シズ・デルタ、任務遂行中! 作:ミッドレンジハンター
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もしかしたら4話までいくかもしれません。
アインズから直々に任務を預かったシズは、調査対象が出入りしている空き家の下見に来ていた。
閑散とした土地に、ひっそりと佇むように建っているのは、想像よりも小さな家だ。庭や倉庫の類もなく、どんなに安い値でも買い手がつかなそうなほど古びている。更に窓には全て木の板が打ち付けられていた。
シズは周辺に人がいないかを確認した後、左眼のアイパッチに手を掛ける。現れたのは、灰色の眼。その眼を見開き、家の玄関をじっと見つめる。
(……玄関脇の植木鉢の中に探知阻害系。……ドアノブにも
シズの左眼に埋め込まれた特殊な瞳は、視界に捉えたマジックアイテムの性質を鑑定することができる。高位の物は鑑定できないが、多くのトラップの解除に役立ってくれる代物だ。
(……作戦は決まった。あとは、必要なものを用意するだけ)
準備するものはそう多くはない。明日には決行できるだろう。そう確信し、シズはその地を後にした。
作戦当日の朝。シズは1kmほど離れたとある家屋の屋上から、空き家を監視していた。今日はしとしとと雨が降っている。天気予報士によれば、この日はずっと雨らしい。自分の身体を覆うカモフラージュ用の布からこぼれる水滴が、少しだけ鬱陶しい。
シズは双眼鏡を片手に、ちゅうちゅうとストローを吸っていた。お馴染みの、彼女特製高カロリードリンクである。しかも今日は特別に、副料理長が用意してくれたバナナシェイクも持ってきた。お昼のドリンクのデザートにする予定だ。
現在ターゲットは街に出かけており、その間はシャドウデーモンが監視をしている。シズが空き家を監視しているのは、第三者の存在を懸念してのことだ。自分は今、アインズに期待されている身。万が一にも失敗は許されないのだ。
そして彼女は今この状況で、ちょっとした高揚感を味わっていた。
狙撃手にとっての最大の敵は己である。数日に渡って変化しない景色を監視し続けることもあれば、ターゲットを追って何時間も地道に匍匐前進をしたりすることもある。そして何より、常に敵の狙撃手に怯えなければならない。そのような過酷な環境で精神と集中を保つのは至難の業といえる。
しかし、今回はそうではない。特段動く必要はないし、今日は特別にこの地域の警備を強化しているため、敵狙撃手に怯えることもない。慈悲深き至高の支配者アインズによる配慮である。
彼女が高揚感を抱いているのは、これが初めての狙撃手らしい任務だったからである。
シズの創造主であるガーネットは、俗に言うミリタリーオタクであった。彼が熱弁する”狙撃手の真髄”の言葉は、シズの記憶にも残っている。至高の御方であるガーネットが尊敬する歴戦のスナイパー。アインズ・ウール・ゴウンが誇る射手ペロロンチーノを思わせる、長距離狙撃の逸話。ガーネットのNPCとして、そしてガンナーとして創造されたシズの魂は、やはりこの伝説に惹かれていたのだ。
現在の時刻は午後三時。ターゲットの帰宅時間まであと四時間は残っている。
シズは、思わぬ窮地に立たされていた。
(……おしっこしたい)
彼女は激しく後悔していた。昨日は柄にもなくハイテンション──本人にしか分からないが──で準備していたのだが、それ故に大切なことに気が付かなかった。狙撃手の大きな悩み。それは生理的機能。つまるところ、排泄であった。
どうするべきか。これまで狙撃手らしく監視を行ってきたのだ。ここでトイレに駆け込んだら、創造主に笑われてしまうだろう。そんなことはしたくない。例えあの御方が見ていなくとも。
そういえば、と彼女は昔を思い出す。ガーネットはアインズとこんな会話をしていた。
「ちょっと汚い話なんですけど、スナイパーって、トイレとかどうしてると思います?」
「うーん……もしかして、そのまま?」
「正解です。下手に動けないですからね。ほとんどの人はズボンに垂れ流しだったみたいです」
「うわ~。それはいやだなぁ。大変なんですね、スナイパーって」
──それはいやだなぁ──
そんなことを思い出し、彼女は泣きそうになっていた。淡い期待を抱きながら、虚空に手を伸ばしアイテムボックス内を探り出す。しかし、これももう三度目だ。何度見ても、丁度良い容れ物は見つからない。
下半身をぷるぷると震わせながら、彼女は決心し、アイテムボックスから伝言のスクロールを取り出す。相手はこの街で見回りをしているであろう自分の姉。
