提督の憂鬱 作:sognathus
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隣では那智が静かに書類の整理や添削をしながら提督の仕事を手伝っていた。
大佐」
「ん?」
「その……ちょっと訊きたい事があるのだがな」
「なんだ?」
「その……だな」
「ああ」
「……」
「?」
提督は怪訝な顔をして書類から目を離して顔を上げて那智を見た。
那智は彼女らしくも無く、何か言い難そうに目を逸らしながら中々言葉が出ない様子だった。
「た、大佐はその……」
「ああ」
「む、むねぇ!」
「ん?」
「あ……ぅ……えっと……」
気合いを込め過ぎたのだろう。
つい出してしまった大声を直ぐに抑えようとして、返って緊張で声が裏返ってしまったようだった。
那智は顔を真っ赤にして必死に取り繕うとしていた。
「どうした?」
「っ……。大佐は! お……女の胸はどれ位の大きさが好みだ?!」
「胸……?」
「……」
再び怪訝な顔をして那智の言葉を反芻する提督に那智は羞恥に染まった顔でコクコクと頷いた。
提督は一瞬困惑したが、那智突然問い掛けられた意表を突く内容にも無碍にあしらうこともなく、真面目な顔をして答え始めた。
それは普段から真面目で硬派な彼女だからこそ、それなりの理由があるのだろうと提督が判断した結果だった。
「……好みを訊かれると実際にはどちらというのは断言はし難いな。そりゃ、服の上からでも判るくらいに強調されているとかなら目も引くだろうが」
「と、という事はどちらかというと大きい方が好みという事か?!」
「なんでそんなに必死なんだ。大きければ目を引くのは自然だと言っただけだぞ?」
「っ、た、頼む! 曖昧な答は嫌なんだ」
「那智……。お前それ、例えば胸が平均より小さい恋人が彼氏である男にそんな事訊いてきたらどう答えると思う?」
「そ、それは……」
提督の言葉に乗り出し欠けようとしていた姿勢を那智は控えた。
その答は簡単だった。
純愛で結ばれた恋仲ならきっと彼はこういう事を言うだろう。
それは……。
「その二人の思いがお互い通じ合っている仲ならきっと男は彼女だけで十分と言うだろう」
「う……。つ、つまり大佐は慕う心に偽りがなければ、身体的特徴は好みの判断基準にはならないと?」
「取り敢えず俺は胸が小さい、大きい、だけで人が嫌いになる事は無いな」
「な、なるほど……」
「一体どうしたんだ?」
「う……。じ、実はな」
「ああ」
那智は申し訳なさそうな顔をしてぽつぽつと話し始めた。
胸の話をした直後である所為か、または自分なりにそこに自信を持っていたからだった所為か、少しその部分を腕で覆いながら恥ずかしそうにしていた。
「わ、私は姉妹の中で一番練度が低いだろ?」
「妙高型でか。ん……そう、だな。だが改二にまでなっているし、作戦でも活躍しない事は無いから弱い事はないと思うが」
「ま、まぁな。だけどその……なんだ。ほら、私は『姉』だろう?」
「そうだな。足柄と羽黒の姉だな」(競う対象を妙高から外しているのが那智らしいな)
「妹達より練度が低いのはまぁいいにしても、出撃の回数にその、ちょっと開きがあると思うんだが……」
「うん? 統計は直ぐには判らんが……。もしかしてお前、その事で自分が俺から疎遠になっていると?」
「わ、私は嫌いか?」
「……」
自分でも不躾な事を訊いてしまったと思ったのだろう。
那智はその問いに対して黙って自分を見つめる提督に直ぐに謝った。
その様子は普段の彼女とは大分違って、幼い娘らしい反応だった。
「! ご、ごめ……!」
「……那智」
「は、はい!」
「俺は女性を胸の大きさで好きになる事は無い。だから那智は那智で良いと思っている」
「ああ……あ、いや、はい」
「あと妹と出撃の回数で開きがあってもそれは特に俺は意識していない。が、それをお前に意識させてしまった事には悪いと思うっている。すまない」
「そ、そんな、やめてくれ! 私が全面的に悪いと思うこれは! だから大佐は謝らないでくれ!」
まさが自分が謝られるとは思ってみなかった那智は不意の提督の謝罪に完全にしどろもどろだった。
だが提督はそんな彼女に構わず続けた。
「そして最後にもう一つ」
「……っ」
やや鋭さが増さした真剣な声に那智はビクりと体を震わせた。
怒られると思ったからだ。
だがそれも仕方がない事だし当然の事だと思ったので彼女は黙って粛々とそれを受け止めようとしたのだが……。
「今晩一緒に達磨でもどうだ?」
「……え?」
掛けられた言葉はその予想とは程遠いものだった。
呆けた顔をする那智に提督は微笑みながら続けた。
「と言いつつ酒は洋酒なんだがな。が、日本産だ」
「大佐……」
那智は自分の瞳が潤んでいるのを自覚していた。
だが止めようがなかった。
その表情ははまるで悪戯をして怒られた子供がその後で親に慰められた時のそれに似ていた。
提督はどこか柔らかく感じる声で話を続けた。
「俺はお前を疎んではいない。こうして酒を飲むひと時も楽しみだし、実戦でも勿論頼りにしている」
「……」
「が、やっぱり俺は、軍人としてこれはどうかと思うが。国を守る務めよりこのひと時の方がかけがい無く感じるから好きだな」
「大佐……ぁ……」
ついに那智は大粒の涙を零して泣き始めた。
提督はそれに少し驚いたようで焦った様子を見せた。
「泣く程のような事を言ったか……?」
「っ、すまん」
「いや、気にする事は無い。それで、どうだ?」
「勿論、御相伴に預かろうではないか! あ、けどな。できれば今回は……」
那智は直ぐに涙をグシグシと手の甲で拭うと、一つだけ我儘をお願いしようとした。
だがその願いを予想していた提督は彼女より先にこう言った。
「二人だけで飲もう。ツマミも俺が作って……。まぁ、多少の無礼講は許可だ」
「大佐……!」
最後の『無礼講』は提督なりのサービスだったが、どうやらその配慮は大当たりのようだった。
那智は最初の時とは打って変わって明るい顔をして提督に感謝の意を笑顔で伝えた。
デレた時の那智は最高に可愛いと思います。
という妄想をしてたら形が出来てましたw