第二十二話:暗殺者は罠に嵌める
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とんでもない勢いで、魔族が向かってくるなか俺たちは疾走する。
目的地は西方面の罠がある場所だ。
「あの、今更ですけど。相手がばらけてくれているなら各個撃破を続けたほうが良かったのではと思うのですよ」
かなりの速度なのに、ネヴァンはついてきて話す余裕まである。
「たしかにな。そうすれば、魔族による蘇生をさせずに戦力を減らせた。だが、そうしない理由が二つある」
「お聞かせくださいな」
「一つ、街の被害を少なくするためだ。一体一体潰して回るとどれだけ時間がかかるかわからない。その間、奴らに多くの人が殺される」
「お優しいのですね」
「言っただろう。俺は情に流されはしないが救える命は救う」
魔族が狙いを変えることを恐れ、事前に避難させることはしなかった。
だが、こうして魔物を引きつけることで被害を少なくできるし、何かあった場合に迅速な避難誘導ができるようにネヴァンの力と聖騎士の権限を使って準備していた。
「でしたら二つ目は?」
「一網打尽にするためだよ。一体一体潰していくより手っ取り早く安全だ」
戦ってみてわかった。
俺たちは四体もの雌を倒したものの、敵の危険を再認識した。
長期戦や遭遇戦になれば、ディアやタルトは危ない。
「わかりました。やっぱり頼りになりますの」
「それは、奴らを倒してから聞きたい台詞だ」
角を曲がると大通りとまでは言えないが、比較的広い通り道にでる。
その背後に、ライオンの群れが現れた。
いよいよ魔族のお出ましか、圧倒的な存在を放つ雄、魔族ライオネルがいた。
雌も相当でかいが、それよりさらに一回りでかい。
今まで見た魔族はすべて人型だったが、ライオネルは獣だ。
雌にはないたてがみは黄金に染まり、圧倒的な魔力を秘めている。
よくよく見ると大気中にあるマナを集めて蓄積しているようだ。
やつは自らの瘴気と溜め込んだマナの両方を使うと予測される。それはミーナに渡された情報の中にはなかった。
……もっとも、これぐらいの想定外は想定済。
何ができるかも想像はつく。
「追いつかれちゃいます! 足止めしましょうか?」
タルトが切羽詰った声を上げる。
彼女の言う通り、かなり距離を詰められているし、次々に角を曲がって、後続も来ている。
こっちは一番足が遅いディアに歩調を合わせていることもあって、あと十数秒で追いつかれてしまうだろう。
「いや、いい。むしろ、好都合だ」
このままでは、罠のあるポイントにつくまでに追いつかれるが、ラストスパートで数秒稼ぐだけで理想的なタイミングになる。
「ディア、ネヴァン、打ち合わせ通りに行くぞ。タルトはネヴァンを背負ってくれ」
「うん、そろそろ詠唱を始めるよ」
「いよいよ私の出番ですのね」
走りながら、ディアとネヴァンが詠唱を始める。
大魔法を発動するためにほぼすべての魔力をもっていかれ、身体能力強化ができなくなった二人は減速。
俺がディアをタルトがネヴァンを背負い、長距離走のフォームから短距離走のフォームに切り替えた。
人を担いでいることもあり、あまり長くは持たないが、全力で走れば十秒ほど追いつかれるまでの時間を引き伸ばせる。
そして、その十秒があれば罠のあるポイントまでたどり着き、二人の詠唱も完成する。
……こうしているとやはりチームはいいと思える。
一人だと、こんな策はとれなかったのだ。
俺とタルトは全力疾走の果てに、なんとか追いつかれず目標ポイントに到達。
背後には魔族ライオネルと二十七体の眷属。
道が長いおかげで、奴らは一直線に並んでくれていた。
