提督の憂鬱   作:sognathus
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『お前に預けたい艦娘がいる』

艦娘の提督になってまだ間もなかった提督は、世話になったある上官から半ば指令に近い形でこんな事をいきなり頼まれた。


第15話 「頓挫」

上官には朴念仁のお前だから信頼できる、なんて心境的には正直複雑な事を言われたが、命令である以上従うしかなかった。

それに重巡が最初から、妙高型が全て揃って艦隊に加わるというのだから基地の戦力的には悪い話ではなかった。

 

「そろそろか」

 

提督は通達を受けた着任の予定時間を確認して呟いた。

4人とも重巡なので今回は自分達だけで直接くるとのことだった。

 

『大佐、来たみたいよ』

 

執務室に叢雲から内線が入った。

 

「分った、通してくれ」

 

提督が応答して数分後、「失礼致します」という言葉と共に4人が入って来た。

 

 

「初めまして提督。この度は私達を受け入れて頂きありがとうございます」

 

「……がるる」

 

「……ふん」

 

「……っ」

 

妙高以外は明らかに提督に好意的な態度には見えなかった。

提督は事前に彼女達の経歴を確認していたので、何故そんな態度を取るのか既にその時点で大凡の予想はできていた。

 

(ま、最初から人間に不信感を持っているならある意味こちらもやり易いか)

 

この頃の提督はまだ艦娘たちと打ち解けてなく、その接し方も今より大分素っ気無い感じだった。

故に艦娘の方から自分に近付かない事は、まだ彼女たちに苦手意識を持っていた彼からしたらありがたかったのだ。

 

「よく来てくれた。俺がここの司令官だ。これからよろしく頼む」

 

「はい、宜しくお願い致します」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「貴女達っ」

 

妙高のお叱りの声が飛んでようやく残りの3人は頭を下げて着任の挨拶を始めた。

 

「……よろしく」

 

「よろしく頼む……」

 

「お、おねが……お願いします……」

 

(これは大分重症だな)

 

自分には都合の良い状況だったが、思った以上に妙高以外の態度が硬い事に提督はこれから仕事に影響を懸念するのだった。

 

 

「お食事、ですか?」

 

ある日、妙高は提督の執務を手伝っている時にそんな話を持ち掛けられた。

提督は妙高の意外そうな顔に気付く事も無く書類に目を走らせながら続けた。

 

「まぁその、一応お前達の経歴は知っているから妹達がああなのも理解している」

 

「はい」

 

妙高は少し目を細めて真剣な眼差しを提督に向けた。

 

「だがあのままだと少し仕事にも影響が出かねないと思ってな」

 

「だから親睦を深める為に?」

 

「そういう事だ。と言っても外に食べに行くわけじゃない」

 

「え?」

 

「俺が用意する」

 

「え?」

 

妙高にしては珍しく同じ反応を2回してしまった。

提督の提案がどれも彼女にとって意外で適した瞬時に反応が浮かばなかったのだ。

妙高はなるべく動揺を悟られない様に注意しながら提督に訊いた。

 

「提督がお作りになるのですか?」

 

「そうだ」

 

「お料理ができるのですか?」

 

「いや、正直に言えば食べられるものなら作れる、と言った程度だ」

 

「え」

 

「一応一人暮らしをしていたから作れることは作れる。でも味は保証しないという事だ」

 

「あ、ああなるほど。でも、でしたらわざわざ提督がお作りにならなくても……」

 

「手料理で迎えた方がこちらに害意は無いというくらい伝えられると思ってな」

 

「あ……」

 

妙高はこの時やっと提督の心遣いを理解した。

そしてたったこれだけの事だったが彼の事を少し信用できると思った。

だからこのお誘いには快く応じる事にした。

 

「……分りました。そういう事なら是非御相伴にお預かりさせて頂きますね」

 

「誘いを受けてくれて感謝する。明日の朝でいいか?」

 

「あ、朝食ですか」

 

「ああ、まだ直ぐに予定は作れないから朝くらいならと思ってな」

 

「分りました。妹達に伝えておきます」

 

「ああ、あとそれから」

 

「はい?」

 

「俺の事はこれからできたら大佐と呼んでくれ」

 

 

そして次の日の朝、妙高達姉妹は伝えられた時間に執務室に臨時で設けられたテーブルに揃っていた。

流石にまだ妙高以外は神妙な面持ちだった。

特に羽黒は執務室にいるだけで泣きそうな様子だった。

姉達がいなければ一人でここに居続ける事ができるかも怪しかった。

 

「待たせた」

 

扉が開く音と共に料理が出来たらしい提督がそれを運んできた。

テーブルに着いていた4人は提督の方を向き、彼が持って来た料理を見て一様にポカンとした顔をした。

 

「なにそれ、オムレツ?」

 

まず足柄がテーブルに置かれた料理を指して意外そうに言った。

わざわざ食事に誘われたのでもう少し豪華な料理が出てくると思っていたのだ。

だが出されたのはそんな予想反してシンプル過ぎるくらいシンプルな卵料理だった。

皿に乗っているのは黄色く焼かれたそれだけで、申し訳程度にパセリが一つ添えられている程度だった。

 

