旅の演者はかく語りき   作:澪加 江
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二つの"漆黒”

いつの時代でも、夜の酒場は人気がある。

騒がしく飲み食いするのは一日の労働を終えて自らを労う商人や職人、そして冒険者達だ。

そして、それはこの街ブロートでも同じだ。

かつてこの地は、かの魔王ヤルダバオトの支配から“漆黒”に救われた。そんな経緯があってか、この街には“破滅の英雄”の破壊から逃れた歴史的な建物が点在している。

 

そんな伝説の証拠の一つがこの“漆黒の双剣亭”である。

外装は流石に何十回もの建て直しをしているが、創建当時から受け継がれているオリハルコンで作られた看板は、今もピカピカに磨き上げられて店内に飾られている。

魔法の光で照らされた店の中は主に冒険者、そして一部の旅人と吟遊詩人がおり、今日もまた伝説の英雄の話に花を咲かせていた。

 

「やっぱりこの街って言ったらよ、“漆黒”だよな、でもよー、なーんか聞き飽きちまったっていうの? 少し変わった話無いかな、どうよ? あったら話してくんねぇか?」

 

そう言いながら旅人や吟遊詩人に、冒険者以外に絡んでいく酔っ払いがいた。

それなりの年の男なのだが、すっかり出来上がっており、その口からはアルコールの強い臭いがしている。

そんな男に、冒険者達はまたかと呆れ顔、絡まれた旅人達はあたふたと愛想笑いをしている。

男はこの酒場では有名な――いや、この街で有名な“漆黒”信者だ。旅人とみるとこうして絡み、自分の知らない“漆黒”の英雄の話をせがむ。大抵は断られるのだが、たまに同じく酔った吟遊詩人が即興で話を作ってくれるのを、至福の表情で聞く。この男はそういう者だった。

 

そんな酒場に新しく客が入ってきた。上等な外套に皮の上着、少し草臥れた帽子を被り大きな荷物を背負っている。店の中を見回し、空いている席に適当に座ると幾つかの品を注文する。

その姿は旅なれた旅人そのものといってよかった。

次の獲物を見つけたといった顔をした男は、配膳された料理を食べている旅人に近づくと、勝手に空いている正面の席に座る。手には自分用の酒をもっており、何も知らないものが見たら、二人は知り合いなのだろうと思う程の馴れ馴れしさだ。

 

「よう、あんちゃん。あんた旅人みてーだけど何しにこの街に来たんだ?」

「はて、どちら様でしょうか?」

 

話しかけるまで見事な所作で食べていた手を止め、旅人は男の顔を視界におさめると、芝居がかった仕草で首を傾げる。

 

「ただの暇な酔っ払いだよ! ははあ、あんちゃん見た感じいいところの生まれだろ? なんかいい話を知らないか? ありふれた英雄譚じゃなくてよぉ」

「ふむ、それは私に即興で語ることをお望みということでよろしいですか?」

「おっ、話が早くて嬉しいね。せっかく“漆黒”と縁深い土地なんだから、“漆黒”の話でなんかあるかい」

 

育ちのいい奴だったら変わった話を知っているんじゃないかとあたりをつけた男は、自分の勘が当たっていたことに破顔する。

英雄譚は男の生きがいだった。すっかり歳をとった今でも胸躍る話を待っているのだ。特にこの街で生まれ育った男にとっては“漆黒”の話には詳しい幼い頃より耳にタコができるほど聞いている。それでもなお、自分の知らない何かがあるのではと求めてしまう。それが作り話だろうと構わない。

男にとって新たに知る“漆黒”の話こそ生きがいなのだ。

 

「そういうことでしたらこれを食べた後で一つ。少々騒がしくしてしまいますが、店の方には……」

「俺から言っとくさ! さあさあ、そうと決まれば早く食ってくれ、是非とも聞きたいんだ」

 

