シズ・デルタ、任務遂行中!   作:ミッドレンジハンター
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前編・後編で分ける予定でしたが、書き起こしてみると予想以上に長くなってしまったので変えました。
もしかしたら4話までいくかもしれません。


第2話

 アインズから直々に任務を預かったシズは、調査対象が出入りしている空き家の下見に来ていた。

 閑散とした土地に、ひっそりと佇むように建っているのは、想像よりも小さな家だ。庭や倉庫の類もなく、どんなに安い値でも買い手がつかなそうなほど古びている。更に窓には全て木の板が打ち付けられていた。

 シズは周辺に人がいないかを確認した後、左眼のアイパッチに手を掛ける。現れたのは、灰色の眼。その眼を見開き、家の玄関をじっと見つめる。

 

(……玄関脇の植木鉢の中に探知阻害系。……ドアノブにも警報(アラーム)系)

 

 シズの左眼に埋め込まれた特殊な瞳は、視界に捉えたマジックアイテムの性質を鑑定することができる。高位の物は鑑定できないが、多くのトラップの解除に役立ってくれる代物だ。

 

(……作戦は決まった。あとは、必要なものを用意するだけ)

 

 準備するものはそう多くはない。明日には決行できるだろう。そう確信し、シズはその地を後にした。

 

 

 

 

 

 作戦当日の朝。シズは1kmほど離れたとある家屋の屋上から、空き家を監視していた。今日はしとしとと雨が降っている。天気予報士によれば、この日はずっと雨らしい。自分の身体を覆うカモフラージュ用の布からこぼれる水滴が、少しだけ鬱陶しい。

 シズは双眼鏡を片手に、ちゅうちゅうとストローを吸っていた。お馴染みの、彼女特製高カロリードリンクである。しかも今日は特別に、副料理長が用意してくれたバナナシェイクも持ってきた。お昼のドリンクのデザートにする予定だ。

 

現在ターゲットは街に出かけており、その間はシャドウデーモンが監視をしている。シズが空き家を監視しているのは、第三者の存在を懸念してのことだ。自分は今、アインズに期待されている身。万が一にも失敗は許されないのだ。

 

 そして彼女は今この状況で、ちょっとした高揚感を味わっていた。

 

 狙撃手にとっての最大の敵は己である。数日に渡って変化しない景色を監視し続けることもあれば、ターゲットを追って何時間も地道に匍匐前進をしたりすることもある。そして何より、常に敵の狙撃手に怯えなければならない。そのような過酷な環境で精神と集中を保つのは至難の業といえる。

 

 しかし、今回はそうではない。特段動く必要はないし、今日は特別にこの地域の警備を強化しているため、敵狙撃手に怯えることもない。慈悲深き至高の支配者アインズによる配慮である。

 彼女が高揚感を抱いているのは、これが初めての狙撃手らしい任務だったからである。

 

シズの創造主であるガーネットは、俗に言うミリタリーオタクであった。彼が熱弁する”狙撃手の真髄”の言葉は、シズの記憶にも残っている。至高の御方であるガーネットが尊敬する歴戦のスナイパー。アインズ・ウール・ゴウンが誇る射手ペロロンチーノを思わせる、長距離狙撃の逸話。ガーネットのNPCとして、そしてガンナーとして創造されたシズの魂は、やはりこの伝説に惹かれていたのだ。

 

 

 

 

 

 現在の時刻は午後三時。ターゲットの帰宅時間まであと四時間は残っている。

 シズは、思わぬ窮地に立たされていた。

 

(……おしっこしたい)

 

 彼女は激しく後悔していた。昨日は柄にもなくハイテンション──本人にしか分からないが──で準備していたのだが、それ故に大切なことに気が付かなかった。狙撃手の大きな悩み。それは生理的機能。つまるところ、排泄であった。

 

 どうするべきか。これまで狙撃手らしく監視を行ってきたのだ。ここでトイレに駆け込んだら、創造主に笑われてしまうだろう。そんなことはしたくない。例えあの御方が見ていなくとも。

 

 そういえば、と彼女は昔を思い出す。ガーネットはアインズとこんな会話をしていた。

 

「ちょっと汚い話なんですけど、スナイパーって、トイレとかどうしてると思います?」

「うーん……もしかして、そのまま?」

「正解です。下手に動けないですからね。ほとんどの人はズボンに垂れ流しだったみたいです」

「うわ~。それはいやだなぁ。大変なんですね、スナイパーって」

 

──それはいやだなぁ──

 そんなことを思い出し、彼女は泣きそうになっていた。淡い期待を抱きながら、虚空に手を伸ばしアイテムボックス内を探り出す。しかし、これももう三度目だ。何度見ても、丁度良い容れ物は見つからない。

 

 下半身をぷるぷると震わせながら、彼女は決心し、アイテムボックスから伝言のスクロールを取り出す。相手はこの街で見回りをしているであろう自分の姉。

 

「……ナーベラル。お願い、助けて……」

 

 

 

 

 

 プライドと尊厳の闘いを乗り越えたのち、シャドウデーモンからターゲットが空き家に戻ってきているとの報告を受けた。

 結局、第三者の存在は見受けられなかった。しかし、シズの心は晴れやかだ。ちょっとした(?)アクシデントはあったが、初めての狙撃手らしい任務を無事に終えられた。ガンナーとして一つ成長したという、確かな実感がそこにはあった。