「……ナーベラル。お願い、助けて……」
プライドと尊厳の闘いを乗り越えたのち、シャドウデーモンからターゲットが空き家に戻ってきているとの報告を受けた。
結局、第三者の存在は見受けられなかった。しかし、シズの心は晴れやかだ。ちょっとした(?)アクシデントはあったが、初めての狙撃手らしい任務を無事に終えられた。ガンナーとして一つ成長したという、確かな実感がそこにはあった。
シズは屋根から軽快に飛び降り、事前に決めていたルートから空き家の前に辿り着く。しばらく待つと、やはりフード付きの黒いローブに身を包む怪しげな二人組が歩いてくる。男達は玄関に着くと、植木鉢に触れてから、ドアを開けて家の中に消えていった。
シズはアイテムボックスから香水瓶を一つ取り出す。これは<
更に、黒い筒状のアイテムを取り出し、魔銃に取り付ける。<
シズは玄関脇にある植木鉢に狙いを定める。呼吸を整え、トリガーを引く。パスッという気の抜けた音と共に、魔銃から弾丸が放たれる。それが着弾すると同時に、植木鉢は淡い光に包まれた。
シズが用いたスキルは<
着弾を確認し、素早く玄関に向かう。アイテムボックスから二つのスクロールを取り出し、一つを植木鉢に対して使用する。<
続けて玄関のドアに対して<静寂>のスクロールを広げる。シズには本来使用し得ない信仰系のスクロールだが、彼女はアサシンとして盗賊系のクラスを保有している。そのスキルによってスクロールを”騙し”、使用可能になったのだ。
玄関のドアノブに施された<警報>の魔法は不発となり、容易に侵入を可能にした。
「……ハンゾウ。一体はココ。待機。」
シズの影が小さく揺らめき、了解の意を示す。
シズはマフラーに触れて<不可視化>の効果を発動させ、中へと侵入した。
「いつもの、やりますかぁ」
男はぼやく。はっきりいって、今回の任務は危険過ぎるのだ。上のものは、仮に失敗しても下っ端の命が消えるだけ、とでも考えているのだろう。実際その通りなのが腹立たしい。自分達は作戦の段取りだけを聞かされ、指示通りにマジックアイテムを準備する。あとは一日一回、メッセージで性別すらわからない正体不明の人物相手に、日々の報告をするだけなのだから。どうやっても足はつかない。つけられない。
文句はいくらでも出るが、この任務を受けるしか選択肢がなかったのも事実だ。悔やんでいても仕方がない。
「<伝言>。……お疲れ様です。……ええ、はい。入念に確認しました。やはり、明後日で問題ないかと。……そうです。中央広場です。間違いありません。……わかりました。では失礼します。…………だってよ」
「やっぱ明後日かぁ。こええなぁ。生きて帰れりゃいいんだが」
「もうここまできたんだ。やるしかない。さぁ、アレ。最終チェックしておこう」
そういって、男は古いカーペットをめくる。南京錠を開けて、二人は地下への階段を下りる。
その部屋は、床に大きな魔法陣が描かれ、それを囲むように大量のマジックアイテムが供えられていた。更に奥の壁にも別の魔法陣があり、同様にマジックアイテムが飾られていた。
「まずは床な」
男は一枚の羊皮紙を取り出す。暗号で書かれたその文章を、脳内で読み解きながらマジックアイテムを一つ一つ確認していく。一人がそれを終えると、もう一人が羊皮紙を受け取り同様に確認する。
次は壁、と言って、二重チェックを済ませる。
「よし、問題ないな。じゃあ戻って酒でも飲むか」
「賛成だ。決行の日までなるべく飲んでおかねぇとな。ここの酒はやたらと美味いからな」
「そうか。よくやったぞ、シズ。敵の作戦実行日とその場所の情報を持ってくるとは……想像以上の成果が出たな」
シズは少し俯いて、ありがとうございます、と答えた。もしかすると照れているのだろうか。
「その魔法陣とやらに関してはどうだった?」
「……申し訳ありません。……羊皮紙を焼却処分されて……回収できませんでした」
「ふむ。それはタイミングが悪かったな。まぁ、一日二日で解読できる暗号ではないだろうし、問題はない。それに、魔法陣の模様は覚えているんだったな?」
「……はい。いつでも、描けます」
「すばらしい。それならば、解読のすべはある。あとで描いたらまた持ってきてくれ」
シズが退室し、アインズは次にやることについて考え嘆息を漏らす。
(解読のすべはある!だなんて言ってしまったけど、本当はやりたくないんだよ……ああ、今度はどうやって言い訳しよう)
文字数が増えてしまったのは、おしっこネタを思いついてしまったせいです。