まだまだ一緒に仕事をしたかった」

 

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