「これはオムレツではない。スクランブルエッグだ」

 

「オムレツもスクランブルエッグも同じ様なものだろう何が違うというんだ」

 

足柄の誤りを訂正した提督に食って掛かるように那智が言った。

確かにオムレツもスクランブルエッグも見た目はあまり違いが無いように見えた。

彼女の隣に座る羽黒もこの時はその事が気になったのか純真そうな瞳で提督の言葉を待っていた。

 

「明確に違う。オムレツの方がどちらかというとちゃんと技術がいるんだ」

 

「まぁ、そうなんですか」

 

場をとりなす為とは自分でも理解していたが、提督の話に興味を持った妙高が先を促した。

 

「オムレツは先ず作って皿に乗せるまで一切味付けをしない。そしてその出来上がりもふんわりしたものになるように技術がいるんだ」

 

「あぁ、そういえばオムレツはケチャップを掛けて食べるわね」

 

「そうだ。そしてオムレツは形もなるべく木の葉になるように焼かないといけないんだ」

 

「あ、そう言えば形も今まで見てきたのは大体同じですね」

 

「ではスクランブルエッグは何だと言うんだ」

 

まだ那智は食って掛かっている感じだった。

自分以外が提督に友好的な態度を取っている雰囲気が気に食わない様子だった。

 

「スクランブルエッグは卵を混ぜる段階で塩コショウで味を付けるんだ。そして焼くときも多少かき混ぜながら仕上がりを柔らかくする」

 

「あ、だから形は木の葉ではないんですね」

 

「そうだ。寧ろスクランブルエッグの方が形に拘らなくていい分、半熟にしたりしっかり焼いたり、自分なりの好みに仕上げられる」

 

「で、なんでわざわざ招待までして出した料理が唯の卵料理なんだ」

 

「那智!」

 

流石に妙高もきつめに叱った。

那智は少しビクッすると目を伏せながら呟くように言った。

 

「……すまん」

 

「いや、いいんだ。これを出したのはスクランブルエッグが俺が作ってきた料理で一番自信をもって出せるからだ」

 

「え? 一番自信を持って出せるのが卵焼きなわけ?」

 

足柄が初めて面白そうに笑いながら提督に訊いた。

だがその顔は明らかに敵意といったものは感じさせず、どちらかというと悪戯っぽい無邪気なものだった。

そして足柄のツッコミがウケたのか、彼女の隣で羽黒も笑いを堪える様に口に手を当てて俯いていた。

 

「基本的に出来た料理は焼くものだけだったからな。ウインナーとか他にも焼くものはあったが、卵が一番これは人に出せると思ったんだ」

 

「……話は解った。だが肝心なのは味だ。そこまで言うのだから余程美味いのだろうな」

 

「卵が苦手でなければ、少なくとも不味くはないと思う」

 

「そうなんですか。ではせっかくご用意頂いた事ですし……大佐?」

 

(大佐?)

 

羽黒が妙この提督の呼び方にその時ピクリと反応した。

提督はその事には気付かずに妙高に向って頷いて言った。

 

「ああ、では食べてみてくれ」

 

『頂きます』

 

食事の挨拶と共に皆が料理を口に運んだ。

 

「! これ、イケるわね!」

 

「まぁ、美味しい」

 

「く……まぁ、悪くないな」

 

足柄の素直な表に妙高も続き、那智も少し悔しそうにしながらもそれを認めた。

そして羽黒は……。

 

「……っ」

 

「羽黒?」

 

「ちょ、どうしたの?」

 

「おい、大丈夫か?」

 

料理を食べるなり泣き出す羽黒に3人が声を掛ける。

声を掛けられた羽黒はそんな姉達の心配を否定する様にかぶりを振って震えた小さな声で言った。

 

「わ……」

 

「ん?」

 

提督が羽黒の様子に注意を向けながら訊いた。

 

「私……提督にこんな美味しい料理ごちそうしてもらったの……初めてです。こんなに……こんな風に優しくして貰った、初めて……です」

 

「羽黒……」

 

妙高が慈愛に満ちた目で羽黒の所に来て彼女を抱き締めた。

那智、足柄もそれに続くように羽黒の近くまで行くと、彼女の頭をそれぞれ撫でた。

 

「ぐす……」

 

羽黒の脳裏には以前の提督との思い出が浮かんでいた。

思い返してみれば確かにあの男には恋していたが、優しくして貰った時は誰から見ても気を遣われているというのが判るような贔屓に近いものだった。

羽黒も改めて考えればそれはあからさまな機嫌取りだという事が判ったが、その時は提督への恋慕がそれを盲目にさせていた。

ましてや食事に誘われた事なんてそう言えば無かった。

無論、外出に、デートに誘われた時もそう言えば無かった。

誘ってきたのは身体を重ねた時だけだった。

そんな不自然な愛の形を羽黒は疑う事を無意識に放棄していたのだ。

その事を思い出して、そして今こうして新たな提督に出された料理を食べていると、羽黒は今この瞬間が言葉にできない程に大きな幸せに感じた。

 

