日韓近代史資料集

韓国ニュー・ライトの応援+竹島問題

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『獨島問題概論』1955 外務部政務局

第一章 独島についての史的考察

第二節 日帝の独島強奪

一 露日勢力の角逐と独島


  欝陵島において日本人が潜伐、密貿易を行う攻勢に一大打撃を与えたのは、ロシア勢力の進出であった。それは、高宗王に甲午更張の反動として乙未の年の冬からロシア公館に播遷して約一年滞在する間に西洋人の利権猟取が盛んとなったが、その中で、露国人関係は建陽元年(西紀1896年)4月に咸鏡北道慶源鍾城の鉱山採掘権が「ネスチンスキー」に、同9月に茂山鴨緑江流域と欝陵島の伐木権が「プリノ」に渡された。これに基因して、光武3年(西紀1899年)にロシア公館の「マリューニン」が我が政府に照会して日本人伐採者の強制退去を請求して来て、光武3年と光武4年の欝陵島実情調査は、実にこのような衝動から誘導されたものと見ることができる。

  東海の一弧島は今や露日勢力の一抗争の場と化し、多年に亘る日本人の横暴も国際的圧力には抗し難く、4年以降は住民と施設が次々と駆逐されて行った。それと共に、露国は技師、兵士等を派遣して占領に類似した行為を取り、島の南西に当たる南陽洞を出浦口として、伐採した木材をウラジオストック方面に輸出した。
光武3年には、再び露国人「ヘンリ・ケセリン」が慶尚道蔚山浦、江原道長津浦、咸鏡北道陳布島を捕鯨の根拠地とする権利を得て、「プリオ」の伐木事業と併せて、暫くの間、我が東海上におけるロシア人の活躍が盛んで、この勢いが数年継続した。
光武8年(西紀1904年)2月に露日戦争が勃発し日本勢力が韓半島を披摩する中で、5月18日にはついに韓国政府をして韓露関係の断絶を宣言させるに至った。すなわち、

  勅 宣 書

(一)既往の韓露両国間に締結した条約と協定は全て廃罷し、全然施行すること無かるべし。

(二)露国臣民または会社に認准したところの特許合同中、今なおその期限内にある者は、今後、大韓政府が支障なしとする者であれば、従前の如くその認准を継続享有できるが、豆満鴨緑江、欝陵島の伐植特許に限っては、本来一個人に許諾したものであるが実情は露国政府が自ら経営するもので、当該特准規定を遵守せず恣意的に侵占的行為をなしており、当該特准を廃罷し、全然施行すること無かるべし。

とされたことにより、露国の勢力は他の地と共に欝陵島においても一掃され、今度は日本勢力が澎湃として侵入し、再び我が物顔で振舞うこととなったのは勿論だ。
  光武9年5月のいわゆる日本海海戦の際に露国軍艦「ドミトリー・ドンスコイ」が島の外洋4カイリの地点において爆沈されたのは、まさに欝陵島の新しい運命を世上に知らせる信号とも見るべきもので、これ以降のことは多言を要しない。


二 中井養三郎の東奔西走

  光武7年(西紀1903年、日本の明治36年)に、伯耆州すなわち島根県東伯郡の中井養三郎という者が「リャンコ島」(独島)が海驢の群集地であることを発見しその捕獲業を企図したところ、歩兵軍曹小原某がこれに賛同し、幅八尺、長さ四間の一漁船を艤装し、所要の漁夫を雇い、その年5月に海を越えて「リャンコ島」すなわち我が独島に到り、勝手に日本の旗を立て、海驢を捕まえて帰って行った。その成功が噂を呼び、翌年の漁期には競争者が続出し乱獲のおそれが生じた。
  これに、中井はその年の漁期が終わった後に東京に出向き、水産局長牧某に対してこのような経過を陳述し、韓国と交渉して貸下げられるようにしてくれとあっせんを要請した。牧は、そうするのでなく海軍水路部に行ってその所属関係を確認して見るように言い、中井は水路部に問い合わせたが、水路部では確答できなかったものの、日本人が事業を行っているのであれば日本領として編入することもできるだろうとの意見を述べたという。

  もちろん、無責任な一放談であった。しかし、中井はここで妄念を抱き、9月29日に内務、外務、農商務の三大臣に「リャンコ島領土編入及び貸下げ願い」を提出した。これら各省では韓国の領土と推定される地域について無謀に処理することはできず長く躊躇していたが、中井は何人かの名士の後援を得て、領土に編入してもそのまま通過するであろう情勢を力説しつつ東奔西走した。主な理由は、このころまさに露日戦争が進行中で、この一帯が海軍の制圧下にあるため、どんなことをしても関係がないだろうということであった。1923年7月25日発行 島根教育会編纂「島根縣誌」


