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回復術士のやり直し~即死魔法とスキルコピーの超越ヒール~ 作者:月夜 涙(るい)

第八章:回復術士は選択する

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第十五話:それぞれの決戦前夜

 ジオラル王国とエンリッタ王国で反撃の狼煙があがった。

 黒い軍勢の進行を撥ねのけた二国はその勢いで、敵の第三勢力を滅ぼすために出兵する。

 しかし、それは囮だ。

 本命はグランツバッハ帝国を狙う。

 もとより、消耗戦では圧倒的に人類側が不利であり短期決戦。つまりは【砲】の勇者ブレットの首を獲る以外に勝ち目がないのは誰の目にも明らかであり戦略としては間違っていない。


 しかし、それを実行するには並外れた胆力が必要だ。目先の安全を捨て、勝ちに行くなんてことは普通はできないものだ。

 そして、その実行方法もまた常識の埒外にあった。

 竜に気球を引かせて、敵の急所に精鋭部隊を叩き込む。

 気球という存在そのものが、開発中の新兵器であり世に出回っていない。ましてや竜にひかせるなんて発想はどこにもない。

 いかにブレットといえど、この一手を読むことはできない。

 奇襲をかけることはできるだろう、それでも首を獲れる確率は低い。

 なにせ、今のグランツバッハ帝国はほとんどすべての民が異形と化した魔都。

 普通の国であれば、一般市民は戦力として数えないでいいが、グランツバッハの場合は全人口が戦力、それも通常の兵士を圧倒する強さ。

 少しでもブレットの首を獲るのに手間取れば終わり、あっという間に圧倒的な戦力の差に呑み込まれる。

 この作戦の決行をしたエレンにとっても苦渋の選択だった。

 勝ち目が薄い博打であるのは本人も理解している。

 しかし、判断し実行しなければ、博打をすることすらできなくなる。今が一番、まだましな賭けができる。そんな中での決断だった。


 ◇


 竜に引かれた気球が空を飛ぶ。

 積載容量のほとんどは精鋭たちとその装備が占めていた。

 水と食料は最低限しか積まずに、可能な限り人員を増やした。こうしたのは短期決戦でなければ終わりなのだから、長期戦への備えは無用の長物にすぎない。

 ここにいるのは精鋭ばかりであり、いつもなら新兵のように恐れたり、取り乱したりすことはない。しかし、さすがに今回は緊張した面持ちだ。

 ただ一人を除いて。


「お肉、美味しいの」


 子ギツネが、土産にもらった肉にかぶりついている。

 あまりにも、今の空気には似つかわしくない姿。

 死地へ赴く者の悲壮感はない。

 本人はその気はないが、愛くるしい子ギツネの姿と、無邪気な仕草が一種の清涼剤となり、兵たちの心を癒している。

 一人の兵がグレンのもとへ行く。


「あなた様は神獣と伺っています。なにか、あの化け物たちに打ち勝つ、まじないのようなものはないでしょうか」

「うーん、あることにはあるの。美味しいお肉食べて、上機嫌だし特別なの。その剣、貸してみるの」

「どっ、どうぞ」


 ここにいる精鋭すべての武器には対黒い化け物用の刻印が彫られている。その刻印に子ギツネの前足を乗せた。

 すると、赤く刻印が輝き出し、グレンが前足を離しても、光は消えない。


「武器はあまりよくないけど、その紋章があればグレンの力は相性がいいから力を込められるの。黒い化け物なんて、それでイチコロなの」

「あっ、ありがとうございます! みんな、見てくれ。神獣様が私の剣に祝福を!」


 その男の叫びで辺りが大騒ぎになり、グレンのもとへ押し寄せてくる。

 当然だ。

 これからの死地では少しでも力がほしい。そんな中、神獣の破邪の力を武器に宿せるとなれば、それに縋りたくなる。

 群がる人たちを見て、グレンがめんどくさそうな顔をしている。

 この子ギツネは自由奔放。他人のために何かする殊勝な心はない。今のはただたんに上機嫌だからの気まぐれだ。

 この場にいる全員の刻印に力を流すなんてめんどくさくてやってられない。


「グレンは疲れたの、もう無理!」


 ぷいっとそっぽを向く。


「そんな、そこをなんとか」

「俺、どうしても故郷に帰って、あいつを迎えに」

「肉が好きなんだろ。俺の分の保存食、これをやる!」

「僕だって、故郷には家族が」


 そうは言うものの、あっさりと諦めてくれるわけがなく、頼み込まれ、最後には泣き落とし。

 いかに自由奔放なグレンとはいえ、死にたくない、生きて家族のもとへ戻りたいと縋りつかれたら、さすがに気が引ける。

 家族。その言葉を聞いたとき、ケアルガの顔が浮んでしまったのだ。なぜか、さわやかな笑顔で。グレンは首を傾げる。そんな顔、見た記憶がない。でも、ちょっぴり寂しくて泣きたくなった。


「しょうがないの、生きて戻ったら高い肉をグレンにお供えするの。保存食の安くて硬い肉はいらないの。……あと、グレンのご主人様を守るために命をかけるの。やけくそなの! 条件が呑めるなら、武器をもってくるの! グレンの気が変わらないうちにそうするの!」


