旅の演者はかく語りき 作:澪加 江
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「モモンガさん! 実は相談があるんだけど良いかな?」
「なんですか、やまいこさん改まって」
「実はボクの妹の明美のギルドがさ、拠点手に入れたんだって!」
「ああ! 明美さんですね。そうですか! おめでとうございます」
「それでさ、むこうのギルマスの好意でNPC作るらしいんだけど、外装をボクの作ったユリとお揃いにしたいんだって!」
「それは……なんというか、本当に明美さんはやまいこさんが好きなんですね」
「えへへ、なんかモモンガさんにそう言われると照れちゃうなぁ。で、本題なんですけど!」
「私は良いと思いますよ。明美さんとは親しくさせてもらってますし、何より外装データだけなら悪用の仕方が思いつきませんし」
「やった!」
「でも一応ギルドメンバー全員に聞いて多数決とりましょうか。公認の方がやまいこさんも明美さんも良いでしょう?」
「モモンガさんが味方なら百人力だよ! プレゼンのときのフォローよろしくね!」
「百人力って……メンバー41人しかいないですよって……行っちゃった。うーん。プレゼンの時のフォローなんてやった事無いんだけどなぁ……。でも、なんとかするか」
これより数日後、本人の知らないところでユリ・アルファに一人の妹が増えた。
ヒカリがカルネ砦に一番近い村に着いたのは夕暮れ時だった。
西へ沈む太陽が作る長くのびた影を追いかけるように進み続けたヒカリは夕食の準備に忙しい村人達に宿を乞うた。珍しい旅人を幸い村人達は快く向かい入れてくれた。その日は村の道具入れとして使っている小屋に泊まらせてもらえる事になった。
「森妖精のお姉さんはこれからどこに行くの?」
そう尋ねたのは井戸の場所を教えてくれた7歳程の少女だった。
ヒカリは素直に今から行く場所の事を話すと、その少女は不思議そうな顔をした。
「カルネ砦に行くの? だってあそこはなんにも無いよ? ただ草原が広がっているだけだし、夜にはこわーいモンスターが出るんだよ?」
ここの近くの人達は絶対に近寄らないのに。と、不満顔で言ってくる。
人と会う約束があるからと告げても少女は首を振るだけだ。
ここ最近近くの村にも誰も来ていない。一体誰に会いに行くのかと。
「手紙で約束しただけだから、どんなヒトなのかわからないの。でもすごく良いヒトだと思う。文面も字も、とてもきれいだったから」
少女との会話はそこで終わってしまった。すっかり陽が沈んだ村は、年端もいかない子供が出歩いていいところではない。
ヒカリは案内の礼に家まで送り届けると、今夜の寝場所へと戻り体を横にする。
明日は陽が昇ったら村を出よう。お礼に幾らかの金子と食べ物も渡そう。
うつらうつらと揺らめく意識の中で、何者かに見られているような、そんな気がした。
翌朝。朝霧の中をカルネ砦へと歩いていく。
冬の早朝は四肢まで凍てつく寒さで、膝まである外套をすっぽり被ったヒカリはフードの隙間から辺りをみる。
昨日泊めてもらった村の少女が言った通り、カルネ砦はほとんどが草原であった。伸び放題に伸びた草の中にぽつりぽつりと石が転がっていた。
ヒカリは足元に転がる城壁の欠片に足をとられないように注意しながら歩いていく。
かつては巨大すぎて終わりが見えないと言われた城壁があったそうだ。そこに何万人もの兵士が駐留し、日々鍛錬に明け暮れたという。今から何百年も昔の話だ。
ヒカリは遥か過去の光景に思いを馳せながら歩く。
一体何時間歩いただろうか?
地平線近くにあった陽はすっかり高くなり、歩き続けているおかげで冬だというのに汗が滲む。
丘になっているてっぺんまで行ったら、モモンガさんが見つかるだろうか?
