旅の演者はかく語りき 作:澪加 江
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その日のギルド、アインズ・ウール・ゴウンの話題はその言葉からはじまった。
「ほうほう、ギルドバトルに興味がおありで?」
「あ、ぷにっと萌えさんこんばんわー」
「こんばんわです」
「いやいやどうもこんばんわ。それで、ギルドバトルに本格参戦する相談ですか?」
「いえ、そういうのではなくてですね、こう、そう言えばしないなーって」
「PKしたプレイヤーが乗り込んで来ることはあるけどね」
「ギルドバトルするには絶対的な人数が足りないってのはありますよね。拠点も守りは硬いですけどーー」
「攻め込むのは考えてませんからね。攻め手と守り手に分かれるには厳しいものがありますよね」
「確かにー」
「この人数でも十分可能ですよ? ギルドバトルの基本はこの私がしっかりとお教えします。これで必勝間違いなしです」
「ぷにっと萌えさんが言うと冗談にならないんで勘弁して下さい」
「これ以上ユグドラシルで悪名広げるとそのうち討伐隊きますよ」
「PKKやってる時点でアレですけどね」
「向こうがやって来て返り討ちにするのが良いんですよ。こちらから攻めるなんて美学に反します」
「まあ、魔王はどっしり構えてるイメージですよね」
「浪漫ですねぇ」
「フットワーク軽い魔王もそれはそれでありじゃない?」
「却下で」
「いけずー」
「それじゃあ、今度の多数決の議題に上げてみましょうか? GVGを積極的にやっていくかどうか」
「それなら、まあ。でも、ほんと、軽いノリなんで間に受けないで下さいね」
「了解了解。提案することに意義があるのさ」
「たまには違うことにも手を出してはってことで」
「一応メモしておきますね」
「お願いしますギルド長」
「俺たちのギルド長がこんなに頼もしい」
「ははは。褒めても何も出せませんよ。それじゃあとりあえず、今いるメンバーで今日何をするのか決めちゃいましょうか。何か案がある人は挙手をお願いしますーー」
「ああ、モモンガさん丁度良かった」
「あ、ぷにっと萌えさん。この時間にログインされるなんて珍しいですね」
「はは、モモンガさんに内密に渡したいものがあったものですから」
「渡したいものですか?」
「はい。……もしもの時の“誰でも簡単GVG必勝マニアル”です」
「え。GVGだったらこの間否決されたじゃ無いですか。“プレイスタイルかなり変えないといけないのは嫌だから”って」
「ですからもしもの時の為ですよ。争いはこちらの都合とは関係無くやってくるんですから」
「……そう言う事でしたら頂きます。でも、使わない事を祈るのみです」
「そうですね。……これ一応モモンガさん専用なんで、他の人には内緒で。また変なこと吹き込んだって言われちゃうんで」
「そんな変なことだなんて! PK術もそうでしたけれど、とても参考になってます」
「そう言ってもらえると嬉しいです。あ、では渡したいものは渡せたので一旦落ちますね。モモンガさんまた後で!」
「はい! また後で待っています」
エ・ランテルでの戦いの後、簡単な事後処理を終えたアインズは自室の書斎で読書に勤しんでいた。
まだ争いが終わったわけではないが、気分転換は大切だ。今読んでいるのは魔導国の国境付近を舞台にした紀行文。転移直後は全く読めなかったこちらの文字も今ではスラスラと読める。文字を目で追っている時のアインズは、確かにこの戦いの重圧から解放されていた。
『お休みのところ失礼しますアインズ様、早急にしなければいけない報告がございます』
硬質なパンドラズ・アクターの声にアインズは読んでいた本に栞を挟み<伝言>に返答する。
今回のプレイヤーの出現に関わるいざこざもいよいよ大詰め、余程重要な進展がない限りは定時連絡のみの筈だ。それがこの時間に緊急の報告ということは、何か良くない事が起きたのだろう。
一呼吸をおいてぐっと体に力をこめる。
「話せ」
