日韓近代史資料集

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  今日の投稿は「17世紀半ばの領有権(二)」という題なのですが、しばらく松島渡海免許の話です。
 
『竹島―もうひとつの日韓関係史―』(池内敏著)の第2章の「17世紀に領有権は確立したか」の中では「松島渡海免許は存在しない」ということが詳しく解説してあります。それは、要するに、松島(今の竹島)に幕府の統制は及んでいなかったことを示したいためのようです。
 
 松島渡海免許については、かつて外務省の川上健三氏が『竹島の歴史地理学的研究』において「松島に対しても竹島の場合と同じく大谷・村川両家が幕府から渡海免許を受けたことは明らか」という見解を示したそうですが、池内さんは、「松島渡海免許の原本も写本も伝来せず、免許に言及する一次史料が一つもないばかりか、幕閣は竹島渡海禁止令を出すことを検討する過程で初めて松島の存在を知ったことが史料上明らかである」(p54)とし、川上さんが用いた史料も分析した上で「松島渡海免許は存在しない」という結論に至ります。
  
  その史料というのは、1659年前後の手紙4通で、大谷家が竹島渡海とは別に松島に渡海することについて旗本阿部家に計らいを求めたことをめぐるやりとりです。(p55~)
1通目は、阿部家の家臣亀山庄左衛門から大谷家にあてたもので、「松島渡海に関して申し入れがあったが、去年村川家が渡海したもののうまく行かなかったので、今後は村川、大谷の順で渡海したら良いと思うが、直接会って話を聞きたい」という趣旨、2通目は亀山庄左衛門から村川家にあてたもので、「松島渡海は、まず村川家が行い、その後は大谷・村川が交代で行えば良いと思うが、両者で良く相談しなさい」という趣旨、3通目は阿部家の当主から大谷家にあてたもので、「大谷家が村川家と相談の上、初めて松島に渡海することなったことは了解した、細かいことは家来から連絡させる」という趣旨、4通目は亀山庄左衛門から大谷家にあてたもので、「来年から大谷家が松島へ渡海することについては、主君阿部四郎五郎が老中の内意を得たところで、渡海の順番を書いた証文を大谷と村川に渡すから、これにしたがって松島渡海を行うように」というものとなっています。
これら史料についての池内さんの結論は、おおむね次のようです。
 
 
村川家は早くから松島経営を計画していて、遅くとも明暦3年にはそれを実行していた。村川単独による松島渡海の既成事実が進められていた以上、阿部四郎五郎の存生中に老中から得たという内意は、松島渡海の新規許可ではありえない。大谷・村川両家に交付された証文も同様に松島渡海の新規許可ではありえない。それらは両者へ交付されたものだから、村川単独により既成事実化された松島渡海を追認し免許を与えるものともなりえない。証文どおりに渡海すべしともいうのだから、「内意」にしろ「証文」にしろ、おそらくは村川が先行して進めていた松島渡海のやり方を刷新し、大谷・村川双方による渡海事業へと調整する内容をもつものではなかったろうか。
以上を要するに、「松島渡海免許」の存在を証明することなどできないのである。これら4通からわかるのは、万治から寛文の頃に松島渡海をめぐる大谷・村川両家の利害調整がなされたということである。(p60)
 
 
 この説明はちょっと理解しにくい。「新規許可」でないと許可にはならないのでしょうかね。後から話を聞いて「それでいいよ」と言ったら、それも許可と言えるかも知れない。これら4通から分かるのは利害調整がなされたということだとおっしゃるが、手紙全体の趣旨は大谷・村川の利害調整に関するものではあるとしても、それだけでなく、その過程で老中が松島渡海を承認していたらしいということも分かるわけです。「内意」も「証文」も渡海のやり方を刷新して大谷・村川を調整するものではなかったろうかとおっしゃるが、亀山庄左衛門は「来年から大谷家が松島へ渡海すること」について内意を得たと書いているのですよ。池内さんの説明からは、とにかく渡海免許はなかったと言いたいという印象を受けます。

  とりあえずの印象はそういうことですが、話を進めますと、何かの存在を証明できる、できないという場合には、その「何か」の定義がはっきりしている必要がありますね。そうでないと、それがあるとかないとかは言いにくい。川上さんや池内さんのいう免許というものがどんなものを想定しているのか分からないので批評も難しいわけですが、どうも池内さんは松島渡海免許とは「免許状」のようなもの(たとえば竹島渡海免許に類するもの)を想定した上で「そういうものはない」と言っているように見えます。
  それは、たぶん、川上健三さんが最初に「渡海免許」という言葉を使ったのでこの言葉が議論の焦点になったのではないかと思うのですが、まあ普通に「免許」と言えば、やはり一定の形式を備えた文書でしょう。そういう意味では、少なくとも、松島渡海に関しては竹島渡海免許のような形式(老中の署名のある公文書)のものは存在しないのだろうし、その他の形式の文書もおそらく存在しない。
  しかし、この場合の実質的な問題は、松島に対して幕府がどういう姿勢を取っていたかということなので、「免許がある」とか「ない」とかは別にして、亀山庄左衛門から大谷家にあてた手紙
の中の「来年から大谷家が松島へ渡海することについては、主君阿部四郎五郎が老中の内意を得たところ」という部分をどう見るか、ということでいいのだと思います。「老中の内意」(「松島に行くのはかまわんよ」ということでしょうね。)はけっこう重要かも知れません。