意気揚々と店の厨房に向かう男に一瞥すると、旅人は再び優雅な所作で食べ始める。先ほどよりペースを早めたそれは、どこか楽しげであった。

店にいた人々は興味津々。冒険者などは今日この店を選んだ自分の幸運に感謝している。

それだけこの街に娯楽がなく、この話に人気があるということだ。

そうこうしているうちにテーブルが寄せられ簡単な舞台が整えられる。厨房にいるもの達も手を止めて、店主は本日貸切の札を店先にかける。

いよいよ準備は整った。

 

 

 

「さてさて急ではありますが、今夜はこのような席を設けていただきありがとうございます」

 

食事の時とたがわぬ見事な礼をした旅人はそう言うとキザったらしく舞台に上がる。

 

「まさかこの“漆黒”と縁深いブロートの街で、“漆黒”にまつわる話をできるとは嬉しい限りでございます!」

 

朗々と酒場の即席舞台とは思えぬ程仰々しい身振り手振りは、ここが一流の劇場ではないのだろうかと見間違う程だ。

 

「“漆黒”の英雄。魔導国の黎明を築き人類に希望を与え、魔導王に深い影響を与えた彼の一生は様々な物語として色々な者達に語られてまいりました」

 

「しかしながら、はてさて。歴史に残らなかった、“漆黒”の英雄譚に謳われないもう一つの“漆黒”の話は皆様ご存知でしょうか?」

 

どより。

酒場の空気が動く。

 

舞台のしたでは観客達がお互いに、もう一つの“漆黒”を知っているかと顔を見合わせている。

 

「なるほど、なるほど。ああ、恥じ入る必要は無いのです。有名な話ではありません。彼らを語るものは居なくて当たり前なのです。もう一つの“漆黒”――チーム“漆黒の剣”はただの銀級冒険者に過ぎません。本来なら人類の大英雄モモンと、そんな彼らを並べるなど恐れ多いことなのです」

 

「しかしながらこれから私が語る話を聞いて、余りにも見合わないと言うものはおりますまい。それ程彼らは素晴らしい冒険者だったのです」

 

「始まりは後に魔導国の王都となった、城塞都市エ・ランテル。そこで冒険者として経験を積んでいた4人から話を始めましょう」

 

 

冒険者チーム“漆黒の剣”は仲の良いチームだった。

リーダー・ペテルは義に厚い親切な男で、優秀な前衛であったし、野伏のルクルットは軽薄な男ではあったが、チームに明るい雰囲気をもたらす者であった。

森祭司のダインは落ち着いた用心深い男で、些か先走りそうになるチームの重し。

タレントを持つ才能溢れる魔法詠唱者、ニニャは最年少ながらも深い知識を持っていた。

 

そんなどこにでもある仲の良い冒険者チーム。

そして、これまた冒険者としては珍しくなく、彼らはお金に困っていた。

 

――そろそろ所持金が心許ない。しかしクラスに合う依頼も、メンバーに合う依頼も無し。

――これは本当に困ったのである。

――んなに悲観する事はないだろペテルにダイン。

――そうですよ、偉大なる賢王女、ラナー様に感謝です。

 

今ではすっかり冒険者に根付いた制度であるモンスターの討伐報酬。その制度をもたらした彼女のお陰で、冒険者は今も糊口を凌いでいける。

偉大なる叡智を持ったかの賢王女ラナーと、それを見出し制度を広めた魔導王アインズ・ウール・ゴウンに乾杯!

 

 

そこかしこで「乾杯!」という威勢のいい声が上がる。それに気分をよくした旅人は更に饒舌に、力を込めて語り出す。

 

 

そうと決まれば彼らの行動は早かった。討伐の日程を組み、必要な品を揃え、道程を話し合う。

その中で彼らは気になる者たちを見つけた。

いや、目が釘付けとなった。

 

美しい漆黒の鎧を着た、双剣の偉丈夫。その横には魂が抜けそうなほど美しい女性。

 

いずれは魔王を倒し、千年の王国を築く王と友誼を交わす存在、“漆黒の英雄”モモンとその従者、“美姫”ナーベ。

しかし彼らも今は無名。その首元に光るプレートの輝きは酷く粗末な銅のものだった。

そんな彼等は冒険者組合の受付で押し問答。

 

――ぜひこの依頼を受けさせてほしい。

――申し訳ありませんがこちらは上級者用の依頼、今の貴方がたでは受けられぬものなのです。私たちの規則がそれを許しません。

――規則ならば仕方が無い。では私たちが受けられるもので最上級の難易度のものを頼めるでしょうか。

 

結果は礼を知るモモンが折れ、新人に相応しい依頼を見繕ってもらうことになった。しかしそこで動いたのは“漆黒の剣”リーダーのペテル。彼のもつ親切心がこの出会いをうんだのだ。

 

――もし、貴方がたがよろしいのであれば、私達と共に依頼をしませんか?