首をまわしながら探すが、未だ人影が見えない。
「ヒカリさん、ですね?」
突然かけられた声に勢いよく顔を上げる。
被っていた外套のフードがずれ、その隙間から覗く。いつの間にか目指していた丘の上にこちらを見下ろす影があった。
残念ながら逆光になっているせいで姿はよく見えないが、人型な事だけはわかる。
「お待ちしておりました。さあさあ、どうぞこちらへ」
派手な手振りで服の裾が広がる。その輪郭からローブだという事がわかった。どうやらモモンガさんは魔法詠唱者のようだ。
聞いていた話と少し違う服装に首を傾げつつ、でもまあいいや、とその黒い後ろ姿を追って歩いていく。
丘の上までのぼり見渡すとモモンガさんが向かう方向には小屋が建っていた。その小屋を何故か懐かしく思いながら歩いていくと、モモンガさんは扉を開けたまま待っていた。
漆黒の高級なローブ。顔には鈍色の仮面。手には黒い皮手袋。
一見すると怪しい魔法詠唱者だが行動はとても紳士的だ。
この格好はよく知っている。魔導国時代の舞台に度々登場するスンズキィ・イア・マー・サトゥールを真似たものだろう。
途中立ち寄ったブルムラシュールの街でモモンガさんが演じた役だと聞いた。
ひょっとしたらその時の衣装なのかもしれない。
「中へどうぞ、お嬢さん」
勧められるままに扉をくぐると中は豪華さは無いが高級品とわかる品々で揃えられた趣味のいい一室になっていた。
椅子を引かれるままに腰を下ろしくるりと内装をみて、やっぱり自分がこれを見たことがあると思い出す。
それは悲しく、楽しかった思い出だった。
「さて、こんな所まで呼び立ててしまい申し訳ありません」
思考の海に沈んでいたらいつの間に用意したのか机の上にティーカップが二つ並んでいた。その横には角砂糖とミルクまで用意されていた。
冷める前にどうぞと勧められるままに一口口にする。
「おいしい」
思わず口に出してしまい恥ずかしくなる。
「それは良かった」
笑いの滲む声にバカにされなかったと胸を撫でおろして気を引き締める。
すっかり相手のペースになってしまったが今日ここへは様々な決心のもとやってきたのだ。
「私の方こそ無理を言ってこうして会う時間を作っていただきありがとうございます」
深々と頭を下げて礼を言う。
「挨拶もこれくらいにして……、本題にはいってもよろしいですか? お嬢さん」
「もちろん。今日私はその為にここにきました」
背負っていた袋をティーカップをどけて机の上に置く。ゆっくりと慎重に、そこから取り出したのは両手のひらに乗る大きさの脈動する赤い玉だった。
「おそらく、これが貴方の探しているものだと思います。かつて同じ場所に身を置いた者に渡された、かの魔導王陛下の形見でございます」
モモンガさんの時間が止まったように静止する。
数拍の後、恐る恐る伸ばされたモモンガさんの手にその玉をそっと載せる。すると、まるで喜ぶかのようにその玉は強く3回脈動した。
「た、確かに頂戴いたしました。それで、これを貴方に渡した人物は?」
「死にました」
硬い声を意識して作る。
そう、これを渡した人はとてもひどい人だった。けれど死んでしまったのだ。
「……いつです?」
「300年程前に、不治の病に倒れました」
「不治の病に?」
「ええ。病の名は後悔。酷く傲慢な人物だったのですが、私にこれを渡した後に自らの行いを悔いて命を絶ちました」
「そうでしたか……」
モモンガさんは沈んだ声をだす。
「彼に復讐をするつもりだったんですか?」
「いえ、……はい。いや、どうでしょうか? 今となっては分かりません。私はこれを、この至宝を探し求めた。確かなことはそれだけです」
静かな沈黙。草の騒めきすら聞こえない室内は陽の光に照らされて明るいのに寒々しい。
