KIMO TIP Short Story
第1話「お父さんタイプ」
「お父さんタイプって言われた」
東北でサラリーマンをしている大学時代の同期と、吉祥寺にできたばかりのカフェで落ち合った。昨日から出張で2、3日のあいだ都内に滞在しているらしい。店内は黒を基調とした西海岸テイストの内装が心地よい空間。気取りのない佇まいに男でも見惚れそうなナイスミドルのマスターが慣れた手つきでハンドドリップする。ブレンドが注がれたカップに口をつけると、向かい合った同期は窓の向こうを歩く昼下がりのカップルを尻目に、しみじみと語り始めた。
「この前、二十代の後輩を連れて合コンに行ったんだよ。俺もまだまだ独身だからさ。それで女の子たちにノリで訊いてみたんだ。俺ら男を順番に指差して、お兄ちゃんタイプか弟タイプか、第一印象はどっちなのか。そしたら俺の番のとき、一番若い女子大生の可愛い子が言ったんだよ。お父さんタイプかな、って」
同期はオシャレだ。肌触りのいいノンブランドのストライプ・シャツをさりげなく着こなしつつ、一年がかりのオーダーメイドでしつらえた革靴を履きこなし、身なりには丁寧に気を配っている。過度なブランド品を見せつけ、可処分所得の高さを言外に語るいやらしさはない。センスを金で買うような下世話さは、あったとしても女性の前では上手く隠せている。二十代の後輩たちに引けをとらないばかりか、一歩も二歩も男としてリードしているという自負心を抱えて合コンに臨んだはずだった。ところが屈託のない女の無遠慮な若さが彼の心をかき乱した。
「要するにオッサンってことか。確かに腹は出てきた。疲れも取れない。おでこはまだ後退してないけど、髪に潤いがなくなってきたことは自覚してる。サッカーのクリスティアーノ・ロナウドみたいにポマードで撫でつければツヤも出るだろうけど、それって逆にオッサン臭を撒き散らすことになるんじゃないかとジレンマに陥ってる。でもさ、言っても三十代。後半だけど、まだ三十代なんだよ。まだまだ現役スタメンのはずだろう」
お前はいいよな、と話は転がる。「サラリーマンじゃないし、デザイン事務所を経営してるし、格好も全然若作りじゃないし、むしろ伸び伸びして、いい感じだ。三十代かくあるべしの典型だよ。普段からメディアに取り上げられたり人前で話す機会があると、老けこむこともないんだろうな。ていうかトム・クルーズって一体、何歳なんだよ。やっぱり人に見られる立場の奴らは違うよな。あの若々しさと肉体があれば、ミッション・インポッシブルもあと十作は安泰だ。お前もトムをめざせよトムを。顔はイケてないけど」
トムをめざすのはおこがましいが、老け込まなくていい感じだと言われて悪い気はしない。実際、三十代後半に見られることは少ないし、周囲を見渡しても若さは手放していない方だ。さすがに大学生のふりをしてキャンパスを歩いては守衛の方に疑われるが、結婚相談所に提出するプロフィールに仮に二十八歳と申告してもあっさり通用するだろう。嘘はいけないが、嘘が真になる可能性に満ちている。合コンに参加してもお兄ちゃん、いや爽やかな弟タイプだ。女子大生くらいの子にしてみても、男として十分に射程圏内だろう。
まあまあ次があるさと同期をなだめつつ、僕は胸元から「ご馳走様でした」と書かれたキモチップを取り出して、空欄に「良い時間が流れるお店ですね」と感想を添えた。大学生くらいのアルバイトの女の子に見つからないよう、コースターの下にこっそりしのばせた。欧米のチップはウェイターに直接手渡すのかもしれないが、紙幣ではなく気持ちをはずむ日本では奥ゆかしくありたい。感謝は押しつけるものではなく、さりげなく置いてくるものだからだ。
伝票に手を伸ばそうとするお父さんタイプの同期を制して先に立ち上がった僕は、店内に響かんばかりのいい声で彼に微笑んだ。「今日は奢りだ」
あのカフェの店名なんだっけと、同期からLINEがきたのはその日の夜だった。うろ覚えだった僕はスマホで「吉祥寺 カフェ ニューオープン」で検索し、お店のウェブサイトに辿り着いた。画面にはInstagramの店舗アカウントへのリンクがあり、まるで誘われるようにアイコンをタップした。あの女子大生アルバイトが閉店後にこんな投稿をしていた。
「キモチップというのをもらいました。『良い時間が流れるお店ですね』。こういうの、ほんと嬉しい。素敵なおじさん2人、ご来店ありがとうございました!」
おじさん。おじさん2人。僕は汚れの目立つスマホの画面をシャツの裾で拭ったが、「おじさん」の文字は消えなかった。思えば同い年。お父さんタイプなのは、僕も同じだ。
(この物語はフィクションです)
Written by Atsushi Matsuoka