 

首に下げられたプレートと顔を交互にみて、親切な先達へと感謝を述べる。

 

――おおそれはありがたい、しかし貴方がたの報酬が減るのでは?

――ああ、いえ。依頼といっても出来高払い、各自でやるモンスター討伐ですので気にする事はありません。それに実際に戦いを経験することで、自分の実力を見るのも大切だと思ったのです。もし腕が良いのでしたら、私の方からも組合に昇格試験をはやめるように進言しましょう。

――なるほど、それならば是非お願いします。

 

受付嬢もこの提案に彼等を明るく送り出す。

 

 

――私達は“漆黒の剣”。リーダーのペテルです。他の仲間はあちらに。

――私はモモンそしてこちらが仲間のナーベ。よろしくお願いします。

 

挨拶を交わし友好を深める。

こうして共に依頼に出ることになった二つの漆黒。

向かうはトブの大森林。

森を出て人を襲うモンスター達を倒し、街道を行く人々に安全をもたらす大切な仕事である。

 

討伐は至って順調であった。“漆黒の剣”はその力をいかんなく発揮し、モモンもその力を見せつけた。オーガにゴブリン、一刀両断に斬り伏せる姿はまさに英雄。“漆黒の剣”はすっかりその姿に魅せられてしまった。モモンの方も勝手がわからぬ冒険者稼業、その常識を教えてくれる“漆黒の剣”への尊敬がうまれた。

 

 

――モモンさん。昼間は素晴らしい勇姿でした。

――いえいえ、私の方こそ貴方がたのチームの連携に見入ってしまいました。

――目標を同じくする仲間ですからね。未だランクは低いですが、より上を目指しています。

――ほう、目標を同じくする、ですか? それは一体どのような?

 

夜営のための火を囲んでの和やかな会話。

そしてペテル達の語る伝説の英雄の話。

 

――私達はかの13英雄の一人が持ったと言われる漆黒の剣、その武器を仲間と共に見つけることが目標なのです。

――そうそう、見つけるまではこれが俺たちの“漆黒の剣”だ。

 

4人それぞれが手にしたのは、全長が手のひらほどの黒塗りの剣。誓いの剣だと彼らは笑う。

 

――やはり仲間とは良いものですね。

――モモンさんにも仲間がおられたのですか?

ーーええ、冒険者とは違いますが、共に苦楽を共にした大切なもの達がいました。

 

ヘルムを外した顔に浮かぶものは失ったものに対する郷愁。彼は遥彼方、思い出の淵を彷徨っているのだろう。

――湿っぽくなってしまいましたね。

――いいえ、素晴らしいお仲間だったのですね。

――それはもう。

 

哀しく微笑むその顔は、くしゃりと歪められた悲しいものだった。

 

 

討伐の旅も過半が過ぎ、折返しの村で簡単な頼みを引き受けた彼らは、深い森へと入り込む。

 

――ありがとうございます。冒険者さん達。薬草はこの村の生命線、きちんとした護衛をして頂ける事はこの上ない幸いです。

――いいって事よ!

――代わりといってはなんであるが、もし、困った事があった時に我らを指名してもらえたら嬉しいである。

 

生い茂る葉に遮られた薄暗い視界に踏み締められた草の臭い。森司祭のダインは、そんな村人を手伝い薬草を採り、他のものは辺りを警戒する。

 

――ここいらは森の賢王の縄張りですので頻繁にはモンスターは出ないのです。けれど全くないというわけでは無いのでとても助かります。

――いえいえお気になさらずに。きちんと見返りはいただくのですから。

 

報酬は村で出される温かい食事と寝床。野宿が常の冒険者とはいえ、体が資本であることに違いはない。

幾つかの薬草をとり、もう少し奥へ進もうとしたその時! どこからともなく聞こえてくるは何かがかける地響きの音。

 

――ああ、そんな! きっとこれこそ森の賢王! 急いで村まで戻らねば!