「貴方は、“モモンガ”さんなのですか?」
「……」
未だ確認していなかった相手の名前を改めて確認する。正直、彼が本当に“モモンガ”さんだとは思えなかった。
「貴女がもし、もし、手紙の人物にして魔導国の話を語り歩く人物について聞かれているのでしたら、それは私です」
「ですが、もし、至高の御方のまとめ役、偉大なる支配者たる我が主人について聞かれているのでしたら――」
モモンガさんは立ち上がりくるりと一回転する。
するとみるみるモモンガさんの輪郭がぼやけ、新しい輪郭が形作られる。
「それは私ではありません」
現れたのは煌びやかな色の舞台衣装の様に飾り付けられた服を着たモノだった。
まるで主役は衣装であり、着ている存在はおまけだと言わんばかりの簡単な作り。
「NPC……?」
「ええ、そうですともお嬢さん。私は貴女と同じNPC。さて、どうしますか? 主人の仇をとりますか?でしたら不肖この私が御相手を引き受けましょう」
ジャラジャラと、動くたびに衣装に縫われた金属達が音を立てる。それを気にすることなく大袈裟な動きで彼はヒカリの手を取った。
「なに、私のほうも貴女と争うのは本意では無いですが受け入れますよ? 同僚の不始末を片付けるのも仲間として大切なことでございますから」
「私は既に覚悟はできております。貴方に命を奪われても仕方が無い。自らの無罪を訴えるほど厚顔無恥ではございません」
「しかし、しかし、今しばらく猶予をもらえるというのならば、この顔と私の命を嘆願してくれた師匠に免じて少しの間時間をいただけませんでしょうか?」
ヒカリは今まで被ったままだったフードをとる。
遥かな過去、師匠と二人閉じ込められた暗い地下牢に現れた赤いスーツの悪魔。その悪魔はこの顔を見て、師匠の話を聞いて、私を生かしてくれた。
命は惜しくない。ただ、私を生かすと決めた時の悪魔の、その邪悪ないでたちとは不釣り合いなほどの安堵の表情が強く思い浮かぶ。
「その、顔は……? 何故?」
「――私の本当の名前は光。母は偉大なる森妖精、明美。どうか私に真実を知る機会をいただけないでしょうか?」
フードから現れた顔は絶世の美女。長い黒髪と怜悧で知的な顔の作り。
その中にスプーンひと掬い分の甘さを含んだ顔は、モモンガの記憶を強く刺激する。
この世界に来たと主人から告げられた時に主人が伴っていたうちの一人。
ユリ・アルファ。
その顔そのものと言えた。
長い沈黙。張り詰めた緊張の中でモモンガはゆっくりと肯定の答えを返した。
「それじゃあ第十回現実帰還会議を行いまーす」
快晴の空の下、ギルドマスターの声はよく響いた。
場所はギルド“常緑の国”のホームポイントである“喜びの都”。
巨大な城塞都市の内側に造られたこのギルド拠点は朽ち果てた建物以外はただの草原であり、このホームポイントもただ石が不規則に飛び出している所に適当に名前をつけただけの代物だ。
「……では、早速始めさせてもらいます」
「おー参謀役たのむぜ」
集まった者たちはどれも人間種。どの人物の顔も整っており、背景と相まって神話の一場面のようだった。
ホームポイントの石に座っているのは60人程。その中の何人かに付き従うように20人程が立っている。
中央で主に意見を交わすのはギルドマスターである人間の少年と、参謀役と呼ばれたドワーフの女性。そして深めにフードを被った魔法使いだった。
「この世界の調査結果は現在皆さんに配っている配布資料を見てもらえれば分かると思います。簡潔に言うと“アインズ・ウール・ゴウン”を名のるプレイヤーによってこの世界は統治されているようです」
パラリと紙をめくる音があがる。しばらくした後、一人の青年が手を挙げた。
