人口減少時代を迎え、大都市郊外で居住人口確保に向けた競争が激化する中、小田急電鉄のグループが「選ばれる郊外」を目指し、新しいライフスタイルの提案に挑戦している。この3月に多摩線栗平駅前にカフェを核とする多世代交流の場を開設したのに続き、5月には隣の黒川駅前に地域交流の場ともなる郊外型シェアオフィスと店舗の複合施設を開設する。

郊外に暮らし、都心に勤める。それは大正期以降、会社勤めのビジネスパーソンにとって典型的なライフスタイルの一つだった。住宅地は郊外へ、郊外へ、と広がり、寝に帰るまちという意味で昭和期には「ベッドタウン」という和製英語も生まれた。

その郊外での暮らし方がいま、変わろうとしている。

きっかけづくりに第一歩を踏み出したのは、東京の郊外と都心方向の間を結ぶ電鉄会社の一つである小田急電鉄のグループだ。川崎市内の新百合ヶ丘駅と東京都多摩市内の唐木田駅を結ぶ多摩線の沿線で2つの新しい場づくりに挑戦する。

一つは、快速急行の停車駅でもある栗平駅の駅前にこの3月に開設した「CAFÉ & SPACE L.D.K.」である(写真1)。場所は駅前商業施設「小田急マルシェ」の2階。小田急不動産が運営していた沿線住宅の販売拠点を閉鎖し、役割をがらりと改めた。

(写真1)「CAFÉ & SPACE L.D.K.」のエントランス。右手がカフェへの、左手がワークスペースへの入り口。コンビニエンスストアや医療機関などが入居する駅前商業施設「小田急マルシェ」の2階に開設された(画像提供:小田急不動産)

小田急不動産経営企画本部経営企画部経営企画グループリーダーの石川敦己氏は新しい場づくりに至った背景をこう話す。

「多摩線沿線の住宅供給は2018年度にめどがつき、販売拠点は役割を終えた。しかし多くの顧客が沿線に暮らす中、将来を見すえたうえで、『暮らしのパートナー』として顧客と接点を持ち続けていくことを決めた」

多摩線が新百合ヶ丘駅と、唐木田駅の2つ手前にあたる小田急永山駅との間で開通したのは1974年6月。以降、小田急電鉄や小田急不動産ではこの2つの駅の間に位置する4つの駅を中心とするエリアで約2300戸の住宅を供給してきた。

小田急電鉄の位置付けによれば、栗平駅は夜間人口の増加を目指す「くらしの拠点駅」。2018年3月に東京区部での複々線化が終わり、それに伴う新ダイヤでの運行によって都心方面への所要時間が短縮した区間に位置する。

地域の課題に対応するコミュニティ拠点

こうした環境変化も踏まえ、小田急不動産では住宅供給の次のステージとして、生活環境の維持・向上に乗り出す。「介護や育児などの課題に地域で対応し生活環境の維持・向上を図るには、こうしたコミュニティ拠点が欠かせない」(石川氏)。

CAFÉ & SPACE L.D.K.の中に入ると、計36席のカフェ(写真2)。平日11時前の時点で、男性1人、女性6組12人が席に着く。駅前の人影のなさとは対照的な光景だ。運営は、カフェを通じて地域にコミュニティをつくることを掲げる事業法人、WAT(ワット)に委託する。

(写真2)「CAFÉ & SPACE L.D.K.」のカフェスペース(写真上)。神奈川県産のスギ材を用いた温かみのある造り。キッチン部分はオープンな造りで開放感にあふれる(写真下)。この奥に、レンタルスペースが並ぶ(画像提供:小田急不動産)

その奥には、10人前後が着席で利用できるレンタルスペースが3カ所。このうち1つはダイニングキッチン仕様で、キッチン設備・備品も提供する(写真3)。間仕切りを開け放てば、3つのスペースを一体のものとして40人規模で利用することも可能だ。

(写真3)「CAFÉ & SPACE L.D.K.」のレンタルスペースの一つ。キッチン付きのこのスペースでは料理教室やパーティーも開催できる。利用料金は、1時間当たり平日1500円、土日祝日2000円。キッチン利用には、1回当たり平日1000円、土日祝日1500円が上乗せされる(画像提供:小田急不動産)

滑り出しは順調でレンタルスペースには毎週10件程度の利用予約が入るという。例えば、少年サッカーチームの送別会、フラワーアレンジメントや切り絵の教室などが、これまでに開催済み。自治会・町会やマンション管理組合の会合での利用も想定する。

ここでは自社でイベントも仕掛ける。「わたしの街かるた」制作のワークショップはその一つだ。同社では現在、結びを小田急線の駅名とする読み句を募集中。これを基にかるたを制作する。「これらのイベントを通じて多世代交流を打ち出したい」(石川氏)。

カフェの隣には、5月下旬に運営を開始する予定のワークスペースを配置する。席数は8席程度。小田急電鉄グループの営業拠点がこの沿線エリアにはないため、グループ会社共通のサテライトオフィスとしても活用していく方針だ。

運営開始を前に、小田急不動産には予想以上の反響が寄せられている。多くは開業時期や設備仕様を尋ねるもの。従業員のサテライトオフィス利用に対応している都心方面の企業に勤務している地域住民の関心は高い、と石川氏はみる。

問い合わせとして最も多いのは、中高生の自習スペースとしての利用を想定する保護者からのものという。保護者にとって安心なこうした場が自宅近くにできるなら、いまは新百合ヶ丘駅近くのカフェを利用している子どもに勧められる、との期待があるようだ。