オーバーロード 骨の親子の旅路 作:エクレア・エクレール・エイクレアー
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「ネム、そっちは何か変わりはなかったか?」
「えっと、薬師のンフィー君が来て、薬草を採っていきました。それ以外は、皆が畑の様子が良くなってきたって喜んでたくらい?」
「そうかそうか。効果が出始めているのか」
モモンガは依頼の帰り道にネックレスを使ってネムとやり取りをしていた。昨日見付けた冒険者らしき一行はその薬師と護衛だったのだろうと得心がいった。
パンドラに警戒させているので暇な時間は有意義に使おうとネムと今日の出来事の確認。パンテオンから連絡がなかったので心配はしていなかったが。
「今日は夜すぐには戻れなさそうだ。ご飯は先に食べていていいぞ」
「遅くなるの?」
「エ・ランテルの近くでちょっと厄介なことがあってな。その報告にどれだけかかるかわからない。あとお土産も買わないといけないし」
「モモン様、お土産買ってきてくれるの!?」
「ああ。楽しみにしてくれ」
「ちなみになんですか?」
「本だ。マジックアイテムについてのものと、妖精と、野菜や土壌について。ネムにあげたアイテムがこっちではどういう扱いになるのか調べないとな」
「えー、本……」
明らかにネムのテンションがダダ下がりした。開拓村の子どもということでネムは自分の名前とそこそこの単語くらいは書けるが、文章になると厳しい。開拓村ではそこまで識字率が高くないのだ。
エンリは年齢的に、そしてネムに物語の読み聞かせをするためにそこそこ覚えたようだが、あとまともに文章の読み書きができるのは村長夫妻くらい。農民に教育なんて必要ないとでも言うような政策の結果だ。
「妖精のことを知ったら、妖精がもっと力を貸してくれるかもしれないぞ。妖精だって生きてるんだ。ネムと仲良くしたいと思っているさ。俺はその手助けがしたいだけだよ」
「なるほどー。でもモモン様、文字読めないって言ってませんでした?」
「俺たちの勉強用でもある。意味は分かるから、そこから文字を覚えるという形だな。眼鏡をなくした時のためにできることはしないと」
「お姉ちゃんには何を買うんですか?」
「エンリに?」
「お姉ちゃん、モモン様に何かサプライズで買ってきてもらえたら喜ぶと思うなー」
お土産はネムにだけ買えばいいと思っていた。むしろエンリとはネムのお土産について相談し合う関係で、エンリのことは考慮していなかった。
妹のためにしっかりしているように見えるが、まだまだ十六歳。年齢的には子どもだ。ならエンリにもお土産を買っていくべきだろう。ネムの一言も決定打になった。
「そうだな。エンリにも何か買っていこう。何が喜ぶだろうか?」
「それはモモン様が考えてくださいっ。でもー、ネムは普段食べられない物が良いと思うなー」
「……ネムが食べたいだけじゃないのか?」
「えへへ」
お土産はモモンガが考えることになった。ネムに意見を聞くと食べ物の話か、女性には何を送るべきか男性が考えるべきと熱弁されたからだ。
実はこの会話、同期したマジックアイテムで話しているために内容は同じ物を持っているパンドラとエンリにも丸聞こえだった。エンリは妹の余計なアドバイスに顔を若干赤らめながら、それでも他の人たちに気付かれないように畑仕事に戻る。
伝言も終わりにするとモモンガに近寄ってくる女性がいた。たしかブリタという名前。
「モモンさん、伝言使ってたの?」
「そうですよ。まだ小さな子なので、少々心配で」
「子持ちだったの!?ああ、いや?見た目的にはいてもおかしくはない……?」
幻術で作られた顔をじろじろと見られながら、とんでもない誤解を受けた。息子のような者はすぐ傍にいるが、ネムは断じてモモンガの子どもではない。
「違いますよ。恩人の子どもです。とある事情で姉妹の面倒を見ているというか、私もお世話になっているというか……」
「へえ。伝言なんて信憑性のないもの使ってるからどうしたんだろうって思ったら、子どもかー」
「信憑性がない?何故です?」
遠く離れた相手と会話ができる。電話のようなものだし、ゲームではチャットのようなものだったから必須の魔法だった。それが信憑性ないとは。
「あれ、知らない?その魔法のせいで誤情報が回って、大国が潰れちゃったの。そんなことがあったから、使ってる人は少ないかな。ちょっとしたことにしか使わないよ」
「そうなんですか……。知りませんでした。知人はそんなこと教えてくれませんでしたので」
ツアーめ、と一人ごちる。と言っても精々半日程度の邂逅でこの世界のこと全て話しきれるわけがないので、ツアーを責めるのは間違っているが。
「モモンさんってこの辺りの人じゃないの?」
「南方の出身ですね。この辺りには最近来たので」
「あー。その黒色の髪って南方の人に多いらしいね。あっちって噂ばかりで本当のことなんかよくわかってないから、こっちのことあまり知らないのもわかるかも」
冒険者になる前に決めておいたことなのでスラスラと答えられた。本物の声優だったぶくぶく茶釜に魔王ロールをするために鍛えられた結果だ。
