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【書く人】

戦で心病む武士描く『落梅の賦ふ』 作家・武川佑(たけかわ・ゆう)さん(37)

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 新感覚の戦国時代小説の書き手が現れた。一昨年のデビュー作『虎の牙』では、呪(のろ)いや山岳信仰といった中世の時代背景とともに、武田氏の甲斐(かい)統一を描いた。続く本作では一転、戦場での心的外傷後ストレス障害(PTSD)や性的少数者(LGBT)という現代的なテーマを盛り込み、武田氏の滅亡の時に迫った。

 「戦国時代にもそういう人たちはいただろう。いたのだから当然書かなければ、という思いでした」

 大学院の時に二十世紀ドイツの戦中・戦後文学を専攻。戦場での恐怖やショック症状を描いた作品を読み込んだ。「戦国時代も、特に鉄砲という武器が出現して以降、砲弾の音や近くに敵がいなくても死んでしまうことへの恐れがあったはず」。そこで連想したのが、鉄砲が大きな役割を果たした長篠設楽原(ながしのしたらがはら)の合戦であり、武田信玄の異母弟の武田信友という武将だった。

 信友は武田氏の駿河(するが)支配に貢献したが、長篠の合戦後に若くして突然、隠居している。「なぜだろうと前から疑問だった。彼がPTSDになったと解釈すれば、物語がつながると思ったんです」

 ショック症状に苦しむ武将を描こうと決めたのにはもう一つ理由があった。自身も二十年来、パニック障害を抱え、突然襲う不安症状と闘ってきた。「地の底が抜け落ちるような恐怖」の体験が、今回ばかりは執筆に役立った。必死に症状を乗り越え、戦場に再び立とうとする信友たちの描写には実感がこもる。

 作中には、セクシュアリティーの問題に悩む人物も登場する。このテーマは今後、もう少し踏み込んで描いていくつもりだ。「武士が武士らしく、という固定観念をもう少し揺さぶってみたい。武士の存在した約千年の間に、その姿は大きく変容したはず。その幅広さを調べて書けたらいいなと」

 意外にも、日本史が好きになったのは三十代になってからだという。書店員として働いていた当時、担当のコミック売り場で人気だった漫画『信長協奏曲(コンツェルト)』を読んだのがきっかけで、歴史小説を書き始めたというから、人生は分からない。「私のように漫画や大河ドラマを入り口に、歴史を好きになった若者が増えている。さらにもう一歩踏み込んで、こんな歴史の見方もあるのかと楽しんでもらえる作品を書いていきたい」

 講談社・一七八二円。

 (樋口薫)

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