進行役であるらしいギルドマスターの少年は青年の名前を呼ぶ。それに応えた彼は自らの疑問をぶつけた。
「“アインズ・ウール・ゴウン”ってあのアインズ・ウール・ゴウンですか!」
「……現在情報収集能力に長けたギルドメンバーによって情報の精査がなされています。が、十中八九は”あの”アインズ・ウール・ゴウンで間違いないと思われます」
参謀の返す言葉にどこからとも無くため息がつかれる。
それも仕方が無いだろう。こうなる前。ユグドラシルのプレイヤーでその名前を知らない者の方が少数だ。
ギルドバトルの強さを売りにしていたこのギルドにとって、41人で1500人を撃退したという伝説は余りにも眩しい。
「じゃあ“アインズ・ウール・ゴウン”も帰る方法を探してんのか?」
「……発言は挙手をしてからおこなうように」
「はいはい」
手を挙げた髭面のドワーフはもう一度自分が言ったことを繰り返した。自分たちよりも前にここに来て色々情報を集めている者がいるのならば心強い。そのくらいの軽い気持ちから出た質問だった。
「その可能性は低いでしょう。幾つかの筋から彼の統治期間は1000年を遥かに超えると考えられます。そこから考えるとむしろ彼がこの事態の原因であると考えるのが妥当でしょう」
ざわざわざわ。
人々の驚きや動揺の声が聞こえる。その話は色々な意味で信じ難かった。
「ちょっと待てよ! おかしいだろそんなの! そいつは今何歳になるんだよ!?」
「発言は挙手をしておこなうように。……信じられないことに前年、統治1000年を祝う祭りが行われたそうです」
「1000年!?」
一同は絶句した。そんなものは考えられない。とてもじゃ無いが人の所業とは思えない。
それともこの世界の人間は不死の存在しか居ないとでもいうのか。
「……アインズ・ウールゴウン魔導王と名のる彼の姿はリッチ――おそらく種族はオーバーロードだと思われます。その姿から種族による精神の変容が考えられます。プレイヤーの皆様は全員元は人間という事でしたが、この世界では外見の種族に性質が引きずられるようです。よって、件のプレイヤーと共に手を取り合うには些か以上に危険であると考えます」
「――そこでだ、みんな」
参謀の長い台詞を引き継ぐように、彼らのギルドマスターは言った。
「昔からよくあるだろう。異世界から来た勇者たちが魔王を倒して元の世界に戻れるっていう空想物語。折角魔王がいることだしさ――」
「――勇者になって大手を振って、帰ろうぜ! リアルへさ!!」
ギルドメンバーの声が一つになる。それを見守るNPC達からは拍手がおこる。
それを冷ややかに見る者に気づくものはおらず、こうして目標は定められ、開戦の火蓋は静かに切り落とされた。
「作戦プランは大きく分けて2種類考えてあります」
「ふーん?」
ギルド拠点の地下に造られた部屋の一室。各人のアイテム整理の為に造られたそこはお世辞にも居心地が良いとは言えない。
洞窟にある小さな横穴の牢獄を無理矢理部屋として使っているのだ。それはギルドマスターの部屋も同じなのだが、無理矢理にソファーと低いテーブルが運びこまれ、少しでも居心地を改善しようという痕跡が見て取れた。ソファーに座るのは人間の少年。側には参謀役と呼ばれていたドワーフの女性。
ギルドマスターの少年――ザルツベルグは気の無い返事を返した。
少年にとっては作戦なんて勝てればどうでも良いのだ。
勝ち続ける為。その為にこのギルドに入ったし、その為にギルドマスターになって戦いの場を設け続けたのだ。それは今回も変わらない。
“伝説をもつギルドに勝ちたい”
己の強さを示したいただの欲だ。なんと人間らしい純粋な欲望だろうか!