 そして、とうとう折れた。

 この場にいる全員が条件を呑み、グレンは一人ひとりの武器に力を注ぐことになった。

 死んだ目で、ぺたんぺたんと前足をついていく。

 はじめはテンションは最低だったが、感謝され、おだてられるたびに調子にのっていき、最後には上機嫌になっていた。


「あがめられるのも悪くないの、ご主人様ももっとグレンを敬うべきなの!」


 そして、最後の一ペタン。

 これで全員分終了した。


「ありがとうございます、グレン様!」

「なんて神々しい毛並み」

「猫派から、キツネ派に改宗します」

「どうか、もふらせていただけないでしょうか!」

「くるしゅうないの! でももふるのは駄目なの。もふっていいのは、グレンの特別な人だけなの。キツネの尻尾は安くないの!」


 そう言いながら尻尾を振り、丸くなって、尻尾を枕にする恒例のきつ寝を始め、取り巻きたちはうっとりと眺める。

 力を使いすぎて眠くなったし、眠って回復力をあげないと半日後の戦いに支障がでる。

 グレンはなんだかんだ言って、ケアルガを助けたがっている。これは万全の状態にするためのきつ寝なのだ。

 ……この一幕はグレンにとって、ただの偶然で気まぐれだった。

 しかし、その気まぐれはいろいろなものの計算を狂わせることになっていく。


 ◇


 気球の前を先導していく飛行機がある。


「ふう、これだけゆっくりと飛ぶのは逆に神経を使いますね」

「あと少しがんばって、もうすぐ着陸地点よ」


 飛行機だけであれば、その日のうちに奇襲をかけられたが、気球に合わせるとなるとそれは不可能。

 今日は着陸し、休息を取り、明日仕掛ける予定となっている。

 その休息は魔族側とタイミングを合わせるためにも使う。

 奇襲と云うのは、畳みかけるように行わないといけない。

 正攻法でぶつかれば敗北するからこその奇襲、相手が面食らってぐらついている間に次の手を打たなければならない。

 相手が、落ち着いてしまえば終わりなのだから。


「あそこが着陸地点ですね」


 先行していた諜報部員が、気球の姿を確認し、サインを送っている。

 それを見て着陸態勢に入り、数秒後には危なげなく着地していた。

 二人は、手際よく野営の準備を始める。


「ケアルガとの再会、楽しみね」

「はい、あの人がいない日々は辛いです」

「そうね。寂しいし、体も疼くわ」

「クレハちゃんは、そういうこと口にするタイプじゃないと思ってました」

「今さら取り繕うこともないわ。……たぶん、これが最後の戦いよね。これが終わったら、ケアルガと子供を作って、のんびりしたいと思うの」

「あっ、実は私もなんです。そういうの憧れてました。今まで、忙しすぎましたし。それにケアルガ様も、これ以上何かを手に入れるより、そういう日々を望んでいると思うんです」

「そうね、周りの人は野心家だって言うけど、ケアルガの本質は違うと思うわ。平穏と平和。安らぎ、そういうのを求める人よ。あの人はそこまで多くを望んでいないわ」

「……驚きました。私以外にケアルガ様をそう思っている人がいるなんて」


 ケアルガという人間は、常に騒動の中心にいて、金も女も何もかも手に入れ、逆らうものはためらいなく叩き潰してきた。

 世間では英雄ではあるが、欲望のままに突き進む暴君として見られており、平穏、平和、そういったものからもっとも離れたところにいるという意見が一般的。


 なのに本心ではケアルガは平穏と平和を望んでいる。そう、二人は言う。

 それは正しい。

 彼という人間の本質はそこにある。

 好き好んで、暴れまわっているわけではなく、自らが望む優しい世界を手に入れるために動いている結果、そうなっているだけだ。

 クレハはともかく、フレイアがそれに気づいたことは、ケアルガにとっては想定外だろう。

 ケアルガにとって、フレイアは外法をもって自分に従わせた人形だ。

 主人の内面を見抜くなどあってはならない。それは、人間がその中身まで愛して初めて起こりえる奇跡なのだから。


「勝ちたいですね。勝って、ケアルガ様を取り戻して、ケアルガ様が本当のケアルガ様らしくすごせる、そんな世界にしたいです」

「ええ、そのためにここにいるわ。……戦いが終わってからもいろいろ面倒でしょうけど、それはできる人に任せちゃいましょう。そっち方面で私たちは無力だわ」

「それ、エレンちゃんやイヴちゃんに言ったら怒られますよ」

「エレンとイヴは戦いが終わってからのほうが忙しいものね」


 フレイアとクレハは笑いあう。

 二人はようやくお互いに友情というものを感じていた。

 今までは所詮、ケアルガを中心に集まったひとりでしかなく、ケアルガが消えればとくに話をすることもない他人。そんな印象でしかなかった。


「竜騎兵が一人来てますね。イヴちゃんの使いです」

「明日は競走ね」

「なんのですか?」

「誰が最初にケアルガを救うか」

「負けませんよ」


 平穏に過ごせる最後の夜は過ぎていく。

 フレイアとクレハはあえて、その日は二人きりで過ごした。

 気球が降りて来てからは、そちら側と事務的な話を最小限にし、あとはテントの中に引きこもった。


 女同士、二人きりでケアルガの話で盛り上がった。

 愛する男の話で盛り上がるのはことの他楽しく、時間を忘れた。

 翌朝、飛行機が飛び立つ。

 あと数時間もすれば最悪の敵地だ。

 愛する人の顔を浮かべ、少女たちは空を往く。

 

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