6 「歴史認識問題」の「回避」なのか? 池内教授は、「学問的外皮をまとった「日本固有の領土」論」は韓国との歴史認識論争を回避するために主張されているのではないかとおっしゃる。該当の部分を改めて引用する。 竹島問題において「学問的外皮をまとった「日本固有の領土」論」が強調されるのも、同種の論争を回避するための手段ではなかったか。ここで回避された論争とは、竹島の日本領編入は日本による韓国植民地化の歴史過程における強制的な編入であったか否かとする論争であり、20世紀初頭の日韓関係史を日本人としてどのように見据えるかという歴史認識問題と不可分のものである。そうした歴史認識問題を回避するために「学問的外皮をまとった「日本固有の領土」論」は近年になって新たに導入された。 そもそも「学問的外皮をまとった「日本固有の領土」論」なるものは存在しないのだからこういう議論に反論しても意味がないのかも知れないが、ただ、要するに池内教授は、外務省が「韓国側からは、我が国が竹島を実効的に支配し、領有権を再確認した1905年より前に、韓国が同島を実効的に支配していたことを示す明確な根拠は提示されていません」と説明することが歴史認識の議論を回避するものだと見ているのだろうから、そのことについて考えて見たい。 外務省の上の主張は、先にも述べたように、無主地先占理論の効果に関連して述べられているものですね。「日本の先占の前に韓国が支配していたことを証明しなさいよ。それをせずに日本は韓国の植民地化の過程において独島を強制的に編入したの何のと言っても仕方ないでしょ?」ということです。こういうふうに韓国側に反証の必要性が生じるのは、無主地先占理論の当然の法律効果ですよ。当たり前の話なのです。池内さんは外務省が不利な議論を避けたいがためにこういう主張を持ち出して来たとお考えのようなのだが、外務省は無主地先占の効果として当然に主張できることを主張しているだけのことであって、私は池内さんが何で話をこういう方向に持って行こうとされるのか、さっぱり理解できない。普通に考えることはできないのだろうか。「日本の先占の前に韓国が支配していたこと」を韓国が証明する(現実には無理な話だが)ならば、その後で韓国側としてはいくらでも「そら見ろ、日本は韓国の植民地化の過程において韓国の領土である独島を強制的に編入したのだ」というような非難攻撃が堂々とできるようになるわけですよ。話の順序として「韓国が支配していたことの証明」の方が先なのです。池内さんの指摘は主と従が逆転している矛盾に満ちたものです。 それと、要約では省略したが、池内教授は、外務省が1962年の韓国政府あての日本政府見解の中で「韓国が島根県告示より以前から竹島を有効に経営していたということが立証されない限り、かかる議論は全く根拠がなく・・・・・」と述べたことを紹介して、この主張は「学問的外皮をまとった「日本固有の領土」論」そのものではないが、その論理構造と極めて似通っていると評しておられる。 それもそのはずで、この主張は無主地先占の効果として当然に言えることであって、外務省は当然に主張できることを昔も今も同じように主張しているだけなのです。「学問的外皮をまとった「日本固有の領土」論」は「近年になって新たに導入された」というのも大いなる勘違いですね。 付け足しの話でどうでもいいことだが、私はこの論文のこの部分を読んで強い既視感(デジャ・ヴ)に襲われた。もちろん、この文章自体は今回初めて読んだのであって、この文章と同じものを過去に見たという意味での既視感ではないのだが、これとそっくりの「何でそんなことを言うの? 話が逆じゃないの?」という印象を感じる説明が過去に読んだ池内さんの文章に何かあった、という気分に捉われたのです。探して見たらこれだった。↓ 緻密な考察のように見えながらその実はそもそものポイントがずれているということが、池内氏の文章にはまま見られます。 7 固有領土論は議論の到達点 今回の池内教授のこの「二つの固有領土論」という理解は、外務省が言っていることを全く理解できない韓国の研究者お歴々がいつもいうところの、「日本の外務省は固有領土論と無主地先占論の二つを主張するが、これは自己矛盾だ」という主張とほぼ同じことのように見えますが、いかがでしょうかね? どちらも外務省が「固有の領土」と「無主地先占」の二つを論拠としているように理解しているという点では共通するものがあります。 外務省が一見すると矛盾しているかのように見える固有領土論と無主地先占論の二つを述べていることの読み方については、既に何度かこのブログに私の理解を書きましたが、その一つのリンクを貼っておきます。 「竹島の固有領土論と先占論は一つに溶け合う」 この考えを別の言い方で表せば、↓こういうことになります。 