 
 

(続く)



閉じる コメント(12)

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おそらく「領有権」という言葉の定義がはっきりしていないのではないでしょうか。

外務省の指摘する「領有権」とは「国家の主権的行為(effectivit??s)」ではないでしょうか。
「国家の主権的行為(effectivit??s)」は「領有の根拠」です。
つまり「現代の価値基準から判断すると、日本は竹島に「国家の主権的行為」を行使することによって17世紀半ばには竹島の領有権を確立した(つまり領有したという根拠を作った)」という意味です。

(ちなみに「領土権」≠「領有権」です。17世紀当時に「(国際法上の)領土権」を確立するには「領域権原」に依拠する必要がありますが、国際法が適用されない当時の日本が離島に対して「領域権原」に基づく「領土権」を創設することは困難です。)

2016/2/17(水) 午前 2:05 [ mam*to*o*1 ] 返信する

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さて「国家の主権的行為(effectivit??s)」の要点は「国家という主体」が「実効的な主権の行為を表示すること」です。
つまり、竹島に対する「国家の許可に基づく経営」が証明できればそれでよいわけです。
よって池内氏の主張とは異なり、「領有権」の成立に「新規の渡海免許が絶対に必要だ」というわけではありません。


しかし、池内氏の考える「領有権」とは「竹島が日本の領土であることを歴史的に証明したこと」のように思えます。
「歴史的な証明」ですから、おそらく「国際法的な証明」とは基準が異なるのでしょう。

「領有権の確立」には、「歴史的な証明」と「国際法的な証明」のどっちが重要なんでしょうかねぇ

2016/2/17(水) 午前 2:05 [ mam*to*o*1 ] 返信する

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mamatotoさんのおっしゃるように、これは実は「領有権」という言葉の捉え方が違うのでこういう話になるのだろうと思います。私の投稿も結論はその辺りに持っていくことになります。

2016/2/17(水) 午前 8:03 [ Chaamiey ] 返信する

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ただ「17世紀半ばの領有権」に関しては、私は、外務省は単に歴史的なことを言っているだけなのに池内さんは国際法的な実効支配が必要だと言っている、という結論を考えているのですが、そうなるとmamatotoさんの考えとは逆になってしまいますかね。ま、今考えまとめ中です。

2016/2/17(水) 午前 8:28 [ Chaamiey ] 返信する

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なるほど。そうなると私の考えはChaamieyさんと逆の考えなのかもしれません。

マンキエ・エクレオ事件の「重要なのは…直接的な占有である」が、気になってしょうがないのです。

2016/2/18(木) 午前 0:39 [ mam*to*o*1 ] 返信する

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大谷・村川両家が松島で実際に漁労活動を行っており,幕府による「利害調整がなされた」というのであれば,それは行政権の行使そのものであって,まさしく実効支配ではないでしょうか。

2016/2/23(火) 午前 4:53 [ pur*cy*ka20*7 ] 返信する

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そうですね、実効支配のような様相を帯びて来ますが、実効支配そのものとまで言えるかというと、ちょっと難しいという気もします。松島をどうこうするという強い意思が見えにくいと思うのです。

2016/2/23(火) 午後 6:21 [ Chaamiey ] 返信する

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竹島問題100問100答で塚本氏は「一方、今日の時点で国際法に則って考えれば、一般に、国民によるある土地の利用は国家による主権行為(国家権能の表示)に当たらず、領土権を生むことはない。しかし、十七世紀の松島(今日の竹島)での漁猟は幕府が特に許可したものであるため、国家権能の表示の一つの証拠になり得る(Q60)」と述べています。

民間人による松島経営に対して幕府が関与した、という点が重要なのではないでしょうか。

2016/2/24(水) 午前 0:37 [ mam*to*o*1 ] 返信する

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国家権能の表示の一つの証拠になり得ると思います。後は、それがどれほど強いものと言えるかということでしょうか。

2016/2/24(水) 午前 5:02 [ Chaamiey ] 返信する

「かなり弱い」と思います。

「民間人の漁猟に対する政府の許可」はリギタン・シパダン島事件で認められた「国家の主権的行為の表示(国家権能の表示)」の一つですが、ご存知の通り国際法学者は「羽のように軽い」と評しています。

証拠価値は低いのですが「相対的強さの比較」の原則により、一応は「(弱いながらも)竹島が日本の領土である証拠」には違いないと思います(つまり『領有権の確立』?)。

2016/2/24(水) 午後 1:51 [ mam*to*o*1 ] 返信する

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意見は一致したみたいです。「老中の内意」は「領有権の確立」にある程度の寄与をしていると思います。

2016/2/24(水) 午後 2:29 [ Chaamiey ] 返信する

同意です。

個人的に池内氏は「形式的な証拠」に拘るあまり「実体的な証拠」を無視しているように感じます。
そりゃ「形式的な証拠」も大事ですが、国際法を受容する以前の日本が行った実体を伴った支配を無視するのはやり過ぎです。

2016/2/24(水) 午後 3:58 [ mam*to*o*1 ] 返信する

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