陰鬱な時代   作:一文
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生まれてから、親の顔を一目もせずに育った。

おそらくは、その所為かもしれない。

僕は極度に感情を表すことが苦手であった。

嬉しいと思うことはある。哀しいと思うことはある。

しかし、どうしても表情というものを変えることができない。それが自分にとって不利益であることはわかってはいるのだが、こればかりはどうしようもなかった。

叔母夫婦には薄気味悪い子供として扱われた。同い年の従兄は、僕に寄り付かなかった。

そうして、僕は孤独に育った。

 

しかし、自分の境遇を不幸だと思ったことはなかった。結局のところ、この程度の境遇の子供は世の中にざらに存在する。もっと悪い例だっていくらでもあるからだ。

幸いにも叔母夫婦は、孤児を一人養うのに余りある程の財産を持っていたし、衣食住に困ったことはなかった。

これは幸運なことだろう。実の親がそれすらもしてくれない、できない例はイギリスにだってあるのだから。

 

スクールに通う年になっても、僕の孤独は続いた。

同級生と話す話題もなければ、その必要性も感じなかった。僕に同情してくれる教師も居たが、結局彼らも匙を投げてしまった。世間一般の同情心は、相手の屈服した態度に喜びを見出だすという下卑たものだと僕は思う。

教師たちは、孤児である僕に対して、如何に実の親から受ける愛情がが素晴らしいもので、それがない僕は不幸であるか、ということを力説した。

しかし、そんなことをいわれても、親のいない僕にはわかるはずかない。表情を変えずにそう言うと、教師は決まって怒りを向けてきた。そして、そんな問答を繰り返すうちに、彼らは僕をいないものとして扱うようになる。

 

 

ある年の夏に、叔母夫婦の家に大男がやって来た。

夏期休暇の最中で、叔父は既に会社へと出掛け、叔母と従兄は新学期のための買い物へと出掛けていた。

ドアを拳で叩く音に驚きつつもドアを開くと、未開人のような男が面前に立っていた。

 

彼は見たこともない程の大きさで、潜るようにしてドアを抜けて居間へと入ってきた。

身なりはひどく不潔で、森からやって来たような野生の動物の臭いがした。開口一番に、自分はホグワーツの番人であると言ったので、ホグワーツなるところは地方の畜産農家か何かであると見当をつけた。

しかし、ホグワーツはそうではなかった。大男は続ける。

ホグワーツとは、魔法使いのための学校で、イギリス唯一の名門校であるとのことだ。一つしかないのならば、名門かどうかの対比が出来ないのではと思ったが、夢中でがなりたてる大男に口を挟むことはしなかった。

 

そこまで話すと、大男は僕へと目を向けて、大抵の人が口にする言葉を僕へと投げ掛けた。

 

「なんだ、お前さん嬉しくねぇのか?」

 

率直に言うと、さしたる興味が持てないと言うと、大男は目に見えて沈んでしまった。そのせいで、僕は彼に対して酷いことをしている気分になった。

 

「ホグワーツっちゅうのは、スンバらしい学校だっちゅうのに…」

 

ゴニョゴニョと口を動かした後、肩を竦めて家から出ていってしまった。後には家畜小屋のような臭いと、感じたことのない奇妙な感覚が残った。


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