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八角館殺人事件 作者:天草一樹
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7:忠告と就寝

 先輩の部屋を出てホールに戻る。すると、ホールには椅子に座って瞑想したままの栗栖しかおらず、氷室の姿が見えなかった。

 まさか鍵を返すのを忘れて自室に戻ってしまったのかと思うも、すぐに玄関ホールへ続く扉が開いているのに気づく。外に通じる扉に鍵穴はなかったと記憶しているが、一体何をしているのか。

 不審がりながら二人で玄関ホールを見に行くと、氷室が外へ通じる扉の前に服やらコップやらを並べている姿があった。一体何をしているのか聞こうとすると「こっちに来るな」と制止の声が飛んできた。

 その声に驚きおとなしく立ち止まった僕たちを尻目に、氷室は工作(?)を進めていく。そして何かしら満足のいく結果になったのか立ち上がり、「早くホールに戻るぞ」と無理やりホールへと押し戻してきた。

 何が何だかわからず抗議の視線を飛ばすと、氷室は面倒そうに顔をしかめながらも答えてくれた。

「さっきのは外部から人が入っていないことを証明するための仕掛けだ。根津の馬鹿はやれ隠し通路だ隠し部屋だと叫んでいたが、そんな凝ったものをこの村の貧乏人が作れるとは思えない。あるとしてもせいぜい合鍵や、悪趣味な隠しカメラ程度だろう。だからもし外部に犯人がいるのなら、俺たちが寝付いたことをカメラで把握した後、合鍵を使ってこっそり入ってくる。とまあそんなところに違いない。だからこの玄関ホールに、動かしたらまず元に戻すことのできない仕掛けを作って置き、外部から誰か入ってきたら一瞬でわかるようにしておいたんだよ」

「成る程……」

 少しばかり偏見を含んでそうな考えではあったが、全く見当外れとは思えない冴えた意見。確かに隠し通路や隠し部屋なんてものを、小村赤司一人だけで作れたとは思えない。何か仕掛けがあるとしても、そんな大げさで難しいものではない気がする。

 氷室はもうこれでやれることはやったと満足したのか、大きく伸びをすると自室に向かい始めた。その途中、鍵を三本投げ渡すと、「一本は栗栖のだ。面倒だからお前らが渡しといてくれ」と言い部屋に閉じこもった。

 栗栖なら数歩で届く距離に寝ているだろうに。かなりの面倒くさがりというか、命令したがりというか。

 僕は取り敢えず友哉に鍵を渡した。

「友哉は先に部屋に戻って寝てていいよ。僕も栗栖君に鍵を渡したら部屋に戻って寝るからさ」

「あ、ああ……」

 鍵は素直に受け取ったものの、どこか歯切れの悪い様子の友哉。僕が首を傾げながら見ていると、友哉はそっぽを向きながら言った。

「……その、もしなんだったら同じ部屋で寝ないか? まさか本当にゴーストなんてのが現れるとは思えないが、一人より二人の方が安全だろうし」

 僕はクスリと笑うと、友哉の肩を思いっきり叩いた。

「そういや友哉は昔から幽霊とか妖怪とか苦手だったな。大丈夫! 絶対にゴーストなんて現れないから。そもそも僕も友哉も千世を――殺したりはしてないんだ。だからゴーストに襲われる心配なんてしなくていい。だから、大丈夫だよ!」

 ことさら明るく振る舞い、もう一度友哉の肩を思いっきり叩く。友哉は俯いて頭をかいていたが、顔を上げたときにいつもの元気な表情に戻っていた。

「分かったよ。とはいえあんまり油断はし過ぎんなよ。ゴーストが何か勘違いして俺らを襲ってくるとも限らないからな。鍵、忘れずにちゃんと締めるんだぞ。何かあったらすぐ助けを呼ぶんだぞ」

「君は僕のお父さんか! ほら、栗栖君にさっさと鍵渡すから友哉は部屋戻って」

「了解。絶対、明日も無事に会おうな」

「もちろん。それじゃあお休み」

 普段は決して見せないような真剣な表情をした後、友哉は部屋に戻っていく。部屋に入る直前振り返り、笑顔で「お休み」と言うと、ホールから完全に友哉の姿はなくなった。

 友哉もいなくなり、僕と栗栖の二人だけになったホール。

 せっかく寝ている(?)ところ悪いとは思うけど、このままここで寝かせておくのは危険すぎる。僕は鍵を渡すついでに、起きるよう小声で呼びかけた。

「栗栖君起きてるー? もし寝ているような――」

「起きてるよ」

 一度目の呼びかけでぱちりと目を覚ました栗栖。あまりにもあっさり起きられてこちらが驚いてしまった。まあいくら起こしても起きないのに比べたら全然ましな展開。僕は栗栖の部屋の鍵をテーブルに置いた。

「鍵、ここに置いておくよ。ゴーストがどこまで本気なのかはわからないけど、ここにいるのは危険だと思うから部屋戻った方がいいと思うよ。目についた人から拷問にかけていくつもりなのかもしれないしさ」

「僕は大丈夫。それよりも気を付けた方がいいのは、君と根津君だよ」

 軽く忠告したはずが、逆に警告し返されてしまった。と言うか僕と根津が気を付けた方がいいというのはどういうことだろうか? 少し不安を感じつつも聞き返そうとすると、栗栖は目を閉じながら呟きだした。

「佐野先輩が芳川さんの敵討ちをしたい。そう言った途端より顔を青ざめさせた人が二人いる。それが君と根津君だ。そして、芳川さんにストーカーがいると聞いた瞬間に妙な反応をしたのは、氷室君と谷崎君。ゴーストの狙いが芳川さんの死に関連した人であるとするなら、取り敢えず最初に狙われるのは根津君と君。別に不思議な推理ではないでしょう」

 淡々と、事実だけを述べるかのように栗栖は言葉を紡ぐ。

 自分や他の皆も、彼に観察されていた。そのことにどこか鳥肌が立つ思いをするも、僕は少し震える声で問いかけた。

「じゃ、じゃあ、栗栖君は佐野先輩がゴーストだと考えてるのかな。先輩の怒りや悲しみは本当に見えたし、ゴーストの警告文とすごく近しい考えを持ってるみたいだしさ」

「そうだね。彼はこの中で最も怪しい。でも、そうすると僕をここに招いたことに納得がいかない。矛盾を感じてしまう。だからまだ断定はできない。それにこの場にいる全員、それぞれ何か後ろ暗いことがあるのだけは間違いないみたいだからね」

 栗栖の目が開き、漆黒の、すべてを見透かすような瞳が僕を貫く。その瞬間、僕は言い知れぬ恐怖を感じ、お休みの挨拶もなしに自室へと逃げ戻った。

 部屋に鍵をかけ、本当に扉が動かないかを押したり引いたりして確認。念のため他の家具も動いたりしないかを確認した後、僕は風呂にも入らずベッドに飛び込み、強く瞼を閉じた。


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