その日の夜は、屋根の下にいる誰もが顔をしかめていた。
叔母は家中の悪臭に対して顔をしかめながら僕を責め、叔父は家に僕を一人で残したことで叔母を責めた。
従兄はと言うと、ロンドンで買ってきたケーキが期待外れだったのかはわからないが、とにかくテレビを見ながらケーキを頬張り、やはり顔をしかめていた。
叔母はホグワーツという単語を聞くと、ますますひどいしかめっ面になった。とにかく、得たいの知れない大男が僕を押し退けて家に入ってきた。ホグワーツなる学校に勧誘されたが、断った。
言葉にしてしまえば奇妙だが、何故か叔母はそれを信じたようだった。少なくとも、機嫌悪く詰る叔父の声が聞こえなくなるほどには。
奇妙な日だった。誰もが不幸になりながら、寝室へと向かう。そこには誰の悪意もありはしなかった。
こんな日もあるのだと思い、眠りについた。
翌日から手紙が来るようになった。最初は穏やかなもので、朝刊と共にポストへ入っているだけだった。しかし、だんだんと手紙が投函される頻度が増え、その量も増えていった。書いてある内容は全て同じで、入学許可証と新学期のための学用品のリストだった。
最初は笑って破り捨てていた叔父であったが、だんだんとそれは迷惑の色を濃くしていき、とうとう看過できないところまで来てしまった。何よりも、それを目にする度に叔母が逐一叫ぶことに、家中がウンザリとしてしまったことも一因ではあるが。
夜遅く帰ってきた叔父は、鞄の中の大量の手紙をテーブルに叩きつけた後、僕の名前を呼んだ。
そして、その中から一通の手紙を僕へと押し付けると、僕の首を掴んでドアの外へと出し、音を立てて鍵を閉めてしまった。
二度と家へ帰ってくるな、家の中から叔父が叫ぶ声が聞こえた。
後には、手紙を握りしめた素足の僕だけが残った。
このあと、どうすればいいのか分からなかった。
警察へ駆け込めば、叔母一家は少なくない社会的制裁を受けるだろう。特に叔父は、近所でも気の良い人物として知られている。苦労して築いてきた彼の社会的な評判は、好奇なソーシャリストたちのエサとして食い荒らされることになるだろう。
無垢な甥に対する虐待行為、犯人は近所でも評判の会社経営者、どこを切り取ってもタブロイドの好物だった。
しかし、叔母がカーテン越しに外を見やりながら、マスコミのカメラを恐れている姿を想像してみると、ひどくそれにウンザリとしてしまった。手紙が来ているのは僕のせいではなかったが、彼女らのせいというわけでもない。叔父だって、恐らくは会社宛に大量に送られてきた手紙のために、精神がひどく参ってしまったのだろう。
彼は本質的にはまともな人間であったと思う。少なくとも、世間一般の認識を知らないほどには無知ではなく、それを恐れないほど馬鹿でもなかった。
ともすれば、彼に同情を感じてしまうことも多分にあった。
やれやれ、と僕は思った。
恐らくは一晩経てば彼の機嫌もなおるだろう。しかし、問題は、どのように一晩を越せばいいのでろうかということだった。