――わかりました急ぎましょう。みんな隊列を組んで戻りましょう!!

 

モモンに殿を任せ、駆ける一行。

しかしながら凄まじい速度で追いかける地響きはすぐそこまで迫っていた。

 

――このままでは追いつかれます。ここは私が時間を稼ぎます。皆さんは村まで彼を送り届けてください!ナーベ、お前も彼らと共に!

 

言うや否や抜き放たれた刀身に鋭い金属音。

丸太のような何かがモモンの剣とぶつかったのだ。

 

――時間を稼いでください。必ず戻ります!

 

ペテルはモモンの言葉通り、村まで急ぐ。

途中にあったゴブリンを切り捨てながら、心にあるのはモモンの姿。生きて再び会えることを祈りながら、彼は足を必死に動かす。

 

 

一方モモンは森の賢王と対峙していた。

蛇の尾っぽに銀の体毛、知性を宿した目に鋭い歯。

 

――某はこの森の支配者なり。無断で踏み込むものは皆殺さねばならぬ。

 

言葉を解し話す賢王、獰猛な尾を揺らめかせながらモモンを油断なく見る。

 

――無断で踏み込んだ事は謝罪しよう、森の賢王よ。しかし我らは殺される訳にはいかぬ。ここはひとつ、見逃してはくれまいか?

――笑止。これより先は己が爪にて話をしようではないか。某を強さにて服従させずして生きて帰ることあたわず!

――それならば致し方ない。私の刃にて道を切り開かせてもらおう。

 

これから始まるは物語の一編。

“漆黒の英雄”と“森の賢王”の存亡をかけた死合。

その後長くともにある、一人の人間と一匹の獣の最初で最後の戦いでございます。

 

 

さて、一方その頃“漆黒の剣”は村まで戻り、村人を残して再び森へと向かおうと踵を返す。

それに驚いたのは助けられた村人の方、なぜ助かった命を投げ打つのかとペテルにつめよる。

 

――何故戻られる、森の賢王に遭えばその命、すぐに尽きてしまうのに。

――戻らないという選択は無いのです。我ら冒険者はそういうもの。ともに来た仲間を見捨てるなんてできません。

――それにモモンさんは強いお方、我らが加勢すればきっと森の賢王から逃げることはできるでしょう。

 

“漆黒の剣”一同にそう言われ、村人の方が口を噤む。元はと言えば彼の依頼で、森に入ったのだからその心は罪悪感でいっぱいだ。

 

――わかりました、無事帰ってくるのを待っています。

 

そう言って送り出した村人は、彼等が無事に帰ることを祈ったのだった。

 

 

その頃熾烈を極めたるは“漆黒”と賢王の闘い。二本の剣を素早く振るい、賢王の攻撃を弾くモモン。

自らと実力を同じとするものに愉快になる心を抑えきれない賢王。

 

――これはこれは、ここまで某と渡り合うとは。一角の人物とお見受けする。

――いやいや、流石は賢王と言ったところか、勝負の行く末が全くわからん。

 

一合二合と切り結び、お互いを称賛し間合いを測る双方に、飛び込んできたのは先ほど別れた冒険者達の声。

 

――加勢にきましたモモンさん! 貴方に比べると微力ではありますが、どうか一緒に戦わせていただきたい。

 

そういいモモンの横に並ぶはペテル。ヘルムのしたで軽く笑うと、モモンは賢王へと向きなおる。

 

――さて賢王よ、これで力の均衡は崩れた。改めて聞こう、私達を見逃してはもらえぬか。

 

自らの不利を悟った賢王ではあったが、モモンと“漆黒の剣”とを見比べてこういった。

 