魔王ロールよりも、営業としての接待の仕方と似ていたので気が楽だった。
「モモンさん、冒険者になる前は何をしてたの?なんか、戦場に慣れているというか、全然怖がってないよね。初めての依頼なのに」
「研究と、あとは放浪ですかね。モンスターと戦ったことは何度もあるので。パンドラもですが、危ない目には何度もあっていますよ」
「彼も動きに無駄がないからね。もしかしたらすぐに上の階級にいけるんじゃない?」
「別に階級はそこまで上にならなくてもいいですねえ。徴兵されたくないだけなので」
「大きな理由はそこなんだ?」
「そうですよ。子どもたちを放って戦争に行ったら保護者失格でしょう?」
「それが叶わないのが今の王国の現状だけどね」
そこからもなんて事のない雑談を繰り広げた。ボロを出すこともなく、案外やればできるんじゃないかと上機嫌になるアンデッドがいたとか。
「俺を超える戦士だと!?」
「ああ……。アレはお前を超えるバケモノだ。見ればわかる。あんなのとは一生関わり合いたくないってな」
死を撒く剣団のアジト。その一角で二人の男が話し合っていた。片方の男はブレイン・アングラウス。周辺諸国最強の王国戦士長と互角の能力を持ち、剣の腕を磨くために今はこのゴロツキ集団に身を寄せている世捨て人。
攻め込んでくる人間の方が手応えがあるだろうと思って待機していたら相手になるような強者が全くおらず、不貞腐れて酒を飲もうとした時に押し掛けてきた奇襲組の一人がやってきたために少し苛立っていたが、内容を聞いて酒を飲む気分ではなくなった。
まさかこちらを遠巻きに眺める面子の中にそこまでの強者がいるなんて思いもしなかったのだ。
「全身白銀の鎧に身を包んだ野郎だ。……へへ、俺も剣士の端くれだからよ。あいつの帯びてる覇ってやつを一瞥しただけでもう駄目だ。剣なんて握れやしねえ。あの高みからしたら俺の剣なんてガキの棒きれでのじゃれ合い以下だ」
「そこまで、格が違うと言うのか……?」
「ああ。あんなのと比べたら王国戦士長なんて味噌っかすだ。お前でもな。剣を振る以前に、視界に入りたくもねえ。あいつ、味方の目晦ましをやってる数瞬の間に五人を跡形もなくぶった切ったんだぜ?しかも死体はほぼ残らずじまい。どんな剣の腕があれば人間の身体が爆発四散するんだってんだよ。しかも一振りで離れていた五人を一発で、だぜ?」
「まさか……いや、魔法剣士か?それとも剣の能力?だが離れた五人をっていうと斬撃を五度ほぼ同時に放ってやがる……。『蒼の薔薇』のラキュースが魔力を剣に込めて撃ち放つことができると聞いたが、それよりも細かく正確に制御して……?ラキュースは剣士としては劣るが、そいつは魔力も扱える上に剣技は俺より上……?」
ブレインもだが、報告している男もあの光景を産み出したのはパンドラのことだと思い込んでいる。魔法の矢を無詠唱化して五つも同時に放てる魔法詠唱者がいるとは考えておらず、そんなバケモノ級の相手が二人もいるとは思っていなかった。
魔法の矢は実力者によってはその本数を増やせるが、帝国の逸脱者と呼ばれる魔法詠唱者だって五本も出せない。それに無詠唱化されていたこと、その直前に詠唱して閃光という下位の魔法を使っていたことも、答えから遠ざかった理由だろう。
戦士独特の強さは感じ取れるが、魔法詠唱者の能力まではわからない。彼らはユグドラシルのレベルを感じているのではなく、戦士としての直感で判断しているにすぎない。
ラキュースという、剣技ではあるのだが魔力を乗せることで周囲を爆発させる必殺技のようなものの使い手がいたのも、勘違いの要因だろう。
「馬!馬は空いてるか!?」
「え?そりゃあ何匹かいるだろうけどよ……」
「もらっていく!それともう生きて帰ってこないかもしれん!頭には世話になったと伝えてくれ!」
「ブレイン!?まさか死ぬ気か!」
「そんな高み、ここで逃がしたら次にいつ会えるかわからん!その結果死ぬとしても、剣の高みを見られるのならば、そこへ手を伸ばせるのなら本望だ!」
叫びながら馬が保管されている場所へ駆けだすブレイン。それを見届けた男は、そっと呟いた。
「……あれを見て、まだその腕を振るえるのなら。お前は正真正銘の天才だよブレイン」
未だに震え続ける自分の手をそっと覗き込む。剣を握ることはおろか、戦えそうにもない。それくらいに心を折られてしまった。
そこそこの収入と、若干の被害が出て取り分としては+になったからと喜んでいるアジトの中。ブレインが飛び出ても気付かれていないようなので、男もそっとアジトを出た。
行き先は竜王国。そこならばここからも遠く、あのバケモノたちも来ないだろうと。ビーストマンの被害が出て行く価値もない場所だから二度と会わないだろうと。
一人分の路銀と食料としては過多な荷物を持って、馬を連れて逃げ出す。あそこに居座ってあのバケモノたちに殺されるよりはマシだと。自分と同じ考えの連中が数人いて、お互いの健闘を祈って別れた。
犯罪者の末路はどうなるか。残った傭兵団よりはマシなのか。それは彼らの幸運次第。