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2019年03月27日

介護予防にIoTを活用!
~データや情報を活かして、主体的に健康を維持する高齢者を増やす取り組み~

 日本で高齢化が急速に進む中、独居高齢者が増加傾向にある。自ら積極的に地域コミュニティに参加する高齢者がいる一方で、家に閉じこもりがちになり、弱ってしまう人も少なくない。

 高齢者がその人らしく充実感を持って暮らすためには──首都大学東京の浅川康吉教授は、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)からの委託研究活動に参画し、居宅内での歩行速度(生活歩行速度)を解析。センサーをはじめとしたICT技術が、地域の介護予防活動に活用されることで健康寿命の延伸に貢献できると期待を寄せている。

高齢者の活発な活動が介護予防に

 日本社会の高齢化がいよいよ加速している。昨年(2018年)9月に総務省が発表した統計によれば、日本で65歳以上の高齢者が総人口に占める割合(高齢化率)は28.1%となった。高齢化率が21%を超えた「超高齢社会」の国は、2017年現在で、日本、イタリア、ポルトガル、ドイツ、フィンランドの5カ国だが、日本の高齢化率はこの中でトップである。また、今後半世紀で、これまで高齢化が進行してきた先進地域はもとより、開発途上地域においても高齢化が急速に進展すると見込まれている。

 こうした中、日本政府は2018年2月16日に、高齢者を含めた全ての世代がその能力を存分にいかして幅広く活躍する社会を目指し、「高齢社会対策大綱」を閣議決定した。そこでは、”高齢者の自立支援と生活の質の向上を目指すため”として、「介護予防の推進」が明記されている。

 介護予防は2005年の介護保険改革以降に定着した言葉で、高齢者が要介護状態になるのを防いだり、要介護状態が悪化したりするのを防ぐためのさまざまな支援を意味する。

 「介護予防の考え方は、この数年で大きく変わりました」と話すのは、地域に密着して介護予防事業に取り組んできた、首都大学東京の浅川康吉教授である。

首都大学東京 健康福祉学部理学療法学科 教授
理学療法士 浅川 康吉 氏

 「足腰を鍛えれば、転んでケガをすることもなくなるし、活動も活発になる。だからまずは高齢者の皆さんに足腰を鍛えてもらおう──。こうした取り組みからはじまった介護予防活動は、その成果や課題をふまえて、目的や手段が見直されてきています。具体的には、外出の機会を増やし、地域のいろいろな活動に参加することで、身体が鍛えられ、ケガをすることが少なくなり、健康が増進されるというケースが多いことがわかってきたのです。そこで最近は、高齢者が参加できる場や活動を地域でつくり、高齢者の自発的な参加を促すことで介護予防を進める、という視点が重視されるようになってきました」

「生活歩行速度」を長期的に計測する初の試み

 そのためには、高齢者の自発的な行動を促すきっかけづくりが重要だ。高齢者は何かしら不調を抱えていることが多い。それを年齢のせいとあきらめたり、感覚が鈍くなるために不調への気づきが遅れたり、あるいは不安から外出を控えるようになる。しかし、例えばテレビで体にいいと紹介された食料品などがすぐに売り切れるように、健康に良いとわかったことには積極的に取り組む高齢者は少なくない。それならば、外出しても問題がない、あるいは医療機関に相談したほうがよいといった、自分の体の状態をさりげなく高齢者本人に気づかせることで、主体的な行動を促すことができるはずだ。NECソリューションイノベータがNICTから受託し、浅川教授やNECが参画した研究活動は、そのような課題解決に道を開くものだった。

 NICTからの委託研究の正式名称は、「ソーシャルビッグデータ利活用基盤技術の研究開発事業」。水道・ガス・電気といったライフラインの利用データや、高齢者の宅内の生活に関わるデータを収集し、社会的課題の解決に貢献する仕組みをつくるというものだ。

 本研究ではマルチホップ通信が可能な省電力無線通信規格「Wi-SUN(ワイサン)」を活用して、データ収集をより簡単に、効率的に行う技術的研究と、データ分析による価値創出の研究に取り組んだ。浅川教授は、地域リハビリテーションの専門家としてプロジェクトに参画、その中でも特に焦点をあてて取り組まれた活動が、「生活歩行速度」の解析だった。

 浅川氏は次のように説明する。

 「以前から、老年症候群(加齢を原因とする心身不調の総称)と日常生活における歩行速度には関連があるといわれていました。歩行速度が低下してくると、転倒の可能性が高まる。あるいは、歩く速度は認知症と関わりがある。そんな知見はすでにあったのですが、個々の高齢者の宅内での歩行速度のデータを、長期的に収集するという研究は過去にありませんでした」

「適切なデータ」をどう取得し、解釈するか

 老年症候群の予兆を示す生活歩行速度の変化。そのデータを取得するにあたって力を発揮したのがNECの無線小型センサーである。在宅独居高齢者計20人の協力のもと、それぞれの自宅内の壁や床などにセンサーを設置し、歩行速度を継続的に計測する仕組みをつくった。センサーは工事不要で、誰でも簡単に取り付け可能になっている。高齢者自身も、ウェアラブルデバイスなどを身につけたり、何かを操作する必要がなく、高齢者が受けるストレスをできる限り減らす仕組みを実現した。しかし、分析に有効なデータを収集できるようになるまでには、さまざまな試行錯誤があったという。

