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【社会】

<91342人 裁判員10年>(1)仕事に支障 辞退も多く

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 今年一月中旬、「本業」の道路補修作業が終わったのは午前五時すぎ。子どもを保育園に送り届けた後、気持ちを「裁判員」に切り替え、裁判所に向かった。

 東京地裁であった強盗致傷事件の裁判員裁判に参加した東京都足立区の会社員恒吉剛士さん(43)。判決日が当初の予定から変更になったが、勤務時間は変えられず、徹夜明けで裁判に臨んだ。言い渡した判決は無罪。「みんなで考え抜いた末の結論。体はきつかったが、まるで知らなかった司法の世界をのぞけたのはよかった」

 刑事裁判に市民の感覚を反映させる目的で、二〇〇九年五月二十一日に導入された裁判員制度。裁判員の候補者は二十歳以上の有権者から無作為に選ばれるが、辞退率は年々増加し、今年は三月末時点で68・4%に達した。

 最高裁は辞退率が上昇している原因について、国民の関心低下や審理の長期化を挙げている。初公判から判決までの審理日数は導入当初、平均で三・四日だったが、一八年は六・四日にまで延びた。神戸地裁姫路支部であった同年の殺人事件は、初公判から判決までの期間が過去最長の二百七日間だった。

 東京都練馬区の会社員木村宏之さん(49)は一一年十一月、東京地裁で強盗殺人事件の審理に参加した。直属の上司には裁判員を理由に休みを申請したが、十日間の審理を終えて職場に復帰すると、机の上には段ボール箱や自分のものではないファイルが積まれていた。同僚は「もういないと思ったんで、置かせてもらったよ」。なぜか無断欠勤扱いになっていた。

 上司には裁判員に守秘義務が課されることも言っていた。「もしかしたら上司は社内の誰にも伝えなかったのでは」。評議内容の詳細を明かすことは守秘義務に反するが、裁判員になること自体は対象外だ。上司が勘違いした可能性を疑ったが、会社に居づらくなり、辞表を出した。

 会社には数カ月後、「裁判員公休」が創設されたと聞いた。今も「俺が人柱になった」という思いは消えない。

 今月中旬の小雨が降る朝、恒吉さんは都内の工事現場にいた。「裁判員経験者は周りに誰もいなくてさ。選ばれるまでは都市伝説だと思っていたくらいだよ」。そう苦笑する恒吉さんに、仕事仲間の男性作業員が驚き半分に話し掛けた。

 「あの制度ってさ、まだやってたの?」

 ◇ 

 裁判員制度は二十一日で施行十年になるが、国民の関心は依然として低い。三月末現在、裁判員を経験した人は補充裁判員を含め九万一千三百四十二人。経験者らへの取材を通じ、浮かんできた課題を追う。

 (この連載は蜘手美鶴が担当します)

 

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