- 書評 書評
岩波文庫の校注者による,「令和」 Q&A集!
「令和」Q&A集
「平成」の次の元号は「令和」と決まりました。
ところで、「令和」の意味ってなに?
出典とされる『万葉集』にはどう書いてあるの?
どこで読めるの?
などなど、「令和」にまつわる疑問をまとめました。
岩波⽂庫『万葉集』の校注者(⼤⾕雅夫先⽣,⼭崎福之先⽣)監修の,読んで納得の Q&Aです。
☞
☞ 「令和」の掲載箇所はこちら
Q:新しい元号の「令和」は、『万葉集』に由来するとか?
A:『万葉集』の巻五、「梅花の歌三十二首」に付けられた序に、
「時に、初春の令月(れいげつ)、気淑(うるは)しく風和(やは)らぐ」
とあるのが出典とされています。その意味は、
「あたかも初春のよき月、気は麗らかにして風は穏やかだ」
ということになります。
(訓読と訳は、岩波文庫『万葉集(二)』より)
Q:「令和」ってどういう意味?
A:「令」は、「言いつける」「いましめる」「おきて」といった人を従わせる意と、「よい」「麗しい」「好ましい」といった相手を褒め讃える意と、対照的な二つの意味を持ちます。二文字の熟語の場合には、下に付くと「命令」「号令」「法令」「律令」などと従わせる意となり、上に付くと「令名」「令室」「令嬢」「令節」などと褒める意味になる傾向があります。一方、「和」は、「やわらぐ」「なごむ」「穏やか」、またそのありさまの意味です。「令和」という二字の熟語はないようですが、続けてみると、「麗しく穏やかである」「よいなごみの有様」といった意味に理解することができます。
Q:『万葉集』の「梅花の歌三十二首」ってなに?
A:天平二年(西暦730年)正月十三日に、大宰府の長官(大宰帥(だざいのそち))の大伴旅人(おおとものたびと)が、自邸に人々を招き、庭園の梅花を鑑賞する宴を開きました。その参加者三十二人がひとり一首ずつ詠んだ歌三十二首で、すべてに「梅」の語が含まれています。
Q:序も和歌なの?
A:この三十二首の歌の前に置かれた「序」は、和歌ではなく漢文です。万葉集には和歌だけでなく漢文や漢詩も載せられています。ここは当時中国で美文の文体として知られた「四六騈儷体(しろくべんれいたい)」(四言、六言を基準とし対句を多用して記す文体)にならって書かれています。その原文を引くと、
「初春令月、気淑風和」
となります。
(岩波文庫『原文 万葉集(上)』より)
Q:誰が書いたの?
A:三十二首の歌はそれぞれに作者の官名などが記されていますが、序文には署名がありません。ですから序文の作者が誰かはたしかには分からず、この宴に参加していた山上憶良(やまのうえのおくら)の作と推定する説も江戸時代からありました。序文でこの「梅花歌」の詠まれたのが「帥老(そちろう)の宅」と書かれ、その「老」が尊称なので作者は旅人以外(おそらく憶良)であろうという理解によるものでした。しかし、近代になって「老」の使い方についての研究が進み、必ずしも尊称とは限らず、自称とも考えられることが明らかとなりました。また「わが園に梅の花散る」(822番歌)という旅人の歌の作者名が「主人」と尊称なしに(つまり自称として)記されることから、宴の主人の大伴旅人のもとで歌が集められ、記録されたことが想像されます。おそらく、序文も旅人の作と見るべきでしょう。
Q:大伴旅人ってどんな人?
A:大伴氏は古来大和朝廷内で軍事的役割を担ってきた一族で、旅人の父安麻呂(やすまろ)は壬申の乱(672年)でも活躍しました。旅人は神亀五年(728)頃に大宰帥となりましたが、台頭する藤原氏によって都から追われた人事であったとも言われています。異母妹の坂上郎女(さかのうえのいらつめ)は万葉集に最も多くの歌を残す女性歌人です。また嫡子の家持(やかもち)は四百五十首以上の歌を残し『万葉集』の最後の歌(巻二十・4516番歌)を歌った人物で、全二十巻の編者とも言われています。大宰府の置かれた筑紫では筑前守の山上憶良らと交わり、この「梅花の歌三十二首」の詠まれたその年の秋に大納言となって帰京し、翌年(731)亡くなりました。万葉集におよそ七十首の歌、漢文書簡などが採られているほか、当時の日本で作られた漢詩文を集めた『懐風藻(かいふうそう)』にも漢詩一首を残しています。
Q:漢籍を踏まえているって本当?