完璧なタイミングと状況。
「ディア!」
「【鋼鉄城壁】!」
詠唱を続けていたディアの魔法が発動する。
それはディアのオリジナル魔法。
広い道を塞ぐように、地下から巨大な鉄の壁がせり上がる。
生半可な高さであれば奴らは飛び越える。ネコ科ゆえに跳躍力も高く、推定で六メートルぐらいは軽く跳ぶからだ。
しかし、ディアの【鋼鉄城壁】は厚さ五メートル、高さ十メートルとふざけた規模のものだ。
これだけの規模であるがゆえに、長い詠唱時間と魔力を充分に練る時間が必要だった。
先頭を走っていた連中が派手に衝突、少し後ろで余裕がある連中はとっさの判断で飛び越えようとするが十メートル物壁は高く、予想通り六メートル近くのところで激突。
玉突き事故が起きて大混乱。
それでも、油断はできない。
今はパニックになっているが、冷静さを取り戻せば、すぐにでも側面にある家を跳び超えればいいと気付かれてしまう。
だから、ここで畳み掛ける。
「【スタン・フレア】」
続いてネヴァンが詠唱が完成。
これも、ディアに概要を伝えて開発を依頼したオリジナル魔法。
それも光のオリジナル魔法だ。
ディアが光魔法を習得したのはつい先日だというのに、なんとか間に合わせてくれた。
人の頭ぐらいの光球が放物線を描いて壁を乗り越え、玉突き事故現場へと向かう。
「全員、鉄壁に背を向けろ!」
その一秒後、音も無く世界を白く塗りつぶすような白い閃光が放たれた。
【スタン・フレア】は、攻撃魔法じゃない。
鎮圧用の魔法だ。
その正体はただただ強烈な光。
だが、それをこの国でも五指に入る魔力の持ち主であるネヴァンが全力で放てばどうなるか?
目潰しなんて可愛いものじゃない、網膜は一瞬で焼け切れ、視力を永遠に奪う。
言うならば、目殺し。ただでさえ混乱していたライオンの群れは目を灼かれ、さらに吹き足立つ。
ディアの【鋼鉄城壁】で足止めして、【スタン・フレア】を叩き込んだ。
これでようやく、前提条件クリア。
「マスクをして、【鋼鉄城壁】に背中を預けろ!」
次の指示を叫びながら顔全体を覆うマスクをして、上着に収納していた、スイッチを押す。
身動きが取れなくなったライオンの群れを囲む家々が吹き飛んだ。
買収した家であり、お手製の爆弾を仕込んでいた。
その爆弾もまた殺傷を目的としたものじゃない。
あの家に仕掛けられる規模の爆弾で魔族と魔族の眷属を皆殺しにできると思うほど、俺は楽天家じゃない。
今回、あの爆弾は音と臭いの爆弾。
街中のガラスが叩き割れるほどの大爆音が響き、超強烈な刺激臭が世界を染め上げる。
これらも非常に強力だ。
この音は、鼓膜をぶち破り、脳を揺らし、三半規管を破壊し尽くす。
この臭いは、どんな屈強な男をも一瞬で失神させ、あまりの過負荷に臭いを感じる細胞を壊してしまう。
もし、専用マスクがなければ俺たちは一生、聴覚と嗅覚を失っていただろう。
爆発直後に詠唱をしながら【鋼鉄城壁】の向こうへ走りだす。
雌ライオンの群れを突っ切るのに、素通りできている。
それも当然だ。
【スタン・フレア】で網膜を焼かれ失明し、俺の罠で鼓膜は破れ、鼻も潰れている。
視覚、聴覚、嗅覚を潰されているのだから、何も見えないし、感じられない。
奴らの強みは優れた五感にある。良すぎる耳と鼻が仇になり、ダメージは甚大。
俺の狙いは初めからそこにあったのだ。
殺しきれない火力よりも、確実な無力化を選んだ。
ここまでお膳立てしたことで、眷属に邪魔されず魔族ライオネルを狙える。
やつは、魔族の力で再生しつつあるがまだこちらが見えていない。
【鶴革の袋】から、特別性砲台を取り出す。
砲弾が720ミリと【砲撃】に用いるものの六倍。