『はい。第七階層守護者デミウルゴス様の死亡を確認いたしました。また敵ギルドのギルド武器の破損を確認いたしました。また、デミウルゴス様が所持していたワールドアイテムの回収に失敗いたしました』
がつんと殴られるような衝撃。
アインズが予想していた最悪の結果をパンドラズ・アクターが告げる。
「……そうか。すぐに王座の間へ向かう。デミウルゴスの復活に必要なものを揃えておけ」
『かしこまりました。お待ちしております』
<伝言>が切れたのを確認した後にアインズは机に拳を振り下ろす。
口汚く罵りの言葉を吐きながら拳を幾度も振り下ろす。しかし親友の子供を殺された怒りはすぐに精神の安定により抑えつけられる。そしてぐずぐずとした不快感のみが残った。
ぎちりとアインズの歯が鳴る。
デミウルゴスの死は腹立たしい。が、予想された事だ。覚悟はしていた。これから考えなければいけないのはこれから先のプレイヤーとの戦いだ。それは今まで以上に激しいものとなるだろう。
今回の騒動の落とし所は敵ギルドのギルド武器を確保した後での和平交渉を想定していた。ギルドバトルは基本的にどちらかのギルド武器を取られたところで停戦、勝敗が決する。それはユグドラシルのGVGの暗黙のルールだ。
マナーと言っても良いだろう。
そうでなければGVGを主軸にしたギルドなど成立しようがない。負けるたびにギルド拠点から作り直していたのではいくら時間があっても足りないのだ。
全てはギルドメンバーのひとり、ぷにっと萌えさんの残したマニュアルからの受け売りだが、彼の残したものに間違いがある訳がない。
だから、ナザリックはこの戦いを終わらせる為に敵ギルドのギルド武器を手に入れなければならなかったのだ。この1000年繰り返してきたプレイヤーとの諍い。そのいくつかはこの方法で切り抜けてこられた。だから今回も同じ方法をとった。
今は居ないギルドメンバーの策を使う事は、それだけでアインズに安らぎを与える。まるでぷにっと萌えさんがここに居て、一緒に戦っている気分になるのだ。
しかし、今回は――
(最悪だ。やけになったプレイヤーの相手なんて考えるだけで頭が痛い。理性的な相手だと良いんだが――)
敵ギルドマスターを思い出す限り絶望的だ。
あの無鉄砲さ、あの無責任さ。アインズとは相入れない刹那的な快感を追う性格だろう。なのに何故か人を扇動する厄介な人物だ。
思い出す途中で、ふと、あのギルドマスターがギルド武器の破壊を仕組んだのではないか、という考えがよぎる。奴は戦いを望んでいた。中途半端な結末ではなく決定的な結末の為に全てを壊したとしても納得できる。
兎も角、今回のプレイヤーとの戦いはまだまだ終わりそうにない。
気合をいれる意味で自分の顔を思いっきり叩く。人間であった時にもよくやった気持ちを切り替える動作だ。
ぐるぐると行き詰まっていた暗い気持ちがいくらかましになった。
もう一度気合を入れて王座の間に向かう。
ここで独りで考えるよりもデミウルゴスやアルベドと相談した方がいい案も出る筈だ。
書斎の扉を開け応接室に出ると、今日のアインズ当番のメイドが寄り添う。
「王座の間へ向かう。供をせよ」
メイドが開く扉をくぐり、アインズは泥沼の戦いへと歩を進めた。
「――以上が、私の語る真実でございます」
モモンガが話し始めた時には高かった太陽。それははるか前に西の空へ落ち、夜がきた。
そしてその夜も今明けようと少しずつ白んで来ている。
モモンガの昔話は長い時間をかけて語られた。
ヒカリはモモンガの語る全てを聴き終えて深い息をはく。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
それが偽らざるヒカリの本音だった。
もしも、……と。そんな考えが何通りも頭をよぎる。はるか過去の、動かせない出来事なのに。
「ありがとうございました。モモンガさん。もう思い残すことはありません。私のことは好きになさってください」
ヒカリは深く頭を下げる。それは首を差し出しているように見えた。
長い髪がサラリと音をたてた。モモンガはそれを黙って見ている。ただ、じっと見ている。