無主地先占論は議論の出発点、固有領土論は議論の到達点 竹島領有権の論争をする場合、その大まかな構造を考えれば、まず一番に来るべき主張は、日本政府は1905年に竹島を公式に領土に編入し、その後実効支配というに値する各種の措置を取って来た、という事実ですね。日本側がまずこれを主張・立証する必要がある(その立証は十分にできる)ので、ここから話が始まるわけです。 これに対して韓国側からはおなじみの空想物語(韓国は1900年勅令41号で独島は韓国領土であることを世界に宣言した、サンフランシスコ平和条約で独島は韓国領土と決定された、于山島が独島で韓国は歴史的に独島を領有して来た、日本は三度にわたって独島が日本の領土でないことを確認した、などなどなどなど)を主張しますが、日本側はそれらはどれも証明できないあるいは間違いだよなどの反論をし、加えて日本は江戸時代から竹島を認知して利用して来たという1905年の公式編入前のことも主張(これも十分立証できる)して、最後にこうまとめることになります。 「以上のことから竹島は明らかに日本の固有の領土である。」 「竹島は日本の固有の領土」という言い方は領有の根拠として述べられているものではなく、領有の根拠となるもろもろの歴史的事実を述べた上でその「最終評価」ないしは「総合評価」を下しているものであり、「議論の到達点」なのです。 言葉は違えど、そういう趣旨の説明は既に島根県の『竹島問題100問100答』にも書かれています。 「何々島は、歴史的にも国際法上も何々国固有の領土である」という議論は、疑問の余地なく自国の領土だという主張であり、領土であることの理由を述べているわけではない。 (Q6 「わが国固有の領土」とはどういうことか。) こういう指摘をちゃんと読んでいれば、外務省の主張には二つの固有領土論があるなどという奇妙な考えは出てこないと思うんですがね。 (続く) |
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コメント(10)
私が思うに、池内教授のアプローチは「竹島問題の歴史的解釈」のように思われます。
そして歴史解釈を重視する余り、国際法的な事実を無視しています。
Chaamieyさんのご指摘の通りで、日韓往復外交文書から読むと
日「1905年の島根県編入が日本の竹島領有権の根拠だ」
韓「『歴史的』に竹島は韓国領土だったので、『国際法的』に島根県編入は不法だ」
日「島根県編入より以前から韓国が竹島を実効的に占有していたことが証明できないなら、韓国の反論は無意味だ」
という流れです。
日本側の説明は、一貫して国際法に則ったもので「国家の主権的行為(実効的占有・外交文書内では『経営』)」を領土権の基礎にしています。
韓国側の説明は、歴史的解釈と国際法を都合良く混ぜ合わせた主張です。国際法的な根拠となる「主権的行為」を提示せずに、歴史的解釈を持ち出してきて「歴史的解釈」によって領土権が創設されたと述べています。
2016/1/31(日) 午前 2:26 [ mam*to*o*1 ] 返信する
池内教授のアプローチは韓国政府の主張と同じです。
そして歴史的解釈を土台として竹島問題を説明しようとするために、「日本の固有領土論」を2種類に分類せざるを得なくなったのではないでしょうか。
つまり、
「素朴な「日本固有の領土」論」とは「歴史的解釈」。
「学問的外皮をまとった「日本固有の領土」論」とは「国際法的解釈」。
と分けているように思えます。
実際、池内教授は
「韓国側からは、我が国が竹島を実効的に支配し、領有権を再確認した1905年より前に、韓国が同島を実効的に支配していたことを示す明確な根拠は提示されていません」を「学問的外皮をまとった「日本固有の領土」論」と分類し、
「我が国は遅くとも17世紀半ばには竹島の領有権を確立していました」を「素朴な「日本固有の領土」論」と分類しています。
2016/1/31(日) 午前 2:26 [ mam*to*o*1 ] 返信する
ところが日本は当初から「国際法的解釈」つまり「国家の主権的行為(外交文書内では『経営』)」の有無を問題にしています。
例えば「17世紀半ばには竹島の領有権を確立した」というのも「主権的行為」を根拠にしています。小冊子『竹島』ではこの点を「独占的経営を幕府公認で行っていました」と表現し「竹島渡海由来記抜書」という行政文書を提示しています。
類似した事例として「リギタン・シパダン島事件(ICJ)」があります。同事件では「島の名前が明記されている、漁業を許可する行政文書」を「主権的行為」と認定しました。
池内教授は『「素朴な「日本固有の領土」論」は今日の歴史学の実証水準に照らすと完璧に破綻している』と断言していますが、これは「国際法的」に見て間違いです。