ーー某も命は惜しいゆえやぶさかではないが、しかしどうして人間とは不思議なものよ。ここまでの強さを持つものが、他人に頼り生きて行くのか。

――人とはそういうものだからだ、森の賢王よ。一人一人の弱さを補って余りあるほどの強さを、助けあうことで手に入れる。事実こうして彼等が戻り、私は生きて帰れるではないか。

――なるほどなるほど、それはとても興味深い。それは某には無い強さである。

 

感心したと言うように、深く頷く賢王は、何かに気がついたとばかりに目を輝かせる。

 

――その強さとても興味深い。某にも分けてはくれぬだろうか。

――ほう。というと?

――お主を“主”と認めよう。どうか某もお主の仲間の末席に加えてはもらえぬだろうか。

 

予想外の賢王の言葉に皆驚き、一人と一匹を交互にみる。

 

――不快な。獣ごときが偉大なるモモンさんと轡を並べようとは!

 

苛烈にまくし立てたるはモモンの相棒“美姫”ナーベ。

納得がいかない、と憤る彼女を落ち着けたのはモモンだった。

 

――落ち着けナーベ、私は構わぬ。それに我らの目的を考えるに、仲間は居て困るものではあるまいよ。

 

モモンの言葉に冷静になったナーベは、その美しい顔から不機嫌さを消さないままに、一応の納得を見せたのだった。

 

こうしてモモンは賢王という仲間を得て、エ・ランテルへと帰還した。

心配した村人からもたらされた村でのひと時は、この上ないものであったという。

 

 

さて。

街に戻り冒険者組合で報酬を貰い、二つの“漆黒”は別れを告げる。

 

――今回は本当にお世話になりました。

――いえ、こちらこそ。

 

礼儀正しく別れを惜しむ両者にかけられたのは助けを求める衛兵の声。バタバタバタと余裕なく、冒険者組合へと駆け込んだ。

 

――共同墓地にてアンデッドが大量に出た! 手の空いている冒険者には来てほしい!!

 

驚く彼等の中において、もっとも早く行動したのはペテルであった。彼は仲間に声をかけ、連れ立って墓地へとかける。

少し遅れて後を追うモモンはペテルに詳しい事態を聞いた。

 

――一体何が起きたのです?

 

奇しくもモモンはこの街にやって来たばかり。その滞在時間はたった二日、街を知らぬモモンにはこの事態がわからなかった。

 

――三重の防壁のその外側、その壁のうち4分の1は墓地なのです。

――今まで適度に間引きをして強力なアンデッドがでないように気をつけていたのであるが……

 

――それはいけない、すぐに行きましょう!

 

“漆黒”のモモンの英雄譚、余りにも有名なこの話は皆さんもご存知の通りの終局を迎えます。

広い墓地に斬り込んで、たった一人で首魁を叩く。悪の秘密結社を倒し街の平穏を取り戻したモモンは街に英雄として迎えられたのです。

 

しかし、彼を祝う人の中に見知った4人の姿はない。

 

無言で朝日が昇り闇が晴れた墓地へと、無言で向かうは二人と一匹。

そこで見たるは見覚えのある黒い短剣と、見覚えのある4つの骸。

 

――ああ冒険者よ、親愛なる先達よ。

 

モモンは四人の骸を葬り、その漆黒の短剣を墓前へ手向けた。

 

――貴方がたの事は忘れない。森での恩を返せぬ無力な私を許して欲しい。

 

肩を並べた冒険者の死顔は、とても安らかなものであったという。

 

――いつかこの街が危機に陥ったのならば、貴方がたに代わり必ず救いましょう。私のこの双剣にかけて!