 「協力してくださった方々の室内環境は一軒一軒異なるので、研究者と収集したセンサーデータを見ながら設置方法の意見交換を行い、何回も高齢者宅にお邪魔して、センサーの設置場所などを調整させていただきました。一方で、取得した宅内の歩行速度データとの比較分析のために、定期的に高齢者に集まっていただいて実際の歩行速度も計測したのですが、靴を用意するなど工夫して計測環境を一定に整え、データの客観性・正確性を維持しました」

 そう話すのは、この研究のNEC側の担当者であった小林素子である。小林によれば、研究の過程で越えなければならなかったハードルは大きく二つあった。一つは、技術的なハードルだ。Wi-SUNの特長を活かして、宅内のセンサーデータと、屋外の水道やガスのデータをあわせて収集する技術的な検証に時間を要した。もう一つはデータ分析・解釈に関するハードルだ。

NEC 医療ソリューション事業部
マネージャー 小林 素子

 「どういったデータを取ればいいのか、どのような分析を行うのか、分析結果から何がいえるのかについて、仮説を策定し、データの分析・解釈をするには、高齢者の加齢に伴うさまざまな変化、例えば、転倒、低栄養、夜間頻尿などに関する専門的なノウハウが必要になります。それはNECだけでは難しいのです。そこで、浅川先生をはじめ有識者の方々や、研究に協力いただいた高齢者のご意見も伺いながら進めました。今まで定量的・客観的な情報が取れなかった在宅での高齢者の行動を、負担をかけずに継続的にデータとして把握できたら、その価値は大きい、という先生方の励ましが活動の支えになりました」

 研究側と技術側、さらには研究に協力する高齢者も参加しての話し合いを繰り返しながら、足掛け4年にわたる研究は続けられた。

自宅内の歩行速度計測のイメージ
センサーで測定した宅内の歩行速度データとの比較分析のため、定期的に歩行速度を実測している様子

新しい高齢者像の浸透を目指して

 浅川氏は、この研究は「見守り」を目的にしたものではないと強調する。

 「日常生活行動に異変があったことを知らせるのが見守りであるとすれば、今回の取り組みは、情報を本人にフィードバックして、主体的な行動を促す自立支援の仕組みをつくるためのものでした。今回の研究結果から、自宅に設置したセンサーから導く生活歩行速度データ、精密に実測した歩行速度のデータ、握力などの運動機能データ、それぞれが相関関係にあることが明らかになりました。また時系列で見ることで、季節による変化があることもわかりました。生活歩行速度という情報を本人にフィードバックすることは、体力の低下や転倒のリスクに自分で気づく手段になりうると思います」

 例えば、生活歩行速度に問題がなければ、身近なお出かけ情報を提供したり、速度低下の兆候があれば、医療や介護予防の専門家への相談をすすめたり、といったことが可能になるかもしれない。その内容はともかくとして、生活歩行速度の情報を得てどのような行動を起こすかを決めるのは、あくまでも高齢者自身であることがポイントだ。

 「介護予防のためには、本人の行動変容が必要です。その行動変容を支援するためにデータを取得すること。そして、本人も気づかない予兆を検知し早期段階で気づきを与えること。それがこの研究の本質です」

 4年間の研究によって、生活歩行速度を収集する仕組みはほぼ完成した。あとは、そこで得たデータを解析する方法論を確立する作業が残っている。今後はAIなどの先端技術を活用していくことになるだろうと浅川教授は話す。

 「委託研究は終了しましたが、今後もNECにパートナーとなっていただき、介護予防の仕組みづくりの研究を継続していきたいと考えています」

 介護予防には、高齢者の活動の場や相談の場といった「地域づくり」も必要だ。「地域づくりによる介護予防」の実現には自治体の力が不可欠である。自治体とのパートナーシップのもとで、超高齢社会における健康寿命増進を実現するソリューションをつくっていくこと。それが浅川教授のビジョンだ。

 「ご自宅と出かける魅力のある場所。自治体、地域の活動、高齢者と家族。無線や情報処理やAIなどの技術も使いながら、それらをつないでいくことがこれからの私たちの役割です。その“つながり”から価値を生み出していくために、これからも研究を支援していきたいと思います」

 NECの小林はこう語る。

 高齢者の自立的な生活を支援するソリューションができれば、新しい高齢者像が世の中に浸透していくだろうと浅川教授は話す。

 「社会が保護する対象としての高齢者ではなく、主体的、積極的に社会活動に参加し、これまでの経験や知恵を社会に還元していく高齢者。それが、私が考える新しい高齢者像です。そのような高齢者が増えることで、地域も活性化していくことになるでしょう。老いることにポジティブな高齢化社会を実現するために、先端技術を活用した介護予防の仕組みを確立していきたい。そう考えています」

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