 

 シズは屋根から軽快に飛び降り、事前に決めていたルートから空き家の前に辿り着く。しばらく待つと、やはりフード付きの黒いローブに身を包む怪しげな二人組が歩いてくる。男達は玄関に着くと、植木鉢に触れてから、ドアを開けて家の中に消えていった。

 

 シズはアイテムボックスから香水瓶を一つ取り出す。これは<無臭(オーダレス)>の魔法を宿したマジックアイテム。敵地に自分の情報をわずかでも残さないために必要だ。

 更に、黒い筒状のアイテムを取り出し、魔銃に取り付ける。<静寂(サイレンス)>の効果を付与するマジックアイテム、サプレッサーだ。魔法とは偉大なもので、このアイテムは射撃音を驚くほど下げてくれる。

 

 シズは玄関脇にある植木鉢に狙いを定める。呼吸を整え、トリガーを引く。パスッという気の抜けた音と共に、魔銃から弾丸が放たれる。それが着弾すると同時に、植木鉢は淡い光に包まれた。

 シズが用いたスキルは<沈黙弾(サイレンス・バレット)>。その名の通り、弾丸に”対象の魔法を無効化”する効果を付与するものだ。聖王国でMVPを取るきっかけにもなった、便利なスキルである。

 

 着弾を確認し、素早く玄関に向かう。アイテムボックスから二つのスクロールを取り出し、一つを植木鉢に対して使用する。<修復(リペア)>のスクロールである。植木鉢とその中のマジックアイテムの傷を修復し、元の状態に戻しておく。

 続けて玄関のドアに対して<静寂>のスクロールを広げる。シズには本来使用し得ない信仰系のスクロールだが、彼女はアサシンとして盗賊系のクラスを保有している。そのスキルによってスクロールを”騙し”、使用可能になったのだ。

 

 玄関のドアノブに施された<警報>の魔法は不発となり、容易に侵入を可能にした。

 

「……ハンゾウ。一体はココ。待機。」

 

 シズの影が小さく揺らめき、了解の意を示す。

シズはマフラーに触れて<不可視化>の効果を発動させ、中へと侵入した。

 

 

 

 

 

「いつもの、やりますかぁ」

 

男はぼやく。はっきりいって、今回の任務は危険過ぎるのだ。上のものは、仮に失敗しても下っ端の命が消えるだけ、とでも考えているのだろう。実際その通りなのが腹立たしい。自分達は作戦の段取りだけを聞かされ、指示通りにマジックアイテムを準備する。あとは一日一回、メッセージで性別すらわからない正体不明の人物相手に、日々の報告をするだけなのだから。どうやっても足はつかない。つけられない。

 

 文句はいくらでも出るが、この任務を受けるしか選択肢がなかったのも事実だ。悔やんでいても仕方がない。

 

「<伝言>。……お疲れ様です。……ええ、はい。入念に確認しました。やはり、明後日で問題ないかと。……そうです。中央広場です。間違いありません。……わかりました。では失礼します。…………だってよ」

 

「やっぱ明後日かぁ。こええなぁ。生きて帰れりゃいいんだが」

「もうここまできたんだ。やるしかない。さぁ、アレ。最終チェックしておこう」

 

 そういって、男は古いカーペットをめくる。南京錠を開けて、二人は地下への階段を下りる。

 その部屋は、床に大きな魔法陣が描かれ、それを囲むように大量のマジックアイテムが供えられていた。更に奥の壁にも別の魔法陣があり、同様にマジックアイテムが飾られていた。

 

「まずは床な」

 

 男は一枚の羊皮紙を取り出す。暗号で書かれたその文章を、脳内で読み解きながらマジックアイテムを一つ一つ確認していく。一人がそれを終えると、もう一人が羊皮紙を受け取り同様に確認する。

 次は壁、と言って、二重チェックを済ませる。

 

「よし、問題ないな。じゃあ戻って酒でも飲むか」

「賛成だ。決行の日までなるべく飲んでおかねぇとな。ここの酒はやたらと美味いからな」

 

 

 

 

 

「そうか。よくやったぞ、シズ。敵の作戦実行日とその場所の情報を持ってくるとは……想像以上の成果が出たな」

 

 シズは少し俯いて、ありがとうございます、と答えた。もしかすると照れているのだろうか。

 

「その魔法陣とやらに関してはどうだった?」

「……申し訳ありません。……羊皮紙を焼却処分されて……回収できませんでした」

「ふむ。それはタイミングが悪かったな。まぁ、一日二日で解読できる暗号ではないだろうし、問題はない。それに、魔法陣の模様は覚えているんだったな?」

「……はい。いつでも、描けます」

「すばらしい。それならば、解読のすべはある。あとで描いたらまた持ってきてくれ」

 

 シズが退室し、アインズは次にやることについて考え嘆息を漏らす。

 

(解読のすべはある!だなんて言ってしまったけど、本当はやりたくないんだよ……ああ、今度はどうやって言い訳しよう)

 




文字数が増えてしまったのは、おしっこネタを思いついてしまったせいです。

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