 

二つの剣を天にかざし、従者しかいない場で宣誓はなされた。

 

 

そしておおよそ半年後、彼はこの約束を守り、王と出会う。

守るべきこの街で人類の守護者となり、長い付き合いとなる魔導王、アインズ・ウール・ゴウンと対峙した時彼の胸にあったものとは。

 

 

 

――何故私を拒む冒険者よ。全ての生は死の前では同じ。この地を私が支配して、平等なる楽園を築こうではないか。

 

――死の王が笑わせる。お前が“死”からこの地を支配するというのならば、私は“生”からこの地を守ろう。

 

 

その生涯の中で、良き友となった魔導王と共に築いた始まりの地が魔導国、エ・ランテルであるとするのなら、おそらくこの地ブロートはかの強敵、ヤルバダオトとの終焉の地。

この地に住むものが悪しきものの手から逃れ、正しきものの祝福があらんことを――――。

 

 

 

余韻を残して終わりを告げた彼の話に、あるものは涙を流し、あるものは興奮に顔を赤らめて拍手を送った。

すっかり夜もふけ、賑わいを見せていた他の店は灯りが落ちて暗闇の中。しかしながらそんな遅い時間、酒も入っているというのに店内には誰一人として眠っているものなどいなかった。

 

拍手の中ステージをおりた旅人に真っ先に声をかけたのはすっかり酔いが醒めた様子の男。両の手を握りブンブンと振り回す。

 

「良かった! あんた最高だ! こんなに凄いの初めてだ!!」

「喜んでいただけたのならば良かった」

 

「さて皆様すっかり夜もふけてしまいました。帰りの夜道には十分に気をつけてください。それでは良い夜を」

 

旅人は素早く支払いを済ませて荷物を持ち立ち去ろうとする。その背中に追いすがる男は声を張り上げる。

 

「俺はニュクス! あんたは?」

「……私はモモンガ。しばらくはこの街で滞在しようと思っておりますので、また縁があったらお会いいたしましょう」

 

「じゃあ!」

 

さらりさらりとニュクスをかわし、何処かに消えようとするモモンガにニュクスは必死になる。また縁があったらなんて不確定なものにすがりたくはなかった。

 

「明日、昼にここで会おう。この街を案内するぜ。いや、案内させてくれ」

「お言葉は嬉しいですがご迷惑では?」

「んなこたねぇ! 明日の昼! 約束だからな!!」

 

半ば押し付けるように約束をして自分から距離を離す。モモンガは自分を追うことはなくそのまま街の中へ消えてしまった。

ドキドキと胸がなる。

こんなにワクワクしたのは一体いつぶりだろうか。返事はなかったが、きっと来てくれる。そう確信がある。

明日はどこを案内しようか。

あれだけ素晴らしい“漆黒”の話をするくらいだからやっぱり“漆黒”にまつわる建物は外せないだろう。

ニュクスはピンと思いつく。

自分の素晴らしい考えに顔をにやけさせながら、ニュクスは自分の家へと帰っていった。

 

 

 

モモンガは夜空を見渡せる、この街で一番高い建物の屋根に登って寝そべっていた。

本来は飲食不要で疲労も無効化するアイテムも持っているのだが、至高にして偉大なる父の言葉を思い出し、こうしてたまに食事をとる。

今日は興がのって随分と愉快に話ができた。内容が“漆黒”ではなく魔導王のものだったならば……きっともっと素晴らしい気持ちになれたであろう。

 

「明日の昼ですか……」

 

随分と馴れ馴れしい個体の人間であったが、モモンに対する尊敬の念は本物であった。ついついそれで受け答えをしてしまったが、まさか明日の予定まで約束をしてしまうとは。

実際には口に出して了承したわけでも無いので素知らぬふりをして無視しても良いのだが、モモンガは行く気でいた。

 

魔導国が滅び長い年月がたった。魔導国の黎明期に存在した英雄に憧れ、尊敬するあの男に、柄にもなく嬉しい気持ちと興味が湧いてしまったのだ。

 

「たまには、きっと許してくださるはずだ」

 

偉大なる父も“ゆうきゅうきゅうか”や“しゅうきゅうふつか”などと休みをとることを推奨していた。そう、だからこれはモモンガにとっての休日なのだ。

 

「明日は一日楽しんで、そして任務に戻る。いまだ目的が達成できずにいる情けない被造物ですが、どうかお許しくださいモモンガ様」

 

立ち上がり夜空に一礼。

彼の黒い瞳は、全ての光を飲み込むほどに黒く暗い色をしていた。

 

 


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