提督の憂鬱 作:sognathus
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「元帥が視察に来る?」
朝、満潮の一方に提督は眉をピクリと上げた。
「そうよ。今日の昼には来るみたい」
「また急だな」
「そうね。でもこの人前からそういう感じみたいよ?」
呆れ顔の満潮に怪訝な顔をする提督。
そんな二人が言う『元帥』とは、海軍本部の元帥とは別の人物の事だった。
彼らが今言っている元帥とは、提督が所属している基地を含めた一定のエリアを統括している責任者の事を指す。
これらの責任者は一様に階級は大将で、かつ元帥の称号を与えられていた。
因みに本部では彼らは『○○次帥』と呼ばれ、本部の元帥と被らないようにするなど配慮がなされている。
「やぁ、こんにちは!」
予定通り元帥は昼頃に来た。
風貌はかなり若く、好青年然としていた。
20歳前半より下には見えず、三十路の渋い提督とはかなり歳が離れている様に見えた。
(それなりに優秀な証拠なんだろうか。にしては……)
提督は元帥と言う肩書に似つかわしくない程軽い挨拶と共に自分の基地を訪れた彼に違和感を覚えていた。
だがそんな事表に出すわけもなく、提督は軍人らしく上官に対する礼節を示して元帥を迎えたのだった。
「ご足労痛み入ります。本日はよくお越しくださいました」
「ああ、君がここの司令官かい? そんなに畏まらなくていいよ。何も問題が無ければ視察なんて直ぐ終わるからね」
「は」
どうやら元帥はエリア責任者として基地の視察に来たらしい。
視察と言えば彼の親友である特務中佐も行っているが、彼の場合は基本事前通告なしの抜き打ちである事が多いので、今回の元帥のそれは予定に沿った正しい仕事の内のようだった。
元帥は自分が気を楽にしてもよいと言ったにも関わらず、あくまで礼儀正しい部下としての態度を崩さない提督に苦笑しながら言った。
「はは、君は真面目だね。ああ、いや、僕が軽過ぎるのかな?」
「は、申し訳ございません」
「いいって、いいって。真面目なのは良い事だよ。一見それは本当みたいだしね」
元帥はそう言って基地施設周辺を一瞥して目を細めた。
「……」
その時の眼は至って真剣で、その眼のまま再び提督の方を向く。
提督はその顔を見て元帥も見た目で結論付けられるほど根から軽薄な人物でない事を確信した。
たったそれだけの事だったが、そんな僅かな時間に見せた少ない所作で相手にそれを悟らせるほどの実力を、彼からは感じるのだった。
「さて、それじゃあ基地の中を案内してもらおうか。あ、これは一応全部ね。艦娘の子たちの部屋もドアから見るだけでいいから雰囲気だけでも感じさせてほしい」
「了解しました。こちらへ……」
結果として視察は何の問題も無く進み、最後に帰投前に執務室での世間話をするにまで至った。
「いや、ここは良い所だね。施設はよく掃除されていて清潔だし、艦娘たちも皆健康そうだ」
「恐れ入ります」
出されたお茶を機嫌良く飲んで好評する元帥に提督は会釈をした。
「ん、このお茶もお茶菓子も美味しい。これは間宮が作ったのではないね?」
「は、何分急な起こしで時間が無かったのですが、せめてもの意外な驚きをと思いまして」
「かと言って高級なお菓子でもないな。もしかして誰かの手作りかな?」
「その通りです。これは加賀作りました」
「お口に合ったようで何よりです」
傍に控えていた加賀その時初めて前に出て元帥に口を開いた。
「ほう……」
元帥はそんな加賀を感心した目で見つめた。
「秘書艦の加賀です。本日はよくお越しくださいました元帥閣下」
「いや、うん……。君のところは秘書艦は専属かな?」
何故か加賀の挨拶に曖昧に相槌を打っただけで、続けて出てきた元帥の問い掛けに、提督はその時初めて何か嫌な予感がした。
「いえ、こちらでは能力に応じた者で交代制です」
「そうか。どれくらいそれはいるのかな?」
「一応……初期から私を支えてくれている者は全員です。個人的に過大評価はしていないつもりです」
「いや、そこは謙遜するところではないと思うよ。うん、自分の部下を信じられるのは良い事だ。良い事だようん」
「は、ありがとうございま――」
提督がお礼を言おうとした時だった。
元帥は提督がそれを言い終わらない内にその場にいた誰もが予想だにしない事を訊いてきた。
「ところでだ、ものは相談なんだけど」
「は」
「この加賀僕にくれいないかだろうか?」
ピシッ
と、空気が張りつめる音がした。
それは元帥の発言に驚いた提督が発したものではなかった。
その雰囲気を発したのは言うまでも無く……。
「……」
“明らかな”凍り付いているような無表情をした加賀だった。
その顔からは感情が窺えず、僅かに震えているように見える握りしめた拳が彼女の中で渦巻いている劇場を提督に語っていた。