参謀――NPCであるカリンにはみんなを煽る形に話を持っていくよう言いつけてあった。そしてそれは成功したのだ。これからの事を考えるだけで顔がニヤつく。
ギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルド拠点。ユグドラシルではフリーの時に幾度か挑み、敗れた。ギルドに入ってからは確実に勝てる様になる為にギルドメンバーを募り機会を窺った。
毎日のように攻略情報を仕入れて最適なビルドを考えた。努力は実を結んでいたのだ。
クソ運営からの爆弾が投げ込まれるまでは。
爆弾――サービス終了のお知らせにザルツベルグは焦った。しかし結局、どんなになりふり構わず準備をしても、サービス終了までに間に合うことはできなかった。
しかし、それが今、こうして機会が巡ってきた。
「……一つは短期決戦を重視した釣り出し作戦。もう一つが長期戦を意識した漸減作戦。お好みのものを次回の作戦会議に議題としてあげたいと思います」
「とりあえずは短期決戦だな。最初から長期戦狙いなんて士気を下げるだろ? まあ、本命は長期戦の潰し合いだな。楽しむ時間は長いに越した事は無い。誰も攻略したことの無いものを一番に攻略できる。最高の気分だ」
「……ではそのように手配いたします。詳しい作戦内容ですが――」
「任せる任せる。ああ、サブマスの奴がこの開戦に否定的なんだけどさ、あれ、適当に始末出来ない?」
ヒラヒラと手を振りながら軽薄に味方を殺すことを持ちかける。それに眉ひとつ動かす事なくカリンは言葉を返す。
「一度外に出した後に敵に洗脳された、という体裁を取れば可能かと思います。しかし、危険では?」
「いーんだいーんだ。サブマスって俺より、前のギルマスの事好きみたいだし、正直ギルド方針変わったのにそれについてグチグチ言われるのたるかったんだよね。見張りのNPCを山ほどつけてその方法で始末しよう。ついでに蘇生魔法の実験台とかにもしたいしね。いやー。持つべきものは優秀な捨て駒だね」
ザルツベルグはカリンの肩を抱くとそのまま胸元へ手を滑り込ませる。
カリンはなんの反応も示さず当然のようにそれを受け入れた。
「煽っておいてあれだけどさ、ほんと、帰りたいって言ってる奴らは馬鹿じゃないのかって思っちまうよ。こんなに好き勝手できるなんて、リアルじゃあ絶対考えられない」
喉の奥で笑った彼は更に手を下の方へと伸ばした。
「ぜーんぶ終わったらハーレム作るってのもありだよねぇ。こっちの奴弱いけど見た目は良いし。前のギルマス達ももっとNPCの見た目はこだわってほしかったよなー」
乱暴に弄りながらザルツベルグは独りごちる。
どのNPCも悪くは無い。だが良くも無い。
だが、まあ。ザルツベルグは思う。こうしてすぐに発散させたい時には良いかもしれない。
そんな身勝手な事を考えつつ、カリンをソファーの上へ押し倒す。
手を軽く振ると、灯りは消えた。
真っ暗な小部屋の中、肌と肌がぶつかる音だけが響いていた。
「近々僕はザルツベルグに殺される。ただ君が。彼女の遺した君だけが心配だ」
「そんなこわいお顔してどうしたの、ししょー?」
個人にあてがわれた狭い部屋。その中に魔法の道具で作られたログハウスが建っていた。
そのログハウスの中にはフードを深く被った男。そして幼く可愛らしい黒髪のエルフが居た。
「大丈夫だよ、光。僕の生きる希望。彼女が引退した時にギルマスに頼んで名前を消してもらっていて正解だった。名前が空白ではあのザルツベルグも気づくのが難しいからね。でも君から名前を奪ってしまって本当にごめんよ」
男は優しく幼女をなでる。滑らかな黒髪の感触。彼女に託されたこのNPCに愛おしさが溢れる。そして申し訳なさも。
「よくわからないけど、だいじょーぶだよししょー。おかあさまがね、きっと助けてくれるから。げんきになるように、いい子いい子いっぱいしてあげる!」
柔らかい子供の手。
まだこのギルドが小さく、この拠点を半ば偶然に手に入れた時にいた彼女の忘形見。折角いい拠点を手に入れたのだから、と他のNPCがガチビルドで作られた事による端数で造られたマスコットのような存在。それがこの子だった。
「ありがとう光。君だけは何があっても守り抜いてみせるよ」
たかだかゲームで恋愛なんて。そう思っていた自分が惹かれた彼女。
結局想いを告げる事はなかったけれど。
「明美のお姉さんがいるかもしれないのに殺し合いなんてできるわけが無いじゃないか」
ギルド”常緑の国”サブマスター、マルコ・フランシスは想いを固める。
何があってもこの子を守ってみせると。