そして先端が平べったく返しがついている。
そう、あくまでやつをふっ飛ばして、眷属の再生を封じ一網打尽にするためのもの。
貫通ではなく、肉に食い込んで、運動エネルギーを伝えてぶっ飛ばす設計。
ファール石を装填しているため、詠唱中の魔法に全魔力を注いでいる今でも放てる。
「【砲撃】!」
特殊弾頭が放出される。
取り巻きだけじゃなく、魔族ライオネルの目と耳と鼻も潰せており、まだ再生していない。
無条件であたる一撃。そのはずだった。
『さすがは百獣の王か』
内心で称賛を送る。
見えていないはずなのに、音を軽く凌駕する速度の【砲撃】を右腕で弾いた。
「ミエテイルゾ!!」
弾いた右腕が吹き飛んだが玉はそらし、やつはいまだそこに鎮座している。
まさか、防がれるとは。
驚いたが、おかげで保険を無駄にせず済んだ。
俺は【砲撃】直後に走っており、詠唱が終わると同時に、右腕がなくなったことによりできた死角から魔族ライオネルに触れる。
俺が走りながら詠唱していた魔法。
それは必殺の……。
「神槍【グングニル】」
火力だけなら、俺の持つ魔法の中で最強。
ただし、着弾まで十分以上かかる欠陥品。
だが、これには裏技じみた使い方がある。
それは槍を飛ばして当てるのではなく、敵そのものを射出すること。
宇宙にでる寸前まで、舞い上げ、叩き落とすのだ。
これを受けて無事な生物は存在しない。
勇者殺しの切り札、その一枚。
ただ、これは本来の使い方とは別の弱点がある、膨大な魔力が必要とされるがゆえに、身体能力強化に魔力を回せない。
ゆえに、素の身体能力で対象に振れなければならない。
勇者との戦いでそんな真似できる気はしない。
だが、戦闘ではなく暗殺でなら、戦いと向こうが認識する前に触れることは可能。
現状にて、もっとも勇者殺しうる可能性が高い手札。
「空の旅行を楽しんできてくれ」
「コゾオオオオオオオオオオ!」
奴の叫びすら置き去りにしてどんどん加速して天に登る。
やつは確実に死ぬ、そして再生するだろう。
それでいい。
俺がほしいのは時間であり、奴が落ちてくるまでの十分ほどを稼げた。
「タルト、ディア、ネヴァン。こいつらを皆殺しにして、火葬したら、奴が落ちてくるポイントに向かう」
ここにいるのは、目と耳と鼻を奪われ、再生能力も持たない無力な雌ライオンだけ。
こいつらを殺すことなどたやすい。
そして、しっかりと灰にすれば魔族ライオネルは再生させることができない。
しかも、俺は奴の墜落ポイントを計算できている。
邪魔な取り巻きを排除した状況で魔族ライオネルと勝負できる。
「うわぁ、やってることほんとえげつないよね」
「さすがルーグ様です」
ディアとタルトが壁の向こうから顔を出し、会話しながらでも次々に雌ライオンたちを始末していく。
「これが暗殺者の戦いですのね。どこまでも理詰めで、入念な準備をして、相手の長所を封じ続け、何もさせないまま殺す。素敵ですの」
群れとして強力なら、その機能を果たせなくする。
五感が優れているそこを潰す。
言葉にすれば当たり前で、簡単なことだ。
真正面でやり合うのは騎士に任せればいい。
「今回は情報が充分にあった。情報があれば準備ができる。暗殺は殺すまえにどれだけ積み上げたかが重要なんだ」
実際に刃を振るうなんてものはただの仕上げに過ぎない。
そこに至る仮定こそが、暗殺者の実力。
そして、この眷属の虐殺すらも仕込みの一つにすぎず、今回の目的は魔族ライオネルを殺すこと。
だからこそ、油断することはない。
魔族ライオネルの息の根を止めるまでは。
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