提督は内心驚きながらも冷静な態度で元帥に問い返した。
「それはまた急ですね。どうしました?」
「いや、単に僕が君の所の加賀を凄く気に入ったんだよ。彼女良いね凄く良い」
「ありが……と……」
褒められたことに対して素直にお礼が言えない程加賀はまだ固まったままだった。
だがそんな彼女の様子に元帥は気付いているのかいないのか、更にこう続けた。
「はは、僕が元帥だから緊張してるのかい? なに、心配らないよ。僕のところに来ても必ず君は大切に扱うから」
「は……」
もはや加賀はまともに言葉も出無い様だった。
元帥の言葉にもただ俯いてついには言葉途中に黙り込んでしまった。
その様子を流石に見かねた提督が助け舟を出そうとしたが……。
「あの閣下……」
「いやぁ、いいねぇ君! 本当に良いよ! 可愛い! 綺麗だ! 正に艦娘だからこそ身近で見つける事が出来る大和撫子という感じだね!」
そう言うと元帥は軽く加賀のお尻をポンと叩いた。
完全なセクハラだったが、なんの遠慮も無く悪気も無い様子でそんな事をしたところを見ると、元帥は根からのプレイボーイであることが提督には見て取れた。
きっと基地でもそんな感じで誰に対しても同じように接し、また部下からは一切の苦情もないのだろう。
その予測からも元帥自身が艦娘を大切にする人物であるのは間違い無い様だった。
だが……。
「え?!」
元帥は突如大粒の涙を浮かべて泣き出した加賀に驚愕した。
「か……が……?」
それは提督も同じだった。
てっきりついに激高した加賀が何らかの粗相を元帥にしてしまうかもしれないと身構えていたのだが、これは本当に予想外の外だった。
「……っ」
加賀はその場に泣き崩れしゃがんで泣き顔を見られまいと顔を手で覆い隠した。
「え……え……」
元帥はその場でおろおろするのみだった。
一応彼には一言も発さずに静かに付き従ってきていた秘書艦の長門もいたのだが、彼女は元帥の様子を見てただ額に手を当てて悩ましげな顔をするのみだった。
提督は取り敢えず直ぐに加賀に駆け寄り、彼女を落ち着かせまいと肩を抱いて話し掛けた。
「おい、大丈夫か? どうした」
すると加賀はかろうじて聞き取れる小さな声でこう言ったのだった。
「……た」
「え?」
「た……さ……に……」
「すまん。耳元で構わないから俺に判るように言ってくれるか」
「たいさ……以外に……」
「以外? ああ」
「大佐以外に……お尻、触られてしまいまし……た……」
「……」
あまりに予想外の答えに提督は閉口して戸惑うしかなかった
そしてそんな大佐にしか聞こえないような小さな声であったが、艦娘の身体能力で話の内容を間接に的に長門から聞いた元帥は……。
「たいっっっへん、申し訳ございませんでしたぁぁぁぁ!!」
基地中に聞こえたのではないかと思うくらいの大音声でその場に土下座したのだった。
「げ、元帥殿?」
新たな予想外の展開に提督の頭は珍しく混乱しそうだった。
だが元帥はそんな提督に立ち直る間を与えずに続けざまにこう叫んだ。
「ほんと、本当に申し訳ない。ごめんなさい。本当にごめんなさい加賀」
「……」
加賀はまだ顔を覆ったままだった。
いや、いつの間にか駆け寄った提督に抱き付いてその胸に顔を埋めていた。
元帥は尚も続ける。
「いや、本当にごめんね? 月並みな言い方だけど悪気はなかったんだ。君を欲しいと言ったのも、お尻にタッチしちゃったのも。全部素だったんだ」
ゴンッ
元帥は額を再び床に打ち付けた。
「元帥殿もう……」
流石にこのままでいるわけにはいかなかったので提督が元帥に土下座をやめさせようと動こうとした時だった。
ガシッ
「え?」
それを元帥の秘書艦の長門が止めた。
「いいから、准将殿はそのままそいつを抱いてろ」
「ほんとぉぉぉに、すいませんでしたぁぁぁぁ!!」
「悪い男ではないんだがな……。まぁこの通り純粋で誠実でもある」
まだ謝り続ける元帥を見ながら長門は苦笑していた。
「ねぇ、何かあったの? 何か凄い大声したし。加賀さんもなんか……くっ」
元帥が乗る船を見送りながら提督の隣にいた満潮がどこか悔しそうな顔で彼に訊いた。
因みに彼女の視線の先には提督ではなく加賀がいた。
その加賀は提督に抱っこされまだその胸に顔を埋めていた。
更に彼女は時折頭を動かし自分の頭を撫でる様に甘えていた。
提督は仕方ないと言った様子で加賀の頭を撫でながらこう呟くしかなかった。
「分らん……。大変だったのは確かだ」
「……やりました」
ぼそりと何か声が聞こえた気がした。
ここの加賀は完ぺきではありません。
計画的に甘えたがりで、私生活では気を緩めて油断もするので偶に朝寝坊する事もあります。
ただ、仕事においては非の打ちどころはありません。
え? 朝寝坊は仕事に支障をきたしている?
可愛いのでOKです。シレッ
というか投稿ペースあれですいません。
イベントクリアしました。
最後は丙でしたけど。