国際法では、(「相対的強さの比較」の原則に基づき)離島に関しては僅かな「主権的行為」の発現さえ認められれば良いのです。「リギタン・シパダン島事件」では「羽のように軽い」と評される「主権的行為」が領土権を決定する要因となりました。
領土問題では「歴史学の実証水準」ではなく「国際法の証拠水準」を基準にしなくてはなりません。
2016/1/31(日) 午前 2:34 [ mam*to*o*1 ] 返信する
さて「しかし、開国以前の日本には国際法の適用は無いので、当時にあっては、実際に日本で日本の領土と考え、日本の領土として取り扱い、他の国がそれを争わなければ、それで領有するには十分であったと認められる。(日本政府見解第2回)」とあります。
これは当時の日本の領土権が、『当時の国際法秩序の原則』つまり「先占」や「割譲」といった『伝統的領域権原』に基づく領土権ではないということです。
ではどのようにして「当時において領土権が創設されたのか」という判断を現代で行うのかというと、これまで指摘してきた「国家の主権的行為(efffctivites)」が基準となるわけです。
例えば「マンキエ・エクレオ事件」では、「そもそも両国がどのような権原を保有しているか分からない」というケースでした。裁判所は特定の権原を援用せずに「両国の実効的占有を比較」するという手法を用いました。
なぜ日本が「国家の主権的行為」にこだわるのかというと、「国家の主権的行為」によって領土権を判断する判例が既に存在しているからです。
2016/1/31(日) 午前 3:44 [ mam*to*o*1 ] 返信する
このように日本の主張というものは、首尾一貫して国際法に則った主張であり、あやふやな歴史的解釈が混入する隙間はありません。
その結果として、Chaamieyの指摘通り『「竹島は日本の固有の領土」という言い方は領有の根拠として述べられているものではなく、領有の根拠となるもろもろの歴史的事実を述べた上でその「最終評価」ないしは「総合評価」を下しているものであり、「議論の到達点」なのです。』
まったくもって同意です。
よって、「素朴な「日本固有の領土」論」と「学問的外皮をまとった「日本固有の領土」論」の二つに分類しようとする池内教授のアプローチは「結論と根拠をごっちゃにした」ものであり「国際法的な事実を無視した歴史的解釈に過ぎない」と判断せざるを得ません。
2016/1/31(日) 午前 3:51 [ mam*to*o*1 ] 返信する
「羽のように軽い」ですか。面白いですね。そういうものでも両国の主権の強弱を比較推定すれば決定的な要素になる、ということなんですね。
竹島問題においては相手の主権がゼロですからね、日本の竹島利用実績は大きな論拠になるのでしょう。
2016/1/31(日) 午前 11:18 [ Chaamiey ] 返信する
それから、今回の投稿のメインテーマに賛同していただいたのは心強いです。ありがとうございます。
2016/1/31(日) 午前 11:30 [ Chaamiey ] 返信する
1905年以前の幕府や明治政府は竹島をガッチリと日本領と認識していたか微妙だから、池内氏言うところの「素朴な「日本固有の領土」論」は放棄して、「学問的外皮をまとった「日本固有の領土」論」を主軸に論陣を張るべし・・という意見は私も昔申し上げたことがありますが、「韓国との歴史認識論争を回避するために主張されているのではないか」だなんてナナメ上な憶測が登場するとは思いもよりませんでした。池内氏がトコトンこだわっている点は、竹島"帰属問題"においては枝葉末節なことばっかりと思います。于山島=石島=独島論には異議を述べたりと決して媚韓派ではないとは思うのですが、よくわからない御仁です。
2016/1/31(日) 午前 11:37 [ h2b ] 返信する
遠慮してここまでの投稿本文では言いませんでしたが、池内氏のおっしゃることはh2bさんの御指摘にあるように枝葉末節なことが多いと思います。ささいな史料で基本的な史料を否定しようとしているという印象です。竹島を取り戻すという現実の課題には役立ちませんね。
2016/1/31(日) 午後 0:24 [ Chaamiey ] 返信する
全くおっしゃる通りです。池内氏は「独島は元々韓国領」という主張には同意していないようですが、ならば何故「学問的外皮をまとった「日本固有の領土」論」に不満なのかさっぱり分かりませんね。泥棒になるためには他人の物を入手しないと始まらないと思いますが、竹島が「他人の物」だった証拠を求めることに文句を言いながら日本が泥棒だった可能性に固執している印象を受けます。推定有罪ってところですかね。
2016/1/31(日) 午後 1:18 [ h2b ] 返信する