「提督……ありがとう……ございます。お料理……卵焼きとても美味しいです。ぐす……」

 

「ん、ああ、気に入ってくれて良かった」

 

素っ気無い返しだったが、何処か少し柔らかい声に聞こえた。

羽黒は一口一口その美味しさを噛み締め、ふと何が気になったのか口に運ぼうとしていた手を途中で止めて提督に訊いた。

 

「あの提督……」

 

「お姉ちゃんが提督の事を大佐と呼ぶ理由……教えてもらえませんか? できたら私も……提督を、大佐って呼びたいです」

 

 

 

「ん……」

 

「どうした?」

 

グラスを傾けていた手を少々長く止めていたらしい。

明後日の方向を見たまま物思いに耽っていた那智にようやく提督の声が届いた。

 

「ああ、悪い。ちょっと昔を思い出してな」

 

「昔?」

 

「ああ、大佐に会って間もない頃の事をな」

 

「ああ、結構前だな」

 

「そうだな……。早いものだ……ん?」

 

ようやくグラスを仰ぎ始めた那智は提督の視線に気付いた。

 

「ん? なんだ?」

 

「いや、そういえばお前、寝るときはその恰好なのか」

 

「うん?」

 

提督の指摘されて那智は自分の格好を見た。

彼女は淡い青色の可憐なネグリジェを着ていた。

 

「なんだ、変か? 一応もうこんな時間だろう?」

 

那智はどこか演技っぽい仕草で提督の疑問に答える。

 

「いや、そうだが。俺のイメージだとお前は寝るときは効率を重視してそうだと思っていてな」

 

「ジャージとかか?」

 

「そうだ」

 

提督の答えに那智は大袈裟にかくりと肩を落として見せた。

 

「おいおい、それはいくら何でも女性に対してあまりにも不躾じゃないか?」

 

「そうだな、悪い」

 

「いや、いいんだ。だが聞いてくれ。寧ろな、ジャージなのは妙高姉さんと足柄なんだぞ」

 

「なに?」

 

那智の話がかなり意外だったのか、今度は提督がグラスを運んでいた手を途中で止めて驚いた顔をした。

那智はその顔を見て面白そうに笑いながら続けた。

 

「意外だろう? 実は私の方が女らしいんだぞ」

 

実はそれは嘘だった。

提督の予想通り実は那智は寝るときは殆どジャージだった。

この服はこの時の為に意を決して彼女が今日の為に用意したものだったのだ。

そしてつまり、妙高も足柄も寝るときはジャージではなく前からネグリジェを着ていた。

もし彼女達が那智のこの些細な見栄(嘘)聞いたらどんな顔をして抗議してくるだろう。

那智はそれを想像すると何とも言えない背徳感を感じた。

と、那智がそんな事を想像していた時だった。

 

「あ!」

 

ガチャリと扉が開く音と共に足柄が驚いた顔をしてこちらを見ていた。

那智は足柄の突然の訪問に動揺して、思わずグラスを取り零しそうになる。

 

「あ、足柄?! お前、なんで?!」

 

(ん? 足柄もネグリジェを着ているな。偶然か?)

 

「いや、大佐と一緒にお酒を飲もうと思って。相手をお願いしようと思ったら那智姉さんいないし。ていうか……」

 

「っ」

 

那智は足柄の視線に気付いて思わず己の身を抱く。

 

「姉さん……へぇ……」

 

「こ、これはだな」

 

「?」

 

足柄はニヤリとからかう様な目で那智を見る。

姉妹のやり取りの意味が飲み込めず、提督は一人キョトンとしていた。

その時だった。

 

再びガチャリという音と共に新たな訪問者が来た。

 

「ああ! お姉ちゃん達!」

 

「あ、羽黒」

 

「なんでお前も?!」

 

「私もいますよ」

 

「羽黒、妙高お前達どうしたんだ」

 

その場にいた人間の中で平静としていた二人の内の一人だった提督が妙高達を見て言った。

何故か不機嫌そうに頬を膨らませる羽黒を他所に、妙高は足柄と同じ様な悪戯っぽい笑みを浮かべながら言った。

 

「いえ、ちょっと那智がいない事が気になりまして。予想は当たっていたみたいですけど……ふふっ」

 

「那智お姉ちゃん、足柄お姉ちゃんズルイ! 私も大佐と一緒に飲みたい!」

 

「いや、別に黙っていたわけでは……その、な?」

 

「あー、気を遣ってここは退こうかなぁと思っていたんだけどなぁ」

 

「これは仕方ないですよねぇ♪」

 

「お姉ちゃん! 私もぉ!」

 

残念ながら那智が楽しみにしていた飲み会は次回の機会になりそうだった。

だが続いて賑やかな新たな飲み会が幕を開こうとしていた。




以上、那智達姉妹と提督のお話でした。
次は久しぶりにレ級達を登場させるのも良いかな、と思ったり。


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