十分すぎる程の時間が過ぎた後、モモンガはゆっくりと首を振った。
「私は、貴女に何もすることは出来ません。父もそれを望まないでしょう」
「貴女は自由ですよ、お嬢さん。貴女の母君、明美様の望んだ通りに生きてください。それこそを我が父も望むでしょう」
その言葉を残し立ち去ろうとするモモンガの服をヒカリは掴む。
このまま何も返すことなく別れることは嫌だった。
「十分な報酬はいただいておりますとも。我が父の名前を冠した秘宝を受けとっております。これ以上の物を受け取ることなどありません」
にべもなく言葉を返され二の句をつげられなくなる。それでも彼が立ち去らないのはヒカリが彼の服を掴んでいるからだろう。紳士的な人物だ。無理に振りほどこうと思えばできる筈なのに。
何かないだろうか。
空回りする思考をなんとか働かせて必死に考える。
何かないだろうか。
そっと、服を掴んでいる手にモモンガの手が重ねられる。
そこでヒカリは自分がはめている指輪の存在を思い出した。
「お別れです。どうぞお元気で」
「あ、あの!」
パッと服から手を離し、その手の指にはめていた指輪を外しモモンガの手に押しつける。
「これは! 母のお姉さんのやまいこ様から頂いた指輪です! その、使いかけですが、あの、受け取ってください!」
顔に血が集まるのを感じる。
なぜだかとても恥ずかしい気持ちで一杯だが精一杯の言葉を言う。
とても大事な指輪だけれど、自分よりも彼の方が持つのに相応しい。そう思ったのだ。
「これは――“流れ星の指輪”ですか?」
「はい! すごく貴重なものだから大切にしてって。でも、モモンガさんに貰ってほしいです」
「それは、なんと言うか、いえ! そこまで言われてはお返しする方が非礼ですね。確かに頂戴いたしました」
モモンガはそっと受け取った指輪をしまう。
ヒカリに握られた服はしわになってしまったが、気にする程ではない。父が用意した最上の衣装はこの程度のしわなど軽くはたくだけで無くなるだろう。
「それでは良い人生を、お嬢さん。縁がありましたらまたお会いいたしましょう」
「はい、良い旅路をモモンガさん。またお会いできる日が来ると嬉しいです」
朝焼けの中での別れ。
冴えない男の風貌に戻ったモモンガは、これからまた何処かの街で人々に魔導国のあった日々を語るのだろう。
ヒカリは自分のこれからを考える。
この場に来る前にあった重い気持ちはなく、体も軽く感じる。
モモンガが見えなくなるまで手を振り見送った後にヒカリは冒険者の仲間がいるであろう街を目指す。
良い人生を、と送り出されたのだ。贖罪の為に生きようと思っていたが、これまで通りに自分のできることをして生きていくのが彼の望みらしい。
「ああ、でも恥ずかしい。仲間には死ぬかもしれないって言って出てきたのに、怪我の一つもしないで戻るなんて」
そんな軽口が口をつく。
草原に這うように影が伸びる。
新しい一日の始まり。
今日はいい天気になりそうだった。
「お姉ちゃん本当に引退するんだね」
「うん。まあね。と言うことで僕の可愛い妹にはこれをあげよう。モモンガさんーーうちのギルド長には内緒だよ。使い切ったってことにするから」
「え、……え! 悪いよ。だってこれ“流れ星の指輪”でしょ! お姉ちゃんが使いなよ! 最後なんだし!」
「うーん。そんなこと言っても勿体無い気がするんだよねぇ。じゃあこうしよう。この指輪は光ちゃんにあげます」
「え、あ、ちょっとまって! それ卑怯だよ。光へのプレゼントなんて断れないじゃん!」
「断らなければ良いのです」
「ぐう。本当にこう言うとこ強引だよね」
「ふふふ。まあたまにはお姉ちゃんのわがままに付き合ってよ。……じゃあ、こっちの世界で会うことはもうないだろうけど体に気をつけながらプレイするんだよ」
「廃人のお姉ちゃんにそんな言葉を言われる日が来るとは……」
「ん。じゃあ明美、次はリアルでね」
「うん。ありがとうお姉ちゃん」
「光ちゃんも元気でね」
ずっとずっと昔の記憶。
大切な大切な彼女の宝物。