ふてぶてしい猫が街灯に照らされて、いやに人間らしい表情を僕に向けてきた。家の塀に寝転んでこちらを窺うような格好だった。
猫の瞳は濁った黄色で、それが真っ暗な辺りの中で、二つ浮かんでいた。それまで猫の目のことを考えたこともなかったが、見れば見るほど、そこへ吸い込まれそうな、奇妙な感覚だった。
それは見慣れない有機物が与えるような、ひどく不快なものであった。
視線を逸らしたが、猫の視線は続いているようで、背には不快な視線をかんじた。
ひどく感情が昂っていたからだろう、石でも投げてやろうかと思い、もう一度振り替えると、一人の老婆が立っていた。
身なりは小綺麗にしているが、奇天烈な服装だった。見たこともない民族衣装かとも思うほど、それはこの社会のドレスコードには馴染んではいなかった。腰は真っ直ぐだったが、顔には幾つもの皺が刻まれていた。
その表情は先程の猫によく似ていた。しかし、目の色は違っていたので、それほどは不快にはならなかった。
唐突に、老婆は僕の名前を呼んだ。思ったよりも張りのある声であった。
「貴方を迎えに来ましたよ。」
老婆は真顔だった。
世間の常として、見知らぬ子供を真夜中に迎えに来る老婆はまともとは言えない。加えてその奇天烈な服装が胡散臭さに拍車をかける。どうして僕の名前を知っているのかはわからないが、あまり歓迎するような場所へと迎えてくれるとは思えなかった。
「あー、マダム?」
しかし、ここから先の言葉が思い浮かばなかった。
夜の庭先で、家の敷地内に入り込んだ老婆に対して、挑発的な言葉をかけるべきではないだろう。おまけに、こちらは裸足な上に、今晩は帰る場所もないのだ。
少しの沈黙の後、老婆が言葉を引き取った。
「とにかく、付いてきなさい。あなたの境遇は知っています。今晩の出来事も、家から追い出されたこともです。」
そうして、老婆は皺だらけの手で僕の腕を掴んだ後、ぐるぐるとその場で回り始めた。どうしてと思うほどの力で僕は引っ張られるような感覚だった。周期的に現れる街灯はその頻度を増し、何か小さな管に無理やり押し込まれる感覚の後、唐突にそれは終わった。
ひどい気分で、立っているのもやっとだという感覚はずっと残った。まるで、力ずくで何回も回転させられた後に、頭をハンマーで殴られたような、何度体験しようとも馴れないであろう感覚であった。目の前には先程の老婆が平然とした顔で、背筋を伸ばして立っている。何かの拷問のようであったのか、それとも単なる移動の手段なのだろうか。とにかく、見える景色は変わっていた。