三 領土編入と島根県告示第40号

  中井養三郎の東奔西走によって独島を強奪する機運が成熟したが、しかし日本政府は慎重な態度を取り、内閣会議に提出しこれを討議した結果、中央の問題とするよりは地方の事実とすることが人々の耳目を避けるために好計であるとして、リャンコ島の接近地である島根県をして、知るや知らずのうちに一告示を県庁の門前に掲出する形式で領土編入を決行することに決定した。この方法によって、翌光武9年(西紀1905年、明治38年)に、

  島根県告示第40号
  北緯37度9分30秒、東経131度55分、隠岐島を去ること西北85哩にある島嶼を竹島と称し、自今本県所属島司の所管と定めらる。
     明治38年2月22日  島根県知事 松本武吉

として、狡猾にも、また簡単に、他国の領土を掠め取ってしまった。

  この当時の韓国は、露日開戦後、数次の強圧的協約により既に日本の思うままに操られる情勢下にあったことはもちろんだ。特に、領土編入を告示した3ヶ月後に露日戦争の決戦というべきいわゆる日本海大海戦がこの島嶼の海面において行われ、5月28日に露国の戦闘艦「ニコライ一世」、同「イリヨール」、同「アブリセジン」などがリアンクール岩の傍で降伏したのは、当時の東郷司令長官の公報に出ているとおりだ。

  内務系統においては竹島という名称で呼んだが海軍系統では依然として「リアンクール」を用い、このときだけでなく長く変わらなかったという事実に注意したい。歴史地理第5巻第1号(昭和5年7月刊)坪井九馬三の「竹島について」によれば、独島は日本海軍の補給基地として使用されたようであり、さらに、竹島ではなく「リアンクール」の名を使用したことは意味深長だと言わざるを得ない。


四 欝陵島守の措置と韓国の実情
  日本が独島を強奪したのは、要するに権力の陰の下に行われた国際的なスリのような行為であった。便宜の機会があったので一時の奸計を遂行して一方的な告示はしたものの、韓国政府が認定しないならば何の効力もなく、告示の翌年である光武10年(西紀1906年、明治39年)陰3月に隠岐島司東文輔以下十余名の官員を欝陵島に派遣し欝陵郡守沈興澤に独島が日本の領土となったことを宣言し、以後、韓国漁民の独島往来を禁止してくれと言った。可支魚の産地として有名な重要な属島の一つを失うこととなった郡守沈興澤は、この事実を次のような報告書を作成して道庁あるいは中央政府に提出した。

  報 告 書
  本郡所屬獨島が本郡外洋百余里ほどにあるが、本月初四日辰時ごろに輪船一隻が郡内道洞浦に来泊し、日本官人一行が官舍に来て言うに、獨島がこのたび日本領地となったので視察のついでに来島したとのこと。
  一行は、日本島根縣隱岐島司東文輔及び事務官神田西由太郞、稅務監督局長吉田平吾、分署長警部影山岩八郞、巡査一人、會議員一人、医師、技手各一人そのほか隨員十余人で、まず戶数と総人口、土地及び生産の多少を尋ね、次に人員及び経費の額や諸般の事務を調査のように記録して去った。
 ここに報告しますので、照亮されんことをお願いします。
  光武十年丙午 陰三月五日


  この報告書は欝陵島庁に保管されている副本を転載したもので、これがどのように処理されたのかはまだ詳細に判明しないが、当時は日本の勢力が既に韓国政府を支配し、国家全体の運命が重大な危機に直面していたために、政府は独島のような小さな無人孤島について顧みる余裕は無かっただけでなく、抵抗する能力もなかった。
  そうして、現行海図上に独島という名前で記録されることなく、竹島あるいは「リアンクール」として知られることとなったのは止むを得ないことだった。

  ところで、日本側は「1905年以来、日本島根県隠地郡の行政下にあり、その島嶼は以前に韓国によって請求ないし抗議されたことがないため」日本が領有権を有すると主張している。このような国際スリ的行為が外交文書をもって正式に抗議することができなかった当時の歴史的悲運を度外視して、国際法の庇護の下に国際的に是認されるならば、国際正義はどこにあり国際道義をいずこに求められると言うのか!!


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