A:新日本古典文学大系『萬葉集(一)』のこの個所の語注に、
「「令月」は「仲春令月、時和し気清らかなり」(後漢・張衡「帰田賦」・文選十五」)とある」
と指摘されています。この指摘はすでに江戸時代初期の十七世紀末頃の学僧、契沖(けいちゅう)の著した『万葉代匠記(まんようだいしょうき)』(『契沖全集(一)』小社刊、1973年、に収録)に見られます。また戦後の万葉集研究を牽引した学者の一人である澤瀉久孝の著した『万葉集注釈』(全二十巻、中央公論社、1957-)にもその説は引き継がれています。なお契沖はこの序の書き起こし方が、中国東晋時代の書聖、王羲之(おうぎし)の著した「蘭亭序(らんていじょ)」に倣ったものではないかと推測しています。
Q:張衡(ちょうこう)の「帰田(きでん)の賦(ふ)」って?
A:後漢の張衡が書いた「賦」(韻文の形式)の一つで、官職を辞して故郷に帰る思いを述べたものです。「令」「和」の出てくる個所は、岩波文庫『文選(もんぜん) 詩篇(二)』では、「清和」という詩語の注にも引かれています。そこでの訓読は、
「仲春の令(よ)き月、時は和らぎ気は清し」。
張衡は、天文や暦数にも詳しく、渾天儀(天体観測器)や候風地動儀(地震計)を作成する一方、朝廷で太史令などとして仕えた後漢の前半を代表する学者・文人です。
*「帰田賦」の全文は、新釈漢文体系86『文選(賦編)下』(明治書院)に掲載されています。岩波文庫『文選 詩篇(五)』には張衡の「四愁詩四首」を収録。
Q:「梅花三十二首」にはどんな歌があるの?
A:春さればまづ咲くやどの梅の花ひとり見つつや春日暮らさむ (山上憶良)
春になると最初に咲く庭の梅の花を、一人で見ながら春の日を過ごすものだろうか。(いや皆とともに梅花を楽しもう、という意味。)
わが園に梅の花散るひさかたの天より雪の流れ来るかも (主人の大伴旅人)
私の庭に梅の花が散る。(ひさかたの)天から雪が流れて来るのだろうか。
(当時の梅は白梅。白梅の落花を雪に見立てる表現は漢詩に多い。)
Q:どこで読めるの?
A: 岩波文庫『万葉集』全五冊(佐竹昭広・山田英雄・工藤力男・大谷雅夫・山崎福之校注、全五冊、2013−2015年)
☞およそ4500首の歌すべて収録し、そのすべてに正確な訳と最新の研究成果を反映した注がついています。文選、懐風藻、万葉代匠記などの解説もあり。「梅花歌三十二首の序」は、第二冊に収録しています。
岩波文庫『原文 万葉集』上・下(佐竹昭広・山田英雄・工藤力男・大谷雅夫・山崎福之校注、全五冊、2015−2016年)
☞万葉仮名で書かれた原文を収録した文庫。「梅花歌三十二首の序」は、上冊に収録。
新日本古典文学大系『萬葉集』(佐竹昭広・山田英雄・工藤力男・大谷雅夫・山崎福之校注、全四冊、1999-2003年)
☞岩波文庫の親本。信頼ある「新日本古典文学大系」の一冊で、現在はオンデマンド版で購入可能。「梅花歌三十二首の序」を収録した第一冊には、『文選』「帰田賦」との関連を指摘した補注もあり。
岩波現代文庫 折口信夫『口訳万葉集』(上・中・下、2017年)
☞『万葉集』を、折口信夫が参考資料も使わずに訳していき、口伝えに弟子に書き取らせたもの。わずか二か月ほどで完成させました。「梅花歌三十二首の序」は、上冊に収録。
岩波現代文庫 大岡信『古典を読む 万葉集』(2007年)
☞「片時も自分の座右から離すことのできないもの」として『万葉集』を愛読した大岡信さんが、詩人の感性でその魅力を語ります。美しい現代語による「梅花歌三十二首の序」全体の大意もあり。
岩波新書 リービ英雄『英語で読む万葉集』(2004年)
☞作家・リービ英雄さんによる万葉集の英訳(抄訳)。「初春の令月、気淑しく風和らぐ…」部分の英訳も掲載しています。万葉集の国際的なひろがりを知るために最適の一冊。
岩波ジュニア新書 鈴木日出男『万葉集入門』(2002年)
☞中学・高校生から大人まで人気のわかりやすいシリーズ〈ジュニア新書〉。代表的な歌を解釈しながら万葉集の世界へ誘います。「梅花歌三十二首の序」の解説も掲載。
(大谷雅夫・山崎福之監修/